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第六十九話
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二日後の朝、バルバス帝国に出向くことになった。
サナも一緒に来ると言って聞かなかったが、どんな危険が有るか解らないから屋敷に残って通常業務をして欲しいと頼んだ。
「俺は必ず戻る。サナと約束しただろう?」
暫く泣いていたが、そう言ったら納得してくれた。
エリスたちは今日も討伐活動に出向くと言うから、第一騎士隊を一緒に連れて行くように頼んだ。
銃を支給する前に、その戦闘方法を自分の目で見て実地で学んでもらうためだ。
第二騎士隊は今日は屋敷の警備に当たって貰う。明日は第一騎士隊と入れ替わりになる。
これを暫くはローテーションで行うことにした。
さて、俺はバルバスに行ったことが無いし、知り合いが居るわけでもないから自力で転移することが出来ない。
なので、バルバスに行ったことがある王宮魔導士のセリカの弟子である魔法使いに街の外まで転移魔法で送ってもらい、そこからは自力で王城に行く。
昨日のうちにバルバス帝国側にはレムリア王国から使者を送り、外務大臣である俺が女王からの親書を持って訪問する旨は伝えてある。
街の外に着くと、使者として送られた騎士が俺を待っていた。
この娘も王城で見掛けたことがあるな。
「お待ちしておりました。ご足労いただき、ありがとうございます」
騎士から声を掛けてくれる。
空を見上げると、今にも雨が降り出しそうな曇り空だ。
「いや、こちらこそ待たせたね。帝国側から手荒い事はされなかったかい?」
一応は気遣いを見せておこう。俺の中で好感度アップキャンペーン中なんだ。
「はい。お気遣いありがとうございます。特に何事もなく過ごせましたが、流石に一睡も出来ませんでした」
そりゃそうだろうな。
「それは大変だったね。もうレムリアに戻って、ゆっくり休むと良いよ」
「ですが、安田伯爵の警護をさせていただこうかと思っていたのですが…」
「必要ないよ。自分の身は自分で守るし、一人の方が動きやすいんだ」
これはもうハッキリと事実を断言しておく。
何をされるか解らんから、騎士の面倒まで見てられんからな。
「畏まりました。城門の衛兵には話を通してあります。親書はお忘れなくお持ちですか?」
「あぁ、ありがとう。大丈夫だよ」
上着の胸ポケットをパンパンと叩く。
ちなみに、今日の服装は普通のスーツだ。
何が有るか解らないのに、官給品である常装服は着て来られない。
魔法使いと騎士の転移を見送って、街の方に向き直る。
電動を謳い文句にしている小型のSUVを錬成する。
一度だけ試乗をしたことがあるだけであまり好きな車じゃないけど、まぁいいや。
大きな城壁を抜け、街の中を進む。
城壁から真っ直ぐに伸びる大通りには左右に建物が並び、そのどれもが商店だと思われるのだが、固く扉を閉ざしたままの店がほとんどだ。
全体的に活気が無く、出歩く人影もまばらだ。
そのまばらにすれ違う人たちが俺の車を振り返り、注目している。
正面に聳える王城に向かって車を走らせる。
もっと活気が有れば少しくらい見物しても良かったけど、こんな廃れた街じゃ観光気分も萎える。
時々見掛ける人は誰も皆疲れ切った表情で、死んだような目をしている。
先日の虜囚やセリカからは圧政により内情は酷いことになっているとは聞いていたけど、これは俺の想像を超えてしまっている。
この状況は、国としてはもう末期状態だと言えることは俺にだって解かる。
『この国の国民のためにしてやれることはなんだろう』
俺にとっては縁も所縁も無い街だが、ある種の使命感に駆られてしまう。
これは自衛官時代の災害派遣や海外派遣の心境と同じ感覚だろう。
城の馬車寄せに車を停め、立番の衛兵に声を掛ける。
てか、客が来てるんだからあっちから声を掛けて来るべきだと思うんだがな。
衛兵はあっさりと中に通してくれて、奥から衛兵よりは偉そうなおっさんが出て来た。
