異世界でスローライフを送りたいと願ったら、最強の投擲術を手に入れました

佐竹アキノリ

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 伊吹の目の前には大きなお城があった。
 クルルに連れてこられたのである。

「……クルルがお姫様っていうの、嘘じゃなかったのか」
「あんた、まだ疑ってたの?」
「いやだって、お姫様っぽい要素ないし……」
「まだ言うか。仕方ないから、お姫様っぽいところ見せてあげる。プリンセスパンチッ!」
「ぐほぉ!?」

 彼はいきなり殴られて転がっていった。

「どう!? 王家に代々伝わる、不審者撃退用の秘術よ!」
「ただ殴っただけじゃねえか! というか、不審者じゃねえっての!」
「王族だから、寛大な心を持ってるの。細かいこと気にしていたら、務まらないわ」
「雑なだけじゃないか」
「あら、わかるまで教えてあげようかしら」

 クルルはグッと拳を握る。

「お姫様! クルル様マジお姫様! いよっお姫様の中のお姫様!」
「そ、そうかしら……」
「もちろん! 最高に可憐なお姫様です!」
「……ありがと」

 クルルはそっぽを向いてしまう。尻尾はふりふりと揺れていた。

(この性悪尻尾、チョロいな!)

 彼はグッと拳を握る。
 褒めて適当にあしらってしまえばいい。所詮は子供よ。

 そんな悪い笑みを浮かべていると、城からぞろぞろと兵が出てくる。

「クルル様、お帰りなさいませ!」

 彼らはビシッと頭を下げる。

(……なるほど、お姫様って言うのは本当だったんだなあ)

 呑気に考えていると、伊吹のところに兵が何人も寄ってくる。

「え……?」
「連れていってください」
「ちょっと待って! ここで雇ってもらうって話じゃ……」
「悪いけど、公務なの」
「そんな! 騙したのかこの性悪尻尾!」
「もう、その言い方、いい加減にして! 大人しくしていたら、身の安全も保証するし、ちゃんと48万ゴールド払うから!」
「俺がそんなもののいいなりになると思うか!?」

 二人は対峙する。

「ちゃんと50万払え! 最初の約束どおり!」
「は? ……ああ、そうね」
「わかってくれたならよろしい。君たち、丁重に扱いたまえ。俺は50万ゴールドの男なのだからな」

 伊吹はぽんぽんと、兵の肩を叩いた。彼らも困惑気味である。

「うわっ安っぽい……」
「庶民の気持ちなんてわからないさ。というか、見下す辺り、出会ってから一番お姫様っぽい台詞だなそれ」
「悪かったわね」
「50万ゴールドは大金なんだぞ」
「はいはい」

 二人は睨み合っていたが、伊吹はやがて兵に担がれて、えっほえっほと城の中に連れていかれる。

 ちゃんと丁重な扱いをしてくれたらしく、運ばれた先は、地下牢なんかではなく綺麗な一室だ。

 しかし……

「部屋になにもないんだけど」

 あまりにも、がらんとしている。花瓶一つなく、それどころかベッドやテーブル、椅子すら存在していない。

「投げられるものは置いてはならぬ、とお達しがありまして……」
「そんなあ……俺、腰痛持ちだから高反発ベッドじゃないと寝られないんだよね」
「申し訳ございませんが、ご了承くださいませ」

 兵は無情にも去っていってしまった。
 彼らが全員いなくなると、バタン、と扉が閉まる音が聞こえるばかりであった。

    ◇

「クルル様! あのような男をなぜ、生かしておくのですか! 我が国の危機になる前に、即刻処分してしまうべきです!」

 彼女に食ってかかるのは、騎士団長ポポプンである。40歳を過ぎたおっさんで、羊のようなもこもこした毛で全身を覆った獣人だ。

 彼は割と若いうちに出世して今の地位に辿り着いたが、さらなる出世を狙っている、と言われていた。そのためクルルに近づいてきたのだが、今日も今日とて軽くあしらわれている。

「ポポプン。今のコーヤン国の現状は、あなたでも知っているでしょう」
「ええ。近くに大量の魔物の巣が作られてしまいました。このままでは、包囲されてしまうのは時間の問題……」
「ですから、彼の力が必要になるのです」
「しかし、そのような力を持った人物が従うでしょうか」
「大丈夫です。こちらは彼の弱みを握っていますから」
「な、なんと!」

 驚くポポプン。
 得意げにするクルル。

 彼女が秘策を披露しようとし、彼がつばを飲み込む。そんな二人のところに、兵が大慌てで駆け込んでくる。

「た、大変です!」
「何事です!」
「そ、それが……!」

 兵が慌てて、彼女に用件を伝えると、表情が険しくなった。

    ◇

 伊吹は部屋の壁をペタペタと触っていた。
 どこかから盗聴されていないか、と調べていたのである。

「うーん……」
「なにかお探しですか」
「こっそり見られていないかと気にしてたんだよ」
「大丈夫です。室内になにも仕掛けられていないことは確認しております」
「そうか。…………って、うぉい!? 誰だお前!?」

