召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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第十二章 秘密に迫り、秘密を隠し

閑話 南方諸国王会議、そして

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 ――それは不図の出来事。聖女は現れる。
 ――それは、長きにわたる魔神との争いに終止符を打つ者。
 ――それは、世に永遠の平和をもたらす生贄。
 ――その始まりは、湖の畔にて。
 ――それは、古き王により祝福され、大火によりひび割れた、外れの町。
 ――かの地にて、聖女は獣を討ち滅ぼす。返り血は聖女に笑みと愉しみをもたらす。
 ――永久に乾かぬ返り血をまとい聖女は進む。
 ――聖女の歩みは、兵を、強者を、人々を、蠱惑し進む。
 ――食べること、寝ること、全てを忘れ、ただただ聖女の一団は盲進を止めず。

「ここまでは、全部はずれているな」

 巨大なテントに車座になって座る人々。
 たった一匹の獣から作られた巨大なテントに、南方諸国の王達が集まり座っていた。
 一人の老人が、ささくれだった指で一冊の本をなぞりながら読み上げる。

 ――町は静まり、夜に染まる。天の輝きに照らされ人は知る。
 ――朝雲のごとき白き島。
 ――それは、塩の島。それは、人の病を癒やす塩。

「この辺りは当たっている」
「それは本筋ではないだろう。詩篇の一つにすぎぬ」

 老人の楽観的な言葉に、別の老人が声を荒らげる。

「本筋が! 我らが守らねばならぬ一遍が、当たっておらぬのだ!」

 さらに別の王が声をあげる。ひときわ大きな声で吠える大男。

「これは、もう、それぞれの王が持っている予言書を共有すべきではないか? 相違があるのであろう」

 また別の王が、大男の声に気圧されるように、掲げるように白い本をあげて発言する。
 掲げられたその本は、この場所にいる全員が持っている本と同じ者だった。彼らは知っている。その予言書はまるで生き物のように、読み手を見て、まるで生き物のように、情報を開示していることを。
 だから、当然のように王の一人は反論した。

「いやいや、それは預言書の戒めに反する。あのヨランの王のように、私は物語の世界に閉じこもりたくはない。いま、この世を生きたいのだ」
「確かにそうだな」
「だが、このまま外れ続けるのも不味い」
「我らには預言書により示された役目がある。役目から外れれば、ヨランの王と同じ目にあうやもしれぬ」

 ヨラン王国の王は、かって預言書そのものに何かをしたというのは王達にとって公然の秘密だった。結果、預言書により罰をうけ、正気を失ったというのも公然の秘密だ。
 以前より知られていた預言書の罰。
 預言書の冒頭に書かれている預言書の罰は、実際に大国であるヨランの国にて現実となった。
 だからこそ、預言書に関わる者は、多かれ少なかれ予言に合わせ行動をする。
 魔神討伐への道、予言によってもたらされる富、そして逆らった時の罰。
 それが王達にとっての預言書にまつわる現実だった。

「だが、前提となる前段の予言が崩れているのだ。何をすればいいのか分からぬ状況では?」
「何とも悔しい話ではあるが、そうだな」
「その上、聖剣だ!」
「勇者が聖剣を抜くとは。なんたることだ」
「其方は、勇者を褒め称えたそうではないか」
「民衆の前で、勇者が聖剣を抜いて面倒なことになった。あぁ、困ったと愚痴を言えというのか! お前達の国でもそうであろう。聖剣を抜いた勇者は希望の象徴だ! 黒い森が広がり、魔神復活がいよいよ現実になったときに、勇者が神々に認められたのだ」
「まぁまぁ。確かに頭の痛いことです。して、先ほどの話は本当なのですかな?」
「勇者の軍に派遣した者から聞いた。間違いない。あのノアサリーナの従者、リーダという男が、勇者が聖剣を抜く直前に接触したそうだ」
「接触しただけで、勇者が聖剣をぬいたと?」
「仔細はわからぬ。だが、勇者はまるで憑き物が落ちたように笑い、そして聖剣を抜いた。
 つまり、リーダという男が、勇者に何かを伝えた……もしくは、何かを施したということは疑いのない事実だ」
「仔細はどうあれ、勇者が聖剣を抜いた……予言とは大きく異なる」

