2 / 13
第一章 出逢い(1)
しおりを挟む
堂本との約束の刻限はとうに過ぎていた。
彼に逢いたいわけではないが、約束を違えると交渉が進まないことへ上条は苛立ちを隠せなかった。
糊を効かせた白シャツに黒のカマーベストを身につけて、蝶タイをしたボーイがグラスを運んできた。上条はグラスを受け取りマティーニへ口つける。そしてそっと周囲を伺った。上条は高級クラブへ出入りできるほどの給料ではない。しかも闇医者まがいな生業で、いつも懐具合は寂しいのが本音だ。だからこそ一週間前に堂本から月城に逢わせたいと指定されたクラブ、赤坂にあるdangerousが、上条には敷居が高く感じた。タワービルの最上階にあるdangerousは直通のエレベーターがあり、一階のロビーで身分証やクラブ会員のカードを提示しなければならない。上条宛に送りつけられたカードは会員カードではなく、オーナーのゲストカードだった。一度のみ使用ができるというものらしいのだが、これには紹介者の名が必要で、その名が堂本ではなく『月城』だというのが余計に不安を募らせた。なにしろ、月城がこのデンジャラスのオーナーだというのだから。ロビーで提示した際も、黒服のマッチョな係員の男の不躾な視線を浴び、さらに『月城オーナーのゲスト様で、お間違いないでしょうか』などと問われるなんて、ゲストとして疑わしいということだろう。
上条が直通エレベーターへ乗り扉が閉まる寸前、数人の黒服の男たちが乗り込んできた。
『失礼します』
軽く会釈をして隅によってはいたが、黒服連中の醸す雰囲気はとても堅気とは思えず、上条はしきりに喉が渇きを覚えた。診療所を営むようになり数多くのヤクザと接してきたが、それとは異なり品を感じるものの、やはり得体の知れない危険な香りは拭えなかった。エレベータは最上階に着き扉が開く。
『いらっしゃいませ』
フロアはシックな絨毯が敷き詰められて、スタッフは男女共に黒白で統一された制服を身につけていた。十代後半から二十代前半といったところか。中には熟年のスタッフも混じっていたが、それぞれに整った容姿が目立っていた。客層によって大体の席が決まっているようで、個室やラウンジなどに仕切りが設けてあった。
『上条様には堂本様より、こちらでお待ちいただくようにと承ってございます』
スタッフは若い者ではなく、熟練の細腰の美女だ。ラウンジのカウター席へ案内を受けた。
女性スタッフと入れ違いにボーイが飲み物を尋ねてきから、咄嗟に『マティーニ』と応えたのが、ちょうど40分ほど前になる。
ラウンジの中央にグランドピアノが置かれて、椅子に腰掛けていたピアニストの男にスタッフがメモを渡すのが見えた。間もなくしてピアニストの演奏する静かな曲が流れ、上条は心地よいメロディーに暫く聞き入っていた。グラスを口につけ空になっていることに気づいたが、二杯目を飲む気分ではなった。腕時計を確認する。あれから、さらに1時間20分が経過していた。
月城に逢わなくて済む理由ができたと脳裏を過ぎる。腰がひけた上条が席を立ちかけると、突然反対側にある個室から長身の男が颯爽と歩いてきた。タイミングのよさに上条は驚いた。エレベーターに同乗した黒服連中を後ろに従えていることよりも、男が放つ圧倒的存在感に目を瞠った。
190センチを優に超えた長身の男は、引き締まった体躯が着こなしているスリーピースのスーツの上からも伺える。高い鼻梁に二重の奥の目が印象的だが、全体的に彫りの深さ際立つ美丈夫だ。ただそこに存在するというだけで華があり、彼の行く手を居合わせた客やスタッフの視線が追いかける。上条も吸い寄せられるように彼を見入っていた。少しずつ上条へ距離が縮むに連れて、彼を囲うようにして付き従う黒服の男たちに目が留まりハッとした。
(彼が月城か?)
