99 / 121
第九十九話
しおりを挟む
「では、砦の奪還を全面的にお任せしてしまっても宜しいということですか?」
アリエル女王は確認するように質問する。
「はい。私共に全てお任せいただけるのであれば、助かります」
「ですが、三十名足らずの手勢で上級魔族が率いる魔族の群れと対峙しようなど、普通は考え付かないです…」
慢心は禁物だが、俺たちの部隊はこの世界に於いて他には無い武器を持っている。
それらを正しく運用し、作戦を忠実に遂行すれば、真の最強部隊と成り得るだろう。
状況に応じて作戦内容は変化して行くだろうが、ある程度の状況は想定できているので問題無く進められるはずだ。
俺がこの世界に来てからでも魔王討伐隊や騎士団は、数多くの魔獣や魔物と対峙して来た。それらの戦いでも危なげなく勝利して来たし、彼女たちも新しい戦い方や武器にも慣れたし、自信も付いて士気も上がっている。
上級魔族との戦いは初めてだが、それと戦う役目は俺が引き受けるつもりだ。魔王討伐隊に任せることも考えたが、相手の力量が定かではない中では俺が前に出るのが順当だと判断した。
俺だったら物理・魔法ともに全ての攻撃が無効化できるから死ぬことは無いからな。
「私たちならば大丈夫です。それよりもその後の守備の為にも戦力は温存していただく方が賢明だと思います」
正直に言ってしまうと、前時代の武器で今回の作戦に参加されても足手纏いになるだけだし、全部任せておいてもらいたいと言うのが本音だ。
前にも言ったが、俺は友好国であろうと武器を輸出する気は無い。
あんな物をバラ撒いたって、碌な事にはならないからな。
戦闘行為を行いはするけれど、俺は基本的に平和主義者だからな。
だから、『剣を使わない銃による戦い』なんて見せない方が良いんだ。
「解りました。砦の奪還作戦については、安田侯爵に全て一任します。何卒よろしくお願い致します」
アリエル女王は立ち上がって深々と頭を下げた。
俺が確認したかったのは、砦に人質が取られたりしていないかだ。
もし人質が居るのなら、まずは砦に潜入して人質を奪回しなければならない。
人質が居る砦にいきなりミサイルを撃ち込むなんて出来ないからな。
しかし、それについては杞憂だった。
砦を奪われた時に捕虜になった騎士や衛兵は、翌日に全員が無残な姿で吊るされたそうだ。
つまり、砦には敵しか居ないことになる。
砦の向こう側は魔族領になるので、そこを越えて行く旅人も居ないから、新たに人質が取られることは無い。
もし取られても翌日には殺されているだろう。
「砦はまた新たに建造していただくことになりますが、構いませんか?」
ミサイル攻撃で木っ端微塵にする予定だから、一応は断っておく。
「一度は敵の手に堕ちた砦です。守りを堅牢にして新たに作り直すつもりですので、お気になさらなくて大丈夫です」
アリエル女王の許可も得たから、何も憂うことは無い。
「畏まりました。偵察も含めて明後日より作戦を開始します」
実際の作戦期間は休日を挟んで四日間の予定だ。
しかし、ラズロフ王国内に裏切者が居ないとも限らない。
実際に砦が堕とされているんだから、手引きをした者が居ると判断する方が賢明だ。
だから、Xデーはアリエル女王であろうと明かさない。
厳しいかも知れないが、情報は統制しておくべきだ。
多目的誘導弾発射装置を搭載した車両や機動戦闘車は作戦現場に直接持ち込んで、手の内はラズロフ王国にも見せない。
ラズロフ王国に見せるのは、高機動車や軽装甲機動車くらいで十分だ。
最低限の話し合いを終えて、レムリアに戻る。
着替えを済ませると、俺は『異界渡航の窓』で日本に向かう。
「未希、ちょっと良いかい?」
事務室で仕事をしている未希に声を掛ける。
「ん?どうしたの?」
「こっちの仕事が忙しい時に申し訳ないんだけど、新人の使用人に射撃を指導して欲しいんだ。それと、騎士隊が不在になる間、屋敷の警備主任をしてもらいたい」
「え?あたしが射撃指導をするんですか?」
「うん。俺たちが完全に不在になる前に、射撃が出来るようにしてもらいたいんだ」
「まぁ…、それは構いませんけど…」
「その間の日本での仕事は、あずさや陽菜に代行してもらえるように俺から頼むよ。ダイヤモンド販売についても『買い付けの為、暫くお休みします』って連絡を入れておくから、心配しなくて構わないよ」
「了解しました。屋敷の警備主任ってのは、何をすれば良いの?」
「そのまんまだよ。俺たちが作戦で出払っている間、警備職の八人を束ねて、屋敷を守って欲しいんだ」
そう言うと、未希は少しの間考える。
「あの広いお屋敷を八人で警備ですか…。ちょっと厳しめだけど、あたしが住ませてもらってる家でもあるんだし、引き受けますよ」
「ありがとう。助かるよ」
そう言って、未希を抱き締める。
「え!?ちょっ…なになに!?なにしてるの!?」
ん?なんだ?えらくウブな反応だな。
「なにって、ハグだけど?」
「ハグって!いきなりだとビックリするじゃない!」
「未希…。実はハグしたこと…無いの?」
目を見てそう言うと、未希は目を逸らす。
え?マジで?
