異世界でスローライフを送りたいと願ったら、最強の投擲術を手に入れました

佐竹アキノリ

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6 尻に敷かれているんだ

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「さあ、ついたわ!」
「帰りたい……」

 伊吹の視線の先には、荒れ狂うドラゴンがいた。
 めちゃくちゃでかくてすごく強いドラゴンである。

「ギャオー!!」

 まだ距離があるとはいえ、迫ってきたら潰されそうだ。

「ふふん。なかなかいい声ね」
「俺、もっと優しい声が好みなんだけど」
「そうなのね。わかったわ」

 クルルはおほん、と一つ咳払い。
 そして可愛くおねだり。

「働いて♪」
「そういうことじゃない!」
「なによ、贅沢ね。せっかく、私がお願いしているのに」
「そんなことで文句を言われても」
「さっさと倒しなさいよ」
「もっと扱いがひどくなった」

 伊吹がうなだれていると、ほかの兵たちが様子を窺ってくる。

「クルル様、この人数で討伐は難しいかと思われますが……」
「そうね。ちょっと予想外の大きさだったわ」

 彼らはすでに諦めムードだ。

(このまま、引き返したりしないかなあ)

 それでもクルルは凜々しい表情を見せる。

「でも、ここで引いたら王国の民が被害に遭うことになる。ほかの軍は他の魔物と交戦中だから動かせない。私たちがやるしかないの」
「お姫様っぽい!」
「あんたは黙ってなさいよ!」

 叱られてしまった。
 伊吹はしょんぼりとして大人しくなる。

「ねえ」
「……」
「あのドラゴンを倒すのはどうしたらいいと思う?」
「…………」
「聞いてるの?」
「……」

 クルルは彼の頬を引っぱたく。
 ベチーン!

「痛い!」
「しゃべれるじゃない」
「黙っていろって言うから、黙ってたのに!」
「臨機応変に動きなさい! ボーナスカットするわよ」
「すみませんでした! きびきび動きます!」
「いい心がけね! それで、あのドラゴンを倒す方法は?」
「わかりません!」
「使えない!!」

 そんなやり取りをしていた彼らであったが、ズシンと物音が聞こえてくると、息を呑んだ。

 ドラゴンが彼らの存在に気がついたのだ。
 鼻息は荒く、すでに敵と見定めている。

「た、戦うしかない!」

 兵たちが剣を抜き、戦う意志を見せる。
 だが、ドラゴンが一歩、一歩と近づいてくると、戦意は萎えそうになってしまう。

 そのドラゴンはあまりにも大きい。そう、大きすぎたのだ。
 剣で突いたところで、爪楊枝で足の裏をひっかくようなものだ。

「も、もうダメだ……!」

 気弱な兵は、戦う前から早くも腰を抜かしてしまった。
 クルルはそれでも先頭に立って剣を構え、切っ先をドラゴンへと突きつける。

 そしてなにやら呪文を唱えると、風が剣に集まっていく。

「おお! あれは!」
「まさしく王族に伝わる秘術!」

 兵たちがわあわあと騒ぎ始めた。

 伊吹は隣にいたロリナに尋ねる。

「あれすごいの?」
「クルル様は王族一の魔法の使い手」
「なんだ。じゃあ俺の出番なんかなくてよかったんじゃないか」

 彼がほっと一息つくと、クルルが叫ぶ。

「風の大精霊よ! 敵を貫け!」

 勢いよく風が放たれ、ドラゴンへ向かっていく。
 そしてドラゴンの頭に命中すると――

 ペシン。

 軽い音が響くだけであった。

「そ、そんな! クルル様の魔法が効かないだと!?」
「馬鹿な! あんなドラゴン、どうやって倒せばいい!」
「逃げろ、もうだめだぁ!!」

 兵たちが慌てふためく中、ドラゴンはドシンドシンと音を立てて迫ってくる。
 歩幅が違う。どう頑張ったって、もう逃げ切れるはずがない。

「クルル! 逃げようぜ!」
「そうはいかない! あのドラゴンが狙っているのは私だから! あんたは逃げなさい! なにもできないんでしょ!?」

 クルルはただ一人、自分を犠牲にしてでも兵たちを逃がそうとしたのだ。
 そんな彼女をどうして置いていけるというのか!

 伊吹は走り出す。
 自分になにができるのかなんてわからない。ドラゴンを倒せる自信なんて、これっぽっちもありはしない。

 走るのだって遅いし、少し離れたところにいる彼女のところに行き着くことすら、できないかもしれない。

 だけど、放っておくことなんてできるはずがなかった。ここで彼女を見捨てたら、きっと自分を許せなくなる!

