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第三十六話
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教会から走ること数分、サナの実家に到着する。
もう夕方でエリスたちも程無く帰宅するだろうが、夕食の準備はサナが済ませてあるし、先回りしてサナには内緒でエリスの部屋に
『サナの実家で夕食をご一緒してくる』
とメモを残してあるので問題ない。
サナの実家は普通の二階建ての家で、お祖母さんとお母上、妹君が三人で暮らしているという。
七歳年下の妹がいることは昨夜聞いていた。
以前の実家は隣家の火事で一部が延焼してしまい住めなくなったので、サナの母方の実家に引っ越ししたらしい。
愛車を実家の前に駐車して、助手席のドアを開けてサナの手を取りエスコートする。
「え?お姉ちゃん??!!」
家の中から一人の少女が飛び出して来る。
美人のサナをそのまま小さくして幼児体型にしたような感じで、将来はサナに似てとっても美人になりそうな気配が漂っている。
「ただいま、ユミル。お客様をお連れしたから、お母さんを呼んでくれますか?それと、お客様にご挨拶は?」
おおぉ!サナがお姉さんしてるよ!なんか可愛い!!惚れ直しちゃう!
「あ…申し訳ありません。サナお姉ちゃんの妹で、ユミルです。初めまして」
俺の方を向き直り、ぺこりと頭を下げる。
「初めまして。ユミルちゃん。僕は英樹。ヒデキ ヤスダって言うんだ。宜しくね」
「はい!よろしくお願いします。ところで、ヤスダさんはお姉ちゃんの彼氏ですか?」
流石というか何というか…。どこの世界でも子供は遠慮が無いな。
「ユミル、こちらのお方はもう彼氏ではなく、私と結婚してくださったのです。だから、私の旦那様なのですよ」
「え?お姉ちゃん結婚したの?」
「ええ。昨日」
それを聞いたユミルちゃんはいきなり走り出し、玄関の扉を蹴り破らんばかりの勢いで家の中に飛び込んで行く。
「お母さ~ん!!お姉ちゃんが旦那さん連れて来た~!!」
街中に響き渡れとばかりに大声で母親を呼ぶ。
時間を置くことなく、家の中から一人の女性が姿を現す。
サナがさらに成熟した女性になったらこんな感じになるんだろうな。
という感じの、サナによく似た美しい女性だ。
年齢は三十九歳で、サナと同じで王城勤めのメイドだとサナからは聞いていた。
俺よりも少し年上だが、そうは見えない。
かなりの若見え美人だが、妻の母親だけに邪念を抱くことはない。
「初めまして。サナの母、エミーナと申します」
そう言ってお母上は恭しく頭を下げる。
「こちらこそ、初めてお目に掛かります。ヒデキ ヤスダと申します。以後お見知りおきくださいますようよろしくお願い申し上げます」
サナから教えてもらった貴族流の膝を突いたお辞儀をする。
「ところで、結婚…。お二人は結婚したということですが、間違いございませんか?」
「はい、昨日結婚させていただきましたので、お母上様にご挨拶に伺いました」
その言葉にお母上はにわかに顔を綻ばせる。
「まぁ…!それはそれはわざわざご足労いただきありがとうございます!こんなところでは失礼ですので、どうぞお入りください」
応接室に通され、暫しその部屋で待つ。
その間、サナのお祖母さんとユミルちゃんが話し相手になってくれて、学校での面白かった出来事を聞かせてくれている。
暫くしてサナとお母上がティーセットを載せたワゴンを押しながら戻って来て、サナが俺の隣の椅子に座り、お母上が紅茶を淹れて下さる。
ユミルちゃんがお手伝いしてそれぞれの前に紅茶を並べてくれると、皿ごとティーカップを手に取り、まずは紅茶を一口飲む。
それがこの世界の客側のマナーであることも、サナから教わっている。
因みにだが、紅茶が出てこない場合は歓迎されていないという意味で、紅茶が出てくるのは
『最上級の歓迎を致します』
という意味の現れなんだとか。
俺が紅茶を一口飲んだのを見届けて、お母上が口を開く。
実際、そうしてもらえて助かった。
実は緊張してしまって、何から話せば良いのか解らなくなっていたからだ。
「先ほど、お茶の準備をしながらサナから子細は伺いました。ご挨拶でしたら私からお伺いすべきところを、わざわざ足をお運びいただき、誠に恐れ入ります」