「ということは…。未希、キスしたことある?」
「あ、あ、あ…あるわよ!キスくらい、毎日してた!」
「誰と?」
そう言えば、自衛隊に居た頃から未希に男の噂が立ったことは無い。
「誰って…。誰だって良いでしょ!?」
「良くない!」
未希を改めて抱き締める。
「未希は俺の女のなってくれるんだろ?」
暫く腕の中で暴れていた未希だが、すぐに大人しくなる。
「こんなアラサー女の過去なんて知ってどうすんの?」
「知った上で全部受け入れて、それもひっくるめて愛してやる」
「何よそれ…。卑怯だよ…」
「俺の知らない過去の君も、老いて行くこれからの君も、全部愛してやる。それが男ってもんだ」
「キス…したことないよ…?」
未希は俺の胸の中で小声で零す。
「て、ことは…セックスも?」
「当たり前でしょ?キスもしてないのに、いきなりセックスなんてしないよ…」
俺にギュッと抱き付いて、そう言う。
意外だった。
こんなに美人なのに、処女なのか?
「こんなに美人なのにな…」
「高校を卒業して自衛隊に入隊して、ずっと男性隊員に負けないように頑張って…。恋愛なんて考えられなかった。そしたら隊長の部下になって…。その時に隊長に一目惚れしちゃったんだもん…」
俺に抱き付く腕が、ギュッと強くなる。
「ずっと大好きだったんだもん。いつか気付いて欲しくって…、いつか隊長と…って、ずっと思ってたんだもん…」
それを聞いていたら、未希のことが愛しくて仕方なくなってきた。
未希は何年もずっと、俺のことを思ってくれていたんだな。
「未希が俺のことをどんなに愛してくれても、俺は未希だけの男にはなれない。それでも俺のことを愛してくれるのかい?」
未希は溜息を吐く。
「だって、あの世界のことを知っちゃったんだもん。それに、あの世界に行ってなくてもあずさや陽菜も居るんだから、なんにしても独り占めには出来ないよ。だから妻や婚約者や妾の一人でも、愛してもらえるのなら良いかって、そう思うことにしたの」
俺の胸に顔を埋めたまま、そう呟く。
「三十人を超える妻や婚約者の一人でも、我慢してくれるかい?」
「そういう人を愛しちゃったんだもの」
そう言って俺を見上げて来た未希は、すごく可愛かった。
だから、自然な流れでキスをした。
一階に降りて雑貨屋の改装具合を見せて貰った後、店の前の掃き掃除に出た。
ほぼ終わった所で、一台の車が店の前に止まる。
「安田さん、お久しぶり」
車から降りて来たのは、以前飲食店を経営していた時に世話になっていた業者の佐々木さんだった。
「あぁ、佐々木さんか。久しぶりだね」
佐々木さんの店で食器なんかをよく買っていて、この店まで配達をしてもらっていた。
「たまたま通りかかったら掃除をしてたから、つい止まっちゃったよ」
相変わらず、気の良いおじさんだな。
「そうなんだ。裏に車を止めて、お茶でも飲んで行きなよ」
「そうしたいんだけど、そうも出来ないんだ。ちょっとバタバタしてて…」
「ん?何か有ったの?」
この人がこんなに慌てているのも珍しい。
「うちの若いのが、七輪の焼き網の発注数を間違えてさ…。返品も出来なくて困ってるんだよね」
七輪の焼き網か…。
俺の店でも『地鶏の網焼き』なんかを七輪で提供してたな。
でも、店を畳んだ今となっては役に立てそうもな…
いや、待て。
七輪が有ったら、以前旅先のホテルで出た、アレが出来るかも知れない。
それに今度の週末の誕生日会でも、BBQではなく焼き肉が楽しめそうだ。
「佐々木さん。その焼き網って、どれくらい有るの?」
