異世界でスローライフを送りたいと願ったら、最強の投擲術を手に入れました

佐竹アキノリ

文字の大きさ
上 下
6 / 10

6 尻に敷かれているんだ

しおりを挟む
「さあ、ついたわ!」
「帰りたい……」

 伊吹の視線の先には、荒れ狂うドラゴンがいた。
 めちゃくちゃでかくてすごく強いドラゴンである。

「ギャオー!!」

 まだ距離があるとはいえ、迫ってきたら潰されそうだ。

「ふふん。なかなかいい声ね」
「俺、もっと優しい声が好みなんだけど」
「そうなのね。わかったわ」

 クルルはおほん、と一つ咳払い。
 そして可愛くおねだり。

「働いて♪」
「そういうことじゃない!」
「なによ、贅沢ね。せっかく、私がお願いしているのに」
「そんなことで文句を言われても」
「さっさと倒しなさいよ」
「もっと扱いがひどくなった」

 伊吹がうなだれていると、ほかの兵たちが様子を窺ってくる。

「クルル様、この人数で討伐は難しいかと思われますが……」
「そうね。ちょっと予想外の大きさだったわ」

 彼らはすでに諦めムードだ。

(このまま、引き返したりしないかなあ)

 それでもクルルは凜々しい表情を見せる。

「でも、ここで引いたら王国の民が被害に遭うことになる。ほかの軍は他の魔物と交戦中だから動かせない。私たちがやるしかないの」
「お姫様っぽい!」
「あんたは黙ってなさいよ!」

 叱られてしまった。
 伊吹はしょんぼりとして大人しくなる。

「ねえ」
「……」
「あのドラゴンを倒すのはどうしたらいいと思う?」
「…………」
「聞いてるの?」
「……」

 クルルは彼の頬を引っぱたく。
 ベチーン!

「痛い!」
「しゃべれるじゃない」
「黙っていろって言うから、黙ってたのに!」
「臨機応変に動きなさい! ボーナスカットするわよ」
「すみませんでした! きびきび動きます!」
「いい心がけね! それで、あのドラゴンを倒す方法は?」
「わかりません!」
「使えない!!」

 そんなやり取りをしていた彼らであったが、ズシンと物音が聞こえてくると、息を呑んだ。

 ドラゴンが彼らの存在に気がついたのだ。
 鼻息は荒く、すでに敵と見定めている。

「た、戦うしかない!」

 兵たちが剣を抜き、戦う意志を見せる。
 だが、ドラゴンが一歩、一歩と近づいてくると、戦意は萎えそうになってしまう。

 そのドラゴンはあまりにも大きい。そう、大きすぎたのだ。
 剣で突いたところで、爪楊枝で足の裏をひっかくようなものだ。

「も、もうダメだ……!」

 気弱な兵は、戦う前から早くも腰を抜かしてしまった。
 クルルはそれでも先頭に立って剣を構え、切っ先をドラゴンへと突きつける。

 そしてなにやら呪文を唱えると、風が剣に集まっていく。

「おお! あれは!」
「まさしく王族に伝わる秘術!」

 兵たちがわあわあと騒ぎ始めた。

 伊吹は隣にいたロリナに尋ねる。

「あれすごいの?」
「クルル様は王族一の魔法の使い手」
「なんだ。じゃあ俺の出番なんかなくてよかったんじゃないか」

 彼がほっと一息つくと、クルルが叫ぶ。

「風の大精霊よ! 敵を貫け!」

 勢いよく風が放たれ、ドラゴンへ向かっていく。
 そしてドラゴンの頭に命中すると――

 ペシン。

 軽い音が響くだけであった。

「そ、そんな! クルル様の魔法が効かないだと!?」
「馬鹿な! あんなドラゴン、どうやって倒せばいい!」
「逃げろ、もうだめだぁ!!」

 兵たちが慌てふためく中、ドラゴンはドシンドシンと音を立てて迫ってくる。
 歩幅が違う。どう頑張ったって、もう逃げ切れるはずがない。

「クルル! 逃げようぜ!」
「そうはいかない! あのドラゴンが狙っているのは私だから! あんたは逃げなさい! なにもできないんでしょ!?」

 クルルはただ一人、自分を犠牲にしてでも兵たちを逃がそうとしたのだ。
 そんな彼女をどうして置いていけるというのか!

 伊吹は走り出す。
 自分になにができるのかなんてわからない。ドラゴンを倒せる自信なんて、これっぽっちもありはしない。

 走るのだって遅いし、少し離れたところにいる彼女のところに行き着くことすら、できないかもしれない。

 だけど、放っておくことなんてできるはずがなかった。ここで彼女を見捨てたら、きっと自分を許せなくなる!

