召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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第二十四章 怒れる奴隷、東の大帝国を揺るがす

おまえなんかきらいだ

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 まずい。まずい。何とかせねば。
 ナセルディオを殴ってしまったのだ。
 仮にも帝国皇子のナセルディオを。
 公衆の面前で。カガミの格好で。
 台無しだ。作戦も。カガミの社交界デビューも。
 ごめんカガミと心の中で平謝りだ。
 まず、取り繕わねば。
 考えろ。考えるんだ。

 ……ダメだ。

 何も思いつかない。
 パッと振り向きノアを見ると、口をポカンと開けてオレを見ていた。
 隣にフヨフヨと浮いたロンロも全く同じ表情だ。
 ノアはともかくロンロは何とかしてくれよ。
 セリフを考えるとか自分で言っていたじゃないか。
 今こそ、その時だろう。
 頼むよロンロさん。今こそ起死回生の気の利いたセリフを。
 ロンロ、ロンロと、口をパクパクさせる。
 ようやくオレの言いたいことに気づいたのか、ロンロは、いきなり下を何度も指差しだした。
 下?

 ギャーーーーーーーーーーーー!

 カツラが落ちている。
 さっきのやりとりで、落ちてしまったのか。
 あわててカツラをガッと掴み上げ、バサリと頭に乗っける。
 ふぅ。焦った。
 間一髪だった。
 そして、再びロンロを見ると、今度は何度も右を指差していた。
 右?

 ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!

 右を見ると、大きな窓が目に映った。その窓に、うっすらとオレの姿が反射していた。
 そこには下手くそな女装したオレの姿が映っていた。
 きっとあれだ。
 さっきのナセルディオとのあれがショックで……。

「おう゛ぁえあは……リ、リーダ! なぜお前が!」

 信じたくはなかったが、やっぱりそうだ。
 変装が、解けている。
 ゆっくりとナセルディオを見ると、鼻血をダラダラと流し、ヘタリ込んでいた。
 そして、オレをプルプルと震える指先を向けていた。
 無理だ。
 とりつくろうことなどできない。
 もう、知るか!

「バレちゃあしょうがねぇ!」

 大声をあげ、オレは頭にかぶっていたカツラを地べたに叩きつけ、開き直る。

『バシン』

 静かな舞踏会場に、カツラを叩きつけた音が響く。

「おーともさ、リーダ様さ!」

 もうヤケだ。

「カガミを……ノア……。ノアサリーナお嬢様を悲しませたお前を叩き潰すために、このオレ様が直々に乗り込んできてやったのよ!」
「な、なんだと」
「聞こえなかったんだったらもう一回言ってやる! ノアサリーナお嬢様を悲しませたナセルディオ! お前に天誅を食らわすため、来てやったんだ。このリーダ様が直々に手を下すためにな!」

 ビシッと、自らの親指を自分に向けて、オレが大きく啖呵を切った後も、静まり返っていた。
 えっと、次は……。
 言うことは言った。
 他に何も思いつかない。
 もうさっさと逃げるしかない……とかいうより、余計な事せずサッサと逃げれば良かった。
 逃げよう。
 というより、この場にはいたくない。
 先ほどから空気が一変している。
 奴は……ナセルディオは気がついていないのか。
 カガミの作った魔法陣は、予想通り……いや、予想以上に機能している。
 ナセルディオの魅了は解け、ほんのつい先ほどまで柔らかい視線に見守られていたナセルディオだったが、今は違う。
 嫌悪感をあらわにナセルディオを、睨みつける数多くのご婦人方。
 彼を囲む視線は、憎悪を含んだ刺すような視線に変わっていた。
 あいつ、今まで何やらかしてきたんだ。尋常じゃ無いぞ、周りのご婦人方の顔つき。
 空気が重い。
 不穏な気配。
 だが、この異様な雰囲気には憶えがある。
 その経験からはっきりわかる。
 こんな場所にいて、奴に関わっていたら、巻き込まれること間違いない。
 さっさと立ち去ろう。

「追い払え」

 オレがナセルディオに背を向け、先ほど通った扉へと向かおうとしたのことだ。
 甲高い男の声が響く。
 追い払え?
 言われるまでもない、心配しなくても、これからすぐに逃げるよ。
 駆け足でノアに近づき「さっさとずらかるぞ。ノア」と声をかける。

「え?」
「奴は終わりだ。ほっといても、オレ達の勝ちだ」

 呆然としたままのノアの側で、足踏みしながら声をかける。

「うん!」

 とてもいい笑顔でノアは頷いた。
 それから、一緒に開け放たれたままの扉を、くぐるべく小走りで進む。
 それは、今まさに部屋から出ようとした時のことだ。

「黒の滴だ!」

 背後からナセルディオの声が響いた。
 声は続く。

「予言に示された道を違えたお前達には、天罰が下る! いや、天罰だけではない! お前らはここで殺されるべきだ! 追い払うだけでは生ぬるい! 殺せ! 殺せ!」

 響き渡るナセルディオの鼻声まじりの怒声。
 その直後、クルリと振り向いてノアがナセルディオを睨みつけた。

「黒の滴はリーダが倒したんだ! やっつけたんだ!」

 そして、ナセルディオに負けないぐらい大きな声でノアは言った。

「黒の滴を……まさか……」

 ノアの一言に、あたりがざわめき出した。
 両手をグッと握りしめ、下に突き出すようにして、ノアの言葉は続く。

「リーダは……リーダは強いんだ! お前なんかよりも、ずっとずっと強くてかっこいいんだ! 優しいんだ! だから、だから、リーダが終わりだって言ったから、お前は終わりなんだ。ナセルディオ!」
「な、なんだと?」
「ママを、傷つけて、裏切って、お前なんかパパじゃない。お前なんか嫌いだ、ナセルディオ……べーだ!」

 まくし立てるように言った後、ノアは振り向き再び走り出す。
 あっいう間にオレの横をすり抜け部屋から出てしまう。
 それから振り向いて「行こう。リーダ」と言った。
 良い笑顔で。

「あぁ」

 そう答えて、先行するノアを追いかける。
 すぐに誰かが立ちはだかるかと思っていたが、外はまだ舞踏会で起きた出来事を把握していない状態だった。
 右往左往する立派な鎧を着た人達をすり抜け進む。

「あっ! あの人」

 だが、いつまでも気楽に逃がしてはくれないようだ。
 見ると白い鎧を着た騎士が、剣を抜きオレ達の方に向かってきていた。
 捕まるわけにはいかない。

「右だ!」
「うん」

 行き当たりばったりに、ノアを先頭にして2人で走って逃げる。

「走りにくいな」

 オレが慣れない丈の長いスカートに苦闘し、ドタバタと走っていると、ノアが振り向いた。

「こうやって、ここと、ここを、手でつまんで走ると速く走れるよ」

 そして、アドバイスしてくれた。
 言われた通りに、スカートの端を手でつまんでみると、とても動きやすくなる。

「ありがとう、ノア」

 そう言うと「うん」と頷き、振り向いてさらに足を速めた。
 オレもスピードを上げ、後をついていく。

「アハハ」

 走ってピンチ状態にもかかわらず、ノアは笑い出す。

「アハハハハハ」

 すごく嬉しそうに大きく笑う。
 ノアの嬉しそうな笑い声は、辺り一帯に響き渡った。
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