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1. 推しの兄の婚約者‥‥?
ヒューバートのプロポーズ(?)
しおりを挟むエッカルトの部屋を飛び出したは良いものの、元々迷っていたのだから振り出しに戻っただけだ。
(あれでエッカルト改心してくれるかな~?メルヴィンがあいつに掛ける言葉はもっとふわふわして綺麗で平等を説く様な感じだったから、物語を変えないように政治方面から攻めてみたんだけど‥‥。)
あの説教じみた話し方のせいでエッカルトの怒りを買っていたりしたら、次に会うのが恐ろしい。だがまあ次に会うとしたら高等部になってからだろうし、その頃には大分過去の話になっていることだろう。
(そんな事より帰り道‥‥。)
本当にどうしようか。どこまで歩いても壁は全部同じ様な模様だし部屋の位置も同じだし、変わり映えがなさ過ぎて、もう全然違うところに迷い込んでいる気がする。
「今何時だろ‥‥。」
これは明日に響きそうだ。
途方に暮れて、オズは胸元に手を持っていき、服の上からペンダントの形を確かめる様に触れた。
このペンダントは二ヶ月前くらいにヒューバートがくれた物である。全然誕生日とかじゃないしイベントがある訳でもない普通の日に、何故かプレゼントしてくれた。
「ヒュー‥‥。」
ペンダントに付いている宝石はハックマナイトで、ヒューバートの瞳の色に似た薄い紫色だ。寝巻きの襟をくつろげてペンダントを取り出す。宝石を見つめているとヒューが恋しくなってきた。
(そう言えば、これ貰った時にヒューが何か言っていた様な‥‥。)
あの日、予想外のプレゼントを貰って目を白黒させているオズに、ヒューは言った。
———『これから先、いつも肌身離さずこれを身につけて欲しい。そして僕の居場所を探す時、僕の助けが必要な時は、これを握って唱えるんだ。〝ヒューバート、貴方はどこに居る?〟と。』
(そうだ、そんなことを言われていた。)
あの時は訳もわからず頷いて、昼休み終了のチャイムが鳴ったので直ぐにヒューは去ってしまい、どういうことか聞き返す事ができなかった。オズは言われた通り毎日持ち歩いているが、ヒューに言われていた事は今まで忘れていたのである。
別に本気でこれでヒューを呼び出せるとは思っていないが、今は藁にもすがる想いでその言葉を口に出してみる。
「〝ヒューバート、貴方はどこに居る?〟」
そう唱えた途端、ペンダントの先の宝石がほんのり光を灯して、ぐんと前に飛び出した。
「おわぁ!?」
首の後ろにくっと軽く紐が食い込んで、ペンダントは宙に浮き西に向かって、くんっと少し引っ張ってくる。
「な、何だこれ?宙に浮いて‥‥。」
———僕の居場所を探す時、僕の助けが必要になった時は‥‥。
「まさか、この先にヒューが?」
オズは恐る恐るその方向へ一歩足を踏み出した。ペンダントはまた前に出て、もっと進めというようにくっ、くっ、と前に動く。
(このペンダントには、呪いが掛かっていたのか‥‥。)
オズは急に肩の力が抜けてきて、ヒューバートが居るらしい方向へ、先程よりも気軽な足取りで歩き始めた。
十分くらい歩いた頃、漸くオズは見覚えのある道に出てきた。
廊下の壁に掛かった洋燈の中では火が揺れて、壁にゆらゆら影を作っていて少し不気味だ。
(よーし、ここまで来たらもう分かるぞ!)
