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第五十四話
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応接室に戻って頬を腫れ上がらせたレイナとマリコに治癒魔法を施してやる。
負けた相手には治療までしてもらった上に、正座させられた三人の前に仁王立ちになったサナからは
「二度と私の愛する夫を侮辱しないでください」
と説教されて、シュンとしてしまっている。
「はい…。申し訳ありませんでした…」
と高飛車だった三人が力なく答えている様は、なかなか滑稽だった。
まぁ、この国の最強騎士様を泣かしちゃったんだから、シュンとするのも無理はあるまい。
「ところでセリカ様、今日はどういったご用向きでいらしたんですか?」
なんと、俺をこき下ろすのが来訪の目的じゃなかったってのか?
「あぁ…そうでした。今日は陛下から英樹殿に登城していただくようお話があったので、お伝えに来たのです」
そんな大事なことをイビリにかまけて忘れるなよ。
それにしても、女王から直々に召喚されるとは大袈裟だな。
「明日の三つ刻に、エリスたちも伴ってご登城ください。サナ、貴女も同道するのですよ」
「私もですか?」
「英樹殿と結婚したのですよね?陛下にご報告するのは当然のことでしょう?」
サナは勇者専属メイドである以前に王城メイドだから、本来の雇い主は女王なわけだ。雇い主に結婚の報告をするのも当然と言えば当然か。
「同様にエリスたちも婚約したのなら、その報告をしなければならないでしょう」
俺もこの国の長に断りもなく勇者パーティのメンバーと婚約した上に、黙って王国所有の屋敷に居座ってたからな。挨拶くらいはしとくべきだよな。
「わかりました。では、明日の三つ刻にお伺いいたしますと陛下にお伝えください」
了承したことを伝え、セリカたちを見送った。なんか嵐みたいな連中だったな。
「ふぅ…ああいうのは疲れるから好きじゃないよ」
サナと並んでソファーに座りながら呟く。
「でもダーリン、ごちそうさまでした」
「ん?なにか食べ物なんかあげたっけ?」
「凛々しいダーリンのお姿をたっぷり堪能させていただきました♡」
そう言えば、サナは戦っている姿を見たことが無かったな。まぁ、アレを『戦い』と言うのもなんか違う気がするけれど。
「サナが喜んでくれたのなら、それで良いか」
サナの肩を抱き寄せて、たっぷりと舌を絡ませてキスをした。
屋敷から王城へ戻る途中の馬車内の会話…
「あれが本物の精霊の力なのね…」
「ええ…全く歯が立ちませんでした」
「我が道場最強の剣技を以ってしても掠りもしませんでした…」
「貴女たちが負けるだなんて、未だに信じられないですわ。本当は何かの間違いでは?」
「いいえ…少なくとも私は最初から全力で戦いました」
「私もです。最初は少し油断してましたけど、途中からは本気でした…」
「そうなのですね…。最初は解らなかったのですけど、貴女たちが治癒を受け始めてからあの方から放たれる魔力量が凄まじくて…直視できませんでしたよ…」
「魔力量…そんなに凄かったのですか?」
「あれは国家を一撃で滅ぼしてもまだ余るでしょうね…」
「そんなにも…ですか!」
「あのお方は敵に回さない方が良いでしょうね…」
「そうですね…。味方になればあんなにも心強い精霊様はいらっしゃらないでしょうけど、敵となると早々に逃げ出したくなる相手ですね…」
「それにしても…」
「素敵なお方でしたね…」
「えぇ…結婚していただけたサナ殿が羨ましいです…」
「ちょっと!貴女たち本気で言っているのですか!?」
「はい。あんなにも強くてお優しく、そして凛々しい殿方にお会いしたことはありません」
「私も結婚するのは私よりも強い殿方が良いと願っておりました。お優しくてその上凛々しくていらっしゃるだなんて…。まさに私が望んでいた結婚相手です」
「貴女たちは最強を誇る王宮騎士団の一員でしょう!?特にレイナ!貴女はその騎士団を束ねる騎士団長ですよ!しっかりなさい!!」
「セリカ様…、お言葉ですが、やっと探し求めていた理想の殿方と巡り会えたのです…。今の私は騎士団長である前に、一人の恋する女です…」
「私もです。これが恋という物だと初めて知りました」
「そう…これが恋なのですね…」
「貴女たちはどうしてしまったのです!?レイナ、貴女はあんなにも酷く殴られたのですよ?」
「はい…。ですが、それさえも気持ち良く感じてしまったのです…。『これ以上気持ち良くされたら死んじゃう』そう思ったので赦しを乞いました」
「貴女…!どうかしてますわ!あんなに泣いていたのに!!」
「なぜ泣いたのか、私にも解りません。ですがセリカ様、それがきっと恋という物なのでしょう…」
「そうです…それこそが恋なのですよ…」
「もう知らない!貴女たち頭でも打っておかしくなったんじゃないの!?」
話に終わりは見えないが、馬車は王城の橋門を渡ろうとしていた。
「サナ、買い物に行くかい?」
「そうですね。連れて行ってくださいますか?」
「デートしてくれるのなら、喜んで。今日は何を買うの?」
「お野菜を少々…。あと、ダーリンはお夕食に何をお召し上がりになりたいですか?」
「ハンバーグ!」
俺は焼きそばとかオムライス、ステーキや唐揚げやとんかつ、ハンバーグなど…基本的にお子様が好みそうなメニューが好物だ。
「はんばーぐ…って、どんな食べ物なんですか?」
なんと!この世界にはハンバーグが無いのか!!
