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第三章 雪原の反乱と裏切り

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 ウールが消えてから、ユリールの屋敷はバタバタと騒がしくなった。

 騒ぎは強まるばかりなのに、鷹之助軍出発の時間は刻一刻と近づいていく。
 ウールが心配なので探したいと言った凛太郎は、それを伝えるべき相手に出会う為廊下に飛び出した。
「凛太郎!」
 三人も慌てて後ろに続き、部屋を出る。

 廊下に出ると一気に空気は冷え込んで、床板はきしきしと音を立てた。
 そうして歩き回っていると、目的の人物が角を曲がった先に現れる。
「あ、お前達‥‥。」
「副隊長!」
 弓隊副隊長である椚だ。
 椚と顔を合わせると、凛太郎は椚が何かを言う前に顔を上げた。

「副隊長、現在失踪しているユリール民族のウールを探す為に、僕に一日だけ此処に留まることを許して頂けませんか。」

 椚は凛太郎の言葉を聞いて目を見開く。凛太郎の後ろから見ている三人も驚いて口が塞がらなかった。まず凛太郎がこんなにハキハキ喋っていることが珍しいし、堂々と副隊長に提案を呑んでもらえないか掛け合った事にも驚いた。
 
「見つかろうとそうでなかろうと、明日になったら必ず戦場に向かい、追いつきます。だからどうか、許しを貰えませんか‥‥!」

 凛太郎に続き、三人も声を上げる。

「俺からも、お願いします!」
「俺たちもウール探しに協力したいんです!」
「僕も、微力ながら尽力します!」

 驚きに固まってしまっていた椚は、三人がそう言うと、意識を問題に向けて少し考える。
「この騒動については、先程隊長とも話したところだ。」
 椚が話し出すと凛太郎も顔を上げ、彼を見た。
「この騒動が、大多数が戦争をしている間にこっそりやって来た反乱民数人の仕業でないとも言い切れない。寧ろこの時期に攫われたのなら、彼の失踪はこの戦争に関係がある可能性が高い。」
 彼らはどきどきと心臓を鳴らしながら続きを待った。

「よって、このに残りウールさん捜索に加わる事を許可する。」

 凛太郎がぐわっと目を見開いた。
「本当ですか‥‥!けど、隊長や将軍様の許可も得ないといけないんじゃ‥‥。」
 椚は口の端を上げる。
「〝明日になったら必ず戦場に向かい、追いつく〟のだろう。隊員達に協力を頼めば、一日上の目を誤魔化すことくらい難しくない。」
 それは四人にとってとてもありがたい事ではあったが、以前の椚ではここで許可をする事など考えられなかったので、少し驚いてもいた。
 椚は真面目な男なのだ。
 真意を探ろうと視線を上げた凛太郎は椚と目が合った。椚は真剣な表情をした。
「凛太郎がこんなに堂々と話すところは余り見ない。‥‥その子なのか。」
 椚は、その子、ウールが凛太郎の婚約者であるのかと問うていた。
 あの時の食事会での話で、彼は凛太郎の婚約者がこの村にいて、長の家系の子だとは事は知っていた。それが凛太郎の今の様子を見て、その婚約者はウールの事であると確信したのだろう。
 凛太郎は頷いた。
「はい。」
「そうか。では今日一日、戦場の事は俺に任せろ。出発準備をしている将軍様や隊長に見つかるなよ。」
 椚はそでを翻し、バサリと音を立て踵を返した。


「行け‥‥!」


 彼が来た道を歩き出してから、凛太郎は大きな声を上げた。

「はい!本当に、ありがとうございます‥‥!」




      *     *     *




 ———その日の夕方、戦地。

 日が落ち視界が悪くなって両軍がほぼ同時に撤退を始め、峰鷹は臨時基地に向かって歩いていた。

「よっ!今日もお前、大活躍だったなー!」
「おう、まあな。」
「見てたぜ、あの刀の振り!」
「マジすげーよなぁ。」

 隣に並んで歩いているのは、初日に何となく仲良くなった奴らである。名前はよく分かっていない。初日に聞きそびれたので何かもう聞けないのだ。

 暫く歩くと臨時拠点が見えて来て、しかし天幕より前に、大量の兵を抱えた軍が目に入る。
 鷹之助の軍が来たのだった。
 峰鷹は思わず立ち止まる。動きを止めると急に雪の冷たさが足に滲んだ。
「ん?どうした。」
 一人が気付いて声をかけてくれる。
「いや、何でもないんだが‥‥。俺ちょっと、こっちから戻るわ。」
「おお、分かった。」
「気を付けてなー。」
「転ぶなよー。」
 皆の声に見送られながら、峰鷹は天幕に向かう。鷹之助と目を合わせない様に、遠回りの道を選んで、急ぎ歩いた。因みに一回転んだ。

 勿論、藤仁はまだ帰っていない。きっと鷹之助と何か話すのだろう。峰鷹は先に焚き火を付けて食事の準備を始めた。

 意外に早く帰って来た藤仁は準備をしていた峰鷹に礼を言い、二人は食事をする。

「はぁ‥‥。」

 峰鷹の口から、本日数度目の溜め息が出た。
 藤仁は火にかざしていた、魚を刺した串をひっくり返しながら口を開く。
「彼奴のところへ戻るか。」
 峰鷹は顔を上げた。
 彼の赤茶髪は火の光を浴びて、更に爛々として見えた。
「随分沈んだ顔をしているぞ。」
 そう付け加えられて、峰鷹は俯く。
「鷹之助だって、もう俺に帰って来て欲しいだなんて思っていないよ。」
 峰鷹がそう言うと、藤仁は少し目を細めた。

