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第一章
6 SSランク剛戦士
しおりを挟む広い食堂の中、視線は一カ所に集まっていた。
水晶から浮かび上がる人の姿に、リベルは見覚えがあった。
「転生者の皆様、ようこそSランク世界へ」
そう告げるのはミレイ。
リベルが元の世界の遺跡で会った女性だ。
「誰だ……?」
転生者の一人が呟く。
リベルはその言葉を拾うなり、素早く視線を動かす。
ガイルはすっかりミレイの美貌に目を奪われており、ティールは彼女の衣服を値踏みしていた。
そしてほかの転生者三人は、状況が飲み込めずにいる。
(彼らはミレイと会っていない?)
リベルはそう判断すると、彼らと出会ったときのことを思い出す。
最初の台詞は――
(「あんたらはいったい……?」だった。つまり、迎えが来ることを理解していなかった。俺と彼らには、与えられた情報に差があった)
単に聞いていなかっただけの可能性もあるが、全員がこの世界に来てからどうすればいいのか、尋ねなかったというのは考えにくい。
だとすれば、そこにはなんらかの意味がある。
(俺に対し、「ようこそ選ばれし者よ」とミレイは言った)
「選ばれた者」が「転生者」を意味するのではなく、「リベル」を示していたのだとすれば。
(俺だけが特別に、ミレイと会っていたのか?)
ミレイ以外の人物が転生の案内をしていただけの線もあるが……。
リベルは考えつつ、気取られないように視線を動かす。
隣のアマネは、驚いた素振りを見せてはいない。むしろ彼と同じく、誰もミレイを知らない理由を探っているように見えた。
リベルが最年少でSSSランクに到達したとミレイは言っていた。そしてこちらの世界での肉体は、その早さに応じて幼くなっている。
年齢を考えれば、アマネも彼と同じか、いや、それ以上に幼い。相当な早さでSSランクに達しているはず。
ほかの転生者たちとは歳の開きがある。
歳が重要なのであれば、特別扱いをされていてもおかしくはない。
「私は皆様の転生を担当いたしましたミレイと申します。この世界に来ていただき、ありがとうございます。まずは私どものご案内に不備があったでしょうことを、お詫び申し上げます」
「まったくだ。異世界に行くって答えたら、いきなり魔物の中に放り込まれたんだからな」
ティールは不満を口にする。
どうやら、声だけが聞こえて応じたらあの場にいた、ということのようだ。だからミレイに会ってはいないのだろう。
「この世界には魔物がおり、その力は皆様の世界のものよりも強いです。ですが、英雄である皆様であれば、必ずや世界に順応し、ご活躍をされることと存じております。どうか、二度目の人生でも英雄となってくださいませ」
ミレイは「選ばれた」とは言わなかった。誰にでも言っている調子づかせるための言葉ではなかったということか。
代わりに英雄と口にした。
(目的は魔物を倒させることか)
そのためにSSランク以上に限定したのかもしれない。
それからミレイはいくつかの話をするも、これからどうするのか、生き方は自由である、といった内容でめぼしい情報はなかった。
「最後に、ささやかながら贈り物をいたします。皆様の冒険が素晴らしいものにする一助となれましたら幸いです」
運ばれてきたのは、ギルドに併設された宿泊施設のカギ。それから金だ。
半年の間ならば、節制すればなにもせずとも暮らしていける金額とのことだが、その間に生活基盤を整えなければならない。宿の無料期間も一ヶ月で切れるそうだ。
(なにを企んでいるのかはわからないが……くれるというのであれば、もらっておこうじゃないか)
リベルは自分のカギと金、そして未来を掴み取った。
ミレイはやがて頭を下げる。
「この世界が皆様の楽園となるようお祈りしております。そして願わくは、どうかこの世界を好きになってくれますように」
気のせいかもしれない。
だけど、その言葉には、彼女の感情がうっすらとにじんでいるようにも思われた。
ミレイの姿が消えて、水晶を持って職員が退室していくと、入れ変わりに食事がやってくる。
「おいしそう!」
アマネが尻尾をぶんぶんと揺らして大喜びする。
リベルもしばし先ほどのことを反芻していたが、やがて食欲に負けて、料理のことで頭がいっぱいになるのだった。
◇
食後、出かけようとしたリベルを引き留める声があった。
「おい待てよ」
「……なにか用か?」
睨んでくるのはSSランク剛戦士ガイル。
転生者たちは、成り行きを見守っている。
そしてギルドの職員たちもここにはいない。このときを待っていたのだろう。
「さっきはよくもコケにしてくれたな。SSSランクだからって、いい気になってるんじゃねえぞ」
「別にそんな気はないが……」
「お前のところと、俺様の世界で、SSSランクの基準が違うだけだ。たった一つ、Sが増えたからなんだって言うんだ」
「それは同感だ。戦いは経験だけでは決まらない」
「だったら、わかるよな? このメンバーのリーダーは俺様だ。てめえよりも相応しい」
ガイルが睨んでくる。