サナに買って来たレシピ本を開くと載っていたので、それで説明する。
「ミンチ肉と玉ねぎを捏ねて作るんだけど、知らない?」
「みんち…?って、なんのお肉なんですか?」
そうか。ミンチ肉が存在しないのか…。
ミンチ肉が有ると料理の幅が広がるから、絶対に有った方がいい。
サナが作ってくれる麻婆豆腐やタコスも食べたいからな!
よし!じゃぁ、店に置いてあるミンサーを持って来ようか。
鶏団子を作るためにミンチが必要だったから、よく使ってたんだ。
いや、それよりも電動ミンサーを錬成してあげよう!
でも、今日はハンバーグをミンチ肉から作るのは手間が掛かるだろうから、後日にしよう。
今日錬成しちゃうと、頑張り屋のサナは絶対に今日中に作ろうとするだろうから。
「じゃぁ、今日はステーキがいい!」
「ステーキですね。構いませんよ♡」
愛車を走らせて買い物に行くが、サナにハンドルを握ってもらうことにした。
馬車寄せで暫くクリープ現象だけで走らせてみたけど、なかなか筋が良さそうだったから街中でも運転してみてもらうことにしたんだ。
デカイ車の運転席に小柄なサナが座るギャップが良い感じだ。
「ダーリン、私、上手に運転できてますか?」
「うん。安定してるし良い感じだよ。でも、今は運転に集中して」
「はい…」
慎重に車を運転するのは大事だし基本だ。
とはいえ慎重になり過ぎても疲れるだけだけど、おしゃべりを楽しむにはまだ早い。
サナが運転するに当たってこの車にも高機動車と同じように能力を付与しておいたけど、油断しちゃいけない。
こっちが注意していても、事故はどこでどう起こるか解らないからな。
馬や馬車の通行には決まりが有るそうだが、道交法や交通ルールが存在しない世界だから『注意しすぎるくらい注意する』でちょうどいいだろう。
目的の肉屋に到着し、目当てのステーキ肉を買ってもらう。俺のは500gのイチボだ。
四人はそんなに食べられないからということで300gのイチボを買っていた。
「そういや、今日からもう一人一緒に暮らすメンバーが増えるかも知れないんだよね?」
「はい。なのでこちらはいつもより多めに買っておきます」
その他に八百屋でキャベツとトマトを買って、屋敷に戻る。
「ダーリン、少しだけ寄り道してもよろしいですか?」
車を走らせながらサナが聞いて来る。
「構わないよ。どこへ行くんだい?」
「えぇ…、ちょっと…」
それだけ言って、サナは運転に集中するように黙ってしまった。
サナが車を止めたのは、市場のなかなか良い場所に有る一軒の商店の前だった。
だが、扉が閉ざされていて、休業している様子だった。
「このお店かい?今日は閉まってるみたいだけど?」
「…畑にでも行ってるのかも知れませんね…。また来ます。今日は帰りましょう」
少し淋しそうな声でそう言うと、サナは車を発進させた。
屋敷に戻って買って来た食材を氷室に入れ、サナが紅茶を淹れてくれたので自室でティータイムにする。
いつものようにサナを膝に乗せて口移ししてもらってお茶を飲んでいるが、何だかサナの元気が無いように感じる。
「サナ、どうかしたかい?」
「え?なぜです?」
「うん。さっきからなんか元気が無さそうだから」
「そんなことないですよ?元気ですよ!」
そう言って笑ってくれるが、やはり笑顔がどこかぎこちない。
「サナ、俺たちは夫婦だよ?隠し事は無しだ」
サナは俺の膝の上で姿勢を正した。
あ、どうあっても膝からは下りないのね。
可愛い恋女房のサナだから構わないけど。
「やっぱりダーリンに隠し事はできないですね…」
「そうだよ。俺は愛しいサナの様子がおかしければすぐに解るんだ。でも、考えてることまでは解らないから、サナがイヤじゃなければ聞かせて欲しいな」