「うん?二百くらい残ってるよ」
「じゃ、それ俺が全部買うよ。それとさ、以前うちの店で買った七輪と同じ物を三十個くらい持って来てよ」
店の厨房に、以前使っていた七輪が十個ほど有るから、三十個も追加すれば十分だ。
「え?安田さん、飲食店も復活するの?」
佐々木さんが驚いた顔をする。
まぁ、飲食店を閉めた奴がこんな発注をするのもおかしいもんな。
「いや、そう言うわけじゃないけど、福利厚生に使おうと思ってさ」
「ふぅん…。まぁ、何にしても買ってくれるならありがたい!七輪もすぐに持って来るよ!」
そう言い残して、佐々木さんは車に飛び乗って走り去った。
焼き網も二百枚も有れば、暫くは買い足さなくても大丈夫だろう。
炭は彼方の世界でも良い炭が有るから、わざわざ此方で買って行く必要は無い。
一時間ほどで佐々木さんは戻って来た。
「たくさん買ってもらえたし、安くしとくよ!」
確かに、すごく安くしてもらえた。
「佐々木さん、今日でなくても構わないからさ、バイキング用の大皿とか保温トレーのカタログが有ったら持って来てよ」
屋敷の朝食や夕食のバイキングでは屋敷のキッチンや俺の店に有った大皿で並べているんだけど、専用のトレーなどが有れば、もっと見栄えが良くなる気がするんだ。
「バイキング用の?構わないけど、バイキングレストランでも始めるのかい?」
「ちょっと考えてるだけだけどね」
日本で開業するわけじゃないから、宣伝する必要も無い。
「車に有ったと思うから、ちょっと待ってて」
助手席の足元に置いてある書類ケースの中を探してくれている。
「これで良いかな?」
暫くして佐々木さんがカタログを持って来てくれた。
「ありがとう。少し検討して、また連絡するよ」
「こちらこそだよ。焼き網全部引き取って貰えたし、七輪も買って貰ったし。感謝感激だよ」
嬉しそうに笑ってくれる。
少しだけ事務所でコーヒーを飲みながら世間話をして、佐々木さんは帰って行った。
さて、俺は七輪を屋敷に運ぶとするか。
アリエル女王は確認するように質問する。
「はい。私共に全てお任せいただけるのであれば、助かります」
「ですが、三十名足らずの手勢で上級魔族が率いる魔族の群れと対峙しようなど、普通は考え付かないです…」
慢心は禁物だが、俺たちの部隊はこの世界に於いて他には無い武器を持っている。
それらを正しく運用し、作戦を忠実に遂行すれば、真の最強部隊と成り得るだろう。
状況に応じて作戦内容は変化して行くだろうが、ある程度の状況は想定できているので問題無く進められるはずだ。
俺がこの世界に来てからでも魔王討伐隊や騎士団は、数多くの魔獣や魔物と対峙して来た。それらの戦いでも危なげなく勝利して来たし、彼女たちも新しい戦い方や武器にも慣れたし、自信も付いて士気も上がっている。
上級魔族との戦いは初めてだが、それと戦う役目は俺が引き受けるつもりだ。魔王討伐隊に任せることも考えたが、相手の力量が定かではない中では俺が前に出るのが順当だと判断した。
俺だったら物理・魔法ともに全ての攻撃が無効化できるから死ぬことは無いからな。
「私たちならば大丈夫です。それよりもその後の守備の為にも戦力は温存していただく方が賢明だと思います」
正直に言ってしまうと、前時代の武器で今回の作戦に参加されても足手纏いになるだけだし、全部任せておいてもらいたいと言うのが本音だ。
前にも言ったが、俺は友好国であろうと武器を輸出する気は無い。