オズは自信を取り戻して余裕を持ち始め、廊下の壁にある窓から月を見上げながら歩いて見る。
(それにしても盛りだくさんな修学旅行だな。エッカルトには会うし、魔術書は読めるし、道には迷うし‥‥。)
そんなことを考えていた時、前方から慌ただしい足音が聞こえ始めた。パタパタとこちらへ向かって来て、人影がだんだん近付く。
月明かりで、暗闇にその人の姿が浮かんだ。
「オズ!」
「ヒュー!?」
なんと、暗闇からヒューバートが現れたのだ。
オズはびっくりして立ち止まり、ヒューがそのまま駆け寄って来てオズを抱きしめた。ふわりと嗅ぎ慣れた匂いが広がって、オズは安心して身を任せる。
「オズ‥‥!無事で良かった‥‥!」
「ヒュー‥‥、どうしてここに?俺を探しに来てくれたのか?」
「ああ、呼ばれているのが分かったから。」
これで、とヒューはズボンの布を少したくし上げて、足首を見せた。足首にはアクセサリーがついていて、紐の先にはオズの瞳の色であるダークグリーン——本来の色はオパールグリーンだが隠しており、ヒューもそれは知らない——の小さな宝石が付いている。
まるでオズが貰ったペンダントと対になっているようだった。
「この宝石にも少し呪いが掛っていて、オズが僕を呼んだら、僕にも分かるようになっているんだ。オズが呪文を唱えたら、この宝石も君の居場所を示し始める。」
「すっご!なにそれ!‥‥あ、でも、俺が呼んだらって、ヒューから俺を呼ぶことはできないってこと?」
不思議に思って聞くと、ヒューは彼自身の足首を見下ろした。
「ああ。これはアンクレットだから、ネックレスやブレスレットみたいに大きな宝石は付けられなくてさ。この大きさだと余り難しい呪いは組み込めなかった。」
「じゃあヒューもネックレスにすれば良かったんじゃ‥‥。」
思わずそう呟くと、ヒューは信じられないというような顔をして、ボッと赤くなる。
「そ、それは重いかなって思うだろう!」
「え、重い?何で?」
(ネックレスとアンクレットで対になってるのが、ネックレスとネックレスになるだけじゃん。)
何で重いのか良く分からず聞き返すと、ヒューに少し呆れたような顔をされた。
「だって‥‥僕がいつでも好きな時にオズの居場所を調べられるようになるんだよ。そんなの嫌だって思わないわけ?」
「いやその前に、今俺はいつでも好きな時にヒューの居場所が分かるようになってるんだけど、それはいいの?」
(アンクレットがネックレスになるからとかじゃなくて、機能面の話だったのか。)
成程と思いながら、その考えだとこっちからはいつでも調べられるようになっているのにそれは大丈夫なのかと、心配になってヒューに聞く。
「別に、僕はオズに居場所を知られるくらい大丈夫だから。」
「俺も別に大丈夫だよ。ていうか、作る時に聞いてくれれば良かったのに。」
「き、君にそんなこと聞ける訳ないだろう!」
「ええ‥‥?」
急に声を荒げるヒューバート。オズは困惑するが、そもそものところ何故このペンダントをオズにくれたのかと疑問に思った。
「じゃあ、どうしてこれを俺にくれたんだ?」
オズはペンダントの宝石部分を手のひらに乗せて言う。
これには結構しっかりした呪いが掛かっているので、その辺りで見つけて買ったとかでは無く正式に専門家に作成を依頼したのだと思うのだ。それならばそこそこの金額になるだろうし、気まぐれで出来ることではない。
では、なぜこれを作ろうと思ってくれたのか。
「オズがしょっちゅう迷子になりかけるからだよ。君は方向音痴なのに自信満々で突き進んで行くから、こっちはいつも心配なんだ。」
「自信満々で悪かったな‥‥。でも、そっか、ありがと。」
プレゼントがオズの迷子対策だと分かって一瞬微妙な気持ちになるも、相変わらずヒューはオズを良く見ているからこのプレゼントを思いついたんだと思い直し、じわじわと喜びがやって来た。
「って言うか、ヒューは起きてたの?他の皆んなはもう寝た?」
何となく小っ恥ずかしくて、目を逸らして首の根元を掻きながら言う。
オズのこのペンダントのせいで起こしてしまったなら申し訳ないと思って聞いたが、ヒューバートは予想外に真面目な視線を返した。
「皆んなはもう寝てる。僕はオズに話があって、起きて帰りを待っていたんだ。」
「話‥‥?」
「そうだよ。はぁ‥、本来ならトランプで遊んだ後、皆んなにアーベル達の部屋に行ってもらってオズと二人きりにしてもらう約束だったんだ。」
アーベルはジャスパーの取り巻きの名前である。クラスが別れて絶望しているうちの一人だ。
「でも流石にもう遅いから皆んな部屋で寝ているし、今帰ればその話はできない。」
「えっと、じゃあその話は次の機会にって事?」
「いや‥‥もし、オズが良ければ、少し寄り道して帰らない?」
(話って何だろ?)