「先ほど、少しだけ寄り道をさせていただきましたよね?」
「あぁ…。あの休みだったお店のことかい?」
「はい…。あのお店は八百屋さんなんですけど、今あちらを営んでるのは私の幼馴染であるレイティアなんです」
サナの話によると、あの店はサナが小さい時から一緒に遊んでいた幼馴染が経営しているらしい。
元々はその幼馴染の母親が営んでいたが、二月ほど前に病気で亡くなったそうだ。
それで幼馴染がお店を継いだのだが、どうやら経営が上手くいっていないらしい。
畑の作物も育ちが悪くて、商売にならなくて困っていると人伝に聞いたんだとか。
それで本人に話を聞こうと店に立ち寄ったということだった。
「まだ幼い妹もいるのに困っていると思うんです。なので、何かしてあげられることはないかと思いまして…」
なるほど。優しいサナらしいな。
「そのレイティアさんは、何の作物で商売をしてたんだい?」
「彼女のお店ではレタスとニンジンを専門にしていました。それにお母上が作るお野菜は瑞々しくて王都で一番美味しいと言われていて、王城にも献上されてました」
そんなに美味しい野菜なら、是非とも食べてみたかったな。
「何がしてあげられるか解らないけど、近いうちにまた行こう。それまでに俺たちに何が出来るか一緒に考えよう?」
「ダーリン…。ダーリンはやっぱり頼りになりますね♡」
俺の首にギュッと抱き付いてキスをした後で、涙に濡れた頬で頬擦りをしてくれた。
負けた相手には治療までしてもらった上に、正座させられた三人の前に仁王立ちになったサナからは
「二度と私の愛する夫を侮辱しないでください」
と説教されて、シュンとしてしまっている。
「はい…。申し訳ありませんでした…」
と高飛車だった三人が力なく答えている様は、なかなか滑稽だった。
まぁ、この国の最強騎士様を泣かしちゃったんだから、シュンとするのも無理はあるまい。
「ところでセリカ様、今日はどういったご用向きでいらしたんですか?」
なんと、俺をこき下ろすのが来訪の目的じゃなかったってのか?
「あぁ…そうでした。今日は陛下から英樹殿に登城していただくようお話があったので、お伝えに来たのです」
そんな大事なことをイビリにかまけて忘れるなよ。
それにしても、女王から直々に召喚されるとは大袈裟だな。
「明日の三つ刻に、エリスたちも伴ってご登城ください。サナ、貴女も同道するのですよ」
「私もですか?」
「英樹殿と結婚したのですよね?陛下にご報告するのは当然のことでしょう?」
サナは勇者専属メイドである以前に王城メイドだから、本来の雇い主は女王なわけだ。雇い主に結婚の報告をするのも当然と言えば当然か。
「同様にエリスたちも婚約したのなら、その報告をしなければならないでしょう」
俺もこの国の長に断りもなく勇者パーティのメンバーと婚約した上に、黙って王国所有の屋敷に居座ってたからな。挨拶くらいはしとくべきだよな。
「わかりました。では、明日の三つ刻にお伺いいたしますと陛下にお伝えください」
了承したことを伝え、セリカたちを見送った。なんか嵐みたいな連中だったな。
「ふぅ…ああいうのは疲れるから好きじゃないよ」
サナと並んでソファーに座りながら呟く。
「でもダーリン、ごちそうさまでした」
「ん?なにか食べ物なんかあげたっけ?」
「凛々しいダーリンのお姿をたっぷり堪能させていただきました♡」
そう言えば、サナは戦っている姿を見たことが無かったな。まぁ、アレを『戦い』と言うのもなんか違う気がするけれど。
「サナが喜んでくれたのなら、それで良いか」
