召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

文字の大きさ
上 下
398 / 830
第二十章 聖女の行進

わっしょい

しおりを挟む
 世界がスローモーションに見えた。
 オレの手にあった桶は、オレの急な身体の動き連動し、中に少しだけ張ってある水を思いっきりぶちまけた。
 ぶちまけられた水は、ゆっくりと弧を描き領主の頭上にバシャリと落ちた。
 領主の側に付き従う騎士達が唖然とした表情でオレを見ていた。
 どうしていいのかわからないといった感じだ。

 オレもだ。

 それを見ていた民衆も一気に静まり返った。
 水を打ったように。
 水だけに。
 やばいと思って周りを見る。
 同僚たちもひきつった顔をしている。
 ノアは固唾を飲んで、オレを見守っていた。
 まずい。
 言い訳が思いつかない。

「これは一体?」

 かろうじて漏らした領主の言葉は怒りではなく、困惑を含んでいた。
 なんとか言い訳を考えなくてはいけない。

「えーとですね。これはその……」

 そう言いながら、あわててグッと自分の方に桶を引き寄せる。思いっきり。
 ところが、今度は逆の方に勢いが余ってしまった。
 やっぱり茶釜に乗り慣れていないのだ。
 グラグラと身体が不安定になる。
 大きな動きをすれば、特にだ。
 持ち上げ、引き抜くように動かした桶は、オレの真後ろにいた人へ水をぶちまけることになった。
 多分。
 パシャリという音と「げっ」という悲鳴が聞こえたのだ。
 これは……いよいよやばくなってきた。

「えーと」

 やばい。
 やばいやばい。
 ノアの立場が良くなるどころの話ではない。
 何か、似たような事例。
 乗り切るヒントが……。
 一瞬、水をぶちまける光景が頭に浮かんだ。
 これしかない。

「わっしょい!」

 そう言って更に別の人間へ水をぶちまけることにした。
 やけくそだ。

「えっと、これがですね。私の故郷でのおまじないというか、仕草というか。おめでたい席において、掛け声をあげながら水を撒きながら進むのが習わしなのです」

 思いつくまま声を出す。
 そう、お祭りの神輿。
 それがオレの脳裏に浮かんだのだ。
 つまりは異世界の知識で、この世界のピンチを乗り切る。
 水をぶちまけて大丈夫なネタが、それぐらいしか思いつかなかった。
 どうせ今やっているのはパレードだ。
 これぐらい余興で許してくれるのではないかと思った。

「そのような儀式が……では、なぜ今までやらなかった?」

 領主の反応は、当然のような疑問だった。
 うーん。

「それはですね。あれです。えっと、この町に立ち入るにあたって代表となる領主様こそが、最初に聖なる水を浴びるべき方だと思ったのです」
「聖なる水だと?」
「実は、これは、水を司るタイウァス神の神具でして」

 そう言ったところで領主は目を細めてにらむようにオレを見た。
 さすがにネタが適当すぎたか……。
 だが、信じてくれたようだ。

「なるほど」

 どうやらこれがタイワァス神の神具であることはわかってくれたようだ。
 間髪入れずにまくし立てる。

「はい。アンデッドを蹴散らし、根源に留めを刺し、そしてイフェメト帝国へ、皆をつれて入ることができて初めてアンデッド達との戦いは勝利するのです! そして、これからが本番なのです!」
「本番だと?」
「本番というか、フィナーレでございます!」

 もう、やけくそ。

「アンデットを倒しながら我々は進んできました。神々の力を束ね進んできました。ですが、いつまでもこのような行列を続けるのも問題です。いつか我々は日常に戻らねばならないのです」

 覚悟が決まると、ペラペラとセリフが浮かぶ。
 よくもまぁ、こんなことをでっち上げられるものだと、自分で自分に感心する。

「うむ、わかった。だが、今度からは事前に言って頂けないと対応に困る」
「それは申し訳ありません。私も勝利に……酔う。そう、酔っていたようです!」
「うむ。では最後に、アサントホーエイの領主として問おう! ワッショイというのは、真実に特別な意味の無い掛け声なのかね?」
「もちろんでございます」
「わかった。では、ワッショイ!」