あんな物をバラ撒いたって、碌な事にはならないからな。
戦闘行為を行いはするけれど、俺は基本的に平和主義者だからな。
だから、『剣を使わない銃による戦い』なんて見せない方が良いんだ。
「解りました。砦の奪還作戦については、安田侯爵に全て一任します。何卒よろしくお願い致します」
アリエル女王は立ち上がって深々と頭を下げた。
俺が確認したかったのは、砦に人質が取られたりしていないかだ。
もし人質が居るのなら、まずは砦に潜入して人質を奪回しなければならない。
人質が居る砦にいきなりミサイルを撃ち込むなんて出来ないからな。
しかし、それについては杞憂だった。
砦を奪われた時に捕虜になった騎士や衛兵は、翌日に全員が無残な姿で吊るされたそうだ。
つまり、砦には敵しか居ないことになる。
砦の向こう側は魔族領になるので、そこを越えて行く旅人も居ないから、新たに人質が取られることは無い。
もし取られても翌日には殺されているだろう。
「砦はまた新たに建造していただくことになりますが、構いませんか?」
ミサイル攻撃で木っ端微塵にする予定だから、一応は断っておく。
「一度は敵の手に堕ちた砦です。守りを堅牢にして新たに作り直すつもりですので、お気になさらなくて大丈夫です」
アリエル女王の許可も得たから、何も憂うことは無い。
「畏まりました。偵察も含めて明後日より作戦を開始します」
実際の作戦期間は休日を挟んで四日間の予定だ。
しかし、ラズロフ王国内に裏切者が居ないとも限らない。
実際に砦が堕とされているんだから、手引きをした者が居ると判断する方が賢明だ。
だから、Xデーはアリエル女王であろうと明かさない。
厳しいかも知れないが、情報は統制しておくべきだ。
多目的誘導弾発射装置を搭載した車両や機動戦闘車は作戦現場に直接持ち込んで、手の内はラズロフ王国にも見せない。
ラズロフ王国に見せるのは、高機動車や軽装甲機動車くらいで十分だ。
最低限の話し合いを終えて、レムリアに戻る。
着替えを済ませると、俺は『異界渡航の窓』で日本に向かう。
「未希、ちょっと良いかい?」
事務室で仕事をしている未希に声を掛ける。
「ん?どうしたの?」
「こっちの仕事が忙しい時に申し訳ないんだけど、新人の使用人に射撃を指導して欲しいんだ。それと、騎士隊が不在になる間、屋敷の警備主任をしてもらいたい」
「え?あたしが射撃指導をするんですか?」
「うん。俺たちが完全に不在になる前に、射撃が出来るようにしてもらいたいんだ」
「まぁ…、それは構いませんけど…」
「その間の日本での仕事は、あずさや陽菜に代行してもらえるように俺から頼むよ。ダイヤモンド販売についても『買い付けの為、暫くお休みします』って連絡を入れておくから、心配しなくて構わないよ」
「了解しました。屋敷の警備主任ってのは、何をすれば良いの?」
「そのまんまだよ。俺たちが作戦で出払っている間、警備職の八人を束ねて、屋敷を守って欲しいんだ」
そう言うと、未希は少しの間考える。
「あの広いお屋敷を八人で警備ですか…。ちょっと厳しめだけど、あたしが住ませてもらってる家でもあるんだし、引き受けますよ」
「ありがとう。助かるよ」
そう言って、未希を抱き締める。
「え!?ちょっ…なになに!?なにしてるの!?」
ん?なんだ?えらくウブな反応だな。
「なにって、ハグだけど?」
「ハグって!いきなりだとビックリするじゃない!」
「未希…。実はハグしたこと…無いの?」
目を見てそう言うと、未希は目を逸らす。
え?マジで?
