召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

文字の大きさ
上 下
319 / 830
第十七章 立ちはだかる現実

たたかいにもならず

しおりを挟む
 ミランダがハロルドの登場に驚き、遠ざかった。
 本当にハロルドは苦手なのか。
 でも、彼女の態度から、ハロルドへの恐怖を感じない。
 妙に芝居がかっている。
 ハロルドの出現があってなお、まだまだ余裕な様子だ。
 余裕というより、おちゃらけた態度というべきか。

「本当に、久しぶりでござる」

 剣を構え、ハロルドはミランダの方に近づく、そしてオレ達をチラリと見やり言葉を発する。

「ここは拙者に任せてくだされ」

 自信満々なハロルドの様子に、特に何も言わず頷く。

「ハロルド、お前、呪いは?」
「ハッハッハッハッ! 呪いなど、姫様に解いて貰ったわ」
「姫様?」
「ノアサリーナ様でござるよ」
「へー、ふーん」

 ハロルドの言葉を聞いて、ミランダはノアをチラリと見た。
 じりじりと後ずさりしながら、彼女はハロルドとノアを交互に見ていた。
 手のひらで片方の肘を抱え、もう一方の手で、下唇をなぞっている。
 何か観察するかのように2人を交互に見て、ミランダはじりじりと下がった。
 ハロルドは、真剣な顔で剣をミランダに突き立て、ゆっくりと間合いを詰める。

「ふぅ」

 ミランダは小さく息を吐いた。
 それから、まるで降参とばかりに、パッと両手を上げて言葉を発した。

「ねぇ、ハロルド。ここで私とお前が戦ったら、その姫様ともやらにも余波が及ぶんじゃないの?」
「余波が及ぶ?」

 ミランダの言葉を、ハロルドは聞き返す。
 相変わらずハロルドの視線はミランダを捕らえていたが、少しだけ緊張を解いたのがわかる。

「私の氷と、お前の力。一帯は無茶苦茶よ?」
「確かにそうなるでござろうな」
「まあ、しょうがないけどね。でも、お前はその姫様を守りつつ戦うんでしょ?」
「そうでござるよ」
「せっかくの、再会。思いっきりやりたいの。その姫様のやらが、離れるだけの間、ちょっとは待ってあげるわよ」

 ミランダが唐突にそのような提案をした。
 そんな派手な戦いになるのか。
 ハロルドも、ミランダの言葉に対して、否定しなかった。
 ということは、ミランダの言っていることは正しいのだろう。2人が全力で戦えばこの辺りが滅茶苦茶になる。
 幸いまだ屋敷までは離れているが、辺りの森がめちゃくちゃになるのは嫌だな。
 何かいい方法がないものか。
 だが、そんなオレの考えを、事の流れは待ってくれない。

「そうでござるな。では、すまぬが皆様。拙者とミランダの戦いの決着がつくまで、少し離れていてもらえないでござろうか」

 そう、ハロルドは言った。

「わかった。大丈夫なのか?」
「任せてくだされ。拙者は軽々とやられはせぬよ」

 ハロルドは笑いながら、ドンと胸を叩く。

「うん。ハロルド。頑張ってね」
「うむ」

 そうして、2人を残し、この場から距離を取ることにした。
 そんな時のことだ。
 ノアが転んだ。

「あら、大丈夫?」

 ミランダが楽しそうに声をかける。

「姫様」

 ハロルドがノアの方を向いた。
 その時だった。
 一瞬で、ハロルドの背後まで近づいたミランダが、軽く手を振ったのが見えた。
 そして、ハロルドが氷漬けになった。
 えっ?
 不意打ち?
 だまし討ち?
 本当に油断をしていた。
 それは一瞬のことだった。
 そのままミランダは、もう一度手を大きく振る。
 すると、山の下まで続く、氷の道が一瞬で出来上がった。
 細く、夕日に照らされる氷の道。木々の間を抜けて、先が見えない氷の道。

「うんしょ」

 小さく掛け声を上げて、ミランダは氷漬けのハロルドを持ち上げ、自分が作った氷の道に乗せる。
 それからドンと蹴り飛ばした。
 スカートの端を両手で摘まみ、楽しそうに蹴り飛ばした。

『シュルル』

 氷漬けになったハロルドは、軽快な音をたてて、氷の道を通り、滑り落ちるように、山を下っていった。
 あいつ……。
 一瞬で負けやがった。
 不意打ちとはいえ一瞬で。
 オレがミランダを見ると彼女は何でもないようにこちらを見た。
 そして、「ふぅ」と息を吐きながら、ニコリと笑った。

「びっくりしたわ」

 びっくりしてるのはこちらだ。
 不意打ちとは。

「卑怯だ!」

 ノアが声を上げる。

「だって、しょうがないじゃない。あいつしつこいんだもん」

 悪びれもせずにミランダが言う。

「しつこい?」
「だって私、あいつと相性が悪いの。あいつの怪力と爆炎はなんとか止めることはできるのよ。でも、こちらの攻撃は、届かない。あいつ、自分で体を超高温にできるのよ。魔力の色のせいなのかしらね。自力で焼き豚になれるの。そのうえ、タフだし」
「はぁ」

