みにくいおでぶの子

みちる

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 食べると嘔吐・呼吸困難、臓器不全などから死に至る、か――やっぱり、苦しいんだろうな。
 根が猛毒であると知識が警鐘をならした植物をハァルはボンヤリと眺めていた。
 水場と洞窟を往復するだけの変化のない日々、絶えず感じる不安と人恋しさはハァルの正常な思考を蝕みつつある。
 ハァルは捨てられてからずっと裸で生活しているが、温暖な気候のおかげか今のところは死にそうな気温の変化にはあっていない。
 お前なんかに服などいらないだろう? と母親に衣服を剥ぎ取られた記憶は肌寒さを感じるたびにハァルの心を苛むが、人に会うこともなく汗や泥に濡れる生活を続けていると、確かに服はいらないなと自嘲気味に思ったりする。
 情けなく惨めで無意味な自分の生を悲観し、何故、と何度目かになる自問をせずにいられない。
 こんな生活を送っているのにハァルの身体は痩せる気配がなく、それどころか体積を増したようだ。

 ただただ太り疎まれた役立たずの僕は、いつか自力で動けなくなるのだろうか。
 死ぬのはもちろんとても怖ろしい事だが、今の苦しみから解き放たれるならそれは幸せなのではないか。そんなどこか甘美で危険な思考に囚われつつあったハァルは、水場からの帰り道にいつもは足を踏み入れない場所に少しだけ足を伸ばすことを思い立つ。
 それまでは洞窟から離れすぎるのは不安でしょうがなかったが、鬱屈した精神状態にあったハァルは、その思い付きにワクワクと昂揚した気分のまま歩き始めた。





 やっぱり来るんじゃなかった。ここ怖い……。
 いつもと違う道を歩き始めてすぐ、ハァルは早くも迂闊な行動を後悔し始めていた。早く洞窟に帰れと本能が囁く。
 それでも何か変化が欲しくてその本能を捻じ曲げて、引き返したくてビクビク震える身体を騙し騙し動かすハァルは、迷い歩く先に赤い実をつけた木を見つけた。
 怯えていたことなどすっかり忘れ、一目散にそこへ向かうハァルの顔には久しぶりに明るい表情が浮かんでいた。

 ふわぁ、これ……この実。甘くておいしいやつ。
 それは家族と共に過ごしていた頃、当たり前のように頻繁に与えられていたアムルという大好物の実で、ハァルは一つもぎると早速それに噛り付く。
 少し酸っぱくて甘い味が口の中に広がり、例えようもない幸福感に満たされ思わず微笑む。

 そう、甘い物は多幸感が得られるんだ。
 話すことも出来ない不必要な知識がお約束のようにわいてきて、いつもなら無駄なことだと捻くれてしまうハァルだが、その時ばかりは無心で腹いっぱいになるまで実を食べ続けた。
 腹いっぱい食べ終えたハァルは、大きくてしっかり熟している実を厳選しいくつかもぎとると、山盛りのそれを苦労して抱えながら洞窟を目指し歩き出す。
 久しぶりに満たされた気持ちになれたハァルは、いつもこの辺まで足を伸ばすことに不安を感じていたことなど、すっかり忘れていた。
 話すことを禁じられていた為、誰も知ることなどなかったがハァルのその根拠のない感覚はいつもびっくりするほど当たるものだったのに……。





「ギャアッ、ギャアァッ!!」

 気づけばハァルは素早く飛び出してきた何かに突き飛ばされ、大事な実を押しつぶしながら地面に倒れていた。
 不快な鳴き声をあげる大きな影は素早くハァルの肩を押さえつける。
 茶色の毛むくじゃらで巨大な猿型の魔獣は目をギラギラさせていて、口から覗く牙は鋭く、肩に食い込んでいる爪は刃物のようだ。猿の魔獣としては最大級の大きさと親指が異様に大きい手の形状から、その魔獣がランクBモンスターのジャイアントモンキーだろうと検討をつけてハァルは絶望した。

 うぅ……やだっ、こんな、こんなのっ。
 ジャイアントモンキーは獲物の新鮮さに拘り、生きたまま巣に引き摺り込み末端から少しずつ齧るという。
 無駄に豊富な知識の詰まった脳が導き出した残酷な答えに絶望したハァルは、全てを諦めきつく目を閉じると舌の根元部分をしっかりと歯で挟み込む。

 躊躇うな。一気にしっかりと噛み切らないと長く苦しむことになるぞ。
 自分がやれることといえば出来る限り自分という獲物の鮮度を落とすことで、上手くいけば自らの舌で窒息できるはずだと、悲壮な決意を固めたその時。
 ザシュッという鈍い音と共に生暖かい液体がハァルの顔に飛び、それと共に押さえつけていた手が離れ、ドサリと重いモノが落ちるのを感じた。

 な、なにっ? え?
 状況判断が出来ないままひどく混乱し、恐る恐る目を開けたハァルが見た物は、目の前に転がるジャイアントモンキーの首だった。

「ひっ! ぅっ、うぁっ!」

 長年刷り込まれた口を聞くなという元家族の呪いは、その悲鳴までは抑えられなかったらしい。それはハァルにとって久しぶりに発した声だった。
 胴体から首を切り離されたジャイアントモンキーがすでに死体になっていることと、顔中をねっとりと汚しているのがそれの血だということに気づいたハァルは、食べたばかりのアムルの実を全て吐きだしてしまう。

「人間が襲われていると思って来てみれば、なんだ、お前、魔獣? いや、やっぱり人間か?」

 突然かけられた声に驚くハァルの視線の先に、こちらを面白そうに見つめる一人の男が立っていた。
 身軽そうな装備は地味だが希少な素材がふんだんに使われていて、それにジャイアントモンキーの首を切りとばしたのであろう抜き身の剣には血の一滴もついていない。
 相当な業物だろう剣と男の自信たっぷりな表情、それに逞しい体躯。そこまで見てとったハァルは、慌てて顔を伏せた。

 この人とは目を合わせたら駄目だ。だって、きっと間違いなく冒険者として最高ランクの人だ。
 英雄とも言われる存在のSランク冒険者などと実際にあったことなど無いハァルだが、その知識から確信を持つ。それと共に警鐘が鳴った。男は危険人物だと。
 それを呼び水として、次々と他の知識も浮かび始める。

 横暴、自分勝手、希少な種族である自分達を狩る者、いや協力者でもある……ん? 希少な種族? 僕が? え? 僕は普通の人間だよね?

「どうした? ショックで言葉が出ないのか? お前ちょっと待ってろよ」

 ハァルの頭を優しく一撫でした男は見た目を裏切る穏やかさで、声を荒げることなく話しかけてきた。
 優しい響きの感じの良いそれにハァルはホッと安堵の息を吐き出す。

 少しだけ、そう今はよく分からないことばかりだし、どちらにせよこの人から逃げることなんて僕には無理だもの。
 警戒することの無意味さを悟り、心の整理をつけたハァルは、倒したばかりのジャイアントモンキーを素早く捌き、討伐部位や美味と言われる肩や腿の部位を剥ぎ取る男をボンヤリと眺めていた。












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