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第一章
8 9Sランク吸血剣
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ぶらぶらと街中を眺めていたリベルは疲れ果てていた。
隣のアマネは買ったばかりの衣服の入った袋を下げながら上機嫌である。装備を買ってさっさと帰る予定だったのだが、完全に当てが外れた。
「まだ買うのか……?」
「安くて可愛いのがあったらね」
「それより装備は……」
そもそも、剣と鎧を買いに来たはずである。
リベルが困った顔をすると、アマネはちょっぴり不服そうにする。
「可愛い女の子と一緒に買い物できるんだから、もうちょっと喜んでもいいんだよ」
「自分で言うことか……?」
「それにリベルくんは着替えとか買わないわけ? 不潔」
「優先順位が低いだけだ。服なんて、前の世界のものでも大丈夫だろ」
「えっと……前の世界の装備、すぐにボロボロになるんだよ。服だって……」
鎧ですら、あっさりと砕かれてしまう。まして衣服であればなおさらだ。
リベルは自分の上着を見れば、あちこち切れている。そしてアマネのものもまた、ほつれたり破れたりしているところがある。
戦いが激しければ当然、もっと破れることになる。肌が露出することになるのだ。
アマネは半眼で視線を向けてくる。
「えっち」
「い、いや、その……そういうのじゃなくてだな、ほら……」
しどろもどろになるリベルであったが、アマネは一つため息をついた。
「リベルくんはもうちょっと、配慮したほうがいいと思うよ」
「以後気をつける」
「うん。……あ、鍛冶屋があるよ」
アマネの狐耳がぴょんと立つ。
こぢんまりとしており、個人でやっているようだ。
これまでもいくつか鍛冶屋を見てきたが、ここは安そうだからちょうどいい。
早速中に入ると、いくつもの剣が展示されている。盗難防止に固定されていたり、鎖がついていたりする。
だから手に取ることなく、そのまま眺めていたのだが――
「おや?」
リベルは一振りの剣に違和感を覚えて、そちらに向かっていく。
「そっちは中古品みたいだよ」
「ああ。全体的に安いな」
そんなことを言いつつ、目を向けるのは一番高い剣だ。剣身はすらりとしており、刃こぼれはない。手入れがなされている証拠だ。
そこらの新品よりも値が張っている。
理由はわからないが、なんとも心引かれるものがある。
「いらっしゃい。……と、そいつは呪われた品だ」
店主は出てくるなり、そう口にした。
「……なにかあるのか?」
「かつて名工が打ったもので、幾人もの持ち主の手を渡ってきた経緯がある。……あんたらは新人か?」
「昨日来たばかりだ」
「なら、最初から説明するか。ランクが一桁上がれば、桁違いに強くなるのは知っているだろう?」
「ああ」
その話は聞いている。
ランクが一桁上がるごとに、上の階層に上がることができるとか。
「剣も同じだ。ランクが一つ上がれば、まるで切れ味が異なる。そいつは俺たちの技術や魂を込めたところで、どうしようもねえことだ」
「……つまり、持ち主のランクが上がってしまうと使いものにならなくなる、ということか」
「そうだ。こいつは9Sランク吸血剣だからな。10Sランクになった者はこいつを手放し、新しい持ち主に引き渡される。そんでもって、そいつもまた10Sランクになっていく。その過程を何度も、楽しく見てきたもんだ」
話は過去形になっている。
ということは、今はそのサイクルが断たれているのだろう。
「こいつの最後の持ち主は、殺人にハマっちまった。人間を切り殺すのに夢中になったんだよ。幾人もの血を吸ううちに、こいつは吸血の呪いを持つようになった。手にしている所有者の魔力と血を奪い続けていくんだ」
「なるほど……違和感の正体はそれか。店主、少し握ってみてもいいか?」
「命の保証はしねえぞ」
「構わない。幾度も死線は越えてきている」
リベルは剣を手に取る。
途端、目眩にも似た感覚が襲ってきて、なにかが体の中を走っていく。
軽く手を握り、剣を構える。その体からはゆらゆらと、煙とも光ともつかないものが立ち上っていた。
店主は思わず声を荒らげた。
「な、なんだこの魔力は……!」
「これが魔力か」
リベルはこの世界の魔力を感じ取る。
自分の中にも秘められていた力だ。
自力で用いるのは、まだ難しそうだが、この剣があれば力を引き出すことはできるはずだ。
剣身に視線を落とせば、血の赤色に染まっている。
全身を伝った魔力は手から剣へと吸い込まれており、そのときに血も取り込んでいるのだろう。
「素晴らしい剣だ」
「あたりめえだ。俺の爺さんが打ったんだからな。ところで体は大丈夫なのか?」
「ああ。問題ない。長時間使っていると、魔力も血も枯渇しそうだがな」
「……それは問題あるんじゃねえのか?」
「どうせ戦えば流血する。さして違いもないさ」
言いつつもリベルは、
(前に血を流したのはいつだったか)
