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9 10000万ゴールド

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 オークどもが吹き飛ぶ姿を見て、クルルは尻尾をピンと立てた。

「伊吹! やったわ!」
「おう! どうだ!」
「すごい! 全員生きてる!」
「やったぜ。これで借金は帳消しだな!」

 クルルと伊吹が喜ぶ一方、ロリナは首を傾げた。

「なんで裸なの?」
「え……?」
「裸が見たかったの?」
「いや、そんなわけじゃ……だいたい、おっさんの裸見ても……」
「あそこに若い女の子がいる」
「え、マジで? どこどこ?」

 ロリナに言われて、伊吹はつい探し始めてしまう。

「伊吹の馬鹿! えっち!」

 ペシン! クルルの平手が炸裂した!

「痛い! なんだよ!」
「女の子の裸! 探したでしょ!」
「まだ見てないし! せめて見てから叩いてくれよ!」
「やっぱり、見るつもりだったんじゃない! そ、そんなによその女の子がいいわけ!?」
「よその、ってなんだよ。よそじゃない、うちの女の子がいるのかよ!!」
「わ、私にあんなことしておきながら……」

 クルルはワナワナと震える。
 伊吹は彼女の鎧を吹っ飛ばして、頭を尻に埋めた経験がある。

 クルルは伊吹に思い切り、紙を突きつけてきた。

「10000万ゴールド」
「え……? ボーナス?」
「賠償金」
「なんで? 俺、ちゃんと全員助けたぞ」
「1000人分の鎧! 吹き飛ばしたでしょ! 一人10万ゴールド!」
「そんな! 助かったんだからいいじゃないか!」
「戦いは戦後の処理まで含めるの! だから、経済的な敗北なの! あんたが戦犯!」
「ひでえ! 働かなきゃよかった! 詐欺だ!」

 伊吹はクルルに泣きつくのだが、彼女はぷいとそっぽを向いてしまう。

「あの……やっぱり、なんとかならない?」
「私は優しいから、温情をあげる」
「やった!」
「特別に、支払期限を設けないであげる。一生かかって払ってくれればいいわ」
「そんな……!」

 がっくりとうなだれる伊吹。
 クルルはそんな彼を見て、微笑むのだ。

「いい子にしてたら、給料上げてあげるから」
「本当に?」
「もちろん」
「いやでも……ちょっと考えさせてくれ……10000万ゴールドか……いや、無理だろ……」

 伊吹は冷静になって考えると、その金額の重さに震える。とても個人が払える金額ではない。
 ロリナはそんな彼とクルルを見比べる。

「あんまりいじめると、自殺してしまいそう。クルル様はそれでいいの?」
「別にお金が欲しいわけじゃないから……。伊吹が反省してくれるなら、帳消しにしてあげる」
「本当か!?」
「ええ。ちゃんと反省してくれるならね。しばらく、城で大人しくしていてね」
「ありがとうクルル! 大好きだ!」

 伊吹は心底安心したような表情を浮かべ、思い切りクルルに抱きついた。

「ちょ、ちょっと……」
「君のそういう優しいところが大好きだ!」
「もう、仕方ないなあ……えへへ。そっか、そんなに私がいいのね」

 クルルは尻尾をぶんぶん。
 伊吹も調子に乗って、「クルルは素敵だ!」とか、ひたすらに褒めちぎるので、ますます尻尾は激しく揺れる。

 ロリナはそんな二人を見ながら

「どっちもどっち」

 と、大きな欠伸をするのだった。

 こうして伊吹はコーヤン王国の王女クルルの下で働くことになる。
 慌ただしくも、平穏なスローライフを手に入れたのであった。<完>

    ◇

 一仕事終えた伊吹は、早速、ひとっ風呂浴びようと城の更衣室にやってきた。

「やっぱり、一日を締めくくるには、これしかないよな」

 王族用の浴室を、今は彼一人で使うことができる。

「たった一人で使うというのに、なんという贅沢だ」

 ぐるりと見渡せば、百人は優には入れそうな広さがある。たった一人で着替えるための場所なのに。

「税金の無駄遣いだ。俺の10000万ゴールドは、こんなところに使われてしまうのか」

 がっくりと肩を落とすが、すぐにピンと来た。

「いや、待てよ。王様だからこんな広さが必要なのか。あれだろ、女の子をたくさん侍らせて、あんなことやこんなことをするに違いない。なんということだ。俺はこんな風呂場を作るために、必死で働いていたのか……」

 そんなことを考えていた伊吹であったが、すぐにどうでもよくなった。そんなことより、風呂である。一人風呂はそれはそれでいいものなのだ。

 さっと服を脱ぎ、すっぽんぽんになる。

 中に入ると、立派な浴室がある。さっと体を洗って、湯に浸かると、今日一日の疲れが出ていく。

「はあ~。これだよこれ。俺が求めていたのは、こういう生活だ」

 理想的なスローライフだ。

(もしかすると……ずっと風呂に入っていればいいのでは?)