 領主が大きな声を上げる。
 笑顔で。
 それを見た民衆達も再び笑顔に戻った。

「ワッショイ」

 民衆の声があがる。
 そこから先は、適当に言ったオレの言い訳。
 話の辻褄を合わせるべく、進みながら「ワッショイワッショイ」と声を上げつつ民衆達に水をぶちまけ続けた。
 ワッショイ、ワッショイと。
 帝国の入り口に、ワッショイという掛け声と、すんだ鐘の音がこだまする。
 オレ達は領主が先導するままに、ワッショイワッショイと声をあげて、町を練り歩いた。
 そんなオレを、ノアや獣人達3人はキラキラとした眼で見ていて、同僚達は引きつった笑顔で見ていた。
 ワッショイの掛け声は、日が暮れるまで続き、夜には夜で、至る所で勝利の宴が繰り広げられた。
 オレ達は、領主が手配してくれた館で数日滞在することになった。
 疲れた。
 予想外の運動だった。
 紹介された館は、領主が手配してくれただけあって立派な館だ。

「こうしてみると、帝国ってエジプトっぽいよね」

 ミズキが手配された館を見て言う。
 確かに黄土色の壁に描かれた絵は、遠近感がなく、抽象的で、エジプトっぽい。
 着ている服も、ヨラン王国とはずいぶんと違う。
 華やかというか、豪華というか。
 アラビアンナイトっぽい。
 すごく薄い生地の服。
 薄い生地を重ね着している。
 すでに肌寒い季節なのに、たまに薄着の人がいて、寒くないのかと思う。
 食べ物は、焦げ茶色の蒸しパンだった。
 これに、野菜や色とりどりの料理を装ってかぶりつく。
 いろいろと違うことが多すぎて、違う国に入ったことがよくわかった。

「ワッショイ! ワッショイ!」

 そんな中こだまするワッショイの掛け声。
 ピッキーが茶釜の背に乗って嬉しそうに遊んでいるのだ。

「リーダ様にお願いがあります!」

 それは夕方のことだった。
 食後、ピッキーを始め、獣人達3人に呼び止められた。

「なんだい?」
「おいら達もワッショイしていいでしょうか?」
「お願いします」

 凄く真剣な顔をしているから何だろうと思ったら、そんな話。
 そういや神具を借りっぱなしだったなと思いつつも渡す。
 そうしたら、延々とワッショイの声がこだますることになった。

「すっごく楽しそう」

 カガミが笑顔のまま見入っていた。
 いつの間にか、トッキーが茶釜にのって、茶釜の子供達とピッキーにチッキーの2人に水をかけていた。
 確かにカガミが言うように微笑ましい。

「どうでもいいが、リーダ。お前、これ以上ないってほどに、派手な帝国入りになったぞ」

 サムソンのぼやきが、グサリと胸に刺さった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

転生先ではゆっくりと生きたい

ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。 事故で死んだ明彦が出会ったのは…… 転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた 小説家になろうでも連載中です。 なろうの方が話数が多いです。 https://ncode.syosetu.com/n8964gh/

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

異世界に来たからといってヒロインとは限らない

あろまりん
ファンタジー
※ようやく修正終わりました!加筆&纏めたため、26~50までは欠番とします(笑)これ以降の番号振り直すなんて無理! ごめんなさい、変な番号降ってますが、内容は繋がってますから許してください!!!※ ファンタジー小説大賞結果発表!!! \9位/ ٩( 'ω' )و \奨励賞/ (嬉しかったので自慢します) 書籍化は考えていま…いな…してみたく…したいな…(ゲフンゲフン) 変わらず応援して頂ければと思います。よろしくお願いします! (誰かイラスト化してくれる人いませんか?)←他力本願 ※誤字脱字報告につきましては、返信等一切しませんのでご了承ください。しかるべき時期に手直しいたします。      * * * やってきました、異世界。 学生の頃は楽しく読みました、ラノベ。 いえ、今でも懐かしく読んでます。 好きですよ?異世界転移&転生モノ。 だからといって自分もそうなるなんて考えませんよね? 『ラッキー』と思うか『アンラッキー』と思うか。 実際来てみれば、乙女ゲームもかくやと思う世界。 でもね、誰もがヒロインになる訳じゃないんですよ、ホント。 モブキャラの方が楽しみは多いかもしれないよ? 帰る方法を探して四苦八苦? はてさて帰る事ができるかな… アラフォー女のドタバタ劇…?かな…? *********************** 基本、ノリと勢いで書いてます。 どこかで見たような展開かも知れません。 暇つぶしに書いている作品なので、多くは望まないでくださると嬉しいです。

あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~

深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公 じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい …この世界でも生きていける術は用意している 責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう という訳で異世界暮らし始めちゃいます? ※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです ※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

処理中です...