「ということは…。未希、キスしたことある?」
「あ、あ、あ…あるわよ!キスくらい、毎日してた!」
「誰と?」
そう言えば、自衛隊に居た頃から未希に男の噂が立ったことは無い。
「誰って…。誰だって良いでしょ!?」
「良くない!」
未希を改めて抱き締める。
「未希は俺の女のなってくれるんだろ?」
暫く腕の中で暴れていた未希だが、すぐに大人しくなる。
「こんなアラサー女の過去なんて知ってどうすんの?」
「知った上で全部受け入れて、それもひっくるめて愛してやる」
「何よそれ…。卑怯だよ…」
「俺の知らない過去の君も、老いて行くこれからの君も、全部愛してやる。それが男ってもんだ」
「キス…したことないよ…?」
未希は俺の胸の中で小声で零す。
「て、ことは…セックスも?」
「当たり前でしょ?キスもしてないのに、いきなりセックスなんてしないよ…」
俺にギュッと抱き付いて、そう言う。
意外だった。
こんなに美人なのに、処女なのか?
「こんなに美人なのにな…」
「高校を卒業して自衛隊に入隊して、ずっと男性隊員に負けないように頑張って…。恋愛なんて考えられなかった。そしたら隊長の部下になって…。その時に隊長に一目惚れしちゃったんだもん…」
俺に抱き付く腕が、ギュッと強くなる。
「ずっと大好きだったんだもん。いつか気付いて欲しくって…、いつか隊長と…って、ずっと思ってたんだもん…」
それを聞いていたら、未希のことが愛しくて仕方なくなってきた。
未希は何年もずっと、俺のことを思ってくれていたんだな。
「未希が俺のことをどんなに愛してくれても、俺は未希だけの男にはなれない。それでも俺のことを愛してくれるのかい?」
未希は溜息を吐く。
「だって、あの世界のことを知っちゃったんだもん。それに、あの世界に行ってなくてもあずさや陽菜も居るんだから、なんにしても独り占めには出来ないよ。だから妻や婚約者や妾の一人でも、愛してもらえるのなら良いかって、そう思うことにしたの」
俺の胸に顔を埋めたまま、そう呟く。
「三十人を超える妻や婚約者の一人でも、我慢してくれるかい?」
「そういう人を愛しちゃったんだもの」
そう言って俺を見上げて来た未希は、すごく可愛かった。
だから、自然な流れでキスをした。
一階に降りて雑貨屋の改装具合を見せて貰った後、店の前の掃き掃除に出た。
ほぼ終わった所で、一台の車が店の前に止まる。
「安田さん、お久しぶり」
車から降りて来たのは、以前飲食店を経営していた時に世話になっていた業者の佐々木さんだった。
「あぁ、佐々木さんか。久しぶりだね」
佐々木さんの店で食器なんかをよく買っていて、この店まで配達をしてもらっていた。
「たまたま通りかかったら掃除をしてたから、つい止まっちゃったよ」
相変わらず、気の良いおじさんだな。
「そうなんだ。裏に車を止めて、お茶でも飲んで行きなよ」
「そうしたいんだけど、そうも出来ないんだ。ちょっとバタバタしてて…」
「ん?何か有ったの?」
この人がこんなに慌てているのも珍しい。
「うちの若いのが、七輪の焼き網の発注数を間違えてさ…。返品も出来なくて困ってるんだよね」
七輪の焼き網か…。
俺の店でも『地鶏の網焼き』なんかを七輪で提供してたな。
でも、店を畳んだ今となっては役に立てそうもな…
いや、待て。
七輪が有ったら、以前旅先のホテルで出た、アレが出来るかも知れない。
それに今度の週末の誕生日会でも、BBQではなく焼き肉が楽しめそうだ。
「佐々木さん。その焼き網って、どれくらい有るの?」
「うん?二百くらい残ってるよ」
「じゃ、それ俺が全部買うよ。それとさ、以前うちの店で買った七輪と同じ物を三十個くらい持って来てよ」
店の厨房に、以前使っていた七輪が十個ほど有るから、三十個も追加すれば十分だ。
「え?安田さん、飲食店も復活するの?」
佐々木さんが驚いた顔をする。
まぁ、飲食店を閉めた奴がこんな発注をするのもおかしいもんな。
「いや、そう言うわけじゃないけど、福利厚生に使おうと思ってさ」
「ふぅん…。まぁ、何にしても買ってくれるならありがたい!七輪もすぐに持って来るよ!」
そう言い残して、佐々木さんは車に飛び乗って走り去った。
焼き網も二百枚も有れば、暫くは買い足さなくても大丈夫だろう。
炭は彼方の世界でも良い炭が有るから、わざわざ此方で買って行く必要は無い。
一時間ほどで佐々木さんは戻って来た。
「たくさん買ってもらえたし、安くしとくよ!」
確かに、すごく安くしてもらえた。
「佐々木さん、今日でなくても構わないからさ、バイキング用の大皿とか保温トレーのカタログが有ったら持って来てよ」
屋敷の朝食や夕食のバイキングでは屋敷のキッチンや俺の店に有った大皿で並べているんだけど、専用のトレーなどが有れば、もっと見栄えが良くなる気がするんだ。
「バイキング用の?構わないけど、バイキングレストランでも始めるのかい?」
「ちょっと考えてるだけだけどね」
日本で開業するわけじゃないから、宣伝する必要も無い。
「車に有ったと思うから、ちょっと待ってて」
助手席の足元に置いてある書類ケースの中を探してくれている。
「これで良いかな?」
