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第七章 雪にまみれて刃を研いで
閑話 2つの報告書
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とある大貴族の館にある一室。
ここはワルギルス家本邸。ヨラン王国に存在する有力貴族の一つ、ワルギルス家の屋敷、その一室。今はこの屋敷の主人にて、ワルギルス家の当主が執務に励んでいる。
そんな執務中、コンコンとドアがノックされ、一人の使用人が部屋に入ってくる。
「クルズヤンク様が、お越しになりました」
「通せ」
ほどなく、一人の若者が入ってくる。若者、クルズヤンクに、屋敷の主は無表情で視線を向けた。
「やっときたか……」
「お呼びと伺いました」
当主は無言のまま、執務室にある机を指さす。
そこには2つの冊子が置かれていた。
「読んでみろ」
「一つは私が書いた報告書です。では、もう一つは……」
パラパラとクルズヤンクが目を通す。当主は、無言で、そして無表情にその様子を見ていた。長い時間が静かなまま過ぎる。
時が進むにつれて、自信満々だったクルズヤンクの表情は崩れる。
「もう一つは……この報告書は……」
「失笑ものだったぞ。お前の報告では、やつらは大したことの無い魔法使い。そうだな」
クルズヤンクは無言で頷く、その様子を満足そうに見て、当主は言葉を続ける。
「私は、一応は信じた。だが甘かった。お前の護衛は、雪崩に巻き込まれた……だったな?」
「はい」
「もう一つの報告書によれば、お前の護衛は屋敷を襲撃しようとして、軽くあしらわれたとある」
「それは……」
「そして、お前の使用人を問い詰めたところ……冬の大魔法使いとやらが制裁を受けている現場を目の当たりにして、恐怖し逃げ帰ったというではないか」
当主は、淡々と言葉を重ねる。だが、その様子に気圧されるようにクルズヤンクの額に、汗が噴き出し、言葉が小さくなる。
「クッ。逃げたのは私では……ギリアの貴族でして……」
「もっとも……その程度であれば、もみ消せもした。だが」
「だが?」
クルズヤンクは小声で反芻する。報告書をもつ手は震えている。
「あの者達は、そんな次元では無かったのだ。何を考えてなのか……もしくは、何らかの魔術実験の失敗によるものかわからぬ」
「……一体、何が」
クルズヤンクは手元の報告書をパラパラとめくる。
「あの者達により、ギリアに降り積もった雪は一瞬で消し飛んだそうだ。つまり、たった五人程度の人間が、あり得ぬほどの事態を引き起こしてみせたのだ」
「……わけがわからない」
当主は立ち上がり、ゆっくりとクルズヤンクに近づく。顎に手をやり何かを思い出すように口を開いた。
「それに……まったく違う魔法体系をもった術者ということも判明した。1つ目が彼らが所持している移動する小部屋だ。ドワーフの技術に似たソレらを作り出したあの呪い子の奴隷に、ドワーフも色めきだっている」
「もう一つは……」
「我らが把握していない魔法を多数駆使して、魔物の襲撃を退けた。それが2つ目だ……お前の報告書には無いことばかりだ」
当主は立ち上がりクルズヤンクから報告書を取り上げ、彼の目の前に突きつけた。
いままでの無表情とは打って変わって、怒りの形相だった。
「……父上」
「その上、もう一つの、この詳細な報告書は、あの、星読みによってもたらされた物だ。よりによって、あの星読みにだ! つまりは、星読みの配下が、ギリアと呪い子を調べていたことをお前は見落としていたということだ」
「何故……星読みが?」
「この無能が! この一件をもって、お前が支部長になるという話も一旦は取りやめとなる。もっとも、ストリギの町に新設されるはずだった魔術師ギルド支部の予定もまた、その呪い子の奴隷によって潰されてしまったがな」
「そんな……」
「……いや、お前は支部長どころか、降格だ。魔術師ギルド見習いからやり直せ! ワルギルス家の面汚しが!」
