召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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第十二章 秘密に迫り、秘密を隠し

さいごのいちげきをはなつのは

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 身体が痺れてきた。。
 先ほどオレを刺した短剣には毒でも塗っていたのかもしれない。
 当初の予想どおり、神官がオレのすぐ側まできている。

「喧嘩があったということですが?」

 倒れたオレのすぐ側に立ったまま、周りにいる人へと質問を続けている。
 ところが、問いかけられた道行く人は、消えた消えたと最初こそは言っていたが、すぐに知らないとと言い出した。まるで忘れてしまったかのように。
 ロンロに似た女は、オレに微笑むと、フワフワと浮きながら辺りを一周してオレのところに戻ってきた。

「ほら、貴方はもう誰の目にも映らない。貴方がいたことすら忘れてしまった」
「あ……がぁ」

 双剣の女に思い切り蹴り飛ばされる。
 先ほど走ってきた道を戻るように、力の入らないオレの身体はゴロゴロと転がった。
 手に持った魔法陣は切り札になる。これだけは……と、離さないように力を込める。

「さぁ。ゆっくり、ゆっくりと、貴方に苦しんでもらいながら、貴方が本当に知っていることを、貴方が隠していることを、教えていただきたく存じます」
「ろくでもな……い、話だ……ぐっ」

 再度、双剣の女に蹴り飛ばされる。オレを外に連れだそうというのか。
 とりあえず、切り刻まれなくて不幸中の幸いだと自分に言い聞かせ、意識を保つ。

「私、とっても、拷問が大好きなのよ。これからの事を考えて笑って頂いてもいいのよ」

 拷問するなんて言われて、そうですか、楽しみですなんて言えるわけないだろ。
 心の中では悪態をつくが、蹴り回されて、声がでない。
 だが、ただ蹴られるだけではない。
 飛翔魔法を上手くコントロールし、蹴られるタイミングで少し飛び、距離を取る。
 ミズキが得意とする飛翔魔法を使う高速移動の応用だ。
 あいつは、地面を蹴るタイミングで飛翔魔法に魔力を込めて、地面を蹴る力の全てを推進力に返る。オレは、蹴られて地面をバウンドするタイミングで、魔力を込めて、自分の身体がはねる距離を広げる。
 そうやって、気取られないように、少しずつ、少しずつ。距離を取る。
 どういうつもりかは分からないが、このまま進めば塔の外へと出る。
 人混みでは、助けを呼べても、魔法をぶっ放せなかった。
 だが、巻き込む人がいない外であれば話は別だ。
 助けを呼べないなら戦うまでだ。
 あと少しで外に出るタイミングで、飛翔魔法を使い一気に距離を取った。
 とりあえず手に持った魔法陣を床に広げることができた。だが、手をついたところで再度蹴り飛ばされる。
 飛翔魔法をコントロールし、なんとか落下を免れ、一段だけ階段を落ちた。

「飛んで逃げようなどと……えぇ、私は分かっておりました。無駄な努力なこと」

 ロンロに似た女は、倒れたオレの側に柔らかく座り、そっと髪を撫でる。
 まだ、魔法陣に手が届く距離だ。
 オレは魔法陣へと、フラフラと手を伸ばす。

「あぁっ!」

 当たり前のように、ソレは阻止された。
 双剣の女が、オレの敷いた魔法陣の上に陣取り、伸ばした手を突き刺す。酷い痛みに血まみれの手を引っ張るように戻し、その手を抱えるようにオレは小さく転げ回った。

「本当に、諦めが悪い……。その努力を私との楽しい語らいに使ってはいただけませんか? せっかく静かな場所にお連れしたのですもの、ねぇ?」
「楽しい……会話? いてて……マジで痛い。話したところで、どうせ助ける気ないんだろ?」
「そんなことはございませんわ。全てを教えて頂けたなら、気分良く死ねるように微力を尽くします」
「やっぱ……り、殺す気じゃ……ない……がっ」

 話を遮るように、ロンロに似た女は、オレの髪を無造作に掴み、頭をお持ち上げて地面にたたき付ける。
 その瞬間、オレは双剣の女に起こっている異変に気がついた。
 彼女の長く青い髪が、短くなっている。足下まであった髪は、いまや膝上あたりまでの長さだ。そして髪の先端は灰色になってサラサラと風に吹かれて削られるように、消えていく。

「あぁ、気がつかれましたか? エッレエレは、魂を砕きつつ、私達だけの一時をつくりだしているのです。美しいでしょう? 生まれてから死ぬまで、惨めで。だから呪い子は美しいのです」
「最悪……だ」
「つれないこと。自らの為に魂を砕くのが禁呪であるならば、他が為に魂を砕く呪い子の生き様は、美しいではありませんか」

 恍惚としたようにロンロに似た女は空を見て言葉を続ける。

「生まれた頃より、自らの身体では耐えきれないほどの魔力を周りから奪い取り、身体のあげる悲鳴により他者より疎まれ、そして最後に収穫されて散る。あぁ、なんて素晴らしい」
「身体の……あげる悲鳴?」
「呪い子の儚い命を彩る仕掛け、魔力のあげる悲鳴が、人を狂わせ忌避させる……貴方の仕える呪い子も、そうでしょう? 人から疎まれ汚さて……ねぇ、エッレエレ、貴方もそう思うでしょう?」

 ロンロに似た女に、顔を向けられた双剣の女は、わずかに唇を震わせる。

「苦し……たす……け……て……」

 震わせた唇から発せられた、それは呻き声になって現れた。
 苦しさを訴える声だった。

「ありがとう。相変わらず美しい声ね。大丈夫よ、エッレエレ。お前はじきに消えて無くなる」
「死ぬって……のか?」
「貴方を私達の側に招待するときに、すでにエッレエレは死んでいるの。後はゆっくり魂を削り、私たちが語らう時間を作っているだけ……って、あら、いやだ。私としたことが、貴方の知識を聞き出すはずが、私ばかりおしゃべりしていたなんて」