暫くして佐々木さんがカタログを持って来てくれた。
「ありがとう。少し検討して、また連絡するよ」
「こちらこそだよ。焼き網全部引き取って貰えたし、七輪も買って貰ったし。感謝感激だよ」
嬉しそうに笑ってくれる。
少しだけ事務所でコーヒーを飲みながら世間話をして、佐々木さんは帰って行った。
さて、俺は七輪を屋敷に運ぶとするか。
0
お気に入りに追加
521
あなたにおすすめの小説
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)
荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」
俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」
ハーデス 「では……」
俺 「だが断る!」
ハーデス 「むっ、今何と?」
俺 「断ると言ったんだ」
ハーデス 「なぜだ?」
俺 「……俺のレベルだ」
ハーデス 「……は?」
俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」
ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」
俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」
ハーデス 「……正気……なのか?」
俺 「もちろん」
異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。
たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
スマートシステムで異世界革命
小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 ///
★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★
新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。
それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。
異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。
スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします!
序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです
第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練
第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い
第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚
第4章(全17話)ダンジョン探索
第5章(執筆中)公的ギルド?
※第3章以降は少し内容が過激になってきます。
上記はあくまで予定です。
カクヨムでも投稿しています。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
異世界エステ〜チートスキル『エステ』で美少女たちをマッサージしていたら、いつの間にか裏社会をも支配する異世界の帝王になっていた件〜
福寿草真@植物使いコミカライズ連載中!
ファンタジー
【Sランク冒険者を、お姫様を、オイルマッサージでトロトロにして成り上がり!?】
何の取り柄もないごく普通のアラサー、安間想介はある日唐突に異世界転移をしてしまう。
魔物や魔法が存在するありふれたファンタジー世界で想介が神様からもらったチートスキルは最強の戦闘系スキル……ではなく、『エステ』スキルという前代未聞の力で!?
これはごく普通の男がエステ店を開き、オイルマッサージで沢山の異世界女性をトロトロにしながら、瞬く間に成り上がっていく物語。
スキル『エステ』は成長すると、マッサージを行うだけで体力回復、病気の治療、バフが発生するなど様々な効果が出てくるチートスキルです。
クラス転移、異世界に召喚された俺の特典が外れスキル『危険察知』だったけどあらゆる危険を回避して成り上がります
まるせい
ファンタジー
クラスごと集団転移させられた主人公の鈴木は、クラスメイトと違い訓練をしてもスキルが発現しなかった。
そんな中、召喚されたサントブルム王国で【召喚者】と【王候補】が協力をし、王選を戦う儀式が始まる。
選定の儀にて王候補を選ぶ鈴木だったがここで初めてスキルが発動し、数合わせの王族を選んでしまうことになる。
あらゆる危険を『危険察知』で切り抜けツンデレ王女やメイドとイチャイチャ生活。
鈴木のハーレム生活が始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる