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2巻
2-2
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夜になり、焚火をしつつ見張りをしようとしていたら、ニックとモブ、ポケ、ビビがやってきて、俺に夜の見張りをしなくてもいいと言ってくれた。美味いものをくれたお礼だそうだ。
その言葉に甘えて休むことにしたが、歳を取るとそんなに長い時間寝ることもできなくなる。二~三時間くらい寝たところで目が覚めてしまい、再び寝ることもできそうになかったので、起きて焚火の方へ行ってみた。この時間の見張りは女の子のビビだった。
「ビビさん、交代するよ。俺はもう充分寝たから、君も明日に備えて寝なよ」
「いえ、まだ私の番になったばかりなので大丈夫です」
ビビは俺の方をチラリと見たが、すぐそっぽを向いて交代を断った。真面目だなあと思って何気なく空を見上げると、満天の星が輝いていた。まるで自分が宇宙の真ん中にいるのではないかと錯覚するほどの光景だ。
今まで色々ありすぎて空を見上げる余裕なんてなかったから、凄く感動した。
感動していたら、ビビが話しかけてきた。
「あの、今日は本当にありがとうございました。美味しいものを食べさせてくれただけじゃなく、ホブゴブリンを倒してくれて。あれは私たちでも苦戦していたと思います。もしかしたら、ポケが死んでいたかもしれないです」
ボーイッシュなビビは黙っていれば男の子に思えてしまうような見た目だが、喋るとやっぱりちゃんとしている。
それだけに、依頼主に挨拶をしないあの態度はもったいない。だが、もしかすると、そういうことを教えてくれる人が周りにいなかっただけかもしれない。
俺はビビの隣に座り、思わず彼女の頭を撫でていた。
しかし、年頃の女の子に軽々しく触るなんて、決していいことではない。やっちまったとすぐに手を離して、おそるおそるビビの反応を見ると、恥ずかしそうに俯いている。
セクハラで訴えられるかもとか、勝手に頭を撫でるなんてと殴られるかもとか考えたが、ビビは何も言ってこない。ひとまず安心したが、一応、勝手に触ってしまったことは謝ろう。
「ご、ごめんね。嫌だったね。こんなおっさんに頭を撫でられるのは」
「全然嫌じゃないです。逆に嬉しいです。私たちは孤児で、頭を撫でてくれるような大人はいなかったので」
ビビは頭を横に振っていた。
そういえば、シオンが冒険者は孤児が多いって言っていたのを思い出す。やっぱり、色々なことを教えてくれる大人がいなかったんだな。ならばこの依頼の間にでも、人への接し方や、依頼主に挨拶くらいはした方がいいことを伝えてあげよう。
それからビビと色んな話をしていたら、モブが起きてきて、眉間に皺を寄せて睨んできた。
なるほどそうか、そういうことか。分かりやすいやつだ。
「モブくんもビビさんも、俺はもう寝ないから、寝てていいよ」
「私に『さん』はいらないですよ、ミーツさん」
ビビは俺に対して、いつの間にか親しげな口調になっていた。それを聞いたモブが俺を怒鳴りつけるためか大声を出そうとする気配がしたから、咄嗟にそばに寄ってその口を手で塞ぐ。そして、耳元で囁いた。
「みんな寝てるから、大きな声を出すのはやめような。文句があったら明日の休憩のときでも組み手に付き合うよ?」
そう言って彼の目を見つめると、今にも俺を殺しそうなくらいの強さで睨み返してきて、ボソリと「殺してやる。ビビに近付くな」とだけ言った。手にはナイフが握られている。
しかし、モブの手首を掴み少し力を込めると、ナイフは彼の手から落ちて地面に刺さる。モブは俺を睨んだまま舌打ちをした。
「チッ、分かった。明日だな、明日殺してやる」
モブは身体の力をゆるめ、今は戦う意志はないと、空いているもう片方の手を上げる。それを確認して、俺も手を放してモブから離れた。
モブは自身が持ってきていたマントを羽織り直してその場に座り、俺を睨んだままあとは微動だにしなかった。
そんなモブを気にしながらビビのところへ戻ると、彼女は驚いていた。
「ミーツさん、凄い! モブのところまで馬三頭分くらい離れてたのに、あっという間に移動しちゃうなんて。ミーツさん、本当にGランクですか? レベルはいくつ? 冒険者になる前は何してたんですか?」
ビビから質問攻めにされるが、答えにくいことばかり聞かれてしまって、返事に困る。
とりあえずレベルを確認すると、レベル15になっていた。なんとなく、他のステータスの表記はまだ見たくないので、目標レベルをシオンと同じ50にして、そこに到達したら見ようと決めた。
「ビビもお休み。明日はモブと組み手をするから、ビビもよかったら参加しなよ。だから明日のためにも、休めるときに休みなさい」
今度は素直に言うことを聞いて、まだこちらを睨んでいるモブのところまで小走りで行き、彼が羽織っているマントを受け取ってゴロンと横になる。寝付きがいいのか、そのまますぐに寝息を立てはじめた。モブはそれでも俺を睨みつけていたが、俺がビビやモブから視線を外すと、弟のポケと一緒の布にくるまって、やっと眠りについた。
