召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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第二十一章 行進の終焉、微笑む勝者

じんじとかいてひとごととよむ

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 用意された館について、上着のローブを脱ぎベッドに寝転がる。
 ふかふかのベッドだ。水音がするので、よく見たら、シーツの下はゼリー状の水だった。
 冬にウォーターベッドか。
 壁の一方には、巨大な水槽が置いてあり、メダカサイズの魚がのんびりと泳いでいた。
 本当に、切実に、夏に来たかった。

「恭順か、死か……」

 気を取り直して、手紙の内容を、反芻する。
 目を閉じると地の果てまで続くオレ達の行進の姿が目に浮かぶ。
 大変なことになったな。
 やっぱりそうだよな。
 こりゃ、デスマーチ確定だな。
 本当に、どうしたものか。
 ぼんやりとこれからの事を考えていると、ノアが入り口に立っていた。

「どうしたノア?」
「あのね、サムソンお兄ちゃんが話し合いをしようって」
「了解」
「いっぱい考えなきゃいけないね」
「いっぱい?」
「神殿長様がね、この町を賑やかにしたいって」

 小さな手で握りこぶしを作って、うんうんと頷いている。
 ノアはやる気だ。

「そうだったね。たくさんのお仕事だ」
「うん」

 確かに気合いをいれなきゃな。
 神殿長の依頼はともかく、あまりにも大量の事務仕事だ。
 皆も覚悟があるようだ。早め早めの対応が頼もしい。
 オレ達に時間はない。だからこそ、効率的な労働のため、打ち合わせは必要だ。
 広間に行くとみんなが集まっていた。

「先輩、遅いっスよ」

 プレインが困ったように言う。

「あぁ、これからのことを考えると気が重いよな」
「そうっスね」
「はい、リーダ、お茶。あとね、カロメー」
「ありがとう」

 ノアからカロメーとお茶を受け取る。
 影の中からロッキングチェアを取り出し、深く腰掛けゆらゆらと揺られながらお茶を飲む。
 カップのお茶を飲んでいると天井が目に入った。
 落ちてきたら死にそうなシャンデリアが目立つ天井。
 でも、まぁ、高い天井は開放感があるよな。

「で、さっきのカガミ氏のいうとおり、相手のことを知るというのは大事だ」
「でもさ、相手のことを知った上でどうするかってことが大事じゃん」

 すでに同僚達は話し合いを始めていた。
 相手の事を知るか……そうだよな。
 諸侯が派遣してきた人達だったら知っている人もいるのかな。

「恭順って、配下になって一緒に戦えってことっスかね?」
「そしたらさ、私達って、兵隊になるってことじゃん。やだよそんなの」

 議論が白熱している。
 確かに色々と問題はあるな。

「ですが、じゃあ、配下に加わらないっていうことになると、殺すって言っているんですよね。戦うのは厳しいと思います。思いません?」
「じゃあ、兵隊になれっていうの?」
「そうは言いませんが……それに兵隊になるとは限りませんし」
「回答までに時間はどれくらいあるんスかね」

 回答まで?
 そういや、時間がなかったら、どうにもならないな。

「あと1ヶ月、だそうです。イブーリサウト様は、少し前から一軍を率いてむかっているそうです」
「へぇ、そうなんだ」
「えぇ」
「タイワァス神殿の方からはそう聞いています。一軍を率いてゆっくり進んでいると、手紙を持っていた使者は言っていたそうです。考える時間は十分にあると思います。思いません?」

 1ヶ月か。
 どのくらい睡眠時間削ることになるかな。
 あぁ。気が滅入る。

「こうして見ると、結構時間があると思うぞ」
「でも、時間があっても、分からないことだらけじゃないっスか」
「待遇については、交渉次第ではないじゃないか?」
「交渉次第で自由になれるってこと?」
「あぁ。少なくとも交渉する余地はあると思うぞ」

 なんだか、皆のんびりしているよな。
 1ヶ月しかないってのに。
 考えるだけで時間がかかることはわかる。あぁ、胃が痛くなってきた。
 ギリギリかな。
 まず、これからすぐに準備をしなくては。
 やっぱり相当厳しいスケジュールになるだろう。

「逃げるってのはどうかな?」
「この一団を連れてか?」
「皆に話をして、行進を解散。それで、逃げるってわけ」
「そうですね、皆さんを説得することが出来れば、私たちだけで一度、ヨラン王国に戻るという手はありだと思います」
「でも、そうしたらさ、ノアノアのお父さんに会うって話がおじゃんになっちゃうじゃん」
「それならいっそ、ノアちゃんのお父さんに助けを求めるってのは、どうっスか?」

 議論は続いている。
 それにしても、さっきからこいつらは自分のことしか話していないな。
 まあ、自分が大事ってのはわかるが。
 うーん……だけれど今はそういうことを考えている暇は無いと思う。

