4 / 20
第一章
4 SSランクオーク
しおりを挟む「うぉおおおおおおお!」
モージュが雄叫びを上げて注意を引きつけると、掲げた剣を一気に振り下ろす。
剣から光が迸り放たれると、地面を切り裂き、土を巻き上げながら、大柄なオークへと向かっていく。直線上にある岩は木っ端微塵になっていく。
小柄なオークは狙いが定められているわけではなく、回避を試みる個体も出てきた。だが、間に合わずに巻き込まれて吹っ飛んでいくものもある。
そして刃が狙いどおりに豚の肉体を両断するかと思われた瞬間、
「ブモォオオオオ!」
ひときわ大柄なオークが両腕を交差させながら、真っ向から受け止める。
衝撃を殺しきることができずに、光に押し出されながら後退していく。踏ん張りが効かず、地面は抉れて、足を引きずった二本のラインがどこまでも伸びていく。
もうもうと上がる土煙にオークの姿は隠されていった。
「どうなった!?」
リベルはアマネとともに転生者たちのところに向かいながら、その様子を眺める。
「まだだ! 気を抜くなよ!」
モージュが叫び、土煙の中を睨みつける。
一陣の風が吹き、ゆっくりと煙が晴れていく。
そこにいたのは五体満足のオーク。腕には刃によってつけられた一文字の傷跡。
牙を剥き出しにしながら、怒りに震え、傷ついた腕をゆっくりと下げていく。と、同時。
モージュ目がけて、勢いよく走り出した。
「来るか!」
オークが体当たりするのを、モージュはギリギリまで引きつけて回避すると、豚の肉体はその先にあった岩にぶち当たって、粉々にしてしまう。
あんなのを食らったら、ひとたまりもないだろう。
リベルは転生者たちの近くにいるオークを見る。こちらはあの個体と比べると小柄だが、かなりの力を秘めているのは確かだ。
ろくに魔力が使えない今、組みつかれたら致命的だ。
だが――。
(ならば、掴まれなければいい)
すべて回避すればいいだけのこと。
リベルは剣を抜くと、目標を狙い定める。
襲われている転生者たちは五人。大柄なオークがモージュと戦っている今、さほど苦戦はしていないようだ。
しかし、戦う方法を見つけてはいなかった。
「くそ! 宝剣タートルストーンが壊れちまった!」
「俺の斧も効かねえ! あいつら、どうなってるんだ!」
「鎧もボロボロだ! これ以上食らったら……」
どうにもならない状況に、慌てふためくしかない。
SSランク以上だけあって、戦意がくじけてはいない。けれど、反対に力がありすぎたからこそ、攻撃が効かない状況には不慣れであった。
(奇襲しよう、方法は……)
とリベルが考えていると、アマネが視線を向けてくる。
「あたしが炎を撃つから、怯んだところを援護してくれる?」
「さっきもだが……魔法、使えるのか?」
「一応ね。前と比べると、魔法とも言えないものなんだけど」
おそらく、魔力を扱うのに長けているのだろう。
あるいは、リベルが魔力に関して繊細ではないだけか。彼は魔力で肉体や剣を強化することはあったが、そちらは必要なだけ鍛え、多くは剣技を磨いてきたのだ。
だからこそ、魔力が使えずとも、ここの魔物と渡り合えているとも言える。
「さあ、準備はいい?」
「いつでも行ける」
「頼りになるね! 行くよ!」
アマネは剣の切っ先をオークに向けると、魔力をひねり出す。
炎が渦巻きながら生じ、細長く尾を引きながら向かっていく。そして転生者を見ながら鼻息を荒くしていた豚頭に命中。
「ブモォ!?」
頭が炎に包まれて、思わず両手を使って顔を庇い始める。
威力はさほど高くはない。それゆえに怯ませるのが精一杯だ。
けれど、一瞬で十分。すでにリベルは剣の間合いに捉えていた。
「せぇい!」
剣を振るうと、刃が敵の足を抉っていく。
弾力のある手応えが、プツンと途切れる。足の腱は断ち切られていた。
(……いきなり首を狙わず正解だったな)
相手の強度を考えると、剣で首を両断することはできないだろう。骨があるため、そこで引っかかってしまう可能性が高い。
なにより、そこまで深く切りつけられるかどうか。
(だが、やりようはある)
痛みに仰け反り、踏ん張ろうとするオークであったが、うまく体を維持することができなくなる。
その隙を見逃すリベルではなかった。