夜間の見張りといってもすることはなく、あたりに魔物や盗賊が現れないか警戒するくらいで正直暇だ。暇すぎて、見張りを買って出ておいて、寝てしまいそうになる。
仕方なく、想像魔法の可能性でも検証しようと前にギルドの訓練場でやった指先から火が出る想像魔法を試していたら、気付けば十匹ほどの狼が近くに来ており、唸り声を上げていた。
突然でびっくりしたが、すぐに気持ちを切り替えて短槍を素早く持ち、狼を突き刺していく。結局、ものの数秒で終わってしまった。今回は身体能力のみで倒すことができた。
狼の毛皮を剥いで肉と毛皮に分けようと、ナイフを取り出して狼に突き刺す。すると、先程まで生きていたことを知らせる、嫌な温かさを手に感じる。
でも毛皮は依頼主の商人に渡せば喜ぶだろうし、いい暇潰しができたと思うことにした。
まだ血も流れるし、川でやった方がいいんだが、ここから川までは少し距離がある。だから想像魔法を使って水を出しつつ、洗っては削ぐといったことを繰り返していく。
こうして、狼の解体に時間をかけるうちに、夜が更けていった。
第三話
夜が明けて、一番に起きてきたのはニックだった。
「やあ、おはようニック。……黙り込んでどうしたんだ?」
「それは、こっちのセリフだぞ。これどうしたんだ?」
ニックが寝起きの眠そうな目で見たものは、積み上げられた狼十匹分の毛皮だ。
肉も別に分けていて、骨だけ魔法で地面に穴を掘って埋めた。動物の毛皮を剥いだのは初めてだったので、最初の一匹は失敗したが、残りの九匹はなんとか見られるくらいには剥ぐことができた。まあまあの出来で自己満足に浸っていたところに、ニックが起きてきたのだ。
「みんなが寝静まった後に襲ってきたから、全部倒して暇潰しに毛皮を剥いでみた」
「暇潰しでこの数かよ……」
俺の言葉に、ニックは呆れた顔をする。しかしすぐに諦めたのか、俺の横にどかっと座った。
「なんで、おっさんが見張りしてたんだ? 最後はビビかモブのはずだぞ」
「ビビの当番のときにたまたま目が覚めて、もう寝られそうになかったから代わったんだよ」
「ビビはよく交代したな? あの子は真面目だから、絶対自分がやるって言いそうだけど」
「最初は代わらなかったよ。でも雑談してるうちにビビと仲良くなってね。明日のためにも休んだ方がいいって言ったら、大人しく交代してくれた」
「夜に何があったんだよ! まさか、ビビとヤッたのか?」
「なんでそうも下衆いことを考えられるかね。普通に会話して仲良くなったと思えないのか?」
「だってあのビビがなあ」
今更だが、ビビってどういう子なんだろうか。真面目な子なのは見ていて分かったが、それ以外ではどうなんだろう。戦闘についても、モブ同様ビビの動きも見ていないが、それは今日の組み手のときに分かるか。
「あ、そうだ。今日の休憩はモブと組み手をするから、悪いけどニックとはできないよ」
「え、なんでだよ! なんでそういう話に――」
「ミーツさん、おはよう」
ニックの文句を遮るように、依頼主の商人が声をかけてきた。
「おはようございます!」
立ち上がって俺も挨拶を返すが、ニックは座ったままこちらを向きもしない。
「こら、朝の挨拶くらいしろよ、ニック!」
「普通しないって」
ニックは俺の注意に、不貞腐れたようにブスッとしている。
彼みたいな、ランクが上の冒険者のこういう言動をするのを見て、モブたちも学ぶんだろう。だから挨拶をしない態度がよくない冒険者が増えるんだ。
そこにビビも起きてきて、なんと俺たちに挨拶をした。
「おはようございます。ミーツさん、商人さん、ニックさん」
「な! どうしたんだよ、ビビ。お前、挨拶なんてしたことないじゃないか」
「ニック、これが人の本来あるべき姿だよ。先輩冒険者が率先して見せてあげるべき姿なんだよ」
「おっさんの入れ知恵か!」
「確かに俺の助言だが、こうすることで依頼主との関係が良好になるなら、その方がよくないか?」
「まあそうだけどよ……。でも、俺が今まで見てきた冒険者は挨拶なんてしてなかったし、しなくてもいいみたいなことも言っていたんだが」
やっぱり、他の冒険者もしていないか。それでも、ニックやビビがこの先していくことによって、他の冒険者も真似するようになればいいなと思う。
その後、ニックたちと話していたら、モブとポケも起きてきた。もちろん二人とも挨拶はしなかった。でもポケは、モブとビビが挨拶するようになったら自然と真似しそうだ。
とりあえず今日は、モブに組み手と称して色々と躾をしてみよう。モブの方は、俺を殺す勢いでくるだろうけど。
俺がこういうことを考えているのをシオンに知られたら、「ミーツのくせに偉そうに!」と言われそうだな。想像するだけで笑えてしまう。
「みなさん起きたようなので、準備ができ次第出発しましょうか」
依頼主である商人の言葉を合図に、モブとニックは寝るときに使った布や道具を急いで片付けていく。俺はというと、依頼主を呼び止めて昨夜の話をした。
「昨夜、狼を倒して毛皮を剥いだんですが、どうされますか? ついでに肉もありますが」
「それでしたら買い取りますよ。でもいいんですか? ご自身でギルドに売らなくても」
「いいですよ。あまり荷物になるものを持ち歩きたくないですからね」
先程ニックに見つかった後、モブたちには見られないように風呂敷に包んでおいた毛皮と肉を、商人の前に出してみせた。