サナの肩を抱き寄せて、たっぷりと舌を絡ませてキスをした。
屋敷から王城へ戻る途中の馬車内の会話…
「あれが本物の精霊の力なのね…」
「ええ…全く歯が立ちませんでした」
「我が道場最強の剣技を以ってしても掠りもしませんでした…」
「貴女たちが負けるだなんて、未だに信じられないですわ。本当は何かの間違いでは?」
「いいえ…少なくとも私は最初から全力で戦いました」
「私もです。最初は少し油断してましたけど、途中からは本気でした…」
「そうなのですね…。最初は解らなかったのですけど、貴女たちが治癒を受け始めてからあの方から放たれる魔力量が凄まじくて…直視できませんでしたよ…」
「魔力量…そんなに凄かったのですか?」
「あれは国家を一撃で滅ぼしてもまだ余るでしょうね…」
「そんなにも…ですか!」
「あのお方は敵に回さない方が良いでしょうね…」
「そうですね…。味方になればあんなにも心強い精霊様はいらっしゃらないでしょうけど、敵となると早々に逃げ出したくなる相手ですね…」
「それにしても…」
「素敵なお方でしたね…」
「えぇ…結婚していただけたサナ殿が羨ましいです…」
「ちょっと!貴女たち本気で言っているのですか!?」
「はい。あんなにも強くてお優しく、そして凛々しい殿方にお会いしたことはありません」
「私も結婚するのは私よりも強い殿方が良いと願っておりました。お優しくてその上凛々しくていらっしゃるだなんて…。まさに私が望んでいた結婚相手です」
「貴女たちは最強を誇る王宮騎士団の一員でしょう!?特にレイナ!貴女はその騎士団を束ねる騎士団長ですよ!しっかりなさい!!」
「セリカ様…、お言葉ですが、やっと探し求めていた理想の殿方と巡り会えたのです…。今の私は騎士団長である前に、一人の恋する女です…」
「私もです。これが恋という物だと初めて知りました」
「そう…これが恋なのですね…」
「貴女たちはどうしてしまったのです!?レイナ、貴女はあんなにも酷く殴られたのですよ?」
「はい…。ですが、それさえも気持ち良く感じてしまったのです…。『これ以上気持ち良くされたら死んじゃう』そう思ったので赦しを乞いました」
「貴女…!どうかしてますわ!あんなに泣いていたのに!!」
「なぜ泣いたのか、私にも解りません。ですがセリカ様、それがきっと恋という物なのでしょう…」
「そうです…それこそが恋なのですよ…」
「もう知らない!貴女たち頭でも打っておかしくなったんじゃないの!?」
話に終わりは見えないが、馬車は王城の橋門を渡ろうとしていた。
「サナ、買い物に行くかい?」
「そうですね。連れて行ってくださいますか?」
「デートしてくれるのなら、喜んで。今日は何を買うの?」
「お野菜を少々…。あと、ダーリンはお夕食に何をお召し上がりになりたいですか?」
「ハンバーグ!」
俺は焼きそばとかオムライス、ステーキや唐揚げやとんかつ、ハンバーグなど…基本的にお子様が好みそうなメニューが好物だ。
「はんばーぐ…って、どんな食べ物なんですか?」
なんと!この世界にはハンバーグが無いのか!!
サナに買って来たレシピ本を開くと載っていたので、それで説明する。
「ミンチ肉と玉ねぎを捏ねて作るんだけど、知らない?」
「みんち…?って、なんのお肉なんですか?」
そうか。ミンチ肉が存在しないのか…。
ミンチ肉が有ると料理の幅が広がるから、絶対に有った方がいい。
サナが作ってくれる麻婆豆腐やタコスも食べたいからな!
よし!じゃぁ、店に置いてあるミンサーを持って来ようか。
鶏団子を作るためにミンチが必要だったから、よく使ってたんだ。
いや、それよりも電動ミンサーを錬成してあげよう!
