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記憶

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「あっ!」という間もなく武井は車にはねられた。
後頭部を強く打ち、「うぅ」とうめき声を上げている。


広瀬はうずくまる武井に駆け寄り心配そうに声をかけている。
救急車を呼ぶためにスマートフォンを取り出している最中、武井は起き上がった。


矢継ぎ早に声をかける広瀬に対し、武井は怪訝そうな表情を浮かべていた。
武井は広瀬のことを忘れていた。
記憶喪失というやつだろうか。


広瀬は武井に向かって声をかける。


「武井!お前は今車にはねられたんだ。記憶を失っているらしい、大丈夫か?」


それに対して武井は妙に冷静だった。むしろ晴れ晴れとした嬉しそうな表情とも取れる。


武井は返事を返す。








「君のことはわからない。だけど記憶喪失じゃないんだ。それの反対だよ。僕は今の今まで記憶を失っていたんだ。今から数年前に僕は事故に遭い記憶を失った。そして今度は事故の衝撃で記憶を取り戻した。君のことは誰だか分からないが仲良くしてくれたんだろう。ありがとう。でももう大丈夫、君の友人武井はもう居ない。そもそも居なかったんだよ。今までお世話になりました。さようなら」


記憶が戻ってハイになっているのか早口で話し続ける武井を見ながら広瀬は何も言えない。


事故に遭っても無事だった。失くした記憶を戻していた。友人が喜んでいる。
それでも広瀬の心は曇っていた。


眼の前に居る笑顔の男はもう友人ではないのだ。
友人は、もう何処にも居ないのだ。


何処にも、居ない。
広瀬は何だか悲しくて、涙を流していた。
その横には笑顔の男。
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