召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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第二十一章 行進の終焉、微笑む勝者

閑話 聖女の一行

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 その二人は、聖女ノアサリーナを先頭にすすむ行進の後方にいた。
 旅装の長い髪をした男に、複雑に編み込まれた茶色い髪をした旅装の女性。肩には小さい猿が乗っている。
 さらにすぐ後ろには、小さいながらも自らの身の丈を遙かに超える荷物を抱え、軽快に付き従うもう一匹の猿。
 他の人達と同じように、近くにいる人と話をしながら踊り進む。

「ある意味、見事だ」

 男が、隣を進む女性に話しかける。
 その声は、あたりの声や音楽にまぎれ他には聞こえない。

「んーふ。バビントもわかっちゃった? 見ての通り、なかなか調子いいのね。踊りは体にいい。痩せてきたという実感が……」
「そっちじゃねーよ。おばさん」

『ドスン』

 鋭い動きから繰り出される肘鉄が、バビントと呼ばれた男の脇腹にあたる。
 女性の複雑に編み込まれた髪が少しだけ崩れるが、すぐに女性の肩に立つ小さな猿が髪を整えた。

「ちょっと何よ。おばさん?」
「ン……ゴホッ。失言でございました、麗しきエティナーレ様。まったく、なんでうちの女性陣は皆凶暴なんだろう」

 軽口を叩く2人に籠をもった男が近づいてくる。
 籠にはカロメーが入っていて、男はそれを配りながら進んでいた。

「お2人様、相変わらずは仲がいいね」
「おじさまも、いつもカロメーありがとうございます」
「いやいや。これも、大事なお役目ってやつさ」
「それにしても、大所帯になりましたね。カロメーも二日に一つ。大切に食べなくてはね」
「私も、聖女の演説に心打たれ参加したのですが、いつまでも続いて欲しい、そんな不思議な気持ちでいっぱいです」
「まったくだ。もちろん雪が降れば、この行進も一旦お開きだろうなぁ」
「まもなくですわね」
「そうかもしれんなぁ。だが、ノアサリーナ様がここまでおいら達のことを考えてくださるとは思ってもなかった」
「そうですね、食べ物まで」
「水の方がうれしかったよ。正直。おいら達は皆、どこかで切り捨てられるんではないかと思ってたんだがな。頼りになる諸侯が参加するまでの、ほんのひとときの手助け。そんなつもりだったんだが」
「切り捨てるなんて、考えておりませんわ。聖女様は」
「そうだなぁ。あんまりにも聖女様がお優しいので、皆が慕って集まった。加えて上手い飯食って楽しく人助けができるってんで、この大所帯だ。どうやら聖女というのは嘘じゃないらしい……いや、もちろん信じてたよ。おっと長話しちまった。そうそう、カロメーを渡さなきゃ。カロメーだ」
「いただきます」
「リーダ様も大好きだっていうだけあって、うまいよな、これ……って、わりいわりい、独り占めしないって」

 遠くから呼ばれて男がにっこりと人なつっこい笑顔を浮かべ走り去っていく。

「さっきの話だが、どう見るって言ったのは、この一行に潜む人たちのことだよ」

 沢山のカロメーをもったまま軽やかな足取りで、2人の側から離れていったのを見届け、バビントが、踊りを再開したエティナーレに声をかける。

「潜む……ですか? 手練れがたくさんいて……ング、びっくり仰天ですわね」
「食いながらしゃべるな。あぁ、神官達も、あれほどの使い手が揃うと思ってなかった」
「舞姫ブロンニに、夢見るワウワルフ。有名な二人が同じ場にいるなんてね」
「あの二人以外にも、手練れいるしなぁ……侮れないな、神官。それにヨラン王国の王都守備隊の有名人まで踊ってやがる」

 そう言って、バビントが遠く見つめる、そこにはひげ面の大男が楽しそうに踊っていた。
 大きな体躯に、巨大なバッグを背負い、それにも関わらず軽快に踊る様子に、ただ者でないことが見て取れる。

