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第二章 和臥虎山の哀しき剣士
六
しおりを挟む「会議なんて初めてだよな。何の話なんだろう。」
元就が峰鷹の隣を歩きながら呟いた。
五人は、弓隊宿舎の真ん中にある共有の大きな居間に向かって歩いていた。
今日の訓練終わりに、狛町が
「今夜、宿舎の居間で会議を行う。食事が終わり次第、居間へ向かう様に。」
と言ったのだ。
これから、和臥虎山脈への調査の話がされるのだろう。
峰鷹は昨夜鷹之助に大体の事は聞いたが、他の人はそうはいかない。各部隊員は、隊長からの説明を受けるのだ。
「もしかして、峰鷹がこの前言っていた戦の話も関係あるのかな‥‥。」
凛太郎が顎に手を当て、何かを考えながらそう言った。峰鷹は「どうかな‥‥。」と生返事をする。
居間の前に着き、大胆に開け放たれた障子戸の間から「失礼します。」と言って畳に上がった。まだ人はまばらだ。
五人は空いているところに固まって座った。
暫く待って人が揃うと椚が点呼を取り、全員居ることが分かると障子が完全に閉められる。
狛町と椚が前へ進み出た。
最近和臥虎山付近で失踪事件が起こっていること、今回屋敷の兵が二人失踪したことで、二部隊を引き連れ将軍様が調査を始めることを話された。
居間中が騒つき、動揺の波が広がる。
「その、失踪した二人というのは誰なんですか!」
一人が、後ろの方で声を張り上げた。
椚が痛々しく顔を顰めて答える。
「抜刀隊員檜垣と、柳田だ‥‥!」
狛町が、そんな椚の肩に優しく手を置いた。
先程の倍以上の騒がしさになる。だが無理もない。柳田は、一人一人としっかり向き合いたまにコツを教えてくれる、誰もが頼れる先輩だった。
「柳田先輩が!?」
「確かに、二日前から練習に来ていなかった。」
「そんな、先輩は無事なんだよね‥。」
「嘘だ‥。」
峰鷹の横で、四人も動揺の声を上げていた。
「静かに。」
それほど声を張り上げなくとも、狛町の澄んだ声はよく通る。居間はしんと静まった。
「一刻も早く事件を解決させる為、二日後には屋敷を出て和臥虎山脈の調査を開始する。明日には準備を終わらせなければならない。」
昨日緊急会議が行われて、二日後に出発とは、鷹之助もかなり思い切っている。それは、この事件の恐ろしさ、謎の深さを物語っていた。この機を逃せば、二年前の事件の真実は遠ざかるばかりだと考えたのだろう。
狛町は続ける。
「今回は、弓隊と抜刀隊で小部隊を組み調査に臨む。今から全員の振り分けられた部隊を発表するので、聞き逃すことのない様に。」
名簿順に名前が呼ばれ、自分の隊が発表される。
「相月元就、十三番隊。」
「はい。」
元就が返事をする。それから隊員の名前が呼ばれ続け、次に一芯の番だ。
「源佐一芯、七番隊。」
「はい!」
元気の良い返事が響いた。人の名前が次々呼ばれていく。
「千川原縁人、ニ番隊。」
「はい。」
途中で、峰鷹は気付いた。この方法では、まだ同じ隊に五内川が居るのかが分からない。
その間にも、人の名前が頭の中を右から左へ抜けていく。タ行からハ行までは長い。
「蕗峰鷹、七番隊。」
「はい!」
一芯と同じ隊だ。あとは凛太郎がどうなるかだが、
「由衛凛太郎、一番隊。」
「はい‥‥。」
一芯と峰鷹以外は、皆ばらけている。
全員の名前が読み終わった。
「因みに、隊長が一番隊で俺は二番隊につくからな。」
椚が言う。
なるほど、狛町と凛太郎が同じ隊で、椚と縁人が同じ隊だ。元就だけぼっち感が強い‥‥。まあ元就はコミニュケーション能力が高いので、何とかなるだろう。
「各隊の小隊長が書かれた紙は一枚しかないんだ。今から順番に回して読んでくれ。」
先頭の方の人に、狛町が一枚の紙を渡した。
五内川が同じ隊に入っていたら間違いなく彼が七番隊長になっている筈なので、見れば直ぐに分かる。
峰鷹は、まだかまだかと紙が回って来るのを待って、手を握ったり開いたりしていた。少しして、元就が声を上げる。
「お、来たぞ。」
ついに、紙が回ってきた。
峰鷹は、前に並んで座っていた一芯と元就の間から割り込む様に顔を出し、紙に視線を走らせる。