そう言えば、この国はレムリアよりは男の数が多い気がする。
そのおっさんに案内されて城の中を歩くが、街中とはえらい違いで無駄に豪華な飾りが施されている。
いかにも高そうな装飾品が廊下の両端にズラリと並べられ、足元にはフッカフカの真っ赤なじゅうたんが敷き詰められている。
レムリアの城の倍くらい広い階段を上ると『控えの間』が有ったのだが、そこを素通りして謁見の間に通される。
一番奥に王座が置かれているが、誰もいない。
「此方でお待ちください」
おっさんはそれ以外一言も発さずにその場を去った。
仕方がないので数分間、その場で待つ。
『腹立つから、もうこの場で暴れてやろうかな?』
そんなことを考え始めた時、謁見の間に人がゾロゾロと入って来る。
謁見の間の両側の壁の前に騎士が並び、その前に貴族と思われる人物たちが並ぶ。
なるほど、この並び方はこの世界では万国共通なのかもな。
それにしても、並んだ騎士や貴族が明らかに馬鹿にしたような表情で俺を見下しているのが気分が悪い。
本来なら俺は此処で跪いて国王が入って来るのを待つのがマナーらしいが、そんなクソみたいなマナーは無視して直立不動で待つことに決める。
俺を試すようにさらに数分待たされた後に、漸く国王が姿を現した。
家臣と思われるおっさんとおばはん、それと綺麗な騎士を三人ずつ従えたデブだ。
偉そうにデーンとふんぞり返って、王座に身体を投げ出すように座る。
おいおい、そんなに太ってると王座が壊れるんじゃねぇの?
『おい貴様、何の権利が有ってそんなに太りやがった』って言いたくなるな。
他人を見下すその目は、客人を迎える態度ではないな。
「レムリア王国よりの使者とのことだが、どの様な用向きか」
横に控えている家臣のおばはんが口を開く。
ほほう。国王のデブジジイは喋る気すら無いってか。
「我が国王より親書をお預かりし、お持ちした。まずはそれを読まれるがよかろう」
胸ポケットから親書を取り出すと、騎士が近寄って来てそれを受け取る。
騎士はそれをさっき口を開いたおばはんに渡し、おばはんがそれを一読すると漸く国王に手渡す。
しかし国王はそれを一瞥すると鼻で笑って棄てた。
「和平?小国風情が我が帝国と和平とはな。レムリア女王はそれほどまでに余の家臣になりたいと申すか」
やっとデブが口を開いたけど、こいつマジでシバキたいわ。武装してたらもう撃ってたかも知れない。
「勘違いするな。我が国は対等な和平を結びたいだけだ」
正直に言う。
「先ほどから誰に物を申しておるか!」
「貴様らに決まっているだろう!アホなのか?いや、むしろアホだ!」
家臣如きに上から言われたから、そう言い返す。もう子供の喧嘩だ。
「俺は隣国からの客人だぞ。その俺に挨拶さえしなかったのは貴様らだろうが!礼節を尽くさぬ者どもに返す礼儀など持ち合わせておらんわ!」
続けてそう言い放つ。
国王を始めその場にいる全員が唖然とするが、暫くして国王がヒステリックに
「この者を牢に繋いでおけ!」
騎士が二人出て来て俺の両脇を掴むが、二人を投げ飛ばしてやる。
「先日、間者を二人捕らえた。詳細はまだ聞いていないが、口を割るのも時間の問題だろうな」
と言うと、国王はさらにヒステリックに叫ぶ。
「さっさと連れて行かんか!」
今度は四人の騎士が出て来るが、その四人も投げ飛ばしてやった。
「よく聞け!レムリアにはこの俺が居る。俺が居る限り、レムリアは貴様らの好きには出来ん!それを忘れぬことだ!!」
そう言うと、今度は六人の騎士に取り囲まれる。
「俺に触れるな!牢屋はどっちだ!」
六人を投げ飛ばしてから言う。
「え…えっと。あっちです」
気圧された騎士が指さす方に、自ら歩いて行く。
謁見室の扉を出る時に、家臣の一人が国王に何かを耳打ちしているのが見えた。
まぁ、いい。今は放置しておこう。
「こ…此処に入れ!」
地下の牢屋に降りて来ると、さっきのへっぴり腰騎士に言われる。
「お…大人しくしてろ!」
そう言い残すと、その騎士はそそくさと逃げるように去って行った。
さて、どうしたもんかな?
