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第十六章 異世界のさらに先
閑話 雨の降らない嵐の闇に(ノア視点)
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前を見ると、プレインお兄ちゃんがうずくまって泣いていた。
私はプレインお兄ちゃんが泣いているのを初めて見た。
その姿を見て、怖くなった。
サムソンお兄ちゃんは、頭を、手を、地面に打ち付けていた。
どうして、そんなことをするのか分からなくて怖くなった。
「助けて……お母さん。怖い。助けて……新しい……お父さん」
カガミお姉ちゃんの声が聞こえた。
呟いていた。繰り返し、繰り返し。
私は後をみた。
リーダは、口を押さえて、下を見ていた。
どうしよう……。
あの、リーダですら苦しそうだ。
どうしよう……違う。
違う。
違う!
私が頑張らなくちゃ。
私が何とかしなくちゃ。
私は黒の滴を知っている。
だから私は、少しだけ平気なのだ。
私は黒の滴を知っている。
ママが私を見て笑わなくなった日。
ママが笑っているのに笑わなくなった日。
ママの回りから、私以外の誰もいなくなった日。
それは全部、全部、黒の滴が私達の前に落ちてきた日だった。
――んん? あぁ、そうでござるな。モルススの事を言うと、黒の滴に襲われるといわれるでござる。
だから、ハロルドが、モルススの事を言うと、黒の滴が落ちてくるといったときに、とても怖くなった。
だから、モルススを言って欲しくなくて、リーダにお願いした。
モルススのことは言わなかった。
なのに。なのに。
でも、それなのに、黒の雫は私の前に落ちてきた。
なんで私ばかり。
――黒の滴は同じ人の前に、二度は落ちないと言われているのよ。
――みんな死んでしまうの。
ママがそう言った。
――でも、対策を知っていれば、大丈夫。
ママが、そう言った
魔力を大きく含んだ血、それか、聖水。
それもただの聖水ではダメだという。
強く神の力がこもった聖水でなくては、あの黒の滴を退けることができない。
ママは、そう言った。
だから前、黒い滴に襲われた時。
ママは一生懸命に自分の腕を剣で突き刺した。
――痛みで……痛みで死の恐怖から逃れ……。
目をぎゅっとつぶりママは呟いていた。
「お前はいない方がいい。呪い子だ。いないほうがいい。消えて、消えろ、消えてよ」
まるで耳元で、聞こえてくる綺麗な言葉に、ガクガクと足が震えた。
口がカラカラになって声が出なかった。
「ママ。ママ助けて」
そう声にならない声で私はママにお願いした。
ママは私を見ず、何度も、何度も、自分の腕を剣で突き刺した。
そして、ポタポタと血を流し、ゆらゆらとあいつに近づいていって、血をかけた。
そして真っ暗なのが終わったのを見て、私を抱えてロバに乗って逃げた。
その日の夜は覚えている。
すごく、すごく怖かった。
ママは、すぐに魔法のお薬を飲んで、木の根元に横になった。
いつもだったら優しい声をかけてくれるお姉ちゃんも、ぼんやりしながら言葉をかけてくれるヌネフもいなくなっていた。
ママにだけは優しい、他の人も。
誰も。
誰も、誰も。
いなくなった。
私はママと2人になった。
ママと一緒に、黒の滴に出会って、それまで一緒にいた人は誰もいなくなった。
ママと2人で根っこの近くでうずくまった。
その日は、ママの方が先に寝た。
「助けて。助けて」
ママはうわ言のように言っていた。
次の日からママが変になった。
私を見て笑わなくなった。
名前を呼んでと、お願いしたけれど、ママは何も言わなかった。
「そうだ、素敵なことを考えた」
ある日、突然、昔のような明るい声でママが言った。
「ママ?」
優しいママが戻ってきたのかと嬉しくなった。
でも、違った。
「そうだ、ノア。素敵なことを考えたの」
そう言った。
「素敵なことを考えたの」
それから毎日、ママは繰り返し繰り返し、そういった。
ギリアのお屋敷に着いたとき、ほんの少しだけ昔のママにもどったけれど……。
ゴーレムが作れないと泣いて……そして……。
私は黒の滴が怖い。
リーダや、皆も変になったらどうしよう。
でも、まずは助からなくちゃ。
黒の滴を知っている私が。
私が頑張らなくちゃ。
変になるよりも、死んでしまう方がずっと嫌だから。
私はカバンからナイフを取り出す。
痛いのは怖いけれど、皆がいなくなるのはもっと嫌だ。
いっぱい。いっぱい、突き刺して。
自分の腕を傷つけて。
たくさん血を流そう。
私は呪い子だ。
いっぱい魔力を持っている。
だから大丈夫。
いっぱい血を流して、あいつにかけて怯ませて、みんなを抱えて逃げるんだ。
いっぱい力を入れて、引きずってでも、皆と逃げるんだ。
そう思って、目をぎゅっとつぶって、ナイフを振り下ろした。
自分の手を目がけて、思いっきり。
ところが。
腕を掴まれた。
「ノア! いったいどうしたんだ?」
振り返った私が見たのは、びっくりした顔のリーダだった。
私はプレインお兄ちゃんが泣いているのを初めて見た。
その姿を見て、怖くなった。
サムソンお兄ちゃんは、頭を、手を、地面に打ち付けていた。
どうして、そんなことをするのか分からなくて怖くなった。
「助けて……お母さん。怖い。助けて……新しい……お父さん」
カガミお姉ちゃんの声が聞こえた。
呟いていた。繰り返し、繰り返し。
私は後をみた。
リーダは、口を押さえて、下を見ていた。
どうしよう……。
あの、リーダですら苦しそうだ。
どうしよう……違う。
違う。
違う!