 慌てて振り返ると、そこにはクルルと同じく、十代なかばと思しき少女がいる。
 こちらもふっわふわの狐耳と尻尾があるが、色は鮮やかな青緑色。とても目を引く。
 なんだか無表情で、ぼんやりした印象を受ける小柄な少女だ。

「申し遅れました。私はロリナと申します。以後お見知りおきを」
「これはご丁寧にどうも。……って、そうじゃない! なんでここにいるんだよ! 部屋に入るときにはノックしろって、お母さんに言われなかったの!? こっそりエッチな画像見てたらどうするんだよ!!」
「大丈夫です」
「なにがだよ!」
「最初からこの部屋にいましたから。あなたが気づかなかっただけで」
「なあんだ。そうか」
「はい」
「それなら問題ない……って、なにも解決してないじゃないか!」
「大丈夫です」
「なんでだよ!」
「あなたがエッチだとしても、支障はありません。私の評価が下がるくらいです」
「バッチリ支障出てるじゃないか!!」

 伊吹が鼻息を荒くする一方で、ロリナは無表情のまま小首を傾げた。子供っぽくて愛らしい仕草である。

 そしてぽんと手を打った。

「大丈夫です。すでにあなたがエッチだと認識しました。これ以上は下がりません」
「そこから間違ってるから!」
「エッチじゃないんですか?」
「……エッチかもしれない!」
「じゃあ問題ないですね」
「待ってくれ。健全な男は、皆そうなんだ」
「わかりました。つまり、普通のくず野郎ってことですね」
「そこまで言ってない!!」

 弁明しようと伊吹が一歩を踏み出すと、

「ああ、エッチなくず野郎が迫ってきます」

 とロリナ。

「違うんだ。誤解だ!」

 詰め寄ろうにも、これ以上はまずいと、身動きが取れなくなる伊吹。
 そんな二人が見つめ合っていると、

「伊吹! さあ、お仕事の時間になったわ!」

 バァン! 勢いよく扉が開かれて、入ってきたのはクルル。
 そして二人の様子を見て固まる。

「……なにをしているのかしら」
「エッチなくず野郎に迫られているの」
「断じて違う!」
「ごめんねロリナ。エッチなくず野郎の監視なんて押しつけて」
「クルルまでひどい!」
「別にいい。気にしてない」
「大変だと思うけど、これからよろしくね」
「精一杯頑張る」
「……なんで俺がひどい扱い受けてるんだよ」

 伊吹ははあ、とため息をつく。

「そうそう、別に伊吹がくず野郎なのは知ってるからどうでもいいんだけど」
「どうでもよくない」
「仕事をしてもらわないと困るの」
「皿洗い?」
「皿洗いに50万ゴールドも出すと思う?」
「全国で皿洗ってる方々に謝れよ!」
「魔物がね、たくさんいるの」
「ほうほう」
「襲ってくると大変よね」
「まったくだ」
「そこで、あなたに倒してもらおうと思って」
「なるほどー……って、どうしてそうなった!?」
「だって、オークを倒したじゃない。できないの?」
「いや、できなくもないだろうけれど……スローライフっぽくなくない?」
「どうしてもダメ?」
「ダメ」
「じゃあ、仕方ないわね」
「諦めてくれたか」
「この契約書に――」

 クルルはさっと紙を取り出す。
 50万ゴールドに修正された契約書だ。

「き、汚いぞ!」
「あなたが働いてくれるなら、ちょっといい思いさせてあげようと思うんだけど」

 クルルは紙をひらひらさせながら、尻尾をフリフリ、誘惑してくる。

「くっ……そんな脅しに乗るか!」
「ボーナス」
「え……?」
「特に働いているわけじゃないのに、たくさんもらえるお金」
「なんだと……?」
「ボーナス2ヶ月分」
「に、二ヶ月だとお!?」
「100万ゴールド、あげちゃおっかなあ?」
「ひゃ、ひゃひゃくまん、ひゃくま……」
「うーん。手伝ってくれないなら、誰かほかの人に――」
「伊吹、やります! 100万ゴールドください!」
「はい。契約成立ね。さ、魔物を倒しにいきましょうか」

 クルルはさっとボーナスを追記すると、彼のところにやってくる。

「それで、なにを倒せばいいんだ?」
「めちゃくちゃでかいドラゴン」
「めちゃくちゃでかいドラゴン?」
「そ、すごく強いドラゴン」
「………………ドラゴォオオン!?」

 思わず声を上げた伊吹であったが、いつの間にかロリナが彼を両手で持ち上げ、頭の上に抱えている。
 見かけによらず、力持ちらしい。

「出発よ。日がくれる前に倒さないと、夜襲されてしまうわ」
「ま、待ってくれぇええええええ!」

 そうして彼はドラゴン討伐に赴くことになったのであった。
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