召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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第十九章 帝国への旅

閑話 裏にいる者

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「いやー、疲れた疲れた」
「早いおつきで、大変でしたね」

 4階立ての宿の一室。
 窓から外を眺めつつ、ジョッキについだ酒をあおっていたキャシテが、入室したイオタイトへと声をかけた。

「他人事かよ」
「他人事ですから」
「これから東へ向かうことになった」
「主様の命令ですか?」
「他にないだろ。すぐにここを出てノアサリーナ達よりも早く帝国に入れだって」
「慌ただしいですよね」
「こんなことだったらノアサリーナと別れずに、ずっと同行しておくんだったよ」
「ダメですよ。先回りできないじゃないですか」
「言ってみただけだよ。あと、主様もオレっち達と同じ考えだった」

 それまで、ずっと窓の外をぼんやりと見ているキャシテが、振り返って入り口側にいるイオタイトを見た。
 その口には野菜のスティックが加えられていて、手にはお酒の入ったジョッキを持っていた。

「やっぱりギリアには私達の把握していない誰かがいると? それで私達の正体は?」
「そこまでは掴まれていないだろうということだったよ」
「そうですか。主様が言うんだったらそうなんでしょうね」

 ホッとした様子でキャシテが笑う。
 そんなキャシテの様子を一瞥したあと、イオタイトは部屋に置かれたテーブルに置いてあったサラダに手を伸ばしつつ言葉を発した。

「あの地図を見た時は震えたよ」
「ですよね。だってノアサリーナ達は、貴族の力関係とか知らなさそうでしたもんね」
「そうなんだよなぁ。にもかかわらず、あれだけ精緻な計画を立てていた。目的地の帝国まで、通る所はサルバホーフ公爵側についてる貴族の領地や街道ばかり。ちょっと外れれば、ゴタゴタに巻き込まれるかもしれないけど、あのルートだったらたぶん巻き込まれないだろ」

 サラダと、焼いたパンを食べながら、ぶつくさとイオタイトはぼやいた。
 そして、そのままテーブル側においてあった椅子にドスンと音を立てて座った。
 その様子を見て、キャシテが笑う。

「そんなにお疲れだったら、そこのベッドに寝転べばいいのに」
「えっ、おれっちと寝たいって?」
「面白い冗談ですよね。最近、調子良すぎですよ。お姉様にもおしえなくちゃですね」
「勘弁してください」
「しょうがないですね。でも、怖くないですかそれ? 貴族の内心なんて普通分からないのに、私達と同じレベルで、どちらの派閥か把握しているってことですよね」
「そうなるよなぁ。少なくともラングゲレイグというギリアの領主に、知識があって、なおかつ、おれっちに気配すら感じさせずに行動する。それが出来る誰かがいるってことになるからなぁ」
「ギリアの城に入り込まなくて正解でしたね」
「そういうことだね」
「でも、やっぱりノアサリーナ達と、もっと旅をしてみたかったですね」
「同感。でも、あんまり情が移っちゃうと、殺せと言われたとき大変っしょ」
「そんなに感傷的でしたっけ?」
「おれっちは、とても心が穏やかで、優しい人間なのさ」
「そういう設定なんですね」
「いやぁ。設定じゃないよ。素だよ素。それにしても、彼らに関しては結局わからず仕舞いだったのがなぁ」
「ですよね。変わった人達ですよね。面白いしとはいえ、隙だらけかと思えば、いきなり鋭い気配を感じるから、油断はできないですし」

 キャシテが呟くように行った後、イオタイトから目を離し、窓枠に体を預けて外をみやった。
 イオタイトもまた、キャシテを見ることなく、テーブルにおいてある料理を口に入れながら、キャシテへと声をかけた。

「確かにね。次にノアサリーナ達と会った時……その時どんな立場か分からないけど、敵対したくはないね。ところで、どんな状況?」
「どっちですか?」
「ノアサリーナ達以外にあるのかい?」
「えっと、白薔薇の人達を見かけましたよ」
「この町で?」
「うーん。ちょっと町外れですね。見たこともない飛行船が見えたんで、調べたら白薔薇の飛行軍艦でした」
「白薔薇の飛行軍艦でヨラン王国に乗り込んだのか。休戦中とはいうものの強気だね」
「ですよねぇ。それは別として、ノアサリーナ達はおとなしいものですよ。何か魔道具を作ってるみたいですね」
「そっか、平和だねぇ」
「あっ、でも、ちょっと魔術師ギルドの人とは上手く言ってない様子ですよ」
「楽しそうに言っちゃだめっしょ」
「魔術師ギルドと、ノアサリーナ達の泊まる宿が、接近してて、まるで火花が見えるようですよ」
「言われると、本当に魔術師ギルドの近くだな」

 食事が終わった様子のイオタイトが、ノソノソと窓へと近づき、窓枠に手をかけて外を眺めた。
 大通りと、そこを行き交う馬車、そして人の喧噪が窓から見る景色にはあった。
 騎士が駐留しているにもかかわらず、騎士団よりも魔術師が幅をきかせる町。
 その象徴たる円錐形の青い屋根が輝く、魔術師ギルドの高い建物。
 そんな魔術師ギルドの建物を、視界の端に留めてイオタイトが見るのは、普段と変わらない日常だった。

「平和ですねぇ。休んでていいですよ。監視なら私やりますし」
「酔っ払いに?」
「やだなぁ。フリですよ。フリ」
「じゃぁ、そうしようかな。徹夜はやっぱり辛い」

 それが起こったのはちょうどそんな時だった。
 突如、あれほど行き交っていた馬車が止まった。
 加えて多くの人が、町の一カ所を見ていた。
 小さなざわめきが起こっていたこともあり、何かが起こったのが、誰の目にもあきらかだった。
 そして当然、何か異変が起こったことに、イオタイト達もすぐに気がつく。

「なんでしょう?」
「向こうの通り……ノアサリーナ達が通っている工房のあたりですね」
「うーん。ちょっと見てくるかな」

 小さく唸った後、イオタイトが窓から身を乗り出した。
 キャシテは、そんなイオタイトへ道を空けるかのように体をのけぞらせた。
 それから、片手に持っていたジョッキを口に運びつつ、横目で町の様子を眺めていた。

「何だろう……何かが動いてる?」
「ただいま」

 ドンという大きな足音をたてて、イオタイトが部屋の中に現れた。
 勢いが余ったように少しだけ前に足をすすめ、椅子を蹴飛ばす。

「早すぎますよ」

 キャシテが呆れたように、笑顔で声をかける。

「ちょっと見てきただけだしね」
「何かあったんですか」
「木彫りの人形が、走り回ってる」
「何ですか、それ」
「見たまんまだよ。どうやら魔術師ギルドの面々を追いかけ回しているようだね」
「一体何があったんでしょうか?」
「さぁ、わからないが、誰がやったのか……犯人はわかるよ」
「さすが。で、誰が犯人なんですか?」
「ほら、あそこでコソコソと、この町を出ようとしてる人達だよ」

 窓辺までゆっくりとイオタイトが歩み寄り、かるく指差した先に、小屋を乗せた海亀がゆっくりと歩いていた。

「ぷっ」

 それを見てキャシテが吹き出すように笑う。

「やっぱり一緒に行きたかったですよね、あの人達と」
「本当にね。ちょっと目を離した隙に何をしでかしたんだか」
「主様に怒られるかも」

 キャシテの笑いながらの言葉に、イオタイトがわざとらしい溜め息をついた。
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