「だが俺は言い合いができる時点で、お前は大分鷹清照に愛されているんだと思ったがな。」

 峰鷹は顔を上げ、「どういう‥‥?」と理由を聞いた。
 藤仁は火に袖が触れぬように、少し腕を捲る。

「普通将軍の恋人という立場であれば、将軍が部屋に来いと言ったら部屋に行き、出て行けと言われれば出ていき、求められれば応じる。そういう関係になる。」

 その主従関係が明白である様子に、峰鷹は驚き目を見開く。

「もっと言うと、多くの場合、将軍の恋人がその将軍の事を本当に好いているとは限らない。将軍に恋人になれと言われればなるしか無いし、恋人になる前に手を出されるなんて事もざらにある。その場合だって、嫌でも断れない事が殆どだ。」

 峰鷹は驚きすぎて、口をぱくぱくと動かす。
「そ、んなこと‥‥。」
 だが藤仁は彼の動揺と疑念をすっぱりと切り捨てた。
「これはかなり常識的な話だと思うがな。寧ろ不思議なのはお前の方だ。まるで別の國の人間と話している気分だぞ。」

 その言葉に、峰鷹はギクリとした。
 峰鷹は別世界から来ているのであながち間違ってもいない。

 藤仁は魚が焼けたのを確認すると、一本串を峰鷹に差し出す。
「まあ、それは置いておくとして‥‥鷹清照はどうだった。お前達はそんな風な関係だったのか。」
 峰鷹はハッとした。そうだ。彼はずっと、峰鷹と恋人になる事に対して葛藤していた。
 それは、この世界の価値観では藤仁の言う通り、峰鷹は鷹之助に「恋人になれ。」と言われれば断れなかったからではないのか。
 今回すれ違ってしまった原因の一つでもある、鷹之助の恋人に対して主従関係を持って来ている様な言動も、この世界では普通の事なのだ。寧ろこの感じだと鷹之助は大分マイルドな方だろう。
 
 過去を思い返して何かに気付いたように「そうか‥‥。そうだ。鷹之助はそんな事はしなかった。」と峰鷹が呟くと、藤仁は少し呆れた様に、だけれど何処か優しく微笑んだ。
「鷹之助、ね‥‥。」
 
 その含みのある言い方に、峰鷹は首を傾げる。

「そもそも幼名を教えた時点で、あいつはお前の大抵の事は受け入れる覚悟をしていると思うぞ。」
 
 これもこの世界と元の世界との、価値観の違いなのだろう。幼名というものの大切さが、峰鷹にはまだ余り掴めていないところがある。
「そ、そういうものか。」
「そういうものだ。」

 暫し、沈黙が訪れた。焚き火からパチパチと音が鳴る。

「だからきっと、彼奴はお前を待っているよ。」

 それから、鷹之助軍の天幕が建てられている方向を手で示した。

「行っておいで。」




      *     *     *
 



 峰鷹は藤仁が促すと、礼を言って天幕を後にした。

 そこに残された藤仁は、一人にしては少し多い焼き魚を食べながら、月を見上げる。

 一人になると、急に寒くなるものだ。

 そんな事を思っていると、見慣れた部下がこちらへ歩いているのが見えて来た。
 この男、古角こすみは、戦闘の才はないのだが手料理が上手くて引き入れた。掛けている眼鏡の度が強すぎて、まだ顔が今一分かっていなかったりするが、余り気にした事はない。
 彼は藤仁のところまで来ると、来た道を振り向いて言った。
「‥‥良かったのですか。彼を行かせて。」
「来る途中ですれ違いでもしたか。」
「いえ、走って行くのが見えただけです。向こうは気付いていませんでした。」
「そうか‥‥。」

 古角は様子を伺う様に藤仁を見る。
「貴方が気に入った人間を手放すなんて珍しい。」
 藤仁は肩を竦めた。
「手放すも何も、手に入ってすらいないよ。それに、今の状態の彼に俺が何を言ったって響かないだろうと思ったからな。」

 敵に塩を送る様な真似は、藤仁には似合わない。あんな事は言わなければ良かっただろうか。
「‥‥だが諦めたわけではないよ。」

 藤仁は焚き火に薪をくべた。

「これから会う度に、地道に口説いていくさ。」
 古角は呆れた様にため息を吐く。
「彼に幼名まで教えてしまって‥‥。本当にもう‥‥。」
 藤仁は困った様子の古角を見てくつくつと笑った。
「鷹清照はそう易々と幼名を他人に渡す人間ではなかろう。例え恋人だとしてもな。彼奴が幼名を教えた人間なら、ある程度は大丈夫って事だ。」
 根拠の無い主張で片付けた藤仁の横で、立ったままの古角が、呆れてものも言えないという様に首を振った。
「そんな適当な‥‥。」
 
 まだ古角は何か言っていたが、藤仁は食事を終えて立ち上がる。

「先ずは、この反乱を終わらせねば。」

 彼が林の向こうを見つめながら言うと、古角も静かに頷いた。


 














 


 
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