「え、こんなにですか? 一人で倒したんですか?」
「そうですけど、弱かったから簡単でしたよ。毛皮を剥ぐ方が大変だったくらいです」
「よくお一人で倒しましたね。おっ、これは、このあたりでよく出る狼の魔物とは違いますね。少し高めに買い取らせてもらいますよ」
「お、マジですか? 一昨日ちょっとした出費があったので、嬉しいです」
立て替えた、あの高校生たちの十日分の宿代が金貨一枚銀貨四枚だったのに加えて、俺の留守の間に払っている宿代もあって結構な出費をしていたから、正直かなり助かる。一体どのくらいで買い取ってくれるのだろうと、ドキドキした。
「では、金貨一枚と銀貨一枚でいいですか? 内訳は毛皮で金貨一枚、肉で銀貨一枚です。肉は筋ばっかりで硬くて美味しくないので、目的地の村で干し肉用に売るつもりです」
「もちろん構いません。ありがとうございます」
あんな狼の毛皮と肉で金貨と銀貨一枚ずつにもなるなんて、びっくりだ。無事、商人に狼を売って金を受け取ったところで、ニックたちの準備が整ったらしく、移動を開始することになった。
また小走りで馬車についていくが、昨日より今日の方が疲れがないことに気が付いた。
昨夜の狼との戦いでまたレベルが上がって、とんでもないステータスになっているんだろうかと思ったが、ひとまずこの依頼の間は考えるのをやめた。
街道に戻り、しばらく走っていると、馬車が急に停まった。
俺は馬車の横を走っていたが、その理由は分からなかった。
すると、反対側を走っていたニックがこちらに来て、小声で盗賊だと教えてくれた。まだ姿は見えないが前方にいるらしい。今現在、別の馬車の略奪が行われているようなのだ。
「ニック、なんで気が付いたんだ? そういったスキルを持ってるのか?」
「そうだな。スキルもだが、あとは経験だな」
「しばらくここにいて、やり過ごせるか様子を見ましょうか」
商人はニックと俺に、そう提案した。でも俺は商人に尋ねる。
「商人さん、護衛のためにみんなをここに残しますので、私だけ様子を見てきてもよろしいでしょうか? 相手が倒せるくらいの実力なら倒してきますし、無理そうなら遠回りして逃げるんで、ダメでしょうか?」
「いいですよ。このままここにいても、どのくらいかかるか分からないですから」
ダメ元で聞いてみたが、案外簡単に許可が下りた。
「ニック、冒険者が盗賊を殺した場合ってどうなるんだ? 何か処分的なことってあるのかな」
「ないな。盗賊は捕らえられれば処刑か、罪の軽いやつでも鉱山送りや辛い仕事に回されることになるから、いっそここで殺してやるのが一番だぜ」
「分かった。なら俺が様子を見てくるから、ニックはここの護衛を頼むな」
ニックに商人の護衛を頼み、盗賊たちのもとへ全力疾走した。三秒ほどで馬車らしきものが見えてくる。意外と近くだったんだなと思いながら木に隠れて覗いてみると、本当に略奪が行われていた。
馬車の横の地面に、六人の人間が転がっている。成人男性四人と、性別不明だが老人二人のようで、既に殺されているのか微動だにしない。馬も殺されていて、荷台から荷物を持ち出している盗賊たちが何人いるかは数えきれなかった。
他に生存者はいないかと見渡す。すると、女性を四人見つけたが、彼女たちは今まさに複数人の盗賊に犯されようとしていた。
これは助けに行くべきだろうと思ったとき、俺は盗賊たちに見つかり、囲まれてしまった。
「テメエはなんだ、旅人か? 有り金全部よこしたら、命だけは助けてやってもいいぜ。げへへ」
「お前、前にもそう言って金取った後、殺したじゃねえか、がははは」
「バラすなよ。殺す楽しみがなくなるだろうが! げへへ」
盗賊たちは俺を見て、にやにや笑う。
最悪だ。なんでこんなひどいことが平気でできるんだ? 俺は呆然としてしまう。
これから犯されようとしている子と目が合い「助けて!」と大きな声で言われた。しかしその子は目の前にいる盗賊に頬を叩かれ、あげく首を絞められて殺されてしまった。
それを見て俺は頭に血が上り、キレた。これまでの人生でキレたことはそう何度もないと思うが、中でも記憶がなくなるほどにキレたのは初めてだ。
気が付いたら、盗賊たちは皆殺しにされていた。どうやら俺がやったようだ。
頭を槍や剣で貫かれた者、胴体を裂かれた者に、下半身丸出しで胴体と脚が分かれている者もいる。盗賊たちの身体はバラバラになっていて、どうにか数えると全部で十五人もいた。
我に返って自分の身体を見れば、手は真っ赤に染まり、頭から血を被ったかのように全身真っ赤に染まっていた。そんな俺を見て、襲われていた女性が怯えた表情で震えている。よほど俺のことが怖かったのだろう。
とりあえず身綺麗にしたくて、自分自身に清潔になるような想像魔法をかける。
そして俺は女性に近付き、彼女たちにも想像魔法で綺麗にした。みんな服や髪が泥だらけな上に、返り血なのか血も被っていたからだ。
「ありがとうございます」
助けたことと身綺麗にしてあげたことにより、三十代前半くらいの年長者らしき女性がお礼を言った。話を聞くと、襲われたのは次の村に向かう途中の乗り合い馬車で、殺されてしまった男のうちの二人は護衛だったらしい。
女性と話をしていたら、ニックと商人たちがやってきて、この惨状を見回した。
「おっさん、これ、あんたがやったのか?」
「あ、ああ。人生で初めてブチ切れて、やってしまったらしい」
「らしい? 記憶がないのか?」
「ああ、ほとんどない。男も老人も既に殺されていて、しかも若い女性が目の前で殺されてしまったのを見て、頭に血が上った。それからの記憶が曖昧だ。俺にとって縁もゆかりもない人たちだが、眼前で人が殺されるのを見るのは初めてのことだったからね」
ドラマや映画ではそんな場面も数多く見てきたが、現実に目の前で人が殺されていく様は生々しく、今思い出しても震えてしまうほどだった。助けるためとはいえ、自分も同じことをしてしまったわけだが。
「とりあえず、遺体は埋めましょう。血の臭いで魔物たちが寄ってきますので」
一人で思い出しながら身震いしていると、商人が提案してきた。
「私にやらせてください、この惨状は私の責任ですから。そうだ、殺されてしまった男性や老人のお連れの方がいたら、別れを言ってあげてください。彼らも埋めますので」
俺は盗賊たちの遺体を掴んで、草木の生えていない土の上に放り投げた。そうして盗賊たちの遺体を積み重ね、想像魔法で火をつける。しかし数が多いからかあまり燃えない。今度は強めに炎を出せば、盗賊たちの死体は巨大な火柱に包まれてしまった。
俺がやっていることだが、証拠を隠滅するかのように燃やしていく。人間の焼ける嫌な臭いがしたが、自分のしたことだから仕方なく見守った。
そろそろ燃え尽きそうなところで、女性たちが駆け寄ってきて、盗賊に殺されてしまった人たちとの別れが済んだと伝えてくれた。彼らを埋める作業は、ニックとモブ、ポケ、ビビも手伝ってくれた。魔法で穴を掘ることもできるが、これは人間の手でやった方がいいと判断したからだ。
こうして予定外すぎる事態は終わり、生き残った女性たちも一緒に村へ向かうことになった。
しかし商人の馬車は荷物でいっぱいで、人が乗るスペースはない。無理すれば一人、二人は乗せられるかもしれないが、女性は三人いるため、みんなで歩くことにする。
村に着く頃にはもう日も暮れかけてたものの、なんとか今日中にたどり着くことができた。そこでようやく安心したのか、女性たちは泣いてしまった。
第四話
村に着いたといっても、正確にはまだ村の中に入っていない。なぜなら、村の門が閉まっている。
村の周りは、丸太を積み上げて造られた壁に馬車がギリギリ一台通れる程度の木製の門があるが、門番らしき人は外にいない。
ニックが門を叩き、盗賊から救った女性たちと商人が来たと大きな声を上げると、近くにいたらしき門番が姿を現して、やっと村の中に入ることができた。
女性たちはこの村の出身で、王都まで出稼ぎに出ていて、帰ってくる途中で運悪く盗賊と遭遇してしまったという。泣いて喜びながら、家族が待っている家々に帰っていった。
商人は護衛の依頼達成として、俺やニックたちが渡した木札にスラスラとサインをした。
「ミーツさんは初めての護衛依頼でしたね。説明しておきますと、通常、護衛依頼はギルドから渡されている木札に依頼主がサインして、依頼達成となります。報酬はギルドで受け取ってください。ところで、ミーツさんにすぐに帰らなくてはいけない用事がなければ、数日後の帰りの護衛もお願いしたいのですが。いかがでしょうか?」
「あ、私は構いませんよ。ニックとビビたちはどうする?」
「俺も構わねえよ。このままただ帰るより、報酬がもらえた方がいいからな」
「私たちもニックさんと同じです」
どうやらみんな問題ないようだ。改めて、俺が代表して依頼主に返事をする。
「商人さん、そういうことなので、帰りの護衛依頼も受けます」
「はい、ありがとうございます。ではその分は、帰ったときに追加でサインをいたします」
商人との話も終わり、夜も更けてきたので、俺たちも村の宿に泊まることにした。
「モブ、組み手は明日付き合うから、今日はこのまま宿に泊まろう」
「フンッ、ああ、そうだな。明日がおっさん、あんたの終わりの日だ」
モブは弟のポケとビビを引き連れて、この町に来るたびに泊まっているという宿へ向かう。ビビはモブについていく前に、俺の方に来て頭を下げた。
「ミーツさん、ごめんなさい。明日はモブと一緒によろしくお願いします」
「ああ、大丈夫だよ。こちらこそよろしく」
「これは内緒だけど、今日ミーツさんが盗賊を全滅させたとき、モブはミーツさんを恐れてしまったみたい。だからといって、明日は手を抜かないでくださいね」
ビビはそれだけ言うと、小走りでモブを追いかけていった。その間モブは少し離れたところでビビを待っていたが、今にも斬りかかってきそうな勢いでこちらを睨んでいた。
「やっぱりビビはいい子だな」
「あいつがあんなことを言うなんてな。おっさんの影響か? でもおっさん、ビビに惚れるなよ? ビビに手を出したらモブに恨まれるぜ」
ニックがにやにやと俺を見てくる。何を言ってるんだ、こいつは。
「ニックは、俺が自分の半分も生きてない年齢の子を好きになると思うのか? さすがにあんな子供を好きになるわけないだろ。それに、既にモブには恨まれてるよ。明日の組み手は俺を殺すつもりで来るだろうしね」
「おっさん、やっぱりビビに手を出したんじゃ……ってイッテエな!」
ニックがまたもゲスいことを口走ったので、頭を軽く叩いてやる。あまり強い力では叩いていないはずだが、ニックは頭をさすりながら涙目になっていた。
その言葉に甘えて休むことにしたが、歳を取るとそんなに長い時間寝ることもできなくなる。二~三時間くらい寝たところで目が覚めてしまい、再び寝ることもできそうになかったので、起きて焚火の方へ行ってみた。この時間の見張りは女の子のビビだった。
「ビビさん、交代するよ。俺はもう充分寝たから、君も明日に備えて寝なよ」
「いえ、まだ私の番になったばかりなので大丈夫です」
ビビは俺の方をチラリと見たが、すぐそっぽを向いて交代を断った。真面目だなあと思って何気なく空を見上げると、満天の星が輝いていた。まるで自分が宇宙の真ん中にいるのではないかと錯覚するほどの光景だ。
今まで色々ありすぎて空を見上げる余裕なんてなかったから、凄く感動した。
感動していたら、ビビが話しかけてきた。
「あの、今日は本当にありがとうございました。美味しいものを食べさせてくれただけじゃなく、ホブゴブリンを倒してくれて。あれは私たちでも苦戦していたと思います。もしかしたら、ポケが死んでいたかもしれないです」
ボーイッシュなビビは黙っていれば男の子に思えてしまうような見た目だが、喋るとやっぱりちゃんとしている。
それだけに、依頼主に挨拶をしないあの態度はもったいない。だが、もしかすると、そういうことを教えてくれる人が周りにいなかっただけかもしれない。
俺はビビの隣に座り、思わず彼女の頭を撫でていた。
しかし、年頃の女の子に軽々しく触るなんて、決していいことではない。やっちまったとすぐに手を離して、おそるおそるビビの反応を見ると、恥ずかしそうに俯いている。
セクハラで訴えられるかもとか、勝手に頭を撫でるなんてと殴られるかもとか考えたが、ビビは何も言ってこない。ひとまず安心したが、一応、勝手に触ってしまったことは謝ろう。
「ご、ごめんね。嫌だったね。こんなおっさんに頭を撫でられるのは」
「全然嫌じゃないです。逆に嬉しいです。私たちは孤児で、頭を撫でてくれるような大人はいなかったので」
ビビは頭を横に振っていた。
そういえば、シオンが冒険者は孤児が多いって言っていたのを思い出す。やっぱり、色々なことを教えてくれる大人がいなかったんだな。ならばこの依頼の間にでも、人への接し方や、依頼主に挨拶くらいはした方がいいことを伝えてあげよう。
それからビビと色んな話をしていたら、モブが起きてきて、眉間に皺を寄せて睨んできた。
なるほどそうか、そういうことか。分かりやすいやつだ。
「モブくんもビビさんも、俺はもう寝ないから、寝てていいよ」
「私に『さん』はいらないですよ、ミーツさん」
ビビは俺に対して、いつの間にか親しげな口調になっていた。それを聞いたモブが俺を怒鳴りつけるためか大声を出そうとする気配がしたから、咄嗟にそばに寄ってその口を手で塞ぐ。そして、耳元で囁いた。
「みんな寝てるから、大きな声を出すのはやめような。文句があったら明日の休憩のときでも組み手に付き合うよ?」
そう言って彼の目を見つめると、今にも俺を殺しそうなくらいの強さで睨み返してきて、ボソリと「殺してやる。ビビに近付くな」とだけ言った。手にはナイフが握られている。
しかし、モブの手首を掴み少し力を込めると、ナイフは彼の手から落ちて地面に刺さる。モブは俺を睨んだまま舌打ちをした。
「チッ、分かった。明日だな、明日殺してやる」
モブは身体の力をゆるめ、今は戦う意志はないと、空いているもう片方の手を上げる。それを確認して、俺も手を放してモブから離れた。
モブは自身が持ってきていたマントを羽織り直してその場に座り、俺を睨んだままあとは微動だにしなかった。
そんなモブを気にしながらビビのところへ戻ると、彼女は驚いていた。
「ミーツさん、凄い! モブのところまで馬三頭分くらい離れてたのに、あっという間に移動しちゃうなんて。ミーツさん、本当にGランクですか? レベルはいくつ? 冒険者になる前は何してたんですか?」
ビビから質問攻めにされるが、答えにくいことばかり聞かれてしまって、返事に困る。
とりあえずレベルを確認すると、レベル15になっていた。なんとなく、他のステータスの表記はまだ見たくないので、目標レベルをシオンと同じ50にして、そこに到達したら見ようと決めた。
「ビビもお休み。明日はモブと組み手をするから、ビビもよかったら参加しなよ。だから明日のためにも、休めるときに休みなさい」
今度は素直に言うことを聞いて、まだこちらを睨んでいるモブのところまで小走りで行き、彼が羽織っているマントを受け取ってゴロンと横になる。寝付きがいいのか、そのまますぐに寝息を立てはじめた。モブはそれでも俺を睨みつけていたが、俺がビビやモブから視線を外すと、弟のポケと一緒の布にくるまって、やっと眠りについた。
夜間の見張りといってもすることはなく、あたりに魔物や盗賊が現れないか警戒するくらいで正直暇だ。暇すぎて、見張りを買って出ておいて、寝てしまいそうになる。
仕方なく、想像魔法の可能性でも検証しようと前にギルドの訓練場でやった指先から火が出る想像魔法を試していたら、気付けば十匹ほどの狼が近くに来ており、唸り声を上げていた。
突然でびっくりしたが、すぐに気持ちを切り替えて短槍を素早く持ち、狼を突き刺していく。結局、ものの数秒で終わってしまった。今回は身体能力のみで倒すことができた。
狼の毛皮を剥いで肉と毛皮に分けようと、ナイフを取り出して狼に突き刺す。すると、先程まで生きていたことを知らせる、嫌な温かさを手に感じる。
でも毛皮は依頼主の商人に渡せば喜ぶだろうし、いい暇潰しができたと思うことにした。
まだ血も流れるし、川でやった方がいいんだが、ここから川までは少し距離がある。だから想像魔法を使って水を出しつつ、洗っては削ぐといったことを繰り返していく。
こうして、狼の解体に時間をかけるうちに、夜が更けていった。
第三話
夜が明けて、一番に起きてきたのはニックだった。
「やあ、おはようニック。……黙り込んでどうしたんだ?」
「それは、こっちのセリフだぞ。これどうしたんだ?」
ニックが寝起きの眠そうな目で見たものは、積み上げられた狼十匹分の毛皮だ。
肉も別に分けていて、骨だけ魔法で地面に穴を掘って埋めた。動物の毛皮を剥いだのは初めてだったので、最初の一匹は失敗したが、残りの九匹はなんとか見られるくらいには剥ぐことができた。まあまあの出来で自己満足に浸っていたところに、ニックが起きてきたのだ。
「みんなが寝静まった後に襲ってきたから、全部倒して暇潰しに毛皮を剥いでみた」
「暇潰しでこの数かよ……」
俺の言葉に、ニックは呆れた顔をする。しかしすぐに諦めたのか、俺の横にどかっと座った。
「なんで、おっさんが見張りしてたんだ? 最後はビビかモブのはずだぞ」
「ビビの当番のときにたまたま目が覚めて、もう寝られそうになかったから代わったんだよ」
「ビビはよく交代したな? あの子は真面目だから、絶対自分がやるって言いそうだけど」
「最初は代わらなかったよ。でも雑談してるうちにビビと仲良くなってね。明日のためにも休んだ方がいいって言ったら、大人しく交代してくれた」
「夜に何があったんだよ! まさか、ビビとヤッたのか?」
「なんでそうも下衆いことを考えられるかね。普通に会話して仲良くなったと思えないのか?」
「だってあのビビがなあ」
今更だが、ビビってどういう子なんだろうか。真面目な子なのは見ていて分かったが、それ以外ではどうなんだろう。戦闘についても、モブ同様ビビの動きも見ていないが、それは今日の組み手のときに分かるか。
「あ、そうだ。今日の休憩はモブと組み手をするから、悪いけどニックとはできないよ」
「え、なんでだよ! なんでそういう話に――」
「ミーツさん、おはよう」
ニックの文句を遮るように、依頼主の商人が声をかけてきた。
「おはようございます!」
立ち上がって俺も挨拶を返すが、ニックは座ったままこちらを向きもしない。
「こら、朝の挨拶くらいしろよ、ニック!」
「普通しないって」
ニックは俺の注意に、不貞腐れたようにブスッとしている。
彼みたいな、ランクが上の冒険者のこういう言動をするのを見て、モブたちも学ぶんだろう。だから挨拶をしない態度がよくない冒険者が増えるんだ。
そこにビビも起きてきて、なんと俺たちに挨拶をした。
「おはようございます。ミーツさん、商人さん、ニックさん」
「な! どうしたんだよ、ビビ。お前、挨拶なんてしたことないじゃないか」
「ニック、これが人の本来あるべき姿だよ。先輩冒険者が率先して見せてあげるべき姿なんだよ」
「おっさんの入れ知恵か!」
「確かに俺の助言だが、こうすることで依頼主との関係が良好になるなら、その方がよくないか?」
「まあそうだけどよ……。でも、俺が今まで見てきた冒険者は挨拶なんてしてなかったし、しなくてもいいみたいなことも言っていたんだが」
やっぱり、他の冒険者もしていないか。それでも、ニックやビビがこの先していくことによって、他の冒険者も真似するようになればいいなと思う。
その後、ニックたちと話していたら、モブとポケも起きてきた。もちろん二人とも挨拶はしなかった。でもポケは、モブとビビが挨拶するようになったら自然と真似しそうだ。
とりあえず今日は、モブに組み手と称して色々と躾をしてみよう。モブの方は、俺を殺す勢いでくるだろうけど。
俺がこういうことを考えているのをシオンに知られたら、「ミーツのくせに偉そうに!」と言われそうだな。想像するだけで笑えてしまう。
「みなさん起きたようなので、準備ができ次第出発しましょうか」
依頼主である商人の言葉を合図に、モブとニックは寝るときに使った布や道具を急いで片付けていく。俺はというと、依頼主を呼び止めて昨夜の話をした。
「昨夜、狼を倒して毛皮を剥いだんですが、どうされますか? ついでに肉もありますが」
「それでしたら買い取りますよ。でもいいんですか? ご自身でギルドに売らなくても」
「いいですよ。あまり荷物になるものを持ち歩きたくないですからね」
先程ニックに見つかった後、モブたちには見られないように風呂敷に包んでおいた毛皮と肉を、商人の前に出してみせた。
「え、こんなにですか? 一人で倒したんですか?」
「そうですけど、弱かったから簡単でしたよ。毛皮を剥ぐ方が大変だったくらいです」
「よくお一人で倒しましたね。おっ、これは、このあたりでよく出る狼の魔物とは違いますね。少し高めに買い取らせてもらいますよ」