 伊吹の頭に、そんな考えが浮かぶ。
 彼が王城にいる間、ロリナの監視がある。そんでもって、クルルがやってきてたびたび彼を引っ張り回してくる。

 だが、風呂に入っている間は自由だ。

「楽園はここにあった。ここならば、なにをしていようが俺の自由だ」

 伊吹は体を倒して、壁に背をつける。リラックスしながら顔を上げると――。

 男湯と女湯を仕切る壁の向こうから身を乗り出しているロリナと目があった。

「お、お前なにして――!?」
「そんなに興奮するなんて。えっち」
「違う! というか、こっちが男風呂!」
「男風呂に連れ込もうなんて、やっぱりえっち」
「俺が悪いみたいに言わないでくれよ! なにしてるんだよ!! 年頃の女の子が男湯に入っちゃいけません!」
「伊吹の監視。仕事だから」
「……そういえばそうだった。というか、それならそこら辺にいるおっさんをつければよかっただけじゃ……?」
「なるほど、伊吹はおっさんがいい」
「違う!! いや、違わないけど違う! 風呂くらい、ゆっくり入らせてくれよ!」

 ロリナは首を傾げる。
 どういうことかと。

「まあいいや。どうせなら、一緒に入ろうぜ。そこにいたら、湯にもつかれないだろ」

 伊吹が提案したその瞬間――

「ロリナ? どこ?」

 壁越しにクルルの声が聞こえてきた。

「壁のところにいる」
「なにしているの?」
「伊吹に一緒に入れって恫喝された」
「ひ、ひどい男ね! 信じられない!」

 クルルの声が荒らげられる。

「ま、待ってくれ! 違う!」
「なにが違うって言うの!?」
「俺のいた世界には、混浴という文化があったんだ! 一緒に入るの。それが普通のことだったの!」

 普通ではないが、まあいいことにした。

「嘘! そんなの嘘! 伊吹が一緒に入りたいから、作り出した虚言のはずよ!」
「どこまで信用ないんだよ俺!」
「だ、だって……さっき、一緒に入ろうなんて言わなかったじゃない」
「いや、そうだけど……というか、ロリナがこっちに来ようとしてたから、誘っただけなんだけど。クルルも来る?」
「え、えっ……!?」
「どうせ話をするなら、顔を見ていたほうが落ち着くだろ」
「そ、そうね……」

 クルルは悩んでいるらしく、しばらく間があった。
 やがてロリナが彼女を連れて、壁のところまでやってくる。
 二人並んで壁から頭を覗かせているも、やっぱり勇気が出ないらしく、そこから動けない。

「うぅ……」

 クルルの狐耳がぴょこぴょこと動く。

 伊吹はじっとそちらを見ていた。

(女の子と一緒に入るなんて初めてだ)

 気軽に誘ってしまったが、今になって緊張してくる。クルルの気持ちもわかる。

(ああ、どうしよう。クルルは性格悪いけど、見た目は可愛いんだよな。女の子と一緒にお風呂か。どうしよう)

 今更ながらに悩み始める伊吹。
 そしてクルルは息を呑み、覚悟を決めたようだ。壁を乗り越えようとすると――

「君が伊吹くんか! クルルが言うとおりの、いい青年じゃないか!!」

 バァン!
 扉を開けて登場したのは、おっさんである。

「お、お父さん!?」
「クルル!? そんな壁の上でなにしてるんだ!?」
「え、えっと……任務! 監視任務! ロリナが行ってるから、その確認をしてただけ!」
「そうか! ご苦労だった! 彼とは私が一緒に入るから、もう大丈夫だぞ!」

 おっさんは笑いながら伊吹のところにやってくる。

「今日はこの国を救ってくれてありがとう!」
「あ、どうも」
「クルルが喜んでいたぞ!」
「そうなんですか」
「ああ、普段はヒトに心を開かない子なんだが、君の話は楽しそうにしている」
「いつも楽しそうだとばかり」
「いやいや、小さいときなんか、本当に無口でな。引っ込み思案だった。そうそう、家族でお出かけしたときに――」
「お父さん! もうやめて! そういうのいいから!!」

 クルルの悲鳴が聞こえる。

(うーん。家族に昔の話をされるのって、なかなか堪えるよな)

 伊吹が考えている間も、おっさんは話を続ける。クルルはがっくりとうなだれた。

「やっぱり、おっさんがいいんだ」

 ロリナがぼそっと呟いた。伊吹もうなだれるのであった。

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