お母上とお祖母さんが立ち上がり、深々と頭を下げる。なので俺も立ち上がり
「頭をお上げ下さい。本来ならば結婚する前にお赦しをいただくべくご挨拶にお伺いせねばならないところを、ご挨拶を後回しにしてしまうような非礼を働いてしまい、私がお詫びをせねばならないのですから」
お母上は頭を上げて
「何を仰いますやら。精霊様であらせられる英樹殿に、このような不束な娘を娶っていただけるなんて、光栄の極みです。サナはまだまだ至らない娘ですが、並外れた努力家でもあり一途な娘です。きっと英樹殿のお役に立てる日も来るでしょうから、見捨てず末永くお傍に置いてやってくださいませ」
と、俺の目を真っ直ぐに見て言った後、再び頭を下げる。
そしてそれに倣ってサナも俺の隣で立ち上がって深々と頭を下げたかと思うと、ユミルちゃんまで同じように頭を下げて来る。
参ったなこりゃ。
「皆さん、頭を上げてください。私の方こそ至らぬ夫ではありますが、サナのことを心から大切に思っておりますし、彼女は現時点で完璧な妻です。これ以上を望みませんし、生涯隣に居て欲しいと願っています。私に出来ることなど知れておりますが、精一杯誠意を持って尽くし、サナを幸せにしたいと考えております。どうか私たちの結婚をお認めいただけますようお願い申し上げます」
そう言うと、お母上とお祖母さんの目から涙が零れ落ちる。
「何と勿体ないお言葉でしょう。我が孫娘がこのような素晴らしいお方に見初めていただけるなんて、夢のようです。どうかサナを宜しくお願い申し上げます」
「本当にその通りです。今日という日がこんなにも素敵な日になるなんて。英樹殿、サナを宜しくお願い致します」
サナの言った通り、微塵も反対されなかった。
そこからは和気藹々とした時間が流れる。手土産に持って行った洋菓子がすごく喜ばれたのだが、花瓶を渡すと
「こんな高価なお品を頂戴できません!」
と言われてしまった。
中身はサナにも『花瓶だよ』としか言っていなかったのでサナも驚いていたが、こちらにはこの品のように精巧なガラス細工は存在しないらしい。
「この品はサナと私の結婚を記念すると同時に、お義母様に『サナを産んでいただき、ここまで立派な女性に育て上げて下さり、ありがとうございます』という気持ちを込めた贈り物なのです。どうか私たち二人からの心からの感謝の品だと思って、お納めください」
と言うと、また感動して泣かれてしまった。
「何と嬉しいお言葉でしょうか。亡き夫も天国できっと大喜びしていることと思います。お二人の気持ちは家宝として大事にさせていただきます。サナ、貴女は本当に素晴らしいお方と巡り会いましたね。とっても誇らしいですよ」
母と娘は抱擁を交わし感涙に咽ぶ。美しい時間だった。
「エリスたちには夕食を済ませて来ると伝言を残してあるから、時間は大丈夫だよ」
とサナに伝えると、とても喜んでもらえた。
サナの求めに応じて俺も台所にお邪魔して、我が家の家庭料理を伝授する。
ちょうど鶏料理の予定だったとエミーナさんが言うので、俺のおふくろの味とも言える
『鶏もも肉のソテー・トマトオニオンソース』
を作ることにした。
作り方はとてもシンプルだ。
鶏もも肉を焼き、肉汁が残ったフライパンで玉ねぎのみじん切りを炒めて、トマトケチャップと水を同量そこに入れて沸騰するまで煮込み、塩コショウで味付けするだけだ。
この世界にはケチャップが無かったのだが、店のキッチンに業務用の新品缶の買い置きが有ったのを思い出したから、急遽帰って持ち込んだ。
俺が作った料理にどう反応されるかドキドキだったが、レシピを改めて聞かれるほど好評だった。
なので、残ったケチャップは置いて帰ることにした。サナも
「この『ケチャップ』は色々使えそうですね。私も欲しいです!」
とねだられたので、屋敷に戻った後で取りに帰るとしよう。
楽しい夕食と団らんを過ごす。
「サナ、とても可愛い服を着せていただいてるのね」
お母上がサナの服を褒める。
「はい。英樹様の世界の服で、私専用の訪問着として仕立てていただいたんです」
俺に見せてくれたように、嬉しそうにその場でクルリと回転して見せる。
「そう。素敵な服を仕立てていただけて、本当に幸せね」
ニコニコしてその姿を眺めるお母上とユミルちゃん。
今度お邪魔する時はお二人にも何か服をプレゼントしようかな。