「お、マジですか? 一昨日ちょっとした出費があったので、嬉しいです」
立て替えた、あの高校生たちの十日分の宿代が金貨一枚銀貨四枚だったのに加えて、俺の留守の間に払っている宿代もあって結構な出費をしていたから、正直かなり助かる。一体どのくらいで買い取ってくれるのだろうと、ドキドキした。
「では、金貨一枚と銀貨一枚でいいですか? 内訳は毛皮で金貨一枚、肉で銀貨一枚です。肉は筋ばっかりで硬くて美味しくないので、目的地の村で干し肉用に売るつもりです」
「もちろん構いません。ありがとうございます」
あんな狼の毛皮と肉で金貨と銀貨一枚ずつにもなるなんて、びっくりだ。無事、商人に狼を売って金を受け取ったところで、ニックたちの準備が整ったらしく、移動を開始することになった。
また小走りで馬車についていくが、昨日より今日の方が疲れがないことに気が付いた。
昨夜の狼との戦いでまたレベルが上がって、とんでもないステータスになっているんだろうかと思ったが、ひとまずこの依頼の間は考えるのをやめた。
街道に戻り、しばらく走っていると、馬車が急に停まった。
俺は馬車の横を走っていたが、その理由は分からなかった。
すると、反対側を走っていたニックがこちらに来て、小声で盗賊だと教えてくれた。まだ姿は見えないが前方にいるらしい。今現在、別の馬車の略奪が行われているようなのだ。
「ニック、なんで気が付いたんだ? そういったスキルを持ってるのか?」
「そうだな。スキルもだが、あとは経験だな」
「しばらくここにいて、やり過ごせるか様子を見ましょうか」
商人はニックと俺に、そう提案した。でも俺は商人に尋ねる。
「商人さん、護衛のためにみんなをここに残しますので、私だけ様子を見てきてもよろしいでしょうか? 相手が倒せるくらいの実力なら倒してきますし、無理そうなら遠回りして逃げるんで、ダメでしょうか?」
「いいですよ。このままここにいても、どのくらいかかるか分からないですから」
ダメ元で聞いてみたが、案外簡単に許可が下りた。
「ニック、冒険者が盗賊を殺した場合ってどうなるんだ? 何か処分的なことってあるのかな」
「ないな。盗賊は捕らえられれば処刑か、罪の軽いやつでも鉱山送りや辛い仕事に回されることになるから、いっそここで殺してやるのが一番だぜ」
「分かった。なら俺が様子を見てくるから、ニックはここの護衛を頼むな」
ニックに商人の護衛を頼み、盗賊たちのもとへ全力疾走した。三秒ほどで馬車らしきものが見えてくる。意外と近くだったんだなと思いながら木に隠れて覗いてみると、本当に略奪が行われていた。
馬車の横の地面に、六人の人間が転がっている。成人男性四人と、性別不明だが老人二人のようで、既に殺されているのか微動だにしない。馬も殺されていて、荷台から荷物を持ち出している盗賊たちが何人いるかは数えきれなかった。
他に生存者はいないかと見渡す。すると、女性を四人見つけたが、彼女たちは今まさに複数人の盗賊に犯されようとしていた。
これは助けに行くべきだろうと思ったとき、俺は盗賊たちに見つかり、囲まれてしまった。
「テメエはなんだ、旅人か? 有り金全部よこしたら、命だけは助けてやってもいいぜ。げへへ」
「お前、前にもそう言って金取った後、殺したじゃねえか、がははは」
「バラすなよ。殺す楽しみがなくなるだろうが! げへへ」
盗賊たちは俺を見て、にやにや笑う。
最悪だ。なんでこんなひどいことが平気でできるんだ? 俺は呆然としてしまう。
これから犯されようとしている子と目が合い「助けて!」と大きな声で言われた。しかしその子は目の前にいる盗賊に頬を叩かれ、あげく首を絞められて殺されてしまった。
それを見て俺は頭に血が上り、キレた。これまでの人生でキレたことはそう何度もないと思うが、中でも記憶がなくなるほどにキレたのは初めてだ。
気が付いたら、盗賊たちは皆殺しにされていた。どうやら俺がやったようだ。
頭を槍や剣で貫かれた者、胴体を裂かれた者に、下半身丸出しで胴体と脚が分かれている者もいる。盗賊たちの身体はバラバラになっていて、どうにか数えると全部で十五人もいた。
我に返って自分の身体を見れば、手は真っ赤に染まり、頭から血を被ったかのように全身真っ赤に染まっていた。そんな俺を見て、襲われていた女性が怯えた表情で震えている。よほど俺のことが怖かったのだろう。
とりあえず身綺麗にしたくて、自分自身に清潔になるような想像魔法をかける。
そして俺は女性に近付き、彼女たちにも想像魔法で綺麗にした。みんな服や髪が泥だらけな上に、返り血なのか血も被っていたからだ。
「ありがとうございます」
助けたことと身綺麗にしてあげたことにより、三十代前半くらいの年長者らしき女性がお礼を言った。話を聞くと、襲われたのは次の村に向かう途中の乗り合い馬車で、殺されてしまった男のうちの二人は護衛だったらしい。
女性と話をしていたら、ニックと商人たちがやってきて、この惨状を見回した。
「おっさん、これ、あんたがやったのか?」
「あ、ああ。人生で初めてブチ切れて、やってしまったらしい」
「らしい? 記憶がないのか?」