「今は子供に家督を譲って、流浪の料理人として第2の人生を歩んでいるそうですよ」
「はぁ。さっきの話じゃないが、いつまで続くんだろうな。この大行進」
「さあ、でもこのままノアサリーナについていったほうが都合がいいじゃんありませんか?」
「任務としては、そりゃそうだ。楽なもんだよ」
「私1人で追跡をしていた時、本当にひどい目にあいましたの」
「なんだっけ、森で変な女の子に追いかけ回されたってことか?」
「得体の知れない人間でない女の子にね。それに比べれば、踊ってるだけで任務が果たせるなんて夢のよう」
「うまい飯も食える」
「寒いといえば、毛布もくれますわね」
「確かに。イオタイトとキャシテが帝都で豪遊しているのに、俺達は毎日踊るだけかと思っていたが悪くない」
「痩せるのはいいですわ」
「食い過ぎだろ。食わなきゃ痩せる。それにしても、この一行は武力を持ちすぎてる気がする」
「最初は神官に、貴族の私兵……それから、各領主の提供した騎士や戦士達」
「それにノアサリーナの従者が持つ知見を探ろうと言う者達……なかなかに、酷い」
「こんなに無節操に人を受け入れるとは思いませんでしたもの。きっと、皆さんも同様に考えているのでしょうね」
「知見目当てに集まった者達は、カロメー……食い物の知識くらいは得られたのかな」
「知識以外にも、この一行をなんとかして自らの陣営に加えたいという人達もいるようですよ。難儀しているようですけど」
「あらゆる思惑をもった人間が集まり、いざ動こうとすれば、他者の動きがわからず及び腰になる。結局、誰も、この行進を操れず、そして従者へと話しかけることすらできない。それどころか、逆にノアサリーナ達に世話をされる体で情報を取られる始末」
「見事に皆さんはめられましたわね」
「これはノアサリーナの考えではないだろう。従者のうち、おそらくリーダという男の考えだ。皆の事を考えるフリをしつつ、情報を集めるとは思ってもいなかった」
「本当、しかも細々とした気配り、民衆の支持はますます増すばかり、立場によっては聖女の行進どころか、悪夢の行進ですわね」
「いいな。それ、おば……お姉さん」

 バビントとエティナーレ。
 2人が話をしているとき、ふと大きな「不覚!」という声が響き渡った。
 先ほどまで、楽しそうに踊っていた大男が、慌てふためきどこかへと駆けていく。
 いきなりのことに、一行は混乱し始めていた。

「何があったのでしょう。少し調べてくる」

 そうバビントが言いって踊りながら先行する、しばらくして大男とバビントはそれぞれが大きな台車を引いて戻ってきた。
 台車は奇妙な作りだった。
 沢山の小さな戸棚が据え付けられ、そこにはフォークと器が一組ずつ収まっていた。
 今回のためだけに作られた台車。
 やがて、台車の奇妙な作りに人々は踊りをやめて、興味をひかれ集まりはじめた。

「一旦、食事休憩!」

 台車を引いた大男が声をあげ、一行を見守っている神官達も続いた。

「いい匂いがするな」

 台車に近づいていたうちの一人が声をあげる。

「さすがにカロメーじゃないな」
「あぁ、だが、旨そうな匂いだ。聖女様の心遣いだろう。いろいろと知らない料理ばかりで嬉しいことだ」
「あっ、給仕班。今日は急いでくれということだ」

 その言葉にどよめきが起こる。

「こんな旨そうな料理なのに、急げって……」
「なにかあったのか?」
「いや、この料理は時間をおくと、まずくなるらしい」

 大男の弁解するかのような言葉であたりに笑い声が起こる。

「そっかそっか」

 安心した様子の人々へお椀が配られ、そこに熱いスープが注がれる。
 お椀にはすでに具材が入っていた。

「器には何か入っているな」
「それは麺だ。スープが注がれたら、ほぐして食べてくれ。スープに絡めて食べるといいらしい」
「なんだいこれは?」
「ラーメンという食べ物らしいぞ」
「へー」
「こりゃ、うまい」
「おかわりがほしいな」

 それぞれがラーメンを受け取り、座り込んでラーメンを食べる。
 行進には様々な立場の人がいたが、誰もが笑い、食事を楽しんでいた。

「俺はカロメーってやつよりも、このラーメンっての方が好きだな」
「まぁ、こっちの方が手が込んでる」
「ノアサリーナ様の従者が、帝国の料理人に教えたらしいぞ」
「なんでも、中に入っている肉。南方でも珍しい肉だというぞ」
「すごいな」
「おら、聖女様についてきて良かった」

 そして、楽しい食事はすぐに終わり、皆が行進を再開する。
 皆が笑顔で踊り進む。
 新鮮な経験。
 楽しい踊り。
 行進に参加する者は、ますます増えていき、不思議で楽しい行進の噂は帝国に広まっていた。
 そんな行進が続いたある日。
 エティナーレは1人の小僧から手紙を受け取った。

「ありがとう、これはお駄賃」

 チップとしてお金を渡し、彼女は手紙を開け、表情を曇らせる。

「何だ?」
「主様から……キャシテが裏切った。イオタイトが帝都で足止め……ですって」
「詳細がわからないからなんとも言えないが……言えないが。他には?」
「私は帝国から一度立ち去れと」
「そっか。了解」
「もうすぐ聖地タイアトラープ。聖地を見られないのはつらいけど。任務は残酷よね」

 残念がるエティナーレから手紙を受け取ると、バビントはパタパタと手紙を振った。
 すると彼の手にあった手紙が、一輪の花へと姿を変える。

「選別だ」

 それをエティナーレは受け取ると、近くにいた猿にあげた。

「なかなか、美味しいって」
「ひでぇな」

 バビントがあきれたように声を上げたとき、そこにはエティナーレの姿はなかった。
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