召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

文字の大きさ
上 下
400 / 830
第二十章 聖女の行進

かねのなるまち

しおりを挟む
 アサントホーエイの町にしばらく滞在することになった。
 領主が、背後にある峡谷を封鎖したからだ。

「アサントホーエイの町は防衛施設を兼ねた町トヨ」

 崖崩れがあったかのように閉ざされた街道を指して、エテーリウが教えてくれた。
 敵が来れば帝都まで届くという魔法の鐘をならし、背後にある峡谷を封鎖する。
 そうして、帝国の守りを盤石にする時間をかせぐのだそうだ。

「今回は、アンデッドの襲来による被害を防ぐためでしょう。帝都までひろげないために封鎖したようですね」
「一度封鎖したものは一月程度は復旧できないトヨ」

 地中にも防衛施設は埋まっていると言われるとノームの力で道をつくるのも怖い。
 あの向こうで、マヨネーズを食っているノームは、ああ見えてもやること派手だからな。

「まだまだ雪降りそうにないしさ、せっかくだから観光でもして時間潰そうよ」

 ユテレシアとエテーリウの解説を聞いて、即座にミズキが出した結論。
 それは観光。
 特に異論はない。
 せっかくの帝国旅行だ。楽しむことにしよう。
 さて、このアサントホーエイの町。
 この町は、小さな山脈をくりぬいたような立地にある鐘が目立つ町だ。
 ビルを彷彿とさせる建物の上に、門の形やアーチ状の建築物があり、そこに鐘が吊されている。そのような作りで設置された、大小様々な大きさの鐘が至る所にあるのだ。
 そんな町の一角にある大きな館。
 領主から、提供があった館だ。
 野球場サイズの巨大な庭付きの一戸建て。
 明るい黄土色をした壁をした四角い建物で、アサントホーエイの町にある一般的な建物と同じ外見をしている。そして、例にもれずこの館にも鐘がある。
 鐘の側には、ハンマーが置いてあり、これで叩いてならすそうだ。
 オレ達は断ったが、希望すれば鐘つき奴隷という人が、定期的に綺麗な音色を鳴らしてくれるそうだ。
 最初は宿を取ろうと思っていたが、かなり強引に、この館を進められてしまった。

「私の申し出を受けていただけなければ、私が領民に殺されてしまいます」

 こんなことを言われ頭を下げられては、断りきれない。
 使用人は断った。
 門の側にある離れに住む館の管理人と、日々交代する門番以外は、誰も居ない。
 気心しれた仲間だけでのんびりすごしたいのだ。
 数日をこの町で過ごしてみると、いろいろな発見があった。
 町の人々は鐘の音に従って動く。
 いままで滞在した町の中で一番、時間に厳しい町だ。
 あとは猿が目立つ。
 山にすむ猿が、町に降りてくるそうだ。

「餌をやらないでください」

 館の管理人に念を押されてしまった。
 温厚でおっとりした夫婦だが、この管理人夫妻が唯一キツい物言いだったのが猿の話だった。
 餌を一度やってしまうと、大挙して押し寄せてくるそうだ。
 元の世界でも、似たような話を聞いたことあるなと思い了承する。
 観光するにしても、今回は勝手が違った。
 館から出るにも、事前に館の管理人に予定を組んでもらわないとならないのだ。

「なんか、この館が観光名所になってるぞ」

 館の屋根から、望遠鏡で外を眺めていたサムソンが溜め息まじりに言う。
 アサントホーエイを救った救世主であるノアを一目見たいと、館を訪れる人が後を絶たないのだ。
 あれほど、派手に町を回ったのに関わらずだ。
 というわけで、人に取り囲まれたりしないように、領主と一緒に馬車で町を回る。
 そうなると領主のスケジュール調整が必要になってしまうということだ。

「自慢の町を案内するのは、苦にならないものですな」

 領主直々のガイドというのは、最初はかなり気まずかったが、すぐになれてしまった。
 慣れというのは恐ろしい。
 観光は3台の馬車で回る。
 先頭は、オレとノア、そして領主アーブーンスと助手。
 残りの馬車にも、1人ずつ案内役がいる。
 どこに行っても超VIP待遇だ。

「あれが始まりの鐘。皇帝の命により作られた魔法の鐘です」
「魔法の鐘……ですか?」
「えぇ。あの鐘の音は、帝都まで響くのです。いまや帝国の至る所にある鐘ですが、この町にもたらされたあの鐘こそが最初の1つなのですよ」