私が頑張らなくちゃ。
私が何とかしなくちゃ。
私は黒の滴を知っている。
だから私は、少しだけ平気なのだ。
私は黒の滴を知っている。
ママが私を見て笑わなくなった日。
ママが笑っているのに笑わなくなった日。
ママの回りから、私以外の誰もいなくなった日。
それは全部、全部、黒の滴が私達の前に落ちてきた日だった。
――んん? あぁ、そうでござるな。モルススの事を言うと、黒の滴に襲われるといわれるでござる。
だから、ハロルドが、モルススの事を言うと、黒の滴が落ちてくるといったときに、とても怖くなった。
だから、モルススを言って欲しくなくて、リーダにお願いした。
モルススのことは言わなかった。
なのに。なのに。
でも、それなのに、黒の雫は私の前に落ちてきた。
なんで私ばかり。
――黒の滴は同じ人の前に、二度は落ちないと言われているのよ。
――みんな死んでしまうの。
ママがそう言った。
――でも、対策を知っていれば、大丈夫。
ママが、そう言った
魔力を大きく含んだ血、それか、聖水。
それもただの聖水ではダメだという。
強く神の力がこもった聖水でなくては、あの黒の滴を退けることができない。
ママは、そう言った。
だから前、黒い滴に襲われた時。
ママは一生懸命に自分の腕を剣で突き刺した。
――痛みで……痛みで死の恐怖から逃れ……。
目をぎゅっとつぶりママは呟いていた。
「お前はいない方がいい。呪い子だ。いないほうがいい。消えて、消えろ、消えてよ」
まるで耳元で、聞こえてくる綺麗な言葉に、ガクガクと足が震えた。
口がカラカラになって声が出なかった。
「ママ。ママ助けて」
そう声にならない声で私はママにお願いした。
ママは私を見ず、何度も、何度も、自分の腕を剣で突き刺した。
そして、ポタポタと血を流し、ゆらゆらとあいつに近づいていって、血をかけた。
そして真っ暗なのが終わったのを見て、私を抱えてロバに乗って逃げた。
その日の夜は覚えている。
すごく、すごく怖かった。
ママは、すぐに魔法のお薬を飲んで、木の根元に横になった。
いつもだったら優しい声をかけてくれるお姉ちゃんも、ぼんやりしながら言葉をかけてくれるヌネフもいなくなっていた。
ママにだけは優しい、他の人も。
誰も。
誰も、誰も。
いなくなった。
私はママと2人になった。
ママと一緒に、黒の滴に出会って、それまで一緒にいた人は誰もいなくなった。
ママと2人で根っこの近くでうずくまった。
その日は、ママの方が先に寝た。
「助けて。助けて」
ママはうわ言のように言っていた。
次の日からママが変になった。
私を見て笑わなくなった。
名前を呼んでと、お願いしたけれど、ママは何も言わなかった。
「そうだ、素敵なことを考えた」
ある日、突然、昔のような明るい声でママが言った。
「ママ?」
優しいママが戻ってきたのかと嬉しくなった。
でも、違った。
「そうだ、ノア。素敵なことを考えたの」
そう言った。
「素敵なことを考えたの」
それから毎日、ママは繰り返し繰り返し、そういった。
ギリアのお屋敷に着いたとき、ほんの少しだけ昔のママにもどったけれど……。
ゴーレムが作れないと泣いて……そして……。
私は黒の滴が怖い。
リーダや、皆も変になったらどうしよう。
でも、まずは助からなくちゃ。
黒の滴を知っている私が。
私が頑張らなくちゃ。
変になるよりも、死んでしまう方がずっと嫌だから。
私はカバンからナイフを取り出す。
痛いのは怖いけれど、皆がいなくなるのはもっと嫌だ。
いっぱい。いっぱい、突き刺して。
自分の腕を傷つけて。
たくさん血を流そう。
私は呪い子だ。
いっぱい魔力を持っている。
だから大丈夫。
いっぱい血を流して、あいつにかけて怯ませて、みんなを抱えて逃げるんだ。
いっぱい力を入れて、引きずってでも、皆と逃げるんだ。
そう思って、目をぎゅっとつぶって、ナイフを振り下ろした。
自分の手を目がけて、思いっきり。
ところが。
腕を掴まれた。
「ノア! いったいどうしたんだ?」
振り返った私が見たのは、びっくりした顔のリーダだった。
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