リベルは涼しげな顔をしていたが、
(なるほど。喧嘩を売られたか)
と思案する。ガイルと出会ったとき、オークに囲まれていて時間がなかったとはいえ、先に挑発したのは彼である。
ガイルの性格だ、根に持っていてもおかしくはない。
「うわ、ちっさ」
思わず呟いてしまったアマネ。ガイルが視線を向けると、彼女は目を逸らして、尻尾を抱きかかえた。
「ちょっと待ったあ! お前ら、誰か一人忘れてねえか!? リーダーと言えば俺様だろ! このティール様しかねえよなあ!」
「ガイル、お前はどうすれば満足するんだ」
「てめえが頭を下げるか、この俺と戦って殴られるかすれば満足だな」
「無視すんなよぉ!」
「どちらもお断りだ。リーダーなんざどうでもいいが、手を抜いて負けてやる趣味はない」
「なんだと!? てめえ、ぶっ飛ばしてやる!」
「だから俺様の話を聞けよ!」
「あのさ、ティール。いい加減、邪魔だからさあ……」
「どう考えても、お前はない」
「そこらのガキでも捕まえて引き連れりゃどうだ?」
「ふざけんな!」
残り三人の転生者たちが口々に言うと、ティールはカンカンに怒るのだ。
しかし、誰も彼のほうを見てもいない。
「ここじゃ騒ぎになる。訓練所を借りよう」
「いいぜ。そこなら遠慮なくぶっ潰せる!」
リベルとガイルは冒険者ギルドに併設された訓練所に赴く。
ギルドでの仲介や斡旋に関し、実力などを確認する必要があるケースもあり、すぐ近くにあると便利なのだ。
「リベルくん、わくわくだね!」
「……他人のトラブルを楽しむなよ」
「そういうリベルくんが一番楽しそうだけど。けちょんけちょんにするの、楽しみなんでしょ?」
「そこまで性格悪くはないぞ……」
アマネは隣で尻尾を揺らしている。
彼女はリベルの勝利を疑ってはいないらしい。
やがて彼は広い一室に辿り着くと、訓練用の刃引きされた武器を取り、ガイルと対峙する。
リベルの武器は片手持ちの剣。対するガイルは両手持ちの大剣だ。
元々、比較的華奢なリベルと、大男のガイルでは体格の差がかなりある。加えてリベルは、この世界に来たときに肉体年齢が下がっている。
端から見ていると、あっという間に押し潰されてしまいそう。
「いつでもいいぜ、ガキ」
「そっちこそ」
「あとで吠え面をかくんじゃねえぞ!」
ガイルは勢いよく地を蹴る。
巨体に見合わない速さであった。
(最初に見たときよりも速い)
あのときは落ち着いていなかったから、最大の力を発揮することができなかったのだろう。
「いくぜ!」
ガイルが大剣を振り下ろすと、リベルは半身を退いて回避する。
さらに切り返して刃が彼へと迫るなり、またしても一歩距離を取る。
「どうした! ビビったか!」
「確かに威力はあるな」
リベルは軽く剣を振ってみるが、ガイルの振るう大剣に当たると弾かれてしまう。
また、強力な一撃を防ぐのも難しそうだ。
「おらおら! どうした! 躱してばっかりじゃ、勝てねえぜ!」
ガイルは大剣を振るう。
(こいつ……口では大きなことを言ってるが、剣は正直だ)
大振りになることは一度もない。
確実に仕留めるための剣を振るっているのだ。
自分よりも強い相手に挑むことがないからこそ、挑戦する意思が失われてしまったのかもしれない。
(ときには、思い切りが必要なこともある。それを思い出させてやろう)
リベルは一度大きく距離を取る。
そんな戦いを見ていた転生者たちは、
「……あんだけ力の差があったら、どうにもならないんじゃねえの」
もう戦いの結末は決まったようで、飽きてきたらしい。
アマネもまた、
「もうこれで決まりね」
と、口にする。
けれど、両者が見ている未来は違うだろう。
ティールは彼らの間で視線を行ったり来たりさせたあと、
「う、うむ! 次で決まるな!」
と、よくわからずに宣言した。
そんなギャラリーたちに見守られながら、リベルはガイルを眺める。
「どうした。疲れたか?」
「いいや。あんたの底が知れた。全力を出さないなら、ここで終わりにさせてもらう」
「なんだと! こいつ……!」
ガイルが勢いよく飛び込んで、そして大剣を振り下ろしてくる。
確かに早さも威力も十分だ。魔物をも打ち砕く力強さがあるだろう。
だが――
「そいつはもう見飽きた」
リベルは一瞬で懐に入り込む。
「なっ……!」
慌てるガイルは、剣の軌道を変えようとする。
だが、もう遅い。タイミングは完全に読み切っていた。
「とっておきは残しておくものだ」
リベルが剣を一閃。
パァン!
弧を描く剣は、ガイルの勢いと相まって、強い衝撃をもたらした。相手の力を使えば、非力さをも補うことができる。
「うぐぅ……! ま、まだ……!」
「ここまでだろ」
リベルは切っ先を喉に突きつけていた。
刃引きしていなければ、このまま貫くこともできよう。
だが、ガイルは頭に血が上り、とてもここで退く気配はない。
両者の視線がぶつかり合い、戦いの中でなおも一触即発の状態になりつつあった。
そしてガイルが口を開きかけた瞬間、転生者の女性が動いた。
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