召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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第二十三章 人の名、人の価値

とまらないなみだ

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 大人になったノアに会ったかどうかの質問。
 軽い気持ちで聞いてみたが、当たったとは。
 でも、長い間、目が覚めなかったのは、あのもう一つの異世界に行っていたということか。

「それで色々と話さないといけないことがあります」

 広間で一息ついた後、カガミが説明してくれる。
 気がつくと赤い髪の女性がそばに座っていたらしい。
 真っ黒い世界の中で、オレが前に行った場所と同じ所だと気がついたそうだ。
 そこでナセルディオの話を聞いたという。
 帝国には皇族のみが施される秘術があるそうだ。
 それにより自身を魔導具と化し、天に張り付いている極光魔法陣を起動させることができるという。その結果、詠唱も魔法陣もなく、強力な魔法を行使できるらしい。
 そういえば第1皇子であるクシュハヤートも秘術を使っていたな。
 幻を実態に、実態を幻にという秘術だ。
 ナセルディオの場合は、魅了。
 彼は女性限定だが、目のあった女性を、願うだけで魅了出来るという。
 しかもそれは、天に張り付いている極光魔法陣によるもので、ナセルディオと距離が近ければより強力に、そして一度魅了にかかれば何処まで離れていても、じわじわと魅了の力は増すそうだ。
 なるほど。カガミの様子が変わっていたのは、ずっとナセルディオの側にいて魅了を受け続けていたからか。
 彼はその力をもって、あらゆる女性を魅了し、そして自分の手駒として操るそうだ。

「最悪」

 ミズキが吐き捨てるように言う。
 オレも同感だ。

「あのね、私はカガミお姉ちゃんが、元気になって嬉しいよ」

 沈んだ空気の中、ノアが明るい調子で言った。

「そうだよな。カガミが元気になったんだ。復帰祝いといこうか」
「賛成賛成」

 沈んだ空気をなんとかしようというオレの提案は受け入れられたようだ。
 それから早速、カガミの復帰祝いとしてささやかなパーティーを始める。
 メニューはカレーだ。
 正直、コルヌートセルで甘いものばかり食っていて、オレの心は辛い物を欲しているのだ。

「ノアちゃんも大好きですしね。良いと思います」

 ゴロゴロ大きめサイズにカットした野菜沢山のカレーだ。

「カレー。大好き、楽しみ!」

 ノアもはしゃぎすぎというくらい喜んで、手伝ってくれた。

「あれ、トゥンヘルさんは?」
「あいつは、アロンフェルが離してくれないらしいの」
「なんかさっき怒られてましたよ。弱いのに表に出て戦っちゃダメだと」
「そうなんスね」

 あとでトゥンヘルとアロンフェルには、お裾分けでカレー持ってけばいいだろう。
 ともかく、お腹が空いた。さっさと食べたい。

「それにしても、また珍しいものを出してきおったな」

 リスティネルがなめ回すようにカレーを眺めて言う。
 善は急げと、早速カレーパーティーを始める。

「おかわり」
「なんでリーダが一番美味しそうに食ってんだ?」

 サムソンが怪訝な顔をしてオレに言う。
 いいじゃないか、美味しそうにカレーを食ってもさ。
 まったく。

「美味しいからしょうがないだろ」
「おいらも好きです」
「ほら、ピッキーも美味しいって。カレーは美味しい。な、ノア」

 そう、オレが笑いかけた時だった。
 ノアが突如涙をポロポロと流し出した。

「ノアノア?」

 ミズキが小さく声をかける。
 何度も、何度も、流れる涙をノアは手で拭い「違う違う」と言い出した。

「大丈夫? ノアちゃん」
「違うの。カレーが辛いの」

 言いながらノアは、大粒の涙を流す。

「そうか、ごめん。オレがカレーをちょっと……辛く作りすぎたようだ」
「まったくもう、リーダは。じゃあ、ちょっと向こうで、お口ゆすごう」
「カレーも……作り直さなきゃね」

 そう言いながら、ミズキが、ノアを奥へと連れていき、カガミがカレーの入った鍋を手に取った。

「辛いことがあれば我慢せずとも良いものを」

 リスティネルは自分の分のカレーを平らげて、そそくさ去っていく。
 結局、そこでカレーパーティはお開きになった。

「何があったんだ」

 ノアが寝た後、広間に残るオレにサムソンが問いかける。
 オレは今日あった出来事を説明した。
 ナセルディオは、ノアを生贄にするために呼び寄せたこと。
 血塗られた聖女というものを、転生魔法により作り出すのが奴の目的だったこと。
 その話の中でナセルディオ達は、本来であれば、ギリアで血塗られた聖女という存在が生まれるはずだったが、ノアが母親を見捨てたことにより失敗したと断言していたこと。
 そして、ナセルディオは、ノアの母親の名前すら憶えていなかったこと。
 それらを説明する。

「そうですか……」

 カガミが、じっと下を俯いてぽつりと言った。
 テーブルの上に置かれた握り拳が、ふるふると震えていた。

「じゃあ、ノアちゃんは手紙に母親の名前がなかったから、本当に父親が母親のことが好きだったのかを、確認したかったってことっスかね」
「多分」
「それで、この結果か」
「これからどうします?」
「いろいろあった。ノアが落ち着いてから、あらためて話し合おう」

 重苦しい空気の中、オレのできる提案は、ただの先送りしかなかった。
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