召還社畜と魔法の豪邸

紫 十的

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第五章 空は近く、望は遠く

こころからのしゃざいを

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 オレの感傷的な気分はさておき、広間は微妙な空気につつまれた。
 そんなとき、いち早く動いた者がいた。
 ノアだ。
 先ほどの笑顔はどこへやら、無表情でツカツカとクローヴィスの方へ歩み寄る。
 そして、倒れた椅子を元に戻そうとした。
 少しばかり力がたりず、手をこまねいていたが、側にいる赤い髪の女性に手伝ってもらい元に戻した。
 それから、クローヴィスを睨み付ける。

「どうして、そんなこと言うの?」
「ノア……?」

 ノアが怒っている。
 クローヴィスは、ノアの怒っている姿に気圧されているようだ。

「お母さんが迎えにきてくれたんだよ」
「ボクは……」
「なんで迎えに来てくれたのに、どうしてそんなこと言うの? 私なんて、私なんて、ママが……ママが……」

 怒ったままノアがポロポロと涙を流す。

「ノア……ボクは……」
「嫌い。クローヴィスなんか、一人で帰れ! 知らない!」

 呆然としたクローヴィスを両手で押し出すように突き飛ばす。
 よろめき尻餅をついた彼を見ることなく、ノアは部屋から飛び出していった。
 その様子をテストゥネルは、カップを片手にじっと見ていた。
 しばらくしてカタリとカップをさげ、クローヴィスに向き直り語りかけた。

「クローヴィス。其方は、ここで、この部屋で心細い思いをしたときに、あの娘に助けてもらったのであろ? 少なくとも、あの娘にだけは礼と謝罪はせねばなるまい」
「おか……母上」
「謝罪は……そうじゃな、お前しか見たことのない景色を見せるのはどうじゃな。背にでものせて、あそこならしっかりと礼も言えるであろ」
「……いいのですか?」

 テストゥネルの言葉に、信じられないといった様子でクローヴィスが聞き返す。

「妾が許す。少なくとも其方は、それだけのことをあの娘にしたのじゃ。はよ行け」
「はい」

 ポンと背中を叩かれたクローヴィスは元気よく返事し、はじかれるように部屋から出て行った。
 その様子を見届けた後、テストゥネルは、部屋の隅に片付けられた魔法陣へと歩みよった。

「妾も頭に血が上っておったわ。よくよく考えれば、このような魔法陣でクローヴィスが、意思に反して呼ばれるなどということは、あり得ぬことだったのじゃ」
「どういうことでしょうか?」
「いくら子供といえど、龍神に連なる者。抵抗することは容易い」

 つまり望んで召喚されたということか?

「抵抗しなかったというのは、考えにくいと思います」
「いや、あの子のことじゃ。好奇心にまけて、召喚の誘いにのったのであろ。そして、誘いにのったのは良いがすぐに不安になってしまった……どうせ、そんなところじゃ」
「そうですか」

 ノアが大魔力で無理矢理つれてきたわけでないのか。
 今更のことだが、すこしだけホッとする。

「そして、これもじゃ」

 逆召喚の魔法に使うために作った木製の短剣を、テストゥネルは手に取る。

「理由があって帰るのを嫌がったようであるな。それで、あの子は逆召喚の魔法に抵抗したわけじゃ」

 魔法が失敗したのは、クローヴィスが抵抗したからだったのか。

「クローヴィス様は、寂しかったのでしょうか」

 カガミが呟くようにテストゥネルに問いかけた。

「さてな……、そうかもしれぬ。国の者は皆が特別扱いしておるからの。同年代の友人がいるかと言われれば……おらぬな」

 そう考えるとクローヴィスの行動が納得いく。
 いろいろあったが、しょうが無いか。寂しかったんじゃな。

「クローヴィス様、ノアお嬢様とお話してて楽しそうだったでち」

 とても小さな声で、チッキーがそんなことを言った。

「だがしかし、迷惑はかけておる。自らの子供がかけた迷惑じゃ、妾も何らかの詫びをせねばなるまい」

 詫び、か……。
 聞きたいことはあるが、詫びといわれても、特にないな。
 いや、もしかしたら龍神の力とやらで元の世界に戻ったりできるのか?
 それなら、帰りたいという同僚の希望も叶えられるかもしれない。

「それではテストゥネル様、一つ質問があるのですが……」

 そんな最初のオレの質問は頭に響いた声に遮られる。

『其方の質問は、あの獣人に聞かれてもいいものかえ』

 やばいやばい、そうだった。
 というより、テストゥネルは……いや、テストゥネル様は思考を読めるんだった。

「あのハロルド様……じゃなかった。ハロルドという子犬を探しているのですが、何処にいるか教えていただけますか?」

 オレの質問をうけて、テストゥネル様は上を見上げてボーッとした様子をみせる。
 探してくれているのだろう。

「うむ。其方らが探している子犬は、ここより西にいるな。海上か。多数の男女と一緒におるな……そうか船に乗っておるのか……」
「何処にいるのか分かったっス……いや、分かったのですか?」
「そうさな。遙か西にある船に乗っておるな。おそらく、こちらへと向かっておる」

 遙か西か。しかし、何で船に乗っているのだろう。

「もしかしたら、誰かがギルドの依頼をみてくれたんじゃない?」
「そうっスね。それで連れてきてくれてるとか」

 なるほど、それなら船に乗っている理由もわかる。世の中には親切な人もいるものだ。
 望みのある回答に、皆が笑顔になる。

「ジタリア、茶が切れておる。かわりを」

 そんななか、テストゥネルはカップを指で軽くはじき、後ろに控えていた女性に命じる。

「畏まりました。では隣室をお借りします。チッキー殿、少し手伝ってもらえませんか?」
「はいでち」

 二人は隣室へと移動した。

「さて、あの獣人の娘はしばらく席をはずしておる。もう一つの質問に答えてやろう」

 どうやら気を利かせてくれたようだ。
 その気遣いに感謝する。
 こうして、オレ達にとって大事な質問ができる時間を得られた。
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