 ――勇者が得るのは、失望と失笑。
 ――それは、勇者にとって幸せのはじまり。
 ――誰が救いをもたらすか知るべき時の始まり。
 ――血塗られた聖女は、勇者の眼前にて聖剣を手に取る。
 ――微笑み、笑い、嘲笑し、勇者は頭を垂れ聖女に全てを捧げる。

「この部分が、外れたことになる」
「一体やつらの目的はなんなのだ。預言書にある魔神討伐にかかるくだりを! よりにもよって大きな境目となる出来事を、つぎつぎとぶち壊しおって」
「次に起こりうることはなんだ?」
「これからしばらくは、小さな出来事ばかり。血塗られた聖女に感化され、各地の諸侯が立ち上がる予言ばかりだ」
「それが……予言か?」
「逆らえば、予言によって潰される。故に我らが予言をなぞるだけではないか」
「まぁまぁ。だが、こう外れる事が多くなると、東の帝国は気が気じゃないかもしれないですな」

 ――天に近づく石の靴。
 ――魔の主へ進む、ただ一つの正答。
 ――それは、空と地を繋ぐすべ。
 ――それは、過去より繋ぐ、古き塁。
 ――それは、果てより対の乙女がもたらす捧げ物。
 ――人の世にとって、大いなる支え。
 ――人にとっては、得がたき宝。
 ――受け取るべきは、愛をささやく東の知るべき国。

「この一文のことだろう?」
「それしかあるまい。預言書において、最も利益を得る帝国にとって、予言が狂うということは、自らの利益も失うと同義」
「しかし、やつらは予言を知っているのか。知らねば、このような事は出来ぬ」
「まてまて、知っているのであれば、予言に逆らった者の末路すら知るはず。怖い物など無いというのか」
「わからん。実に、わからん……」

 勇者が聖剣を抜いた。
 それは瞬く間に世界に広まった。
 勇者の軍には世界中の国から人が派遣されている。その上、聖地でおこった吉事は、世界にちらばるケルワッル神殿を起点に大きくひろまった。
 吟遊詩人達は、予想されていたこの喜ばしい出来事のために、あらかじめ歌を作っていた。その結果として、直後から沢山の歌がいたるところで歌われ始めた。
 勇者が聖剣を抜いた。
 その話は、一月もしないうちに、多くの人が知るところとなった。
 南方諸国が集まった理由もそれだった。だが、勇者が聖剣を抜いた話にかかる王達の話は、実りも無く終わった。
 苛立たしげに、会議で吠えた大男は帰路へとつく。船にのり、自らの国へと。

「勇者が聖剣を抜いたことについて話があると言われて行ってみれば、分からないという話だけだったわ。我の時間を無駄にさせおって腹立たしい!」

 不快な様子でウロウロと歩きながら、金で出来た装飾品を地肌にまとった大男は、目の前に跪く2人の青年に悪態をつく。
 筋骨隆々なその大男の言葉に、目の前にいた二人の青年は揃って涼しい顔する。