七番隊、七番隊‥‥。
順々に視線を落とし、ついに辿り着く。
七番隊隊長 五内川昇
ざらざらとした和紙に、達筆で確かにそう書かれていた。
鷹之助の言った通り、五内川と峰鷹は同じ班になっている。
「峰鷹?おい、どうした‥‥。」
「いや、なんでもない。」
声を掛けられて、峰鷹はスッと二人の肩から顔を離した。
紙が大体回ったことを確認し、狛町が話を再開する。
「明日の夕刻までに出発の準備を終わらせ、明後日の早朝には各隊の顔合わせを済ませて出発する。呉々も遅れをとることのない様に。」
皆で、はい、と返事をした。
「では、これにて解散とする。」
ぞろぞろと人が部屋を出て行き、五人もその流れに乗る。実は、五人はまだあのボロいと言われている部屋を使っていた。あの三人が追放されて先輩達に部屋を替えようかと言われたが、思い出もあるし縁側がついている部屋で案外気に入っていたので、なんだかんだ今でもそこに住んでいる。
まあ、年季が入っているのは本当で、弓隊宿舎の中でも古い部屋である事は確かなので、玄関からも居間からも一番遠いが。
曲がり角で、人がどんどん別れていく。
いよいよその道が五人だけになって、前を凛太郎と並んで歩く縁人が口を開いた。
「なんか、大事だったね。」
「次戦う時は五人一緒って訳にもいかないみたいだし‥‥。」
凛太郎も少し不安そうに言う。
「大丈夫だって!俺たちあれからずっと練習してきただろ。最近では褒められることも増えたしさ。」
元就が二人の肩にそれぞれ手を置いて励ました。
だが、いつもならよく喋る一芯の口数が少ない。峰鷹は隣を少し俯いて歩く一芯を見た。
「一芯、どうかしたか。」
他の皆に気付かれないように、小さめの声で話しかける。
一芯がこちらを向いた。何か言うのを迷っているような顔をしている。
「いや、峰鷹。もしかしてお前さ———」
「おーい、何してんだ。早く寝ないと明日の準備が間に合わなくなるぞー。」
そこで、既に部屋に入っていた元就が障子戸から顔を出してそう言った。
「ああ。直ぐいくよ。」
峰鷹が頷くと、元就は障子戸の向こうに消える。
「それで一芯、なんだって?」
「いや‥‥、やっぱ今度にするよ。別に急ぎでは無いし。」
「そうか‥‥?」
一芯はそう言って、先に障子戸の向こうに消えた。
一芯は何を言いかけたのだろう。
峰鷹は疑問に思いながらも、一芯のあとに続いた。
二日後の早朝、弓隊員と抜刀隊員は屋敷の庭に隊列を作り、顔合わせを行った。
峰鷹はいち早く七番隊の列へ向かうと、七番隊隊長として列の先頭に立ち、皆を待ち構えていた五内川と目が合う。
どうやら峰鷹が最初に来た七番隊員らしい。
「よう、同じ班になれて嬉しいぜ。」
五内川は軽く声を掛けてきた。以前と違う雰囲気などは特に感じない。
「ああ。宜しく頼む。」
峰鷹は無難な返事をした。
程なくして、全員が揃うとなにやら儀式が始まった。士気を鼓舞する為のものらしく、仰々しい物言いに峰鷹は眠たくなってくる。
しかしそれは少しの時間で終わった。
「では、これより出陣する!」
鷹之助の一言で、おおー!!と地を揺らすような声が重なり合う。
弓隊だけでも、鷹之助が抱える兵士の数はたまげる程だ。今回引き連れているのは屋敷の宿舎に住まう兵士のみだが、屋敷に雇われる前の候補兵士も、候補とは言うが普通に実力がある戦士なのである。
屋敷の護衛や緊急時の対応のために選ばれた強き者達が屋敷にいるだけで、鷹之助の領土には多くの訓練場があり、そこで沢山の兵士たちが日々訓練している。
と、峰鷹は弓隊の先輩達に聞いたが、実際のところ総勢何人なのかはまだ知らない。
だが今回駆り出された人間だけでも相当な人数だ。
そんな大勢で、和臥虎山脈を着々と歩く。
ガシャ、ガシャ、と甲冑の擦れる音が規則的に木の葉を震わせる。
「はあっ‥‥はあっ‥‥はーっ‥‥。」
息切れをしても、隊列を崩す訳にはいかず、休憩と言われるまでは歩き続けなければならない。
「マジでっ‥‥、甲冑重すぎだろ‥‥っ。」
「おい峰鷹‥‥っ、もう突然脱ぎ出したりはしないでくれよっ‥‥。マジお前っ、死ぬぞ‥‥!」
