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第一章 現れた天才射手

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 その屋敷には広い庭を囲む様に二メートル程の門があり、門の上には数メートル置きにやぐらがついている。
 峰鷹と鷹之助が扉の前に立つと、中からかんぬきを引き抜く音が聞こえた。鷹之助の護衛として来ていた兵の誰かが、中に将軍の帰りを伝えたのだろう。
 ぎぎぎと低い音を立ててゆっくりと扉が開いた。
「わ‥‥。」
 そこには、この広い庭を埋め尽くしそうな程大勢の人間が居た。それでも道を二メートルの幅で開けている。将軍様の為の道なのだろう。
 峰鷹はこの道を自分も通って良いのだろうかと不安になった。少し遠回りして、裏道とかを教えてもらえないだろうか。
 そんな峰鷹の考えなど知らずに、鷹之助は歩き出した。門の前に一人取り残される不安が勝って、峰鷹も後に続く。
「お帰りなさいませ。」
 皆が礼をする。
 余りに大勢が一斉に礼をしたことで峰鷹は一周回って冷静になり、これが校長先生の目線かあ、と思った。
 鷹之助は立ち止まった。
「顔を上げてくれ。」
 人々が顔を上げる。峰鷹を見た人々は、中には動揺している者もいたが、殆どは余り驚いている様ではなかった。
 峰鷹は疑問に思うも、その思考は鷹之助が声によってさえぎられた。
「皆、留守をご苦労だった。各隊の隊長は揃っているか。」
 鷹之助が聞くと、丁度一番近くにいた男が応えた。
「居ります。只今訓練場の方で稽古の最中かと。」
「そうか。では、隊長の皆に至急会議の間に集まるよう伝えてくれ。」
「承知いたしました。」
 峰鷹は会話を聞いてはいるものの、今どういう状況で何の話をしているのか全く分からない。
 鷹之助は話終わるとまた歩き出したので、峰鷹も慌てて後に続く。人間によって作られたその道は屋敷の入り口まで続いており、峰鷹に刺さる人々の視線が痛い。
 屋敷に入ると、恐らく外の誰かが閉めたのだろうが勝手に戸が閉まって、峰鷹はびくりと肩を揺らす。
 鷹之助は石の上に履き物を脱いで峰鷹に言った。
「これから、会議の間へ向かう。まずはお前を各隊長に紹介しようと思っている。」
 鷹之助は峰鷹の名前を呼ばなかった。他の人間が聞いているかもしれない所だからだろう。
 各隊長。峰鷹は弓隊に配属される様だが、隊は幾つあるのだろう。
 質問しようとして、ここではもしかして敬語の方がいいかと峰鷹は気づいた。
「隊とは幾つあるのですか。」
 鷹之助は一瞬動きが止まったが、峰鷹の質問に答えながら歩き出す。
「幾つ、か。具体的な隊の数は置いておき、まず隊が何種類あるかを教えよう。これから会う隊長は、例えば弓隊であったら、弓隊という隊の隊長に当たる人間だ。本当は隊はもっと細かく弓隊一番隊という風に分けられていて、弓隊一番隊隊長という隊長もいる。」
 つまり、弓隊の中で一番偉い人に会うわけか。もう今から緊張してきた。
「隊の種類は、弓隊ゆみたい抜刀隊ばっとうたい歩兵隊ほへいたい海兵隊かいへいたいの四つだ。」
 これから四人の隊長に会うということか。
 そうこうしているうちに、会議の間と書かれた板のある部屋に着いた。
「軽い紹介だから、そんなに気を張るな。お前はいつも通りでいれば良い。」
 これから関わっていく上司なのだからそういう訳にもいかないだろう、とは思ったがもう部屋の前に来てしまったので、峰鷹は口にはしなかった。
 鷹之助は軽く木枠を叩き「入るぞ。」と言うと、すっと戸を引いた。
 二人は部屋に入り、峰鷹が戸を閉める。
 そこには既に、四人の男達が居た。
 四人の目は峰鷹を映すと、厳しいものに切り替わる。
 鷹之助が話し出した。
「お前達を呼び出したのは他でもない、こいつを紹介する為だ。名を峰鷹と言う。」
 峰鷹は、先程人々が礼をした時と同じ角度で礼をした。
「弓の才を買って連れてきた。これからは弓隊の所属になる。」
 次に鷹之助は、一番右に立っている男を手で示した。
「右から、弓隊隊長狛町こままち文嗣ふみつぐ、抜刀隊隊長鐘門かねかど有道ありみち、海兵隊隊長富士巻ふじまき寅之助とらのすけ、歩兵隊隊長綿居わたい佳典よしのりだ。」
 峰鷹は全員の名前は覚えられなかったが、弓隊の隊長だけはしっかり覚えた。
 狛町は四人の中では三番目に背が高く、鷹之助と同じく髪を長く伸ばし、後ろで結っている。キリッとした涼しい目元が印象的だ。
 狛町が口を開く。
「将軍、また新しい人間を連れてきたのか。これで五人目だぞ。」
 抜刀隊隊長の鐘門は四人の中で一番背が低く、峰鷹よりも小柄だ。こちらも同じく髪が長く、頭の高い位置で結っている。見た所、四人の中で一番若い人間の様だ。峰鷹と同じか、少し上くらいだろう。
 鐘門も身を乗り出す。
「ああ。それにこれまでの四人とも未だに成果が見られない。食い扶持ぶちが増えただけだ。」
 かなりの言われ様である。おいおい、雲行きが怪しいぞ。まさかそれが峰鷹に会って欲しいと言う四人なのではないか。
 峰鷹は冷や汗をかく。