「予想はついておりました。でしょう?」

 うち一人が、落ち着いた声で返事をすると、そっと大男の前へジョッキに入った酒を差し出す。

「ゆえに、我々、金獅子に命じられたのでございましょう?」

 もう1人も余裕の様子だった。
 2人の様子を見下ろす大男は、しばらくの無言の後、ニヤリと笑う。

「その通りだ」

 大男は、数日前の会議の様子を思い出し、2人の青年に説明する。

「ゆえに、我はやつらの目的を知り、支配することにした」
「……一体どういう手段で?」
「我が最強の手駒、金獅子を使うのだ」
「キンジシ?」
「知らぬとはな」
「まぁまぁ。レットリアの若君は、なじみないかもしれぬ。なんと言っても金獅子が名をはせたのはずいぶんと昔のことゆえ」
「金獅子は、我の国が誇る万能の兵よ」
「で?」
「ノアサリーナ達へ護衛、それか道案内として金獅子をつかわす」
「ほうほう」
「すでに動いている。やつらには魔法使いしかいないと聞く。だが、魔法は万能ではない。魔法に耐性を持つ魔物も多い。純粋な武力も欲しがろう」
「それで金獅子を動かすと……。懐柔か」
「まぁな。金獅子を接触させ、やつらの護衛もしくは道案内として同行させる。金獅子を彼らに同行させ情報を得る。必要とあればやつらを仲違いさせるのも悪くはない。事故を装って同行者を数人始末し、金獅子により依存させるように仕向ける手もある」
「人を騙すのに手慣れた兵だから、出来そうだな」
「我の兵を愚弄するのか!」
「まぁまぁ。確かに有能であると名の知れた金獅子ならできるやもしれぬな」

 そこまで説明すると、大男は手にもったジョッキの中身を浴びるように一飲みした。

「足りぬ」

 そういうと、ジョッキを後に投げ捨てた。
 手慣れた様子で、大男が侍らせている女性達は、ジョッキを片付け、別の器に酒を注ぐ。
 しばらく目を奪われるように女性達を眺めていた青年の一人は、大男に睨まれ、慌てた様子で報告を始めた。

「すでにナーボスタス港には数人配置済みです。まだ姿を現してはいないようですが……。足取りから考えられるに、道をそれ森に入ったようでございます」
「なぜ道をそれた……、尾行に気付かれたか?」
「魔法による追跡検知に掛からないように、足跡をたどりました。ノアサリーナ達は、ノレッチャ亀に乗っているので、道なりに進むだけであれば楽に追跡可能です。森で迷ったのではないかと思われます」
「フン。足跡を追えぬのでは意味がないではないか。それにしても、忌ま忌ましい。足跡を探られる可能性を考え道からはずれたか。ナーボスタスにいないとなると、他の港は?」
「漁村も含め、監視済みです」
「目的地を変えた可能性はないのだな」
「ケルワテでの調査より、大平原を目指しているのは確実かと」
「今、我らが進んでいる海は海流が激しい。大平原には海亀では渡れぬ。だが、ケルワテを出てずいぶんと経つ」
「野垂れ死んだのではないかと……」

 大男は、手渡されたばかりのコップを飲むことなく青年の一人に投げつける。

「そんなわけがないだろう! お前達は見失ったのだ!」
「冗談です。我らが王よ」

 大男が投げつけたコップの中身をこぼす事無く青年は微笑みを浮かべ答える。

「大平原側の港町ウントウンルにも、サミンホウトの町にも、金獅子は潜伏しています。もちろん、他の港からの連絡体制も整えています」
「では何故見つからぬ?」
「何処かに潜伏している可能性が高いかと」

 そこまで言ったとき、窓からトーク鳥が飛び入る。大男はトーク鳥を掴むと、足についた手紙を手慣れた様子で引きちぎり一瞥した。
 その瞬間、二人の青年は後ずさる。

「潜伏! 潜伏! 潜伏!」

 顔を真っ赤にした大男はうわごとのように、言葉を発する。握りしめたトーク鳥は、べきべきと音をたてる。

「大平原だ!」

 手に持っていたトーク鳥を投げ捨て、大男は怒号を響かせ、言葉をさらに続ける。

「大平原のど真ん中に! やつらは! 現れたそうだ!」

 ほんの少し前まで余裕の様子だった2人の青年は、そろって唖然とした顔をする。

「いやしかし、我らの包囲は完璧でございました」
「違うな! お前達は油断していたのだ! いいか! 今一度、足跡を洗い直せ! 大平原にいる奴らを見つけろ! 次は許さん!」

 大男は、血まみれになった手で青年の一人を掴みあげると、罵るように大声をあげる。
 その怒号は、この南方の王が乗る船全体に響き渡り、船にのる全員が王の怒りに身を震わせるのだった。
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