脈が速くなる。動悸もしてきた。もう数歩先がエレベーターだ。上条は駆け出すようにしてエレベーターへと急いだ。二人の黒服の男たちが、さっと長身のノーブルな男から離れてエレベーターの扉の前に立ちはだかる。
ーー背後から声がした。
「上条傑だな。 一緒に来てもらおうか」
低音の甘い声が耳朶をくすぐり、上条は暫し動けなかった。官能的というほうがより合うのかもしれない。
「聞こえているのか?」
「はい……」
彼に逢いたいわけではないが、約束を違えると交渉が進まないことへ上条は苛立ちを隠せなかった。
糊を効かせた白シャツに黒のカマーベストを身につけて、蝶タイをしたボーイがグラスを運んできた。上条はグラスを受け取りマティーニへ口つける。そしてそっと周囲を伺った。上条は高級クラブへ出入りできるほどの給料ではない。しかも闇医者まがいな生業で、いつも懐具合は寂しいのが本音だ。だからこそ一週間前に堂本から月城に逢わせたいと指定されたクラブ、赤坂にあるdangerousが、上条には敷居が高く感じた。タワービルの最上階にあるdangerousは直通のエレベーターがあり、一階のロビーで身分証やクラブ会員のカードを提示しなければならない。上条宛に送りつけられたカードは会員カードではなく、オーナーのゲストカードだった。一度のみ使用ができるというものらしいのだが、これには紹介者の名が必要で、その名が堂本ではなく『月城』だというのが余計に不安を募らせた。なにしろ、月城がこのデンジャラスのオーナーだというのだから。ロビーで提示した際も、黒服のマッチョな係員の男の不躾な視線を浴び、さらに『月城オーナーのゲスト様で、お間違いないでしょうか』などと問われるなんて、ゲストとして疑わしいということだろう。
上条が直通エレベーターへ乗り扉が閉まる寸前、数人の黒服の男たちが乗り込んできた。
『失礼します』
軽く会釈をして隅によってはいたが、黒服連中の醸す雰囲気はとても堅気とは思えず、上条はしきりに喉が渇きを覚えた。診療所を営むようになり数多くのヤクザと接してきたが、それとは異なり品を感じるものの、やはり得体の知れない危険な香りは拭えなかった。エレベータは最上階に着き扉が開く。
『いらっしゃいませ』
フロアはシックな絨毯が敷き詰められて、スタッフは男女共に黒白で統一された制服を身につけていた。十代後半から二十代前半といったところか。中には熟年のスタッフも混じっていたが、それぞれに整った容姿が目立っていた。客層によって大体の席が決まっているようで、個室やラウンジなどに仕切りが設けてあった。
『上条様には堂本様より、こちらでお待ちいただくようにと承ってございます』
スタッフは若い者ではなく、熟練の細腰の美女だ。ラウンジのカウター席へ案内を受けた。
女性スタッフと入れ違いにボーイが飲み物を尋ねてきから、咄嗟に『マティーニ』と応えたのが、ちょうど40分ほど前になる。
ラウンジの中央にグランドピアノが置かれて、椅子に腰掛けていたピアニストの男にスタッフがメモを渡すのが見えた。間もなくしてピアニストの演奏する静かな曲が流れ、上条は心地よいメロディーに暫く聞き入っていた。グラスを口につけ空になっていることに気づいたが、二杯目を飲む気分ではなった。腕時計を確認する。あれから、さらに1時間20分が経過していた。
月城に逢わなくて済む理由ができたと脳裏を過ぎる。腰がひけた上条が席を立ちかけると、突然反対側にある個室から長身の男が颯爽と歩いてきた。タイミングのよさに上条は驚いた。エレベーターに同乗した黒服連中を後ろに従えていることよりも、男が放つ圧倒的存在感に目を瞠った。
190センチを優に超えた長身の男は、引き締まった体躯が着こなしているスリーピースのスーツの上からも伺える。高い鼻梁に二重の奥の目が印象的だが、全体的に彫りの深さ際立つ美丈夫だ。ただそこに存在するというだけで華があり、彼の行く手を居合わせた客やスタッフの視線が追いかける。上条も吸い寄せられるように彼を見入っていた。少しずつ上条へ距離が縮むに連れて、彼を囲うようにして付き従う黒服の男たちに目が留まりハッとした。
(彼が月城か?)
脈が速くなる。動悸もしてきた。もう数歩先がエレベーターだ。上条は駆け出すようにしてエレベーターへと急いだ。二人の黒服の男たちが、さっと長身のノーブルな男から離れてエレベーターの扉の前に立ちはだかる。
ーー背後から声がした。
「上条傑だな。 一緒に来てもらおうか」
低音の甘い声が耳朶をくすぐり、上条は暫し動けなかった。官能的というほうがより合うのかもしれない。
「聞こえているのか?」
「はい……」
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
性的イジメ
ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。
作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。
全二話 毎週日曜日正午にUPされます。
公開凌辱される話まとめ
たみしげ
BL
BLすけべ小説です。
・性奴隷を飼う街
元敵兵を性奴隷として飼っている街の話です。
・玩具でアナルを焦らされる話
猫じゃらし型の玩具を開発済アナルに挿れられて啼かされる話です。
保育士だっておしっこするもん!
こじらせた処女
BL
男性保育士さんが漏らしている話。ただただ頭悪い小説です。
保育士の道に進み、とある保育園に勤めている尾北和樹は、新人で戸惑いながらも、やりがいを感じながら仕事をこなしていた。
しかし、男性保育士というものはまだまだ珍しく浸透していない。それでも和樹が通う園にはもう一人、男性保育士がいた。名前は多田木遼、2つ年上。
園児と一緒に用を足すな。ある日の朝礼で受けた注意は、尾北和樹に向けられたものだった。他の女性職員の前で言われて顔を真っ赤にする和樹に、気にしないように、と多田木はいうが、保護者からのクレームだ。信用問題に関わり、同性職員の多田木にも迷惑をかけてしまう、そう思い、その日から3階の隅にある職員トイレを使うようになった。
しかし、尾北は一日中トイレに行かなくても平気な多田木とは違い、3時間に一回行かないと限界を迎えてしまう体質。加えて激務だ。園児と一緒に済ませるから、今までなんとかやってこれたのだ。それからというものの、限界ギリギリで間に合う、なんて危ない状況が何度か見受けられた。
ある日の紅葉が色づく頃、事件は起こる。その日は何かとタイミングが掴めなくて、いつもよりさらに忙しかった。やっとトイレにいける、そう思ったところで、前を押さえた幼児に捕まってしまい…?
ダンス練習中トイレを言い出せなかったアイドル
こじらせた処女
BL
とある2人組アイドルグループの鮎(アユ)(16)には悩みがあった。それは、グループの中のリーダーである玖宮(クミヤ)(19)と2人きりになるとうまく話せないこと。
若干の尿意を抱えてレッスン室に入ってしまったアユは、開始20分で我慢が苦しくなってしまい…?
エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので
こじらせた処女
BL
大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。
とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…
部室強制監獄
裕光
BL
夜8時に毎日更新します!
高校2年生サッカー部所属の祐介。
先輩・後輩・同級生みんなから親しく人望がとても厚い。
ある日の夜。
剣道部の同級生 蓮と夜飯に行った所途中からプチッと記憶が途切れてしまう
気づいたら剣道部の部室に拘束されて身動きは取れなくなっていた
現れたのは蓮ともう1人。
1個上の剣道部蓮の先輩の大野だ。
そして大野は裕介に向かって言った。
大野「お前も肉便器に改造してやる」
大野は蓮に裕介のサッカーの練習着を渡すと中を開けて―…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる