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演劇部・失われた舞台衣装

6月2日

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 音楽室の一件以来、優里先輩とはぱったり連絡がつかなくなっていた。LAIMにいくらメッセージを送っても既読スルーされ、二年生の教室をすべて探しても彼女の姿を見つけることはできなかった。
 それなのに、今回の衣装盗難事件のあらましと写真を送った次の瞬間、手に持っていたスマホがブルブルと震えた。

「四持、君、今どこにいる?」
「え? 今学校を出るところですが?」
「桜木町駅前のスタバに三十分後。来れるかい?」
「……ええ、行けますけど。それより先輩、どうしてLAIMに返事を返してくれないんですか?」
「他人と馴れ合うつもりはないからね。じゃあ三十分後に」

 最低限の連絡事項だけを一方的に告げると、通話はあっさり切れた。

「うわ、相変わらずひどいな」

 先輩には、人としての何かが決定的に欠けていると思う。それでもなお、僕はこの人の知恵を借りたいと強く願った。音楽室の一件は、僕にとってそれほど鮮烈な体験だったのだ。
 あの人が今回の事件をどう解き、そこから何を見出すのか。僕はそれを知りたかった。

◆◆

「ふむ」

 僕から事件のあらましを聞き終えると、優里先輩は一つ小さく頷いてカフェラテをずずっとすする。口ひげのように泡が残ってかわいらしいが、それを言うとイヤな顔をされる未来が容易に予想できるので黙っている。
 彼女は小さな舌で泡を舐め取ると、ペーパーナプキンを口に当て、上目遣いにじっとこちらを見た。
 
「何でボクを睨むんだ?」

 まるで人目を避けるように目深にかぶったキャップの下で、彼女の瞳がキラリと光る。

「あ! すいません。睨んでいるつもりはなかったんです。先輩が何を言い出すのかなと真剣に見つめているうちに、つい」

 僕が本音を隠して言い訳すると、彼女は口の中で何かブツブツと文句を言い、わずかに顔を赤らめた。

「判ったよ。じゃあ、君の期待に応えてやる」

 持ち込みの保温タンブラーをコトリとテーブルに戻し、先輩は背筋を伸ばして大きく息を吸った。

「まず時系列を整理しよう。生徒会が演劇部の廃部と猶予措置をその……」
「古平先輩です」
「……古平に告げた。彼女は部長で現在唯一の演劇部員」
「はい」
「打ちひしがれた彼女が翌朝部室に向かうと、これと、一通目の手紙が部室の机にあった」

 彼女はパラパラとめくっていた文集をテーブルにぽいと放り出す。

「そうです」
「次に、古いセーラー服が部室に現れた」
「あ、すいません。時系列が逆です。衣装が行方不明になったのが先で、それから間を置かずに部室にセーラー服と三通目の手紙が現れたそうです」
「何だよ、説明は正確にしたまえ」

 彼女は途端に不機嫌顔になると唇を尖らせる。

「すいません。手紙の発見順序から説明したつもりだったんで……」
「まあ、いい。つまり古平は衣装棚が空になっていることに気づき、しかるべき場所に通報しようか迷ううちにセーラー服が届き、困惑した末に相談に訪れた、と」
「ええ、本来なら衣装が消えた時点ですぐに生徒会なり教師なりに通報すべきだと僕も思うんですが」
「ふむ。廃部に影響しかねないと悩むうちに三通目。そういうことか」
「はい」

 僕は先輩からカメラを取り返しながら肯定した。

「まあ確かに、衣装がなくては劇はできない。文化祭で公演以前に劇そのものの実現が不可能になって、それを口実に生徒会に廃部を早められることを恐れる、その気持ちはよくわかる」

 うんうんとしたり顔で頷いた先輩。

「え! 先輩に人の気持ちがわかるんですか?」

 ところが、僕はうっかり余計なことを口走り、先輩はさらに渋い顔になる。

「あのなあ、それ以上くだらない口を挟むならもう手伝わないぞ!」
「す、すいません!!」

 僕はあわてて謝罪するとテーブルに額がつくまで深々と頭を下げた。
 
「ところで、君は本当に目星がついていないのかい?」

 恐縮した僕の態度に多少気をよくしたのか、優里先輩はニヤリと笑うと僕の顔をのぞき込んだ。

「目星って……何をですか?」
「この事件の犯人だよ」
「え!? もう? 少し話をしただけですよ?」
「さすがに現時点で個人名までは特定できていないさ。でも、条件にあう人物はそういないはずだ。少し調べれば判るだろう」
「へえぇ……」

