異世界でスローライフを送りたいと願ったら、最強の投擲術を手に入れました

佐竹アキノリ

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3 間抜けが引っかかっただけ

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 伊吹は皿を洗っていた。
 キュッキュと音を立てながら、皿を洗っていた。

(皿洗いで大切なことは、リズム感だ。ルーチンワーク化すれば、こんなのは辛く……)

「って辛いわ! 手が冷たいし、給料安いし、もうやだ!」
「オラ新人! しゃべってねえで手を動かせ!」
「はい! 申し訳ございません!」

 コックにドヤされると、彼は謝りながら、皿に泡をつける。しかし、油汚れはなかなか落ちない。

(はあ……地球だったら、温かいお湯も出たんだがなあ……)

 早くも、あの惑星が恋しくなってしまう。

 よほど疲れているのだろう。先ほどから、幻覚が見えている。
 机の端から尻尾が揺れているのが見えたり、テーブルの上に狐耳が飛び出していたり、じっとこちらを窺っている視線があったり……。

「これ幻覚じゃねえよ!? あんた、さっきからなにしてるんだよ!」
「き、気のせいです!」
「こんなリアルな気のせいがあってたまるか!」

 伊吹は皿をほったらかしにして、てくてくと歩み寄っていく。
 そして慌てて逃げようとした尻尾をむんずと掴んだ。

「きゃあっ! もう、なにをするの!」
「こっちの台詞だ! もう逃げられると思うなよ! 尻尾は俺の手にあるんだ!」
「濡れてる! 気持ち悪い!」
「当たり前だろ! ここ厨房だぞ!」
「馬鹿! 変態! 不審者!」
「不審者はそっちだろうが! こら、暴れるな!」

 伊吹の手の中から離脱しようと、尻尾は右に左に動く。
 そのたびに、毛の感触がよく伝わってきた。もっふ。もふもっふ。

「すげえ、めっちゃふわふわしてる!」
「ば、馬鹿。なに言ってるのよ」
「これ最高だ。素晴らしい」
「そんな、ほ、褒めてもダメなんだからね。私の尻尾が綺麗なのは、当然なんだから」
「いやあ、これはいい。実家のわんこを思い出すなあ」

 うっとりしている彼は、無言で蹴飛ばされた。

「痛い!」
「あんた、私を犬と一緒にするなんて、いい度胸ね!」
「いやあ、それがさ。めっちゃ毛並みのいいやつだったんだよ」
「そんなこと聞いてない!」
「落ち着けって。ほら、コックの皆だって困ってるだろ?」

 ぐるりと辺りを見回すと、いつの間にか彼らはいなくなっている。

(はて? サボり?)

 先ほど伊吹が少しばかり境遇を嘆いただけで、文句を言ってきたというのに、自分たちはこの体たらくか。

「あの人たちなら出ていったわ。お願いして、少しの間だけ貸し切りにしてもらったの」
「……汚いな! 金を握らせたのか!」
「変な言い方しないでよ! だいたい、あんたが悪いんじゃない」
「清廉潔白な俺に言いがかりをつけるとは、なんてやつだ。性悪尻尾め」
「あんたね……本当に、いい加減にしないと、怒るからね」
「ふんっ。俺は金になんて屈しないぞ」
「そう。じゃあ――」

 少女がパチンと指を鳴らす。

「好きにさせてもらうわ」

 突如、厨房を埋め尽くす鎧の男たち。数は十を超える。
 彼らはそれぞれが剣を手に取り、いつでも叩き切る準備はできていた。それに対する伊吹は屹然と――

「すみませんでした!」
「あれほど大口を叩いておきながら、あっさり屈するのね。情けない」
「なんとでも言え。靴だって舐めるぞ」
「え、ちょっと……気持ち悪い」

 少女はガチでドン引きしていた。

(おかしい。俺は悪くないはずだ)

 彼は何度か考え直しても、同じ結論に行き着いた。この行いには問題がない。
 となると、彼女があまりにも、世間擦れすることなく育ってきたということなのだろう。

 鎧の男たちの様子を見ると、どうにも護衛のようにも思われる。

「なるほど。うん、気持ちはわかるよ。権力とお金を手に入れたら、一度くらいやってみたいよね」
「なんの話?」
「善良な市民をいじめる悪の貴族ごっこ」
「あんたねえ……はあ、知らないなら教えてあげる。私はこのコーヤン国第三王女、クルル・コーヤン」

 彼女は胸を張って宣言する。ただし、あまり胸はない。

「……という設定?」
「違うわ! 本物よ!」
「仮に、もしも、万が一それが本当だとして」
「どこまで疑ってるのよ」
「だって、お姫様っぽいところないし……」
「失礼ね! これでも――」
「わざわざ、平凡な俺をつけ回す理由がないじゃないか」

 彼が告げると、クルルの表情が変わった。
 先ほどまでの調子とはまるで異なり、抜き身の刃のような危うさと鋭さがあった。

「まだしらを切るつもり?」
「だから――」
「あなたの討伐したオークの数が、あの現場で死亡したと思われるオークの数と一致した」
「ちょっと待って、オークなんて倒してないんだけど」
「あのね、知らなかった? あなたが触れた水晶でバッチリわかるの」
「マジかよ……ハイテクすぎだろ」
「やっぱり、あなただったのね。木っ端微塵になって死んだオークの数なんてさっぱりわからないし、結構当てずっぽうだったんだけど」
「ちょっと待て、騙したのか」
「いいえ、間抜けが引っかかっただけよ」
「ひどい!」

 伊吹が不満を告げるも、一歩踏み出した瞬間、男たちが取り囲み、剣を突きつけてきた。

「動かないで。あなたの目的はなに?」

 クルルはじっと彼を見つめる。
 一歩答えを間違えれば、首が飛んでしまうかもしれない。その緊張感の中、伊吹はゆっくりと口を開いた。
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