 そう言ったかと思うと、ロンロに似た女は、オレの腹部を再び短剣で突き刺しグリグリとえぐる。
 尋常じゃない痛みだ。しゃれにならない。

「し……死んだら、何も……聞き出せない……ぞ。ゆっくり話そうじゃないか」
「大丈夫よ。死しても語らう方法はありますもの。面倒なだけ。あぁ、そうそう。もしエッレエレが消えるのを待つというなら、無駄よ。彼女の存在が完全に消えるまで、まだまだ、あと2日くらいはあるの。話すにしても、黙るにしても、貴方は死ぬ」
「そう……か……」

 思いもかけず、ヒントをもらった。
 この双剣の女……エッレエレが消えれば、誰にも見えないという状況は終わるということだ。オレは最後の力を振り絞り、影から一枚の魔法陣を取り出す。
 ロンロに似た女から見えないように、身体に隠して小声で詠唱する。
 本当に気力も何もかもかき集めるようにして、詠唱を続ける。

「貴方……一体、何を? あぁ!」

 気付かれた!
 オレのやろうとしていたことを。
 エッレエレの足下にある火柱の魔法陣。そして、オレが抱えている起動の魔法陣。
 その二つはオレの血で繋がっている。
 火柱の魔法を詠唱し、エッレエレを焼き尽くす。その高く上がる火柱を、救援ののろしとして使うアイデアが、バレてしまった。
 あと少し、あと一言といったところで、バレてしまった。

「させませぬ」

 手でひっかくようにして、ロンロに似た女は、オレの血を塔の階段から削り取った。
 つまり、起動の魔法陣と火柱の魔法陣を繋ぐ物がなくなる。
 魔力は、起動の魔法陣を満たすが、行き場が失われゆらゆらと光を放つのみだ。
 そう思っていたとき、意外な助けがあった。
 双剣の女、エッレエレだ。
 彼女は、手に持った剣でオレの血を拭うようにひっかき、再び二つの魔法陣を繋げた。
 そして次の瞬間、高く上がった火柱は彼女の身体を飲み込んだ。
 一瞬の事だったが、驚くオレが見たのは彼女の笑顔だった。

「ありが……とう」

 微かに動いた唇から、お礼を言ったのがわかる。
 なぜなら、オレも同じように口を動かし、お礼を言っていたから。

「なんですって?」

 剣を一振り残し、消し炭になった双剣の女……呪い子エッレエレを見て、驚き、金切り声のような叫びを上げたロンロに似た女は、大きく目を見開きオレを睨み付けた。
 それから、大きく振りかぶりオレの頭めがけて短剣を振り下ろす。

『ガガッ』

 オレの頭があった場所に、短剣が深く突き刺さる。ギリギリ転がるように除けることができたが、次は無理そうだ。痛みと出血で意識が朦朧としている。
 だが、その時だった。
 下の方から、塔の壁面を駆け上がってくる人影があった。
 ミズキだ。
 とんでもないスピードで壁を駆け上がったミズキは、ためらうこと無くロンロに似た女の顔面を殴りつける。
 え? こいつって殴れるのか?
 殴りつけられたロンロに似た女は、大きく悲鳴を上げる。
 じりじりと焼けるような音をあげ、身体が消えていく。

「なんということでしょう。なんということでしょう。この者達は、予定にありませぬ。危険です。あぁ、王妃様にお伝えせねば、お伝えせねば……」

 オレ達にはお構いなしに、喚きながら遠くへと飛び去ろうとしていたが、上手く飛ぶことができないように緩やかに落下し、その姿は霧のように消えた。

「何やってんだか」

 あきれたようにミズキが笑った。
 すぐに影からエリクサーを取り出し、ミズキに助けて貰い飲み干す。

「いやいや、大ピンチだったんだって」

 死ぬかと思った。だが、収穫もあった。

「大丈夫なら、私帰るよ。この格好だからさ」

 よく見ると、ミズキは髪を濡らしバスローブ姿だった。

「何処にいたんだ?」
「なんかさ、聖湯ってのがあって、温泉みたいなんだけど、そこをちょうど出てきたあたりで、火柱が見えたのよ。それで一気に駆けつけたわけ」
「すまないな」
「風呂上がりにこんな運動させて、最悪」

 ヘラヘラと笑いながらミズキが言う。

「おや、何事ですかな?」

 そんなオレ達に、年老いた神官が声をかけてくる。オレの姿も普通に見えるようだ。

「ならず者に襲われたのです。今ほど、撃退したのです」
「これが、そのならず者が持ってた剣」

 ミズキが、落ちていたエッレエレの剣を拾い上げ、神官へと渡す。

「これは、これは。ともかく、お嬢さん、そのような姿では風邪を引かれます」

 年老いた神官は、羽織っていた服をミズキへと渡す。

「ところでさ、私、自分の服を取りに行きたいんだけど」

 コートを羽織ったミズキは、オレに向かって言う。

「あぁ、今度はこの人達が一緒だ。迷子にならないよ」
「では、皆さん、お嬢さんも送っていきましょう。こちらへ」

 申し合わせたように、すぐ側に大きめの気球が泊まり、促されるままオレ達は乗り込んだ。

 先ほどまでオレがいた階段が遠くなる。

 ――ありがとう。

 ぼんやりと、その場所を眺めるオレの脳裏には、エッレエレの最後の言葉がいつまでも離れなかった。
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