 ドラゴンはクルルへと迫っていく。
 彼女は震えをともないながらも、屹然と立ち向かっていた。

「き、きなさい!」

 そしてドラゴンは一歩を踏み出す。

 風が吹き荒れた。ただ地面を踏みつけただけだというのに、クルルが生み出した王族一の風なんて吹き飛ばしてしまうほどの威力がある。

 距離が縮まった。
 あと一歩。それでクルルは潰されてしまう。

「ギャオオオオオオオ!」

 ドラゴンが吠えると、クルルはぺたんと尻餅をついてしまった。
 圧倒的な力の差がある。どう足掻いても、倒せない相手がいる。あまりにも無力だった。

 その悔しさに、彼女は思わず目に涙を溜めた。

「クルル!」
「馬鹿! なんで来るのよ!」
「お前を放っておけないからだ!」
「そ、そんな――」
「勘違いするなよ! まだボーナス払ってもらってないんだよ!!」

 伊吹は叫びながら、クルルへと突き進んでいく。
 風が強く、一歩踏み出すのも難しい。近づくことすらできず、ただ見送ることしかできないのか。

 そんな彼の顔に、砂が吹きつける。飛ばされてきた木の葉がひっつく。

「ええい、鬱陶しい!」

 伊吹は葉っぱを掴み、力任せにぶん投げる。ただ、それだけの動作だった。
 瞬間、大気が弾けた。

 パァンと乾いた音が聞こえたのは、遅れてから。
 音速を超えて放たれた葉っぱは衝撃波を生み出し、その場のありとあらゆる風を支配した。

 彼の手から放たれたそれは、もはや葉っぱなどと言える代物ではない。一瞬にして木っ端微塵に吹き飛び、そこにあったことすら、誰一人認識できないであろう。ただ衝撃波を生み出すためだけにあったと言っても過言ではない。

 そのたった一枚の葉が生み出した風は広がっていく。
 轟々と音を立てながら、やがてはドラゴンに直撃する。

「ギャオオオオ――」

 叫んでいたドラゴンの声が途絶えた。衝撃が触れた瞬間、その肉体は潰れ、体中の空気という空気を吐き出さずにはいられなかったのである。

 どんな名剣でも切れぬという鱗は引きちぎれ、どんな金属にも勝るという骨はあっさり砕け散った。

 メキメキメキィ!

 ドラゴンが意識を失ったのは、僥倖であったと言えるかもしれない。
 これから辿る運命は、到底受け入れられるものではなかっただろうから。

 衝撃で浮かび上がったドラゴンは、地上からどんどん離れていく。
 あまりの威力に、とてつもない巨体ですら軽々と吹き飛ばされているのだ。
 その勢いはとどまるところを知らず、すさまじい勢いで小さくなっていき――やがて、空の彼方に消え去った。

 もはや、宇宙空間に放り出されたドラゴンが戻ってくることはありえなかった。

「な、なにが起こったの……?」

 クルルが呆然と空を見上げていると、彼女の尻の下から音が聞こえてきた。

 ピロリン♪

「え、ちょっと」

 ピロリン。
 レベルアップ音である。いつの間にか、伊吹の顔が尻の下にあった。どういうわけか、クルルの鎧は吹き飛び、感触が布ごしに伝わっている。

「あ、あんたなにしてるのよ!」
「レベルアップ」
「そうじゃなくて!」
「見てわからないかな。尻に敷かれているんだ」
「そんなことくらいわかる! なんであんたがそこにいるのか聞いてるの!」
「愚問だな。……俺も知りたい!」
「馬鹿、変態! 離れなさいよ!」
「それがだな、全身が痛んで動けないんだ。君が避けてくれ」

 彼はなんとか手を動かして、クルルを押しのけようとするが――ふにゅ。
 柔らかい感覚。これは――尻である。

「きゃっ。どこ触ってるの!?」
「すまん、見えないんだ」
「やだ、あ、ちょっと、そこはダメ!」

 手を動かしているうちに、ふわっふわの毛に行き着いた。尻尾だ。
 とてもふわふわで、最高の触り心地である。それを堪能していると――

 ベチン!

「痛い!」
「この変態!」
「そうだ、君が動けばいいじゃないか」
「こ、腰が抜けちゃって動けないの」
「君ならやればできる!」
「そ、そうかしら」
「ああ、頑張れ!」
「が、頑張ってみる!」

 クルルは一生懸命に、腰を持ち上げようとする。が、うまく力が入らない。
 ずりずりと、彼の上で動くばかり。

「んっ……やっ、あ……」
「頑張れ! 頑張れ!」
「んぅ……」
「クルル様、なにしてるの?」

 ロリナが二人をぼけーっと眺めながら、首を傾げていた。

「ロリナ! この変態を退かして!」
「うん」

 彼女は彼をクルルの下から引っ張り出して、持ち上げると、ひょいと放り投げた。
 ようやく解放されたクルルは荒い息で、彼をまじまじと眺める。それからきっと睨みつけた。

「……ねえ、なにか言うことはある?」
「尻尾、ふわふわだった!!!」
「この馬鹿!!」

 ベチーン!
 今一度、いい音が響き渡る。
 こうしてコーヤン国はドラゴンの危機から守られたのであった。めでたしめでたし。

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