怒号を響かせ屋敷の主は部屋を出て行く。
1人残ったクルズヤンクはただただ無言でうなだれるだけだった。
ここはワルギルス家本邸。ヨラン王国に存在する有力貴族の一つ、ワルギルス家の屋敷、その一室。今はこの屋敷の主人にて、ワルギルス家の当主が執務に励んでいる。
そんな執務中、コンコンとドアがノックされ、一人の使用人が部屋に入ってくる。
「クルズヤンク様が、お越しになりました」
「通せ」
ほどなく、一人の若者が入ってくる。若者、クルズヤンクに、屋敷の主は無表情で視線を向けた。
「やっときたか……」
「お呼びと伺いました」
当主は無言のまま、執務室にある机を指さす。
そこには2つの冊子が置かれていた。
「読んでみろ」
「一つは私が書いた報告書です。では、もう一つは……」
パラパラとクルズヤンクが目を通す。当主は、無言で、そして無表情にその様子を見ていた。長い時間が静かなまま過ぎる。
時が進むにつれて、自信満々だったクルズヤンクの表情は崩れる。
「もう一つは……この報告書は……」
「失笑ものだったぞ。お前の報告では、やつらは大したことの無い魔法使い。そうだな」
クルズヤンクは無言で頷く、その様子を満足そうに見て、当主は言葉を続ける。
「私は、一応は信じた。だが甘かった。お前の護衛は、雪崩に巻き込まれた……だったな?」
「はい」
「もう一つの報告書によれば、お前の護衛は屋敷を襲撃しようとして、軽くあしらわれたとある」
「それは……」
「そして、お前の使用人を問い詰めたところ……冬の大魔法使いとやらが制裁を受けている現場を目の当たりにして、恐怖し逃げ帰ったというではないか」
当主は、淡々と言葉を重ねる。だが、その様子に気圧されるようにクルズヤンクの額に、汗が噴き出し、言葉が小さくなる。
「クッ。逃げたのは私では……ギリアの貴族でして……」
「もっとも……その程度であれば、もみ消せもした。だが」
「だが?」
クルズヤンクは小声で反芻する。報告書をもつ手は震えている。
「あの者達は、そんな次元では無かったのだ。何を考えてなのか……もしくは、何らかの魔術実験の失敗によるものかわからぬ」
「……一体、何が」
クルズヤンクは手元の報告書をパラパラとめくる。
「あの者達により、ギリアに降り積もった雪は一瞬で消し飛んだそうだ。つまり、たった五人程度の人間が、あり得ぬほどの事態を引き起こしてみせたのだ」
「……わけがわからない」
当主は立ち上がり、ゆっくりとクルズヤンクに近づく。顎に手をやり何かを思い出すように口を開いた。
「それに……まったく違う魔法体系をもった術者ということも判明した。1つ目が彼らが所持している移動する小部屋だ。ドワーフの技術に似たソレらを作り出したあの呪い子の奴隷に、ドワーフも色めきだっている」
「もう一つは……」
「我らが把握していない魔法を多数駆使して、魔物の襲撃を退けた。それが2つ目だ……お前の報告書には無いことばかりだ」
当主は立ち上がりクルズヤンクから報告書を取り上げ、彼の目の前に突きつけた。
いままでの無表情とは打って変わって、怒りの形相だった。
「……父上」
「その上、もう一つの、この詳細な報告書は、あの、星読みによってもたらされた物だ。よりによって、あの星読みにだ! つまりは、星読みの配下が、ギリアと呪い子を調べていたことをお前は見落としていたということだ」
「何故……星読みが?」
「この無能が! この一件をもって、お前が支部長になるという話も一旦は取りやめとなる。もっとも、ストリギの町に新設されるはずだった魔術師ギルド支部の予定もまた、その呪い子の奴隷によって潰されてしまったがな」
「そんな……」
「……いや、お前は支部長どころか、降格だ。魔術師ギルド見習いからやり直せ! ワルギルス家の面汚しが!」
怒号を響かせ屋敷の主は部屋を出て行く。
1人残ったクルズヤンクはただただ無言でうなだれるだけだった。
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