と思い返してみる。
もう何年も無傷でいた気がする。
「気に入った。ぜひ買いたい……と言いたいところなんだが、手持ちがなくてな」
半年分の生活費をもらっているとはいえ、この剣には届かない。
「……よし、こうしようじゃねえか。その剣を貸し出そう。一ヶ月あたり、売値の十分の一でいい」
「いいのか?」
初期投資を抑えられるのなら、願ったり叶ったりだ。
「普段は貸し出しなんてしねえぞ。そもそも、買えば自分のもんだ。長期的に使える。だが、あんたには無駄な金になる」
「……というと?」
「さっさと10Sランクに上がっちまうのさ。あんたには強者のオーラがある。間違いねえ」
「買いかぶりすぎだな。だが……俺も約束がある。早く頂点に上がるつもりだ」
「それなら、契約は成立だな」
「ありがとう。いい買い物をした」
「あんたが有名になったら、うちの店を宣伝してくれよ」
「任せとけ」
店主は早速、剣を用意してくれる。
「鞘はサービスだ」
「助かる。もう有り金が底をつきそうなんだ」
リベルは剣を腰に佩きながら、頼りないことを口にする。
と、そこでアマネが尻尾を揺らしながらやってくる。彼女はずっと、自分の装備を選んでいたようだ。
「仕方ないなあ。ほら、サーコート。サイズはこれでいい?」
アマネは非常にシンプルなサーコートを持ってきていた。鎧の上から着る布製のもので膝丈までの長さがある。
装備をまとめて買えるように、布製のものではあるが、鍛冶屋でも取り扱っているのだろう。
「いや、お金がないんだけど。あと鎧もない」
「あたしは余ったから、買ってあげるよ。鎧はそのうちね」
「……いいのか?」
「うん。SSSランクの剣聖なんだから、身なりもちゃんとしないとね」
「ありがとう、助かる」
「その代わり、あたしが困ったときは、かっこよく守ってね!」
「かっこいいかどうかはわからないが……善処する」
リベルはサーコートを羽織ると、それなりに剣聖らしい格好になる。
一方アマネは軽装であった。簡単な革の鎧に二振りのショートソード、それからナイフなど。どれもSSランクの品だ。
「さて、お金を使った分だけ、働くとするか」
「もうギルドの営業は終わってるよ。明日からだね」
「そうだったな。それじゃ、今日は準備を整えるとしよう」
二人は初めての仕事のことを考えながら、帰途に就くのだった。
◇
翌日、リベルはギルドに張り出されている依頼を見ていた。
職員お勧めのものがいくつかあって、どれを選ぼうかと考えていたのだ。
「これにするか」
そして紙に手を伸ばしたところ――横から割り込んできた手が、パッとそれを奪い取った。
なにかと思って見れば、見知った顔があった。
隣のアマネは買ったばかりの衣服の入った袋を下げながら上機嫌である。装備を買ってさっさと帰る予定だったのだが、完全に当てが外れた。
「まだ買うのか……?」
「安くて可愛いのがあったらね」
「それより装備は……」
そもそも、剣と鎧を買いに来たはずである。
リベルが困った顔をすると、アマネはちょっぴり不服そうにする。
「可愛い女の子と一緒に買い物できるんだから、もうちょっと喜んでもいいんだよ」
「自分で言うことか……?」
「それにリベルくんは着替えとか買わないわけ? 不潔」
「優先順位が低いだけだ。服なんて、前の世界のものでも大丈夫だろ」
「えっと……前の世界の装備、すぐにボロボロになるんだよ。服だって……」
鎧ですら、あっさりと砕かれてしまう。まして衣服であればなおさらだ。
リベルは自分の上着を見れば、あちこち切れている。そしてアマネのものもまた、ほつれたり破れたりしているところがある。
戦いが激しければ当然、もっと破れることになる。肌が露出することになるのだ。
アマネは半眼で視線を向けてくる。
「えっち」
「い、いや、その……そういうのじゃなくてだな、ほら……」
しどろもどろになるリベルであったが、アマネは一つため息をついた。
「リベルくんはもうちょっと、配慮したほうがいいと思うよ」
「以後気をつける」
「うん。……あ、鍛冶屋があるよ」
アマネの狐耳がぴょんと立つ。
こぢんまりとしており、個人でやっているようだ。
これまでもいくつか鍛冶屋を見てきたが、ここは安そうだからちょうどいい。
早速中に入ると、いくつもの剣が展示されている。盗難防止に固定されていたり、鎖がついていたりする。
だから手に取ることなく、そのまま眺めていたのだが――
「おや?」
リベルは一振りの剣に違和感を覚えて、そちらに向かっていく。
「そっちは中古品みたいだよ」
「ああ。全体的に安いな」
そんなことを言いつつ、目を向けるのは一番高い剣だ。剣身はすらりとしており、刃こぼれはない。手入れがなされている証拠だ。
そこらの新品よりも値が張っている。
理由はわからないが、なんとも心引かれるものがある。
「いらっしゃい。……と、そいつは呪われた品だ」
店主は出てくるなり、そう口にした。
「……なにかあるのか?」
「かつて名工が打ったもので、幾人もの持ち主の手を渡ってきた経緯がある。……あんたらは新人か?」
「昨日来たばかりだ」
「なら、最初から説明するか。ランクが一桁上がれば、桁違いに強くなるのは知っているだろう?」
「ああ」
その話は聞いている。
ランクが一桁上がるごとに、上の階層に上がることができるとか。
「剣も同じだ。ランクが一つ上がれば、まるで切れ味が異なる。そいつは俺たちの技術や魂を込めたところで、どうしようもねえことだ」
「……つまり、持ち主のランクが上がってしまうと使いものにならなくなる、ということか」
「そうだ。こいつは9Sランク吸血剣だからな。10Sランクになった者はこいつを手放し、新しい持ち主に引き渡される。そんでもって、そいつもまた10Sランクになっていく。その過程を何度も、楽しく見てきたもんだ」
話は過去形になっている。
ということは、今はそのサイクルが断たれているのだろう。
「こいつの最後の持ち主は、殺人にハマっちまった。人間を切り殺すのに夢中になったんだよ。幾人もの血を吸ううちに、こいつは吸血の呪いを持つようになった。手にしている所有者の魔力と血を奪い続けていくんだ」
「なるほど……違和感の正体はそれか。店主、少し握ってみてもいいか?」
「命の保証はしねえぞ」
「構わない。幾度も死線は越えてきている」
リベルは剣を手に取る。
途端、目眩にも似た感覚が襲ってきて、なにかが体の中を走っていく。
軽く手を握り、剣を構える。その体からはゆらゆらと、煙とも光ともつかないものが立ち上っていた。
店主は思わず声を荒らげた。
「な、なんだこの魔力は……!」
「これが魔力か」
リベルはこの世界の魔力を感じ取る。
自分の中にも秘められていた力だ。
自力で用いるのは、まだ難しそうだが、この剣があれば力を引き出すことはできるはずだ。
剣身に視線を落とせば、血の赤色に染まっている。
全身を伝った魔力は手から剣へと吸い込まれており、そのときに血も取り込んでいるのだろう。
「素晴らしい剣だ」
「あたりめえだ。俺の爺さんが打ったんだからな。ところで体は大丈夫なのか?」
「ああ。問題ない。長時間使っていると、魔力も血も枯渇しそうだがな」
「……それは問題あるんじゃねえのか?」
「どうせ戦えば流血する。さして違いもないさ」
言いつつもリベルは、
(前に血を流したのはいつだったか)
と思い返してみる。
もう何年も無傷でいた気がする。
「気に入った。ぜひ買いたい……と言いたいところなんだが、手持ちがなくてな」
半年分の生活費をもらっているとはいえ、この剣には届かない。
「……よし、こうしようじゃねえか。その剣を貸し出そう。一ヶ月あたり、売値の十分の一でいい」
「いいのか?」
初期投資を抑えられるのなら、願ったり叶ったりだ。
「普段は貸し出しなんてしねえぞ。そもそも、買えば自分のもんだ。長期的に使える。だが、あんたには無駄な金になる」
「……というと?」
「さっさと10Sランクに上がっちまうのさ。あんたには強者のオーラがある。間違いねえ」
「買いかぶりすぎだな。だが……俺も約束がある。早く頂点に上がるつもりだ」
「それなら、契約は成立だな」
「ありがとう。いい買い物をした」
「あんたが有名になったら、うちの店を宣伝してくれよ」
「任せとけ」
店主は早速、剣を用意してくれる。
「鞘はサービスだ」
「助かる。もう有り金が底をつきそうなんだ」
リベルは剣を腰に佩きながら、頼りないことを口にする。
と、そこでアマネが尻尾を揺らしながらやってくる。彼女はずっと、自分の装備を選んでいたようだ。
「仕方ないなあ。ほら、サーコート。サイズはこれでいい?」
アマネは非常にシンプルなサーコートを持ってきていた。鎧の上から着る布製のもので膝丈までの長さがある。
装備をまとめて買えるように、布製のものではあるが、鍛冶屋でも取り扱っているのだろう。
「いや、お金がないんだけど。あと鎧もない」
「あたしは余ったから、買ってあげるよ。鎧はそのうちね」
「……いいのか?」
「うん。SSSランクの剣聖なんだから、身なりもちゃんとしないとね」
「ありがとう、助かる」
「その代わり、あたしが困ったときは、かっこよく守ってね!」
「かっこいいかどうかはわからないが……善処する」
リベルはサーコートを羽織ると、それなりに剣聖らしい格好になる。
一方アマネは軽装であった。簡単な革の鎧に二振りのショートソード、それからナイフなど。どれもSSランクの品だ。
「さて、お金を使った分だけ、働くとするか」
「もうギルドの営業は終わってるよ。明日からだね」
「そうだったな。それじゃ、今日は準備を整えるとしよう」
二人は初めての仕事のことを考えながら、帰途に就くのだった。
◇
翌日、リベルはギルドに張り出されている依頼を見ていた。
職員お勧めのものがいくつかあって、どれを選ぼうかと考えていたのだ。
「これにするか」
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