まだまだ午前中だもんな。
牢屋の中を見回すと、今にも壊れそうなベッドが有り、壁際に小さな穴が開いていて、その前に衝立が置かれている。
ふむ、それがトイレのようだな。
牢屋の鉄格子は太いが、俺のチート腕力なら力を入れなくても簡単に壊せるだろう。
地下だから仕方ないが、薄暗くてジメジメしているしネズミが多い。
俺の育った環境ではこういうのを『劣悪』と言うんだ。
暫くの間、ベッドに座って時間を潰す。
腕時計を見るとちょうどお昼時だけど、昼ご飯が提供されるような気配は無い。
と言うわけで、一度屋敷に帰る。
転移魔法で簡単に帰れそうだが、こう言う場所は魔法を封じてあったりするしな。
なので『異界渡航』を念じると普通に窓が出て来た。
一度日本に帰り、もう一度異界渡航を念じて屋敷に帰る。
それはもう、サナの居場所に繋げたのは言うまでもない。
「おかえりなさいませ。ダーリン♡」
サナが抱き付いて来てくれるけど、汚い牢屋に居たからキスは控えるようにお願いした。
でもやっぱりサナとキスがしたいから、顔を洗って歯を磨いてから、たっぷりとディープなキスをしてもらった。
ザックリとバルバスでの俺の扱いと現在の状況を説明しておいた。
サナに話しておけば、セリカが確認しに来ても代わりに説明してくれるだろう。
美味しい昼食を済ませて、サナと一発だけセックスをしてから牢屋に戻った。
それにしたって、こんなに汚い牢屋に閉じ込められるんじゃ、サナは連れて来なくて正解だったと思う。
サナみたいな美少女だと、あのデブ国王に何をされていたか解かったもんじゃないからな。
まぁ、そんなサナに危険が及んだら、和平交渉とかそんなもん一切関係なく全力でサナを守る行動を取るけどな!
しかし、暇だな。
ひま、ヒマ、暇、hima… 暇だぁ!
と言うわけで、外出だ。投獄されている身なのに自由に外出しちゃう。
今度はエリスたちの居場所に行ってみることにする。
今日は人数が多いから、エリスたちは徒歩で討伐に出ている。
だから、車を錬成してあげようと思ったんだ。
騎士隊員も車を運転出来たら便利だもんな。
『異界渡航』の窓を開くと、エリスが銃を片手に説明をしている。
耳を澄ますと、どうやら五か条の説明をしているようだ。
騎士たちも大きな声で五か条を復唱している。
そんなエリスの後ろに突然現れて、抱き締める。
騎士たちにどよめきが起こる。そりゃそうだろうな。
何もない所から俺が唐突に現れたんだもん。驚かない方がおかしい。
エリスたちが居る場所は開けた場所で、射撃や運転の訓練には良さそうだ。
「やぁ、エリス。訓練に励んでいるかい?」
そう言って金糸のロングヘアに顔を埋めて深呼吸する。
良い香りだ。
「英樹様…♡ いかがされましたか?バルバスでのお仕事は終わられたのですか?」
仕事は終わっていなくて、今は地下牢に閉じ込められていて暇であることを教える。
「私たちの英樹様を地下牢に!?」
エリスを始めミク、クールなユキや大人しいティファやリサまでもが怒りを顕にする。
ユキとリサは
「バルバスの連中、滅ぼしてやろうかしら!」
なんて物騒なことを口走っている始末だ。
二人を宥めて、高機動車を二台錬成して運転の練習をしてもらうとしよう。
騎士の皆は庭で眺めたりエリスたちが乗っているのを見ていたりしたけど、実際に自分たちが乗るのは初めてだから、楽しそうだ。
『馬のいない馬車だ!』
って、大騒ぎしている。
まぁ、折角だし楽しんでくれたら良いけどね。
一通り乗車体験を済ませて、俺は再び牢屋に戻る。
それにしても、ここに居たってやることが無い。
此処の看守は見回りとかしないのか?