「この他にも仕事用の服も仕立てて下さったし、可愛い下着もご用意下さったんですよ。今度お城でお会いしたら、お母さんはびっくりするかもしれません」
「今日でも十分に驚いてるけれど、もっと驚かされるの?すごく楽しみね」
お暇する時間になった。
ユミルちゃんは明日も学校だし、お母上も仕事だそうだからあまり長居しても申し訳ない。
ユミルちゃんが愛車に興味を持っていたので、俺の新しい家族を後部座席に乗せて、五人で少しだけドライブを楽しんだ。実に楽しくて有意義な一時だった。
「英樹殿、サナのことを宜しくお願い致します。サナ、貴女も精一杯尽くすのですよ?」
この世界に素敵な家族が出来た。サナと結婚して本当に良かったと実感する。
「はい。サナのことはお任せください。ユミルちゃんも、また遊んでね」
「うん。お兄ちゃん…?も、遠慮せずに遊びに来てね!」
まだ『お兄ちゃん』と呼ぶのが気恥ずかしいようだが、可愛いので今度はなんか遊べるアイテムでも持って来るとしよう。
屋敷に向かって走り始めて一呼吸すると、サナが口を開く。
「ダーリン、すごく良い時間を過ごさせていただきました。思い残すことは、もうありません…」
ん?なんだ?もう二度と会えないような口ぶりじゃないか。
「どうしたんだい?まさかとは思うけど、もう二度と家族と会えないとか思ってない?」
「母は王城のメイド長ですので仕事を辞めない限りは王城で顔を合わす機会も有ると思いますし、二度と会えないとまでは言いません。ですが結婚って、それくらい夫に尽くすものだと…」
「そりゃそれくらいの覚悟は大切だけど、俺はそんなこと望んじゃいないよ?結婚と同時にめちゃくちゃ遠い土地に引っ越すのなら兎も角、こんなに近くに住んでるんだから、いつだって会える。サナも気兼ねせず好きな時に里帰りしていいんだよ?まぁ…夫婦喧嘩の末に家出して実家に帰られたり、家事を疎かにされたりしたら困るけど」
「ダーリンに逆らって喧嘩なんてしないです!それにダーリンのお世話もお屋敷のお仕事も精一杯務めます!でも、本当に私、母やユミルと自由に会っていいんですか?」
「当たり前だよ!この世界では違うの?」
「はい。特に貴族に嫁いだ場合は、婚家から特別な許可でも貰わなければ親の死に目にも会えないものですので…。ダーリンは精霊様で伯爵級貴族の扱いですからそうなるものかと。それに、ダーリンはお優しいですから、そのために今日はこういう時間を作っていただけたのだとばかり…」
また貴族かよ…。面倒くせぇし古くせぇな貴族って奴らは。
「違うよ!ただ単に俺がサナの家族に会いたかったのと、結婚の挨拶に伺っただけだよ」
どうやら今回の訪問には大きな誤解が有ったようだ。車を止めて、サナと向かい合う。
「俺もサナと同じように、お母上やお祖母さん、ユミルちゃんのことを大切に思ってる。これからもお三人とは家族として仲良くしたいし、俺たちの子供が生まれた時には一緒に喜んで祝っていただきたいと願ってるんだ。ケチ臭い貴族の風習なんてクソくらえだよ」
「ダーリン…」
サナの美しい碧眼から大粒の涙が溢れる。その涙を指先で拭い、瞼にキスをする。
サナは俺に飛び付くように抱きついて来て、泣きながらキスをしてくれる。
「ダーリンと結婚して本当によかったです!私、すごく幸せです!」
『幸せ♡』という言葉を繰り返しては、何度も何度もキスをしてくれる。
俺もサナを抱き締めて、その熱いキスに応えた。
もう夕方でエリスたちも程無く帰宅するだろうが、夕食の準備はサナが済ませてあるし、先回りしてサナには内緒でエリスの部屋に
『サナの実家で夕食をご一緒してくる』
とメモを残してあるので問題ない。
サナの実家は普通の二階建ての家で、お祖母さんとお母上、妹君が三人で暮らしているという。
七歳年下の妹がいることは昨夜聞いていた。
以前の実家は隣家の火事で一部が延焼してしまい住めなくなったので、サナの母方の実家に引っ越ししたらしい。
愛車を実家の前に駐車して、助手席のドアを開けてサナの手を取りエスコートする。
「え?お姉ちゃん??!!」
家の中から一人の少女が飛び出して来る。
美人のサナをそのまま小さくして幼児体型にしたような感じで、将来はサナに似てとっても美人になりそうな気配が漂っている。
「ただいま、ユミル。お客様をお連れしたから、お母さんを呼んでくれますか?それと、お客様にご挨拶は?」
おおぉ!サナがお姉さんしてるよ!なんか可愛い!!惚れ直しちゃう!
「あ…申し訳ありません。サナお姉ちゃんの妹で、ユミルです。初めまして」
俺の方を向き直り、ぺこりと頭を下げる。
「初めまして。ユミルちゃん。僕は英樹。ヒデキ ヤスダって言うんだ。宜しくね」
「はい!よろしくお願いします。ところで、ヤスダさんはお姉ちゃんの彼氏ですか?」
流石というか何というか…。どこの世界でも子供は遠慮が無いな。
「ユミル、こちらのお方はもう彼氏ではなく、私と結婚してくださったのです。だから、私の旦那様なのですよ」
「え?お姉ちゃん結婚したの?」
「ええ。昨日」
それを聞いたユミルちゃんはいきなり走り出し、玄関の扉を蹴り破らんばかりの勢いで家の中に飛び込んで行く。
「お母さ~ん!!お姉ちゃんが旦那さん連れて来た~!!」
街中に響き渡れとばかりに大声で母親を呼ぶ。
時間を置くことなく、家の中から一人の女性が姿を現す。
サナがさらに成熟した女性になったらこんな感じになるんだろうな。
という感じの、サナによく似た美しい女性だ。
年齢は三十九歳で、サナと同じで王城勤めのメイドだとサナからは聞いていた。
俺よりも少し年上だが、そうは見えない。
かなりの若見え美人だが、妻の母親だけに邪念を抱くことはない。
「初めまして。サナの母、エミーナと申します」
そう言ってお母上は恭しく頭を下げる。
「こちらこそ、初めてお目に掛かります。ヒデキ ヤスダと申します。以後お見知りおきくださいますようよろしくお願い申し上げます」
サナから教えてもらった貴族流の膝を突いたお辞儀をする。
「ところで、結婚…。お二人は結婚したということですが、間違いございませんか?」
「はい、昨日結婚させていただきましたので、お母上様にご挨拶に伺いました」
その言葉にお母上はにわかに顔を綻ばせる。
「まぁ…!それはそれはわざわざご足労いただきありがとうございます!こんなところでは失礼ですので、どうぞお入りください」
応接室に通され、暫しその部屋で待つ。
その間、サナのお祖母さんとユミルちゃんが話し相手になってくれて、学校での面白かった出来事を聞かせてくれている。
暫くしてサナとお母上がティーセットを載せたワゴンを押しながら戻って来て、サナが俺の隣の椅子に座り、お母上が紅茶を淹れて下さる。
ユミルちゃんがお手伝いしてそれぞれの前に紅茶を並べてくれると、皿ごとティーカップを手に取り、まずは紅茶を一口飲む。
それがこの世界の客側のマナーであることも、サナから教わっている。
因みにだが、紅茶が出てこない場合は歓迎されていないという意味で、紅茶が出てくるのは
『最上級の歓迎を致します』
という意味の現れなんだとか。
俺が紅茶を一口飲んだのを見届けて、お母上が口を開く。
実際、そうしてもらえて助かった。
実は緊張してしまって、何から話せば良いのか解らなくなっていたからだ。
「先ほど、お茶の準備をしながらサナから子細は伺いました。ご挨拶でしたら私からお伺いすべきところを、わざわざ足をお運びいただき、誠に恐れ入ります」
お母上とお祖母さんが立ち上がり、深々と頭を下げる。なので俺も立ち上がり
「頭をお上げ下さい。本来ならば結婚する前にお赦しをいただくべくご挨拶にお伺いせねばならないところを、ご挨拶を後回しにしてしまうような非礼を働いてしまい、私がお詫びをせねばならないのですから」
お母上は頭を上げて
「何を仰いますやら。精霊様であらせられる英樹殿に、このような不束な娘を娶っていただけるなんて、光栄の極みです。サナはまだまだ至らない娘ですが、並外れた努力家でもあり一途な娘です。きっと英樹殿のお役に立てる日も来るでしょうから、見捨てず末永くお傍に置いてやってくださいませ」
と、俺の目を真っ直ぐに見て言った後、再び頭を下げる。
そしてそれに倣ってサナも俺の隣で立ち上がって深々と頭を下げたかと思うと、ユミルちゃんまで同じように頭を下げて来る。
参ったなこりゃ。
「皆さん、頭を上げてください。私の方こそ至らぬ夫ではありますが、サナのことを心から大切に思っておりますし、彼女は現時点で完璧な妻です。これ以上を望みませんし、生涯隣に居て欲しいと願っています。私に出来ることなど知れておりますが、精一杯誠意を持って尽くし、サナを幸せにしたいと考えております。どうか私たちの結婚をお認めいただけますようお願い申し上げます」
そう言うと、お母上とお祖母さんの目から涙が零れ落ちる。
「何と勿体ないお言葉でしょう。我が孫娘がこのような素晴らしいお方に見初めていただけるなんて、夢のようです。どうかサナを宜しくお願い申し上げます」
「本当にその通りです。今日という日がこんなにも素敵な日になるなんて。英樹殿、サナを宜しくお願い致します」
サナの言った通り、微塵も反対されなかった。
そこからは和気藹々とした時間が流れる。手土産に持って行った洋菓子がすごく喜ばれたのだが、花瓶を渡すと
「こんな高価なお品を頂戴できません!」
と言われてしまった。
中身はサナにも『花瓶だよ』としか言っていなかったのでサナも驚いていたが、こちらにはこの品のように精巧なガラス細工は存在しないらしい。
「この品はサナと私の結婚を記念すると同時に、お義母様に『サナを産んでいただき、ここまで立派な女性に育て上げて下さり、ありがとうございます』という気持ちを込めた贈り物なのです。どうか私たち二人からの心からの感謝の品だと思って、お納めください」
と言うと、また感動して泣かれてしまった。
「何と嬉しいお言葉でしょうか。亡き夫も天国できっと大喜びしていることと思います。お二人の気持ちは家宝として大事にさせていただきます。サナ、貴女は本当に素晴らしいお方と巡り会いましたね。とっても誇らしいですよ」
母と娘は抱擁を交わし感涙に咽ぶ。美しい時間だった。
「エリスたちには夕食を済ませて来ると伝言を残してあるから、時間は大丈夫だよ」
とサナに伝えると、とても喜んでもらえた。
サナの求めに応じて俺も台所にお邪魔して、我が家の家庭料理を伝授する。
ちょうど鶏料理の予定だったとエミーナさんが言うので、俺のおふくろの味とも言える
『鶏もも肉のソテー・トマトオニオンソース』
を作ることにした。
作り方はとてもシンプルだ。
鶏もも肉を焼き、肉汁が残ったフライパンで玉ねぎのみじん切りを炒めて、トマトケチャップと水を同量そこに入れて沸騰するまで煮込み、塩コショウで味付けするだけだ。
この世界にはケチャップが無かったのだが、店のキッチンに業務用の新品缶の買い置きが有ったのを思い出したから、急遽帰って持ち込んだ。
俺が作った料理にどう反応されるかドキドキだったが、レシピを改めて聞かれるほど好評だった。
なので、残ったケチャップは置いて帰ることにした。サナも
「この『ケチャップ』は色々使えそうですね。私も欲しいです!」
とねだられたので、屋敷に戻った後で取りに帰るとしよう。
楽しい夕食と団らんを過ごす。
「サナ、とても可愛い服を着せていただいてるのね」
お母上がサナの服を褒める。
「はい。英樹様の世界の服で、私専用の訪問着として仕立てていただいたんです」
俺に見せてくれたように、嬉しそうにその場でクルリと回転して見せる。
「そう。素敵な服を仕立てていただけて、本当に幸せね」
ニコニコしてその姿を眺めるお母上とユミルちゃん。