「わかっ‥‥てるしっ‥‥!」
一芯と言い合いながらまた一歩を踏み出す。前を見ると、五内川は少しも息切れをしていない様に見えた。
流石、副隊長である。彼の足取りはしっかりとしていて、一歩一歩に重量感がある。
しかし、少し慣れて来ると峰鷹も息切れを余りしなくなってきた。
「一芯、俺少し慣れてきたかも。」
「お前、環境への順応力高すぎな。」
恨めしい気な視線を送って来るが、一芯も先程よりも楽に言葉を発しているので、身体が慣れてきているのだろう。
やり取りを聞いていた五内川は呆れ顔で振り返る。
「全く‥‥。類は友を呼ぶってか。こんな順応力普通じゃねぇっつの。」
実際、前を歩く人も後ろを歩く人も動きが鈍くなっていて、歩く速さは遅くなってきていた。
峰鷹の眼前を、てんとう虫が横切る。
「ショーグン様が候補生すっ飛ばしてお前たちを屋敷に入れた理由が分かるよ~。こんな逸材逃す手はないね。」
歩くたび、五内川の柔らかな赤茶髪がふわりふわりと尾を振った。
「いやー、でもやっぱ特別待遇だと思われると印象も悪かったっすよ。峰鷹が来てくれなきゃ、俺たちまだ雑用係やってたと思います。」
一芯がどこか誇らし気な顔で応えた。
「この間の襲撃の時は、大活躍だったと聞いているけど。」
「俺たちは落ちこぼれだったんで、峰鷹の特訓がなきゃなんも出来てないっす。多少は役に立てたと願いたいけれど、大活躍したの主にこいつですし。」
一芯は親指の先で峰鷹を指す。峰鷹は頬に片手を添えた。
「いや~それほどでも、」
「ちょっと戦闘狂の気があるけど。」
「なんだって?」
心外だ。峰鷹は一芯に聞き返す。
「だってこいつ、突然甲冑ぶん投げて、弓構えて屋根の上で舞い始めたんすよ!」
一芯は必死な様子で五内川に訴える。
「ぶん投げてないし!誤解の部分しか使ってない説明やめろ!」
「いーや、あれはもうほぼ踊ってた!」
「踊ってない!」
「ふっ‥‥、あははは!」
ぎゃーぎゃー言い合う二人を見て、五内川が笑い出した。
二人は言い争うのをやめて、前を歩く五内川を見る。
「この状況でそんだけ盛り上がれる精神力が何より必要なもんだよ!」
五内川は垂れ目を細めて笑った。
「まあ、一芯は精神強そうだよな。」
峰鷹は横目で一芯を見る。
「峰鷹には負けるけどな。」
一芯は、ふん、と鼻から息を吐き出した。
五内川は爆笑している。
現在は二年前の事件の調査中でもあるのだが、五内川の笑顔が見られたことに峰鷹は少しほっとした。
「いいなあ。お前ら見てると、弓隊んとこの副隊長を思い出すよ。」
ひとしきり笑った後、五内川が何かを懐かしむ様な、少し悲し気な表情で溢した。
「椚?‥‥副隊長っすか?」
一瞬呼び捨てにしたな、一芯。
だが、椚の話が出てきた事は峰鷹も気になった。
「副隊長と、仲が良かったのですか。」
峰鷹は聞いてから、やばい、過去形は失礼だったか‥‥と思ったが、五内川には特に気にした様子はない。
「いや、なんつーか、数年前———」
五内川が言いかけた時、突然隊の歩みが止まった。
「これより、一時休憩とする!」
遠くから、鷹之助の良く張った声が聞こえる。
いつの間にか、少し開けた場所に来ていた。真上に輝く太陽の日を浴びて、植物たちが風に揺れる。
「じゃ、休憩に入るか。」
五内川が身体ごと振り返ってそう言った。
七番隊は十人構成である。山での調査なので大人数を一人が纏めるよりは、少人数の班を沢山という形の方が動きやすいだろうと言う事でそうなったらしい。
十人は、はい、と声を揃えて返した。
五内川は先程の続きを話す事はやめた様だ。
「余り遠くには行くなよ~。休憩終わったらあそこの木に集合な。」
そう言って大きめの木を指差すと、五内川は歩き出してしまった。
他の皆んなも動き出す。
一芯が峰鷹の肩に手を置いた。
「川の方で休憩しようぜ。」
「ああ‥‥。」
気になる話だったのに、遮られてしまった。なんだか最近はこんな事が多い。
峰鷹は隣を歩く一芯に視線を向ける。
癖のない黒髪はさらさら風に揺れていた。
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