でも、今日はハンバーグをミンチ肉から作るのは手間が掛かるだろうから、後日にしよう。
今日錬成しちゃうと、頑張り屋のサナは絶対に今日中に作ろうとするだろうから。
「じゃぁ、今日はステーキがいい!」
「ステーキですね。構いませんよ♡」
愛車を走らせて買い物に行くが、サナにハンドルを握ってもらうことにした。
馬車寄せで暫くクリープ現象だけで走らせてみたけど、なかなか筋が良さそうだったから街中でも運転してみてもらうことにしたんだ。
デカイ車の運転席に小柄なサナが座るギャップが良い感じだ。
「ダーリン、私、上手に運転できてますか?」
「うん。安定してるし良い感じだよ。でも、今は運転に集中して」
「はい…」
慎重に車を運転するのは大事だし基本だ。
とはいえ慎重になり過ぎても疲れるだけだけど、おしゃべりを楽しむにはまだ早い。
サナが運転するに当たってこの車にも高機動車と同じように能力を付与しておいたけど、油断しちゃいけない。
こっちが注意していても、事故はどこでどう起こるか解らないからな。
馬や馬車の通行には決まりが有るそうだが、道交法や交通ルールが存在しない世界だから『注意しすぎるくらい注意する』でちょうどいいだろう。
目的の肉屋に到着し、目当てのステーキ肉を買ってもらう。俺のは500gのイチボだ。
四人はそんなに食べられないからということで300gのイチボを買っていた。
「そういや、今日からもう一人一緒に暮らすメンバーが増えるかも知れないんだよね?」
「はい。なのでこちらはいつもより多めに買っておきます」
その他に八百屋でキャベツとトマトを買って、屋敷に戻る。
「ダーリン、少しだけ寄り道してもよろしいですか?」
車を走らせながらサナが聞いて来る。
「構わないよ。どこへ行くんだい?」
「えぇ…、ちょっと…」
それだけ言って、サナは運転に集中するように黙ってしまった。
サナが車を止めたのは、市場のなかなか良い場所に有る一軒の商店の前だった。
だが、扉が閉ざされていて、休業している様子だった。
「このお店かい?今日は閉まってるみたいだけど?」
「…畑にでも行ってるのかも知れませんね…。また来ます。今日は帰りましょう」
少し淋しそうな声でそう言うと、サナは車を発進させた。
屋敷に戻って買って来た食材を氷室に入れ、サナが紅茶を淹れてくれたので自室でティータイムにする。
いつものようにサナを膝に乗せて口移ししてもらってお茶を飲んでいるが、何だかサナの元気が無いように感じる。
「サナ、どうかしたかい?」
「え?なぜです?」
「うん。さっきからなんか元気が無さそうだから」
「そんなことないですよ?元気ですよ!」
そう言って笑ってくれるが、やはり笑顔がどこかぎこちない。
「サナ、俺たちは夫婦だよ?隠し事は無しだ」
サナは俺の膝の上で姿勢を正した。
あ、どうあっても膝からは下りないのね。
可愛い恋女房のサナだから構わないけど。
「やっぱりダーリンに隠し事はできないですね…」
「そうだよ。俺は愛しいサナの様子がおかしければすぐに解るんだ。でも、考えてることまでは解らないから、サナがイヤじゃなければ聞かせて欲しいな」
「先ほど、少しだけ寄り道をさせていただきましたよね?」
「あぁ…。あの休みだったお店のことかい?」
「はい…。あのお店は八百屋さんなんですけど、今あちらを営んでるのは私の幼馴染であるレイティアなんです」
サナの話によると、あの店はサナが小さい時から一緒に遊んでいた幼馴染が経営しているらしい。
元々はその幼馴染の母親が営んでいたが、二月ほど前に病気で亡くなったそうだ。
それで幼馴染がお店を継いだのだが、どうやら経営が上手くいっていないらしい。
畑の作物も育ちが悪くて、商売にならなくて困っていると人伝に聞いたんだとか。
それで本人に話を聞こうと店に立ち寄ったということだった。
「まだ幼い妹もいるのに困っていると思うんです。なので、何かしてあげられることはないかと思いまして…」
なるほど。優しいサナらしいな。
「そのレイティアさんは、何の作物で商売をしてたんだい?」
「彼女のお店ではレタスとニンジンを専門にしていました。それにお母上が作るお野菜は瑞々しくて王都で一番美味しいと言われていて、王城にも献上されてました」
そんなに美味しい野菜なら、是非とも食べてみたかったな。
「何がしてあげられるか解らないけど、近いうちにまた行こう。それまでに俺たちに何が出来るか一緒に考えよう?」
「ダーリン…。ダーリンはやっぱり頼りになりますね♡」
俺の首にギュッと抱き付いてキスをした後で、涙に濡れた頬で頬擦りをしてくれた。
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