 口調のせいで、どうにも調子が狂う。

「だからさ、呪いにかけて、犬の姿にしてしまえば、始末できると思ったのよね」
「えぇ」

 なんだか、知り合いに愚痴を言われてるような感じだ。

「そしたら。子犬になっちゃったのよ」
「子犬? 何か問題があるのか?」
「えっ、リーダ。お前、子犬を殺せるの?」
「は?」

 何を言っているのだろうか。
 残酷と思っていたミランダだったが、話しているとますますコミカルな印象をうける。
 まるで近所のお姉さんだ。

「怖い怖い。リーダは意外と残酷なのねぇ」

 まるで付き合いの長い友達のように、おちゃらけた調子で言う。

「えっと。つまりミランダ様は、子犬になったハロルドに手を下すことができないから、逃げ回っていたということですか?」

 調子が狂い返答に困ったオレの代わりにカガミが声をかける。

「そういうこと」
「豚のままじゃまたやたらタフで強いし、かといって呪いをかけてしまえば子犬になって、これはこれで戦いづらい。しょうがないからね、子犬になった時に捕まえて海に投げ落としちゃったのよね」
「はぁ」
「そうですか。ところで、ミランダ様は、先ほどノアサリーナ様に会いに来られたと伺いましたが……ノアサリーナ様に何か? 私が代わりにお伺いできればと思います」
「そうね、用件を済ませなくてはね」

 カガミの言葉に、ミランダは静かに顔を笑みの形へと変えると、ゆっくりとノアへと近づいていく。

「何?」

 ノアが敵意むき出しの表情でミランダを睨んだ。
 珍しいな、ノアがこんなに敵対心をあらわにするなんて。

「お前に、一つだけ質問。お前は、お前自身にあったことがあるかい? お前自身、自らを乗り越えたと思う?」
「えっ?」

 ノアが分からないといった様子で言葉に詰まる。
 それを見たミランダは微笑み、ノアの頭に手を置いた。
 そして、ガシガシと強く頭を撫でる。

「痛い」

 ノアはミランダの手を振りほどこうとした。
 その手が、ミランダを掴もうとした時に、ミランダはパッと手を勢いよく上に上げ、楽しそうに笑った。

「私の用件はこれでおしまいだ。だが、予想外に収穫は多かった。それに……そうね、また来ようかしら」
「来ちゃダメ!」

 ミランダの言葉に、ノアが即座に反応する。
 それを頭をゆらしのんびりと聞いたあと、ふわりと身を翻した。

「お前達は少し早まったかもしれないね」

 そう言ってトコトコと、オレの側をすり抜け優雅な足取りで山を下りていく。

「早まった?」

 ミランダの言葉がひどく気に掛かり聞き返した。

「その娘に……ノアサリーナにエリクサーを与えたでしょ?」
「えぇ」

 なんでわかったのだろう。

「呪い子は、過剰にその身に魔力を集める。結果、じわじわと自らの体を壊していく。集める魔力に、体が耐えきれずにね。どんな水筒も、海の水全てを入れることはできない」
「つまり、水を入れすぎた水筒が壊れるように、体を壊すと?」

 オレの言葉に、ミランダは表情を変えた。
 悲しそうに微笑む。

「痛みは頂点へと達し、耐えがたい苦しさを覚えることになる。逃れることができると言われれば、愛する人ですらためらうことなく犠牲にできるほどに……ね」
「痛み……エリクサー?」
「そう。癒やすためには、エリクサーが必要になる。だけど、ノアサリーナはその苦しみを覚える前にエリクサー使ってしまった。故に、呪い子としてより強くなったが、貴重な薬を失ってしまった。だから、早まったと言ったのよ」

 会った時よりも、ノアの魔力が強くなったとは思っていたが、歳を重ねて成長しただけが理由ではなかったのか。
 そういえば……ノアは、何度かエリクサー飲んでいるな。
 風邪薬感覚で飲んでいるわけだし。

「じゃ、エリクサーを手に入れることができなかった呪い子は?」
「まだ時間はある、代わりのエリクサーを探すのはいかが? でも、まぁいいわ。実り多かった。どうせ、お前達だったら何とかするんでしょうしね。というわけで、用件をおしまい」

 ミランダはオレの最後の質問には答えることなく、そのまま歩みを進める。

「ところで、ミランダ様」
「なーに、リーダ?」
「ロンロと、あと屋敷。それからハロルドをこのまま置いておくつもりですか?」
「そうね。本当に、そいつ味方だと思ってるの?」

 ミランダはロンロを見て言う。

「えぇ」
「私はそいつを信じていない。だけど、お前達が望むのであればしょうがない。後でといてあげる、あと屋敷も……そうね」

 そう言って彼女は指をパチンと鳴らした。
 すると、まるで凍っていたのが嘘かのように氷がふっと消えた。
 それから氷漬けのロンロをみて、ミランダは言葉を発する。

「そいつの氷、それは明日には溶ける」

 そう言って笑う。

「ハロルドは?」
「知らない」
「はい?」
「知らない。どうせ、あいつの事だから半日もしたら戻ってくる。何もしなくてもね。じゃあ、今度こそ本当にお別れ」

 そういったかと思うと、周りが一気に真っ白になる。いきなり吹雪の中に放り込まれたような感覚だ、雪が頬に当たり冷たい。

「楽しかったわ。では、またね」

 そんなミランダの言葉と共に、吹雪は止んだ。
 辺りは元の風景に戻った。
 そして、ミランダの姿は何処にもなかった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

悪役令嬢に転生したので、剣を執って戦い抜く

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:63

異世界居酒屋さわこさん細腕繁盛記

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:142pt お気に入り:3,675

異種族キャンプで全力スローライフを執行する……予定!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,804pt お気に入り:4,744

利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:4,579pt お気に入り:12,635

好きなのはあなただけじゃない

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,036pt お気に入り:1,771

魔力がなくなって冷遇された聖女は、助けた子供に連れられて

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:220pt お気に入り:359

夢のテンプレ幼女転生、はじめました。 憧れののんびり冒険者生活を送ります

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:3,713pt お気に入り:4,299

処理中です...