召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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第二十章 聖女の行進

ふうりん

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 工房の職人が言った言葉。

「ワッショイ」

 ただ、言われたノアは、とても嬉しそうというか誇らしげだった。
 ちなみに、同僚たちの視線は痛かった。
 あの場面は、ああやって切り抜けるしかなかったのだ。
 しょうがなかったのだ。
 工房見学をした後も、領主の案内で町を回る。
 料理にも鐘がつかわれていて、興味深い。
 鐘を逆さにして鍋のように使うのだ。
 そんな逆さにした鐘の壁面に、パン生地を貼り付けて焼いたパンが昼食だった。
 香ばしくもちもちしたパンは、合わせて出された花びらの炒め物の塩辛さに合っていて美味しかった。
 それからも、町を観光して日々を過ごす。

「アーブーンス様は多忙ゆえ、今日はわたくしがご案内いたします」

 さすがに連日の案内は厳しかったのだろう。
 今日は、年配の女性が案内してくれることになった。

「この町に住む皆様は、どのように日々を過ごされているのですか?」

 ノアのちょっとした疑問に答える形で、歩きでこの辺りを紹介するということだった。
 本当に、ここの領主は親切だ。

『チリーン……チリーン……』

 たまに鐘が鳴るこの町で、特に一風変わった音色があった。
 そこには大きな風鈴があった。
 人の頭ぐらいのサイズをした風鈴。

「風鈴っスね」
「風鈴ですか?」

 プレインの言葉に、案内役の女性が首をかしげオレに質問する。

「故郷の……楽器です。故郷のものは、この拳くらいの大きさですが……」
「なるほど。世界は広いのでございますね。ガラスの鐘が、他国にもあるとは初耳です」

 その風鈴は軒先に吊るされているのではなく、湾曲した木の棒……弓のように弧を描く棒の一方に吊されていた。短冊の下部から伸びた紐は、もう一方の先端に結ばれていた。
 風鈴から吊された短冊に似た白い布は風に揺られてイライラと揺れ、風鈴の音色を響かせる。
 懐かしい音だ。
 そのような風鈴と短冊が据え付けられた湾曲した棒を手に持って、店前を1人の男が行ったり来たりしている。彼の持つ風鈴の音色が響いていたのだ。
 すぐに別の人間が、うろつき回る男に質問し、案内を受けて店へと入っていった。
 風鈴を持って男が店先をウロウロと歩き回って商品をアピールしていたわけか。

「面白いっスね」

 面白そうなので、近寄って店の人達に話を聞く。
 あの風鈴は、羊を操る楽器らしい。
 オレ達が通ってきた古戦場、あそこで羊を放牧するそうだ。
 そして、風鈴の音色と、犬を使い羊を操るという。
 なるほど。
 せっかくだから1本買っておいた。
 弓に似た柄の部分と、ガラス製の鐘の部分、短冊状の布。
 それぞれオーダーメイドできるらしい。
 特にこだわりがないので、店先に並んでいたものから適当にチョイスして組み上げてもらう。
 組み上げる途中、風が吹いて短冊状の布が揺らめく。

「まるで旗のようっスね」

 組み上げる間見て、その光景を見ていると一つ思い立ったことがあった。

「オレ、ちょっと出かけてくるよ」
「ちょっと、ちょっと待ってください、リーダ」
「なに?」
「また、リーダ、迷子になっちゃうからさ。ちょっと、そこでおとなしくしてて」

 カガミに呼び止められて聞き返すと、当たり前のことのようにミズキがそんなことを言い出した。
 大の大人に言うセリフか、それは。
 まったく。

「もぅ。落ち着きがないんだからぁ」

 ロンロにまでバカにされる。

「で、リーダ。お前、どこに行こうとしたんだ?」
「いや、ちょっと門のあたりかな」
「門のあたり?」
「別にどこでもいいんだけど、ほら、白孔雀を飛ばす先を示す、場所を示す言葉。あれを試してみようかとね」

 旗を地面に立てて看破の魔法で調べると判明するという言葉。
 はためく布を見て、それを思い出したのだ。
 忘れない内に試しておきたい。

「なる。確かにいっぱい集めたいよね」
「だろ?」
「でもさ、急ぐことないじゃん」

 確かにそうだ。
 別に至急ではない。
 仕方が無い、忘れないようにして、今晩辺りに実行しよう。
 よくよく考えれば、館で試しても問題ないしな。
 とりあえず、作業風景を見守りながら時間を潰す。
 店の人がサービスで持ってきたお茶を飲みながら。
 お茶といっても甘いお茶だ。
 ガラスの器に、温いお茶が入っている。
 器の中に、花のつぼみが見えた。蜂蜜漬けにした花のつぼみをぬるま湯に入れることで、お茶になるそうだ。
 お茶を飲み終わった後は、花のつぼみを食べておしまい。

「これ、素敵だと思います。思いません?」

 カガミがたいそう気に入って、店の人に分けてもらっていた。
 もっともタダではない。
 1つ8タムカ。
 帝国は、やはり外国。ヨラン王国とは貨幣価値が違う。
 タムカという通貨があるのだ。
 長方形の親指大の貨幣。
 材質によって価値が違う。銅貨は1タムカ、銀貨は75タムカ、そして金貨は675タムカ。
 金貨と銀貨の交換レートを考えなくて済むので、いままでよりずっとわかりやすい。
 風鈴は300タムカだった。
 モルトールの役人が言っていたように、宝石を帝国に持ち込んでいて助かった。
 おかげで、換金はずいぶんとスムーズに進み、来たばかりの帝国でも不自由なく買い物ができる。
 しばらくして完成した風鈴を手に、チリンチリンと鳴らしながら館へと戻った。
 くだらないと思っていたが、実際に手に持って動く歩くとちょっとした動きの違いで、風鈴の音色が変わって面白い。
 オレがあまりにも楽しそうにしていると、同僚たちも次々と試してみたいと言いだし、争うように手に取った。
 それからノアに獣人達3人も、帰ってから風鈴で遊んだ。
 よく考えたら、子供達に我慢させて、大人たちが風鈴を奪いあって遊んでるのはいかがなものかと思う。

 まぁ、いいや。

 最後に風鈴を受け取ったノアが、オレの前をクルクルと回りながら風鈴を振り回す姿を見て、そう思った。
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