 歩兵隊隊長の綿居は四人の中で一番筋骨隆々としている。短髪で、顔には大きな傷があった。
 綿居は大きな声で言う。
「俺も反対だね!そもそもここは、平民がそう簡単に来られる場所ではない。兵として訓練をして実力を認められて、初めて屋敷に入ることが出来るものなのだ。こいつだけ引き抜きのように連れて来られただなんて、公平で無い。」
 鷹之助は海兵隊隊長を見た。
「お前はどう思う。」
 海兵隊隊長の富士巻は四人の中で一番背が高い。しっかりした体つきで髪は顎よりも下くらいの長さで、現代のハーフアップ、所謂いわゆるお嬢様しばりをしている。髭が似合う海の男といった風貌だ。
 富士巻は右手で髭を撫でた。
「将軍が決めたことだからな。俺は特に意見はないぜ。」
 綿居が声を荒げる。
「お前、また‥‥!」
 富士巻はその声を遮った。
「それに、これまでも将軍が弓隊に平民を引き入れているという話は耳にしていたが、隊長をわざわざ全員集めて紹介なんてしたのはこれが初めてだ。」
 え、そうなのか。峰鷹は思わず鷹之助の方を見そうになったが、その前に、バッと富士巻に指を差された。
「そいつ、んだろう。」 
 鷹之助は、にっと唇の端を上げた。
 三人は黙り、峰鷹を見る。
 本当に居づらい空気だ。どうにか早くこの地獄の紹介が終わるように、峰鷹は天に願う。
 自分を良く思っていない男三人に見つめられるという、峰鷹にとって気まず過ぎる時間は数秒で終わった。
「と、いうわけで。」
 鷹之助は峰鷹の肩にぽんと手を置いた。
「今日からこいつもこの屋敷の仲間だ。よろしく頼むぞ。」
 そして誰かが口を開く前に、ぱんと手を叩いた。
「では、これにて解散!」
 四人はまだ腑に落ちない顔をしながらも、それぞれ部屋を出る。
「そうだ、文嗣。」
 弓隊の隊長が部屋を出る前に、鷹之助が声をかけた。
くぬぎに、峰鷹の部屋の案内を頼みたい。」
 狛町は頷く。
「承知した。」
 狛町も部屋を出て、会議の間には峰鷹と鷹之助の二人だけになった。
「思ったよりも、皆反対している様ですね。」
 峰鷹は鷹之助に笑顔を向ける。
「いや、その、悪かった。確かに、快く歓迎している者はいないかもしれないな。」
 かもしれないというか、いないだろう。
 峰鷹は鷹之助をひと睨みしてから、質問をする。
「椚とは何方どなたですか。」
 鷹之助はほっと息を吐いて、答える。
「椚龍堂りゅうどうといって、弓隊の副隊長であり、文嗣の右腕だ。」
 副隊長か。その人が峰鷹に対してどう接してくるかで、今後が大分左右されそうだ。
 鷹之助は開いた障子に近づく。
「では、直に椚が現れるだろうから、私はもう行くぞ。」
 峰鷹は頷く。
 鷹之助は最後にこそっと「上手くやれよ。」と小声で言ってきた。
 無茶言うなよ。こっちは勿論仲良くしていきたいと思っているさ。だがこの流れで椚とやらが親しげに話しかけてきたら、そっちの方が驚きだ。
 峰鷹は鷹之助の姿が見えなくなるまでガンを飛ばし続けた。
 そして少しの間鷹之助への不満を募らせながら待っていると、一人の男が現れた。
「お前が新入りか。」
 椚という男は明らかに蔑む様な目を峰鷹に向けてきた。
 ほらな。分かっていたよ。
 峰鷹と同じくらいの背丈で、年も恐らく近いと思われる。この青年は短髪で、とても無愛想な顔をしている。峰鷹に対してだけかもしれないが。
「ついて来い。」
 椚はそれだけ言って歩き出した。峰鷹は後に続く。
「お前で将軍様が連れてきた平民は五人目だよ。ったく将軍様も何を考えているだか。」
 椚は複雑に通路を曲がりながら、峰鷹がついてきているか振り返って確認もしない。
「他の四人だって、将軍様が連れてきたと言うからどんな凄い奴かと思えば、特に弓の才が秀でていると言うこともない。むしろ何故連れて来られたのか分からないほどだ。」
 兎に角この男が不満を抱えていることは伝わってきた。もう十分過ぎるほどに。
 椚は、ふんと鼻を鳴らす。
「今はあいつらに弓隊での居場所はない。弓の訓練も出来ず、雑用ばかりやっている。」
 それはあんた達が押し付けている訳ではないのか、と峰鷹は思った。
 椚は一番端の部屋の前で立ち止まる。どうやら着いたらしい。
「ここはその四人の雑魚寝ざこね部屋だ。弓隊が持っている部屋で一番劣化が激しく、汚い部屋だよ。」
 峰鷹が見る限り、中は劣化しているのかもしれないがこの廊下や障子は綺麗だし、この部屋の人間は丁寧に暮らしている様に感じた。
「とにかく、お前もろくに弓を引けない様なら、さっさと此処ここを出て聞くことだな。せいぜい五人で仲良くやれよ。」
 そう言って、椚は去っていった。
 まずいな。本当にこの感じだと見方が一人もいない。
 鷹之助は屋敷に帰ってきてしまったので以前の様に頻繁には会えないだろうし、唯一嫌悪が薄そうだった富士巻は海兵隊なので会う機会は碌に無い。
 せめて、この部屋に住むという四人が、峰鷹を受け入れてくださいます様に。
 そう思いながら、峰鷹は障子に手を掛けた。


 





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