 ドラゴンはクルルへと迫っていく。
 彼女は震えをともないながらも、屹然と立ち向かっていた。

「き、きなさい!」

 そしてドラゴンは一歩を踏み出す。

 風が吹き荒れた。ただ地面を踏みつけただけだというのに、クルルが生み出した王族一の風なんて吹き飛ばしてしまうほどの威力がある。

 距離が縮まった。
 あと一歩。それでクルルは潰されてしまう。

「ギャオオオオオオオ!」

 ドラゴンが吠えると、クルルはぺたんと尻餅をついてしまった。
 圧倒的な力の差がある。どう足掻いても、倒せない相手がいる。あまりにも無力だった。

 その悔しさに、彼女は思わず目に涙を溜めた。

「クルル!」
「馬鹿! なんで来るのよ!」
「お前を放っておけないからだ!」
「そ、そんな――」
「勘違いするなよ! まだボーナス払ってもらってないんだよ!!」

 伊吹は叫びながら、クルルへと突き進んでいく。
 風が強く、一歩踏み出すのも難しい。近づくことすらできず、ただ見送ることしかできないのか。

 そんな彼の顔に、砂が吹きつける。飛ばされてきた木の葉がひっつく。

「ええい、鬱陶しい!」

 伊吹は葉っぱを掴み、力任せにぶん投げる。ただ、それだけの動作だった。
 瞬間、大気が弾けた。

 パァンと乾いた音が聞こえたのは、遅れてから。
 音速を超えて放たれた葉っぱは衝撃波を生み出し、その場のありとあらゆる風を支配した。

 彼の手から放たれたそれは、もはや葉っぱなどと言える代物ではない。一瞬にして木っ端微塵に吹き飛び、そこにあったことすら、誰一人認識できないであろう。ただ衝撃波を生み出すためだけにあったと言っても過言ではない。

 そのたった一枚の葉が生み出した風は広がっていく。
 轟々と音を立てながら、やがてはドラゴンに直撃する。

「ギャオオオオ――」

 叫んでいたドラゴンの声が途絶えた。衝撃が触れた瞬間、その肉体は潰れ、体中の空気という空気を吐き出さずにはいられなかったのである。

 どんな名剣でも切れぬという鱗は引きちぎれ、どんな金属にも勝るという骨はあっさり砕け散った。

 メキメキメキィ!

 ドラゴンが意識を失ったのは、僥倖であったと言えるかもしれない。
 これから辿る運命は、到底受け入れられるものではなかっただろうから。

 衝撃で浮かび上がったドラゴンは、地上からどんどん離れていく。
 あまりの威力に、とてつもない巨体ですら軽々と吹き飛ばされているのだ。
 その勢いはとどまるところを知らず、すさまじい勢いで小さくなっていき――やがて、空の彼方に消え去った。

 もはや、宇宙空間に放り出されたドラゴンが戻ってくることはありえなかった。

「な、なにが起こったの……?」

 クルルが呆然と空を見上げていると、彼女の尻の下から音が聞こえてきた。

 ピロリン♪

「え、ちょっと」

 ピロリン。
 レベルアップ音である。いつの間にか、伊吹の顔が尻の下にあった。どういうわけか、クルルの鎧は吹き飛び、感触が布ごしに伝わっている。

「あ、あんたなにしてるのよ!」
「レベルアップ」
「そうじゃなくて!」
「見てわからないかな。尻に敷かれているんだ」
「そんなことくらいわかる! なんであんたがそこにいるのか聞いてるの!」
「愚問だな。……俺も知りたい!」
「馬鹿、変態! 離れなさいよ!」
「それがだな、全身が痛んで動けないんだ。君が避けてくれ」

 彼はなんとか手を動かして、クルルを押しのけようとするが――ふにゅ。
 柔らかい感覚。これは――尻である。

「きゃっ。どこ触ってるの!?」
「すまん、見えないんだ」
「やだ、あ、ちょっと、そこはダメ!」

 手を動かしているうちに、ふわっふわの毛に行き着いた。尻尾だ。
 とてもふわふわで、最高の触り心地である。それを堪能していると――

 ベチン!

「痛い!」
「この変態!」
「そうだ、君が動けばいいじゃないか」
「こ、腰が抜けちゃって動けないの」
「君ならやればできる!」
「そ、そうかしら」
「ああ、頑張れ!」
「が、頑張ってみる!」

 クルルは一生懸命に、腰を持ち上げようとする。が、うまく力が入らない。
 ずりずりと、彼の上で動くばかり。

「んっ……やっ、あ……」
「頑張れ! 頑張れ!」
「んぅ……」
「クルル様、なにしてるの?」

 ロリナが二人をぼけーっと眺めながら、首を傾げていた。

「ロリナ! この変態を退かして!」
「うん」

 彼女は彼をクルルの下から引っ張り出して、持ち上げると、ひょいと放り投げた。
 ようやく解放されたクルルは荒い息で、彼をまじまじと眺める。それからきっと睨みつけた。

「……ねえ、なにか言うことはある?」
「尻尾、ふわふわだった!!!」
「この馬鹿!!」

 ベチーン!
 今一度、いい音が響き渡る。
 こうしてコーヤン国はドラゴンの危機から守られたのであった。めでたしめでたし。

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

念願の異世界転生できましたが、滅亡寸前の辺境伯家の長男、魔力なしでした。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリーです。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

処理中です...