「やっぱり人事と書いてヒトゴトと読むというのは本当なのかな」

 同僚達が、あまりにも自分本位な議論をしていることに、不満を覚え、考えが思わず口に出てしまう。

「ジンジトカイテヒトゴトトヨム……でしたか」

 ノアがオレを見て、不思議そうに首を傾げる。
 そっか、ノアは人事なんて言われてもわからないよな。

「そうだね。人事っていうのはね、社員の立場なんかを調整……皆がうれしくなるようにすることなんだけどね」

 ノアに人事ということについて話をする。
 よくよく考えたらオレと同僚達だけがわかっていることだ、ノア達の協力がなくては乗り切れない問題だ。
 簡単な流れぐらいは説明しておいた方がいいだろう。

「シャイン?」
「でも大丈夫。きっとうまくいくさ、時間がギリギリなんだけどね」

 そう言って笑う。

「おい。リーダ?」

 だが、オレの言葉に、同僚達が首を傾げていた。

「なんだ、サムソン?」
「何だじゃなくて、何の話をしているんだ?」

 そんなサムソンのリアクションがわからない。
 こいつら自分のことばっかり考えて他の事がおろそかになっている。
 困ったもんだ。

「何の話って、常識で考えろ。これからの事を言っているに決まってるじゃないか」
「リーダの常識って……」
「えぇ。ですから、これからのことを今話し合っていますよね?」
「話し合ってるって言っても、それ自分のことだろう。もう時間がないんだ。早く行動しないと」
「行動っスか?」

 なんてことだ。
 あまりにも無責任な言動に悲しくなる。
 ここはオレだけでも、しっかりとしなくてはならない。

「あと1ヶ月しかないんだろう?」
「そう聞いています」
「その間に全員からヒアリングをして、データを取りまとめて、そして調整しなくてはならない」
「ヒアリング? 調整?」
「そりゃそうだろう。この一行、全員の異動希望を聞かなきゃならないだろう?」
「異動希望?」

 皆が首を傾げる。
 この期に及んでもまだ思い至らないのか。
 サムソンぐらいは気づいてくれるやろうと思っていたが、サムソンも首をひねるばかりだ。
 一から言うしかないようだ。

「今回、この行進の参加者はノアを慕って集まってきてくれた人達だ。いうなれば、ノアを社長とする一個の会社。今回の手紙の件についても、最優先するのは、ある意味社員たる、この一行の人達だろ?」

 まず、はっきりと言う。
 同僚達は自分のことばかり。
 少し悲しくなってしまう。

「えぇ」
「いいか? 今回の手紙の内容っていう話、とどのつまり、こういうことだ。これから迎えに行くから、それまで身の振り方を考えておいてね……と」
「まぁ、そうですね」
「選択肢は二つ。部下になるか死ぬかってことっスよね?」
「いや、さすがにその二つだけってのはおおざっぱすぎる。これだけの人がいるんだ。大量に殺してしまったら、皇帝になれないだろ? さすがにそんな虐殺するような奴がさ」
「そうなんですか?」
「言われると……確かに。どのくらい逆らうかにもよると思うが」
「オレ達の常識で当てはめると、今回の手紙というのは、俺様の部署に来て仕事するか、それとも仕事を辞めるか、どちらかを聞いてるようなもんだ」
「置き換えるっと……まあ、そうかも」
「それでだ、この質問自体は、代表のノア宛なんだけれども、ここにいるのはオレ達だけじゃない」
「えぇ」
「神官の人達は、自分たちで何とかすると言ったが、他の人達は違う」
「そうですね」
「だからだよ」
「は?」
「えっ?」

 ここまで言ってもまだ分かってくれないのか。
 やっぱりこいつは、この世界に来て仕事から離れすぎているのだろう。
 バカンスが長いと、考え方もちょっと変わってしまうのかもなぁ。

「つまり、大事なのは皆の希望を聞くってことだよ」
「全員の?」
「そうだ。だってさ、今回の提案……会社に例えると、オレの部署に入るか、それとも会社辞めるかっていうことは、それぞれが選ぶことだろう?」
「生きるか死ぬかの選択っスからね。全部決めるのはマズイかもしれないっス」
「言われてみると……」
「となれば……だ。全員の意見をヒアリングしなくてはならない。マークシート形式にするのか、それともを書き込む形式にするのか、はたまた聞き取りなのか。方法は、これから詰めるとしてだ、あの人数全員に意見を聞いて取りまとめて、それを示しながら、そのイブーリサウト様だっけ? その人に伝えなくてはいけない。時間がかかることだ」
「つまり、意見のとりまとめに時間が……事務作業だけでも大変だということでしょうか?」
「そういうことだよ、カガミくん」
「はぁ」
「つまり、この短い期間の中で、オレ達は全員から、人事の希望を聞いて、取りまとめなくてはいけない。リミットは自由にならない。これは、いうなれば、不慣れなオレ達が人事の仕事をしなくてはならないという辛い現実の話なんだ!」

 時間がない中で膨大な仕事があるということを、同僚達に理解してもらわなくてはならない。
 そんな思いからついつい口調が断定的に、そして居丈高になってしまう。
 だが、許してほしい。
 ところが、オレの真剣な思いとは裏腹に、同僚たちは首を傾げるだけだった。
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