二人きりにならないとできない話ということは、凄く個人的な話があるのか、政治的な話があるのかの二択だ。
「分かった。そうしよう。」
オズは慎重に頷く。
ヒューはこの時間になってもその話とやらを今日終わらせたい様子だから、早めに聞いておいた方が良さそうだと判断した。
ヒューバートがオズの手を引いて歩く。
二人は数々の部屋を通り過ぎ、少し歩いてバルコニーに辿り着いた。大きな両開きの扉をそっと開けて、隙間から身体を滑り込ませる。
途端にふわりと夜の風に包まれて、月の光で視界が明るくなった。
バルコニーは意外と広く、二人は端っこまで歩いて行くと、ヒューがオズの両手を握り向き合った。
「オズ。」
「はいっ。」
二人は見つめ合って、ヒューは一度目を逸らした。だが深呼吸をして、またしっかりその目をオズと合わせる。彼の頬は薄く色付いていた。
「僕は君が好きだ。」
何を言われるかとビクビクしていたオズは、その一言で顔を真っ赤にさせた。理解が追い付かないながらも好きな人からの「好き。」の言葉に、心臓の音が速くなって行く。
「オズは、僕のことをどう思ってる?」
「お、俺は‥‥。」
オズは陸に打ち上げられた魚のように口をぱくぱくさせて、何とか言葉を捻り出そうとする。質問答えはもう決まっているのに、中々口からは出ない。
ヒューバートはゆっくり待ってくれた。オズは遂に口を開く。
「俺も、君が好きだよ。」
ぶわり、と更に顔に熱が昇って顔を隠したくなるが、チラッと見えたヒューの顔が余りにも嬉しそうな笑顔だったから、思わず見惚れてしまう。
月の光がぼんやり映る紺の髪は風にさらさらと揺れ、暗い中では薄いラベンダーの瞳は透明に見えた。
「オズ、ありがとう。」
「‥‥ん。」
「僕はさ、やっぱり君と婚約したいよ。」
「うん‥‥。」
ヒューバートはオズの両手と手を繋いだまま、優しくそう言う。
今の時代、子供の頃から婚約をする事は減って来ている。高等部で平民と共生するようになった影響もあって、婚約はするとしても高等部に行ってからという人が多くなっているのだ。
皆んなが皆んなする時代では無くなっている。それでも婚約したい。そう思ってくれることが、オズは信じられないくらい嬉しかった。
実際、幼少から婚約するものでは無くても、婚約者がいる人はダンスの場面などではその相手とペアになるという暗黙の了解があったり、婚約には相手を変な輩から守ることができるという利点がある。ヒューは勿論オズが好きだから婚約したいと思っているが、オズに寄ってくる変な男達を追い返すためにも婚約者という立場が欲しいと思っている、というのは、勿論オズは知らない。
「でも、オズに不安が残るまま婚約するなんて僕も嫌だ。だから、考えたんだ。」
前回婚約の話になった時、オズはヒューの婚約者という立場が危険だから恐れがあると正直に言った。ヒューはそれについて考えてくれていたのだ。
「僕は中等部卒業までに、特隊剣術二段、混合拳術二段、国守魔法部隊の検定を受ける。」
「は!?特隊、混合に魔法部隊‥‥よりにもよって〝国守〟!?そ、そんな無茶な‥‥。」
全部とんでもない難関な試験だ。
剣術、拳術二段なんてオズの耳が壊れたのかと思ったくらいだ。訓練を積んだ戦士でも、どれか一つ合格したら物凄い栄誉だってものなのに。
それに‥‥。
「剣術と拳術はまだ過去に学生で合格した物凄い人の記録があるけど、国守魔法部隊は流石に学生では聞いたことがない。然も中等部でなんて‥‥。」
「まだ誰もいないのなら、僕が最初の一人になる。これだけ合格したら、オズも安心して婚約できるよね?」
「いや確かにこんだけ資格あったら不安も何もないけどさ、でも三つはやり過ぎだろう。どれか一つでもとんでもない話だぞ?」
「うん。」
「うんって‥‥。」
(難しい試験過ぎて、最早俺と婚約したくない疑惑が出て来そうなほどだぞ!)
この三つは流石に無茶だ。
なのに‥‥真っ直ぐにこちらを見ているこの男には、何故だか出来そうな気がしてくる。
「だから‥‥オズ。中等部卒業までに目標を達成出来たら‥‥、」
ヒューバートは男前な表情をして、美しい顔を真っ赤にしている。
「ぼ、僕と婚約してくれないか‥‥!」
どうしてこの人は、こんなにオズのことを想ってくれるのだろう。どうしてオズの為にここまで出来るのか。
オズはゆっくり、頷いた。
「はい‥‥!」
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