「ああ、ほとんどない。男も老人も既に殺されていて、しかも若い女性が目の前で殺されてしまったのを見て、頭に血が上った。それからの記憶が曖昧だ。俺にとって縁もゆかりもない人たちだが、眼前で人が殺されるのを見るのは初めてのことだったからね」
ドラマや映画ではそんな場面も数多く見てきたが、現実に目の前で人が殺されていく様は生々しく、今思い出しても震えてしまうほどだった。助けるためとはいえ、自分も同じことをしてしまったわけだが。
「とりあえず、遺体は埋めましょう。血の臭いで魔物たちが寄ってきますので」
一人で思い出しながら身震いしていると、商人が提案してきた。
「私にやらせてください、この惨状は私の責任ですから。そうだ、殺されてしまった男性や老人のお連れの方がいたら、別れを言ってあげてください。彼らも埋めますので」
俺は盗賊たちの遺体を掴んで、草木の生えていない土の上に放り投げた。そうして盗賊たちの遺体を積み重ね、想像魔法で火をつける。しかし数が多いからかあまり燃えない。今度は強めに炎を出せば、盗賊たちの死体は巨大な火柱に包まれてしまった。
俺がやっていることだが、証拠を隠滅するかのように燃やしていく。人間の焼ける嫌な臭いがしたが、自分のしたことだから仕方なく見守った。
そろそろ燃え尽きそうなところで、女性たちが駆け寄ってきて、盗賊に殺されてしまった人たちとの別れが済んだと伝えてくれた。彼らを埋める作業は、ニックとモブ、ポケ、ビビも手伝ってくれた。魔法で穴を掘ることもできるが、これは人間の手でやった方がいいと判断したからだ。
こうして予定外すぎる事態は終わり、生き残った女性たちも一緒に村へ向かうことになった。
しかし商人の馬車は荷物でいっぱいで、人が乗るスペースはない。無理すれば一人、二人は乗せられるかもしれないが、女性は三人いるため、みんなで歩くことにする。
村に着く頃にはもう日も暮れかけてたものの、なんとか今日中にたどり着くことができた。そこでようやく安心したのか、女性たちは泣いてしまった。
第四話
村に着いたといっても、正確にはまだ村の中に入っていない。なぜなら、村の門が閉まっている。
村の周りは、丸太を積み上げて造られた壁に馬車がギリギリ一台通れる程度の木製の門があるが、門番らしき人は外にいない。
ニックが門を叩き、盗賊から救った女性たちと商人が来たと大きな声を上げると、近くにいたらしき門番が姿を現して、やっと村の中に入ることができた。
女性たちはこの村の出身で、王都まで出稼ぎに出ていて、帰ってくる途中で運悪く盗賊と遭遇してしまったという。泣いて喜びながら、家族が待っている家々に帰っていった。
商人は護衛の依頼達成として、俺やニックたちが渡した木札にスラスラとサインをした。
「ミーツさんは初めての護衛依頼でしたね。説明しておきますと、通常、護衛依頼はギルドから渡されている木札に依頼主がサインして、依頼達成となります。報酬はギルドで受け取ってください。ところで、ミーツさんにすぐに帰らなくてはいけない用事がなければ、数日後の帰りの護衛もお願いしたいのですが。いかがでしょうか?」
「あ、私は構いませんよ。ニックとビビたちはどうする?」
「俺も構わねえよ。このままただ帰るより、報酬がもらえた方がいいからな」
「私たちもニックさんと同じです」
どうやらみんな問題ないようだ。改めて、俺が代表して依頼主に返事をする。
「商人さん、そういうことなので、帰りの護衛依頼も受けます」
「はい、ありがとうございます。ではその分は、帰ったときに追加でサインをいたします」
商人との話も終わり、夜も更けてきたので、俺たちも村の宿に泊まることにした。
「モブ、組み手は明日付き合うから、今日はこのまま宿に泊まろう」
「フンッ、ああ、そうだな。明日がおっさん、あんたの終わりの日だ」
モブは弟のポケとビビを引き連れて、この町に来るたびに泊まっているという宿へ向かう。ビビはモブについていく前に、俺の方に来て頭を下げた。
「ミーツさん、ごめんなさい。明日はモブと一緒によろしくお願いします」
「ああ、大丈夫だよ。こちらこそよろしく」
「これは内緒だけど、今日ミーツさんが盗賊を全滅させたとき、モブはミーツさんを恐れてしまったみたい。だからといって、明日は手を抜かないでくださいね」
ビビはそれだけ言うと、小走りでモブを追いかけていった。その間モブは少し離れたところでビビを待っていたが、今にも斬りかかってきそうな勢いでこちらを睨んでいた。
「やっぱりビビはいい子だな」
「あいつがあんなことを言うなんてな。おっさんの影響か? でもおっさん、ビビに惚れるなよ? ビビに手を出したらモブに恨まれるぜ」
ニックがにやにやと俺を見てくる。何を言ってるんだ、こいつは。
「ニックは、俺が自分の半分も生きてない年齢の子を好きになると思うのか? さすがにあんな子供を好きになるわけないだろ。それに、既にモブには恨まれてるよ。明日の組み手は俺を殺すつもりで来るだろうしね」
「おっさん、やっぱりビビに手を出したんじゃ……ってイッテエな!」
ニックがまたもゲスいことを口走ったので、頭を軽く叩いてやる。あまり強い力では叩いていないはずだが、ニックは頭をさすりながら涙目になっていた。
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