今度お邪魔する時はお二人にも何か服をプレゼントしようかな。
「この他にも仕事用の服も仕立てて下さったし、可愛い下着もご用意下さったんですよ。今度お城でお会いしたら、お母さんはびっくりするかもしれません」
「今日でも十分に驚いてるけれど、もっと驚かされるの?すごく楽しみね」
お暇する時間になった。
ユミルちゃんは明日も学校だし、お母上も仕事だそうだからあまり長居しても申し訳ない。
ユミルちゃんが愛車に興味を持っていたので、俺の新しい家族を後部座席に乗せて、五人で少しだけドライブを楽しんだ。実に楽しくて有意義な一時だった。
「英樹殿、サナのことを宜しくお願い致します。サナ、貴女も精一杯尽くすのですよ?」
この世界に素敵な家族が出来た。サナと結婚して本当に良かったと実感する。
「はい。サナのことはお任せください。ユミルちゃんも、また遊んでね」
「うん。お兄ちゃん…?も、遠慮せずに遊びに来てね!」
まだ『お兄ちゃん』と呼ぶのが気恥ずかしいようだが、可愛いので今度はなんか遊べるアイテムでも持って来るとしよう。
屋敷に向かって走り始めて一呼吸すると、サナが口を開く。
「ダーリン、すごく良い時間を過ごさせていただきました。思い残すことは、もうありません…」
ん?なんだ?もう二度と会えないような口ぶりじゃないか。
「どうしたんだい?まさかとは思うけど、もう二度と家族と会えないとか思ってない?」
「母は王城のメイド長ですので仕事を辞めない限りは王城で顔を合わす機会も有ると思いますし、二度と会えないとまでは言いません。ですが結婚って、それくらい夫に尽くすものだと…」
「そりゃそれくらいの覚悟は大切だけど、俺はそんなこと望んじゃいないよ?結婚と同時にめちゃくちゃ遠い土地に引っ越すのなら兎も角、こんなに近くに住んでるんだから、いつだって会える。サナも気兼ねせず好きな時に里帰りしていいんだよ?まぁ…夫婦喧嘩の末に家出して実家に帰られたり、家事を疎かにされたりしたら困るけど」
「ダーリンに逆らって喧嘩なんてしないです!それにダーリンのお世話もお屋敷のお仕事も精一杯務めます!でも、本当に私、母やユミルと自由に会っていいんですか?」
「当たり前だよ!この世界では違うの?」
「はい。特に貴族に嫁いだ場合は、婚家から特別な許可でも貰わなければ親の死に目にも会えないものですので…。ダーリンは精霊様で伯爵級貴族の扱いですからそうなるものかと。それに、ダーリンはお優しいですから、そのために今日はこういう時間を作っていただけたのだとばかり…」
また貴族かよ…。面倒くせぇし古くせぇな貴族って奴らは。
「違うよ!ただ単に俺がサナの家族に会いたかったのと、結婚の挨拶に伺っただけだよ」
どうやら今回の訪問には大きな誤解が有ったようだ。車を止めて、サナと向かい合う。
「俺もサナと同じように、お母上やお祖母さん、ユミルちゃんのことを大切に思ってる。これからもお三人とは家族として仲良くしたいし、俺たちの子供が生まれた時には一緒に喜んで祝っていただきたいと願ってるんだ。ケチ臭い貴族の風習なんてクソくらえだよ」
「ダーリン…」
サナの美しい碧眼から大粒の涙が溢れる。その涙を指先で拭い、瞼にキスをする。
サナは俺に飛び付くように抱きついて来て、泣きながらキスをしてくれる。
「ダーリンと結婚して本当によかったです!私、すごく幸せです!」
『幸せ♡』という言葉を繰り返しては、何度も何度もキスをしてくれる。
俺もサナを抱き締めて、その熱いキスに応えた。
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