俺みたいに自由奔放な虜囚は、勝手に抜け出してしまうぞ。
という事で、次は夕食の時間に屋敷に帰ろうと思う。
夕方まで堅い木のベッドの上で口笛を吹きながらノンビリと寛がせてもらう。
看守が夕食と思われる物体を持って現れたが、見るからに食べる気が起きない食事だ。
腕時計を見ると午後六時過ぎだったから、屋敷もそろそろ夕食の時間だろう。
試しにスープと思われる物を指先に付けて舐めてみたけど、クッソ不味い!
コレは無理だわ。
と言うわけで、トイレ穴に捨てる。
パンと思しき物体も、いつ作ったのか知らないけどパッサパサで硬いから、バラバラに砕いてネズミの巣の前にバラ撒いておいた。
食べ物は粗末にしちゃいけないって、親から教わったからな。
器だけ配膳口の前に置いておいた。
そして屋敷に帰る。
いつものようにサナの居場所に帰り、いつもと変わらずサナが熱烈に出迎えてくれる。
「ダーリンがいらっしゃらないと、淋しくて仕方ありません」
俺を抱き締めて、そう言ってくれる。
「淋しい思いをさせてごめんね。明日には終わるから」
サナを強く抱き締めた。
風呂と夕食、そして夜のミーティングを済ませて、再び牢屋に戻る。
お腹も満たされたし、風呂にも入ったし、少しだけ微睡む。
勝手にフラフラと出歩いているせいもあるが、捕まっている実感は無い。
あれだけ大きな口を叩いて騎士を良いだけ投げ飛ばして暴れたんだから、普通なら即日死刑になっていてもおかしくはないだろう。
なのにまだ生かされているという事は、バルバス側にも何某か考えが有るんだろう。
それが何なのかは知らないけれど、俺は今、この状況を楽しんでいる。
明日の俺がどうなるのか知らないけれど、何が起こるのかと思うとワクワクする。
それに、俺がこの劣悪な環境に戻って来たことには意味が有る。
牢屋を好きに抜けられるんだから、こんな場所よりも屋敷でサナを抱き締めて眠りたい。
でも、バルバスの穏健派が動くとすれば、今夜だろう。
だから俺は此処に戻って来たんだ。
サナも一緒に来ると言って聞かなかったが、どんな危険が有るか解らないから屋敷に残って通常業務をして欲しいと頼んだ。
「俺は必ず戻る。サナと約束しただろう?」
暫く泣いていたが、そう言ったら納得してくれた。
エリスたちは今日も討伐活動に出向くと言うから、第一騎士隊を一緒に連れて行くように頼んだ。
銃を支給する前に、その戦闘方法を自分の目で見て実地で学んでもらうためだ。
第二騎士隊は今日は屋敷の警備に当たって貰う。明日は第一騎士隊と入れ替わりになる。
これを暫くはローテーションで行うことにした。
さて、俺はバルバスに行ったことが無いし、知り合いが居るわけでもないから自力で転移することが出来ない。
なので、バルバスに行ったことがある王宮魔導士のセリカの弟子である魔法使いに街の外まで転移魔法で送ってもらい、そこからは自力で王城に行く。
昨日のうちにバルバス帝国側にはレムリア王国から使者を送り、外務大臣である俺が女王からの親書を持って訪問する旨は伝えてある。
街の外に着くと、使者として送られた騎士が俺を待っていた。
この娘も王城で見掛けたことがあるな。
「お待ちしておりました。ご足労いただき、ありがとうございます」
騎士から声を掛けてくれる。
空を見上げると、今にも雨が降り出しそうな曇り空だ。
「いや、こちらこそ待たせたね。帝国側から手荒い事はされなかったかい?」
一応は気遣いを見せておこう。俺の中で好感度アップキャンペーン中なんだ。
「はい。お気遣いありがとうございます。特に何事もなく過ごせましたが、流石に一睡も出来ませんでした」
そりゃそうだろうな。