「とどめだ」
剣が一閃。
オークの首を切り裂き、血を噴き出させる。
さらに反対側に回り込み、切り返してもう一度。
左右に深い切り込みを入れられたオークは、周囲を真っ赤に染めながら倒れていく。
首の骨を切れずとも、これなら致命傷になる。
リベルは距離を取ると、転生者たちに視線を向ける。彼らはこちらに注目していた。
「あ、あんたらはいったい……!?」
「俺はあんたと同じく、転生者だ。敵の数が多い。加勢してくれ」
リベルは鉄剣を投げ渡す。
転生者の大柄な男はそれを手に取ってみるが、顔をしかめた。
「こんな安物で切れるわけねえだろ! 俺の斧だって効かなかったんだぞ!」
「Sランク世界では、元の世界の装備なんて役には立たない。こいつはSランク世界の剣だ。魔物も切れる」
「そんな言葉に騙されるかよ!」
男は大柄な肉体に似合わず猜疑心が強いらしく、信じてはくれない。
物わかりの悪さにリベルは苛立ちを覚え、つい言葉を荒らげた。
「いい加減にしろ。時間がないんだ。言うとおりにしてくれ」
「はっ! てめえみたいなガキの言うことが聞けるか。できるもんなら力尽くでやってみろよ」
男は嘲弄しながら、リベルを見下ろしてくる。
「ならば試してみるか? お前の豪華な鎧を切ってみせれば理解できるか?」
「やる気か、てめえ!」
男は斧を構える。すでにボロボロになって、刃もほとんど残っていない。
三人の転生者は、リベルと男の間で視線を行き来させていた。
どちらについたほうが得か、考えていたのだろう。打算的なところがあってこそ、生き延びられることもある。無謀さだけでは戦い続けられない。
なかば一触即発の空気になるが、
「へえ。そーいうことか。面白いじゃねえか」
どこか子供っぽい声が聞こえ緊張が和らいだ。
リベルよりも歳上に見える男は、先ほどからリベルと男のほうを見ずに、剣を眺めていた。彼は仕草や声のせいで見た目以上に幼く感じられる。
身なりはSSランク以上とは思えない簡素なものだ。布の衣服に革のベルト、頭にはバンダナ。
一見すると、ただの旅人にしか見えない格好だが、決してそれらは安物ではない。
おそらく、なにかしらの魔術的な効果を秘めた代物だ。しかし、今はなんの効果も発揮していない。Sランク世界に持ってきたから、力を失ったのだろう。
その男は剣で自分の装備を軽く切ってみせる。
「なるほど、なるほど。俺様の装備があっさりやられちまうから、妙だとは思ったんだが、そういうことね。ははあ、わかったぞ」
「おいティール、なにがわかったって言うんだ」
「ふっ……この世界の……すべてさ!」
「ふざけたこと言ってると、その首引っこ抜くぞ!」
「ひぃ! ま、魔力が俺たちの装備には影響してねえんだ。だから簡単にぶっ壊れる。この鉄剣には少しだけだが、魔力が絡みついてる!」
ティールと呼ばれた男が言うので、リベルは目を凝らしてみる。
だが、鉄剣はただの鉄剣にしか見えなかった。
男も同様らしく、ティールを疑っている。
「なんにも見えねえぞ」
「俺様を疑うって言うのかよ! 俺様はSSランクの大盗賊、ティール様だぞ!」
ドーン、と胸を張って宣言するティール。
もちろん、ここにいる者たちはおそらく別の異世界から転生してきたため、そんな名など知りはしない。
リベルはそんなやり取りにすっかり呆れたので、剣をオークに向ける。敵はすでに体勢を立て直しており、これ以上話をする余裕もない。
「戦えないならいい。俺がやるだけだ」
「んだと!? そこまで言われて、SSランク剛戦士のガイル様が黙っていられるか! 貸せ!」
ガイルはティールの手から鉄剣を奪い取ると、リベルの隣に来て構える。
剣は普段、使っていないのだろう、構えはあまり慣れていない。しかし、それでも様になっているのは、さすがSSランクと言ったところか。
リベルは笑いかける。
「かっこいいじゃないか」
「はん。お前みたいなガキとは貫禄が違うんだよ!」
オークが迫ると、ガイルは雄叫びを上げながら切りかかる。
押し倒そうとするオーク目がけて剣を叩きつけると、
「てめえに力で負けるわけねえだろ!」
強引に敵の腕を断ち切り、殴り飛ばす。
(……初めから、武器もなしで素手で戦えばよかったんじゃないか?)