 僕はどう答えればいいのか判らなかった。昨晩は僕なりに色々考えて、結局仮説の一つすら立てられなかったのだ。それなのに彼女は、わずか十数分話を聞いただけですべて理解したと言うのだろうか。

「むしろ、気になっているのは犯人の行動のちぐはぐさだ。ボクの想像が正しければ、犯人は衣装を根こそぎ持ち出す必要まではないはずなんだ」
「え、でも、ロッカーは全部からっぽでしたよ」
「そこが理解できない。たくさんあるうちの数着程度なら、そもそも盗難自体気づかれなかった可能性がある。わざと見つかる危険をおかしているような気さえする」
「僕は先輩の発想が理解できませんけど……そろそろ説明してくださいよ」

 先輩は〝できの悪い奴だ〟とでも言いたげに顔をしかめて深いため息をつき、ソファに深く座り直した。

「四持、君は本件をどう考えた? 犯人は何を考えていると思う?」
「え?」

 思いがけない質問が来て一瞬言葉に詰まる。

「僕は、犯人は演劇部を助けようとしてる気がしたんです。脚本家を紹介し、現部長に主役をやるように焚きつけて……」
「うん。そうだ。そこまではボクも間違っていないと思う」
「でも、その先がさっぱり判らないんです。だったらどうして衣装を持ち去るんですか?」
「そう。そこに矛盾がある……さっきの写真、もう一度よく見せてくれないか」

 先輩は思いついたようにストラップを首にかけたままのカメラを無造作に引っ張る。当然僕の頭も引きずられ、彼女の顔に触れんばかりに近づくのも構わず、彼女は真剣な表情で矢印ボタンを連打して写真を送っていく。

「これだ! もう少し大きく表示できないか?」

 そういって彼女が示したのは、空っぽのロッカー全体を写した何の変哲もない写真だった。

「どこを拡大すれば?」
「ここだ」

 彼女はロッカーの底、隅に埃が吹き溜まっているあたりを指さす。

「最大倍率にしてくれ」
「ったって、たぶん砂埃しか写ってないですけど?」

 僕のコメントを無視し、画面を縦にしたり横にしたりして凝視していた彼女は、やがて諦めたようにカメラを手放した。

「だめだな。解像度がまったく足りない。ポンコツだな」
「ええ!? 一体何を確かめたいんですか?」

 僕のカメラの解像度は千二百九十万画素だ。確かに最新鋭の機種には及ばないけど、その分感度が高く、真夜中の星明かりでもくっきりと撮影できるのが密かな自慢だった。それをけなされたような気がして正直気分がよろしくない。

「……明日だ。明日朝一番で直接現場を確認したい。部長に許可を取ってくれ」
「え、明日ですか?」

 相変わらずマイペースの彼女に、僕は憮然として聞き返す。

「明日は土曜。授業は休みです」
「でも部活はやるだろう? のんびりしてると稽古の時間が取れなくなる。ことは一刻を争うんだ」

 そこまで言われては仕方ない。僕はLAIMを立ち上げ、古平先輩に明日朝一番の訪問を告げる。見ている間に既読がつき、またたく間に承諾の返事が返ってきた。

「OKだそうです。やっぱりメッセージアプリのやりとりはこうじゃなくちゃいけませんよね」

 何度メッセージを送っても既読スルーの誰かさんをからかうように画面を見せると、彼女はむっとして僕の手からスマホを奪い取り、連絡先にほんの数人分のアカウントしか並んでないのを確認して鼻で笑った。

「確かに、ずいぶんと使いこなしているようだね。私とはレベルが違う。はぁー、大したもんだ。いやあ、心から感服したよ」

 つまらぬことを言った。
 僕が口で優里先輩にかなうはずがなかったのだ。結局、僕は顔を伏せて黙り込むしかなかった。

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