「それは大変だったね。もうレムリアに戻って、ゆっくり休むと良いよ」
「ですが、安田伯爵の警護をさせていただこうかと思っていたのですが…」
「必要ないよ。自分の身は自分で守るし、一人の方が動きやすいんだ」
これはもうハッキリと事実を断言しておく。
何をされるか解らんから、騎士の面倒まで見てられんからな。
「畏まりました。城門の衛兵には話を通してあります。親書はお忘れなくお持ちですか?」
「あぁ、ありがとう。大丈夫だよ」
上着の胸ポケットをパンパンと叩く。
ちなみに、今日の服装は普通のスーツだ。
何が有るか解らないのに、官給品である常装服は着て来られない。
魔法使いと騎士の転移を見送って、街の方に向き直る。
電動を謳い文句にしている小型のSUVを錬成する。
一度だけ試乗をしたことがあるだけであまり好きな車じゃないけど、まぁいいや。
大きな城壁を抜け、街の中を進む。
城壁から真っ直ぐに伸びる大通りには左右に建物が並び、そのどれもが商店だと思われるのだが、固く扉を閉ざしたままの店がほとんどだ。
全体的に活気が無く、出歩く人影もまばらだ。
そのまばらにすれ違う人たちが俺の車を振り返り、注目している。
正面に聳える王城に向かって車を走らせる。
もっと活気が有れば少しくらい見物しても良かったけど、こんな廃れた街じゃ観光気分も萎える。
時々見掛ける人は誰も皆疲れ切った表情で、死んだような目をしている。
先日の虜囚やセリカからは圧政により内情は酷いことになっているとは聞いていたけど、これは俺の想像を超えてしまっている。
この状況は、国としてはもう末期状態だと言えることは俺にだって解かる。
『この国の国民のためにしてやれることはなんだろう』
俺にとっては縁も所縁も無い街だが、ある種の使命感に駆られてしまう。
これは自衛官時代の災害派遣や海外派遣の心境と同じ感覚だろう。
城の馬車寄せに車を停め、立番の衛兵に声を掛ける。
てか、客が来てるんだからあっちから声を掛けて来るべきだと思うんだがな。
衛兵はあっさりと中に通してくれて、奥から衛兵よりは偉そうなおっさんが出て来た。
そう言えば、この国はレムリアよりは男の数が多い気がする。
そのおっさんに案内されて城の中を歩くが、街中とはえらい違いで無駄に豪華な飾りが施されている。
いかにも高そうな装飾品が廊下の両端にズラリと並べられ、足元にはフッカフカの真っ赤なじゅうたんが敷き詰められている。
レムリアの城の倍くらい広い階段を上ると『控えの間』が有ったのだが、そこを素通りして謁見の間に通される。
一番奥に王座が置かれているが、誰もいない。
「此方でお待ちください」
おっさんはそれ以外一言も発さずにその場を去った。
仕方がないので数分間、その場で待つ。
『腹立つから、もうこの場で暴れてやろうかな?』
そんなことを考え始めた時、謁見の間に人がゾロゾロと入って来る。
謁見の間の両側の壁の前に騎士が並び、その前に貴族と思われる人物たちが並ぶ。
なるほど、この並び方はこの世界では万国共通なのかもな。
それにしても、並んだ騎士や貴族が明らかに馬鹿にしたような表情で俺を見下しているのが気分が悪い。
本来なら俺は此処で跪いて国王が入って来るのを待つのがマナーらしいが、そんなクソみたいなマナーは無視して直立不動で待つことに決める。
俺を試すようにさらに数分待たされた後に、漸く国王が姿を現した。
家臣と思われるおっさんとおばはん、それと綺麗な騎士を三人ずつ従えたデブだ。
偉そうにデーンとふんぞり返って、王座に身体を投げ出すように座る。
おいおい、そんなに太ってると王座が壊れるんじゃねぇの?
『おい貴様、何の権利が有ってそんなに太りやがった』って言いたくなるな。
他人を見下すその目は、客人を迎える態度ではないな。
「レムリア王国よりの使者とのことだが、どの様な用向きか」
横に控えている家臣のおばはんが口を開く。
ほほう。国王のデブジジイは喋る気すら無いってか。
「我が国王より親書をお預かりし、お持ちした。まずはそれを読まれるがよかろう」
胸ポケットから親書を取り出すと、騎士が近寄って来てそれを受け取る。
騎士はそれをさっき口を開いたおばはんに渡し、おばはんがそれを一読すると漸く国王に手渡す。
しかし国王はそれを一瞥すると鼻で笑って棄てた。
「和平?小国風情が我が帝国と和平とはな。レムリア女王はそれほどまでに余の家臣になりたいと申すか」
やっとデブが口を開いたけど、こいつマジでシバキたいわ。武装してたらもう撃ってたかも知れない。
「勘違いするな。我が国は対等な和平を結びたいだけだ」
正直に言う。
「先ほどから誰に物を申しておるか!」
「貴様らに決まっているだろう!アホなのか?いや、むしろアホだ!」
家臣如きに上から言われたから、そう言い返す。もう子供の喧嘩だ。
「俺は隣国からの客人だぞ。その俺に挨拶さえしなかったのは貴様らだろうが!礼節を尽くさぬ者どもに返す礼儀など持ち合わせておらんわ!」
続けてそう言い放つ。
国王を始めその場にいる全員が唖然とするが、暫くして国王がヒステリックに
「この者を牢に繋いでおけ!」
騎士が二人出て来て俺の両脇を掴むが、二人を投げ飛ばしてやる。
「先日、間者を二人捕らえた。詳細はまだ聞いていないが、口を割るのも時間の問題だろうな」
と言うと、国王はさらにヒステリックに叫ぶ。
「さっさと連れて行かんか!」
今度は四人の騎士が出て来るが、その四人も投げ飛ばしてやった。
「よく聞け!レムリアにはこの俺が居る。俺が居る限り、レムリアは貴様らの好きには出来ん!それを忘れぬことだ!!」
そう言うと、今度は六人の騎士に取り囲まれる。
「俺に触れるな!牢屋はどっちだ!」
六人を投げ飛ばしてから言う。
「え…えっと。あっちです」
気圧された騎士が指さす方に、自ら歩いて行く。
謁見室の扉を出る時に、家臣の一人が国王に何かを耳打ちしているのが見えた。
まぁ、いい。今は放置しておこう。
「こ…此処に入れ!」
地下の牢屋に降りて来ると、さっきのへっぴり腰騎士に言われる。
「お…大人しくしてろ!」
そう言い残すと、その騎士はそそくさと逃げるように去って行った。
さて、どうしたもんかな?
まだまだ午前中だもんな。
牢屋の中を見回すと、今にも壊れそうなベッドが有り、壁際に小さな穴が開いていて、その前に衝立が置かれている。
ふむ、それがトイレのようだな。
牢屋の鉄格子は太いが、俺のチート腕力なら力を入れなくても簡単に壊せるだろう。
地下だから仕方ないが、薄暗くてジメジメしているしネズミが多い。
俺の育った環境ではこういうのを『劣悪』と言うんだ。
暫くの間、ベッドに座って時間を潰す。
腕時計を見るとちょうどお昼時だけど、昼ご飯が提供されるような気配は無い。
と言うわけで、一度屋敷に帰る。
転移魔法で簡単に帰れそうだが、こう言う場所は魔法を封じてあったりするしな。
なので『異界渡航』を念じると普通に窓が出て来た。
一度日本に帰り、もう一度異界渡航を念じて屋敷に帰る。
それはもう、サナの居場所に繋げたのは言うまでもない。
「おかえりなさいませ。ダーリン♡」
サナが抱き付いて来てくれるけど、汚い牢屋に居たからキスは控えるようにお願いした。
でもやっぱりサナとキスがしたいから、顔を洗って歯を磨いてから、たっぷりとディープなキスをしてもらった。
ザックリとバルバスでの俺の扱いと現在の状況を説明しておいた。
サナに話しておけば、セリカが確認しに来ても代わりに説明してくれるだろう。
美味しい昼食を済ませて、サナと一発だけセックスをしてから牢屋に戻った。
それにしたって、こんなに汚い牢屋に閉じ込められるんじゃ、サナは連れて来なくて正解だったと思う。
サナみたいな美少女だと、あのデブ国王に何をされていたか解かったもんじゃないからな。
まぁ、そんなサナに危険が及んだら、和平交渉とかそんなもん一切関係なく全力でサナを守る行動を取るけどな!
しかし、暇だな。
ひま、ヒマ、暇、hima… 暇だぁ!
と言うわけで、外出だ。投獄されている身なのに自由に外出しちゃう。
今度はエリスたちの居場所に行ってみることにする。
今日は人数が多いから、エリスたちは徒歩で討伐に出ている。
だから、車を錬成してあげようと思ったんだ。
騎士隊員も車を運転出来たら便利だもんな。
『異界渡航』の窓を開くと、エリスが銃を片手に説明をしている。
耳を澄ますと、どうやら五か条の説明をしているようだ。
騎士たちも大きな声で五か条を復唱している。
そんなエリスの後ろに突然現れて、抱き締める。
騎士たちにどよめきが起こる。そりゃそうだろうな。
何もない所から俺が唐突に現れたんだもん。驚かない方がおかしい。
エリスたちが居る場所は開けた場所で、射撃や運転の訓練には良さそうだ。
「やぁ、エリス。訓練に励んでいるかい?」
そう言って金糸のロングヘアに顔を埋めて深呼吸する。
良い香りだ。
「英樹様…♡ いかがされましたか?バルバスでのお仕事は終わられたのですか?」
仕事は終わっていなくて、今は地下牢に閉じ込められていて暇であることを教える。
「私たちの英樹様を地下牢に!?」
エリスを始めミク、クールなユキや大人しいティファやリサまでもが怒りを顕にする。
ユキとリサは
「バルバスの連中、滅ぼしてやろうかしら!」
なんて物騒なことを口走っている始末だ。
二人を宥めて、高機動車を二台錬成して運転の練習をしてもらうとしよう。
騎士の皆は庭で眺めたりエリスたちが乗っているのを見ていたりしたけど、実際に自分たちが乗るのは初めてだから、楽しそうだ。
『馬のいない馬車だ!』
って、大騒ぎしている。
まぁ、折角だし楽しんでくれたら良いけどね。
一通り乗車体験を済ませて、俺は再び牢屋に戻る。
それにしても、ここに居たってやることが無い。
此処の看守は見回りとかしないのか?
俺みたいに自由奔放な虜囚は、勝手に抜け出してしまうぞ。
という事で、次は夕食の時間に屋敷に帰ろうと思う。
夕方まで堅い木のベッドの上で口笛を吹きながらノンビリと寛がせてもらう。
看守が夕食と思われる物体を持って現れたが、見るからに食べる気が起きない食事だ。
腕時計を見ると午後六時過ぎだったから、屋敷もそろそろ夕食の時間だろう。
試しにスープと思われる物を指先に付けて舐めてみたけど、クッソ不味い!
コレは無理だわ。
と言うわけで、トイレ穴に捨てる。
パンと思しき物体も、いつ作ったのか知らないけどパッサパサで硬いから、バラバラに砕いてネズミの巣の前にバラ撒いておいた。
食べ物は粗末にしちゃいけないって、親から教わったからな。
器だけ配膳口の前に置いておいた。
そして屋敷に帰る。
いつものようにサナの居場所に帰り、いつもと変わらずサナが熱烈に出迎えてくれる。
「ダーリンがいらっしゃらないと、淋しくて仕方ありません」
俺を抱き締めて、そう言ってくれる。
「淋しい思いをさせてごめんね。明日には終わるから」
サナを強く抱き締めた。
風呂と夕食、そして夜のミーティングを済ませて、再び牢屋に戻る。
お腹も満たされたし、風呂にも入ったし、少しだけ微睡む。
勝手にフラフラと出歩いているせいもあるが、捕まっている実感は無い。
あれだけ大きな口を叩いて騎士を良いだけ投げ飛ばして暴れたんだから、普通なら即日死刑になっていてもおかしくはないだろう。
なのにまだ生かされているという事は、バルバス側にも何某か考えが有るんだろう。
それが何なのかは知らないけれど、俺は今、この状況を楽しんでいる。
明日の俺がどうなるのか知らないけれど、何が起こるのかと思うとワクワクする。
それに、俺がこの劣悪な環境に戻って来たことには意味が有る。
牢屋を好きに抜けられるんだから、こんな場所よりも屋敷でサナを抱き締めて眠りたい。
でも、バルバスの穏健派が動くとすれば、今夜だろう。
だから俺は此処に戻って来たんだ。
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真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
漫遊編始めました。
外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
セクスカリバーをヌキました!
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ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
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しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
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【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
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