 つづく領主の説明で、あの始まりの鐘があるからこそ、この町が鐘だらけになったということがわかった。
 アサントホーエイの領民は、皆、あの鐘を誇りに思っているらしい。
 だからこそ始まりの鐘は、この町と象徴となった。
 そしてその見事な鐘にあやかろうと多くの職人がここに集まり、鐘だらけになったのだとか。

「鐘作りは、この町を象徴する産業でございます。よろしければ、案内しますが?」
「えぇ。是非に」

 この会話の後、鐘作りの工房を見学した。
 金属を溶かす行程は、危ないということで見せてもらえなかったが、それ以外は惜しみなく見せてもらった。

「みてみてリーダ。お口で吹いたら膨らんだよ」

 小声だが、興奮を隠しきれないといった様子でノアがオレに言った。
 それはガラス細工の行程だった。
 よくテレビで見る、息を吹き込んでガラスを膨らませる。
 その行程を見て、ノアは驚いたようだ。

「アサントホーエイにはガラスで作る小さな鐘もあります。魔法で増やす前の、純なるガラスで作る鐘は、帝国……ひいては世界でもここだけでしか手に入らぬでしょう」

 魔法で増やすか。
 この世界では、大抵の物を魔法で増やしているからな。
 確かに、魔法が介在しない材料だけで作られた品物が高く売買されているのは見たことがある。
 値段が何十倍も違うのに驚いたものだ。
 オレにはどっちがどっちかわからないのでどうでもいいけど。

「私、ガラスの形が変わるのを初めて見ました」
「ははは。ノアサリーナ様に喜んで頂き、案内したかいがあったというものです。もし興味がおありなら、紹介状をしたためますので、ガラス畑を見るのもよろしかろう」

 ガラス畑?
 領主の言葉を聞いて、ノアがこちらをチラリと見た。
 何も言わないが、ガラス畑を見てみたいというのがすぐにわかったので、軽く頷く。

「嬉しい申し出です。是非、見学させてくださいませ、アーブーンス様」

 ノアが笑顔で領主の提案を承諾する。
 この世界では、ガラスが畑で取れるのか。
 ガラスを地面に埋めると、芽がでたりするのかな。
 そんな場面を想像して笑ってしまう。
 ガラス工房では、人数分のハンドベルをもらった。
 職人がうやうやしくノアにハンドベルを渡すときに、小声で「ワッショイ」と言ったのが気に掛かる。
 ひょっとして流行っているのか。
 オレのやけくそでの思いつきが、妙な広まり方をしているのが不安になった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

転生先ではゆっくりと生きたい

ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。 事故で死んだ明彦が出会ったのは…… 転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた 小説家になろうでも連載中です。 なろうの方が話数が多いです。 https://ncode.syosetu.com/n8964gh/

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~

深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公 じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい …この世界でも生きていける術は用意している 責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう という訳で異世界暮らし始めちゃいます? ※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです ※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています

聖女の力を隠して塩対応していたら追放されたので冒険者になろうと思います

登龍乃月
ファンタジー
「フィリア! お前のような卑怯な女はいらん! 即刻国から出てゆくがいい!」 「え? いいんですか?」  聖女候補の一人である私、フィリアは王国の皇太子の嫁候補の一人でもあった。  聖女となった者が皇太子の妻となる。  そんな話が持ち上がり、私が嫁兼聖女候補に入ったと知らされた時は絶望だった。  皇太子はデブだし臭いし歯磨きもしない見てくれ最悪のニキビ顔、性格は傲慢でわがまま厚顔無恥の最悪を極める、そのくせプライド高いナルシスト。  私の一番嫌いなタイプだった。  ある日聖女の力に目覚めてしまった私、しかし皇太子の嫁になるなんて死んでも嫌だったので一生懸命その力を隠し、皇太子から嫌われるよう塩対応を続けていた。  そんなある日、冤罪をかけられた私はなんと国外追放。  やった!   これで最悪な責務から解放された!  隣の国に流れ着いた私はたまたま出会った冒険者バルトにスカウトされ、冒険者として新たな人生のスタートを切る事になった。  そして真の聖女たるフィリアが消えたことにより、彼女が無自覚に張っていた退魔の結界が消え、皇太子や城に様々な災厄が降りかかっていくのであった。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

処理中です...