これほど力があれば、斧を使わずとも戦えただろう。見た目どおり、あまり賢くはないのかもしれない。
オークに馬乗りになるガイルを横目に見つつ、リベルは別の個体を狙う。
「リベルくん、援護するよ!」
「炎か?」
「あー……それは打ち止め。ちょっと疲れちゃった」
舌を出して笑うアマネ。
実際のところは、慣れていないことなど含めて魔力の消費が大きく、多用できないということなのだろう。
「でも、ちゃんと活躍するから見ててよね」
アマネは敵に向かうと、剣を幾度となく振るう。
動きはあまりにも鮮やか。一撃は重くないが、手数がかなり多い。普段はもっと軽い武器を使っているのかもしれない。
次々とオークに傷が増えていく。
「ブモ! ブモォオ!」
オークが怒りに顔を染め、アマネに迫る。
彼女は余裕綽々といった顔をしていたが、
「援護、感謝する」
眼前でオークの首が飛ぶ。
「あー! いいところだったのに!」
「本当に、いい状況を作ってくれた。アマネはうまいな」
「えへへ、そう? ありがと」
アマネはぱたぱたと赤い尻尾を揺らす。
お世辞抜きで、リベルはそう思う。彼女に合わせるのはかなりやりやすかった。
「さあ、まだ敵が残ってるよ!」
アマネが告げ、リベルも敵を見る。
が――
ズゴォン!
大きな音が戦場を横切っていく。そちらに目を向ければ、モージュが5Sオークを仕留めていた。
「ブヒッ! ブモモ!」
オークどもは倒れた親玉を見るなり、短い尻尾を巻いて逃げ出した。
「……これで戦いは終わりか」
リベルは剣を鞘に収める。
五人の転生者たちは、安堵の息をついた。
「これでようやく休めるのね」
「ったく。いきなりこれだから、とんでもねえ場所だ」
モージュはそんな彼らに声をかける。
「ようこそSランク世界へ。君たちの冒険に幸あらんことを!」
最初から魔物に襲われる状況になった者たちに対し、やけに明るい声だ。
時間がない、と言いつつも、さほど急いでいるように見えなかったのは、これがこの世界の日常だからかもしれない。
あるいは、自分でこの程度の危機をなんとかできなければ、生きていくこともできないのか。
なんにせよ、リベルたち転生者はひとまず、この世界で最初の困難を乗り越えたのだ。情報を得て整理する時間も取れるだろう。
「これから街に案内する。ついてきてくれ!」
モージュが歩き出し、転生者七人が続く。
冒険は始まったばかりである。
「街! 楽しみだね!」
「ああ」
Sランクの街はどんなものか。
リベルはまだ見ぬそこに、想像を膨らませるのだった。
0
お気に入りに追加
487
あなたにおすすめの小説
少し残念なお嬢様の異世界英雄譚
雛山
ファンタジー
性格以外はほぼ完璧な少し残念なお嬢様が、事故で亡くなったけど。
美少女魔王様に召喚されてしまいましたとさ。
お嬢様を呼んだ魔王様は、お嬢様に自分の国を助けてとお願いします。
美少女大好きサブカル大好きの残念お嬢様は根拠も無しに安請け合い。
そんなお嬢様が異世界でモンスター相手にステゴロ無双しつつ、変な仲間たちと魔王様のお国を再建するために冒険者になってみたり特産物を作ったりと頑張るお話です。
©雛山 2019/3/4

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです
ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。
転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。
前世の記憶を頼りに善悪等を判断。
貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。
2人の兄と、私と、弟と母。
母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。
ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。
前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

未知なる世界で新たな冒険(スローライフ)を始めませんか?
そらまめ
ファンタジー
中年男の真田蓮司と自称一万年に一人の美少女スーパーアイドル、リィーナはVRMMORPGで遊んでいると突然のブラックアウトに見舞われる。
蓮司の視界が戻り薄暗い闇の中で自分の体が水面に浮いているような状況。水面から天に向かい真っ直ぐに登る無数の光球の輝きに目を奪われ、また、揺籠に揺られているような心地良さを感じていると目の前に選択肢が現れる。
[未知なる世界で新たな冒険(スローライフ)を始めませんか? ちなみに今なら豪華特典プレゼント!]
と、文字が並び、下にはYES/NOの選択肢があった。
ゲームの新しいイベントと思い迷わずYESを選択した蓮司。
ちよっとお人好しの中年男とウザかわいい少女が織りなす異世界スローライフ?が今、幕を上げる‼︎
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?


実家から追放されたが、狐耳の嫁がいるのでどうでも良い
竹桜
ファンタジー
主人公は職業料理人が原因でアナリア侯爵家を追い出されてしまった。
追い出された後、3番目に大きい都市で働いていると主人公のことを番だという銀狐族の少女に出会った。
その少女と同棲した主人公はある日、頭を強く打ち、自身の前世を思い出した。
料理人の職を失い、軍隊に入ったら、軍団長まで登り詰めた記憶を。
それから主人公は軍団長という職業を得て、緑色の霧で体が構成された兵士達を呼び出すことが出来るようになった。
これは銀狐族の少女を守るために戦う男の物語だ。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる