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第一章
8 秘められし力
しおりを挟む魔石の力が彼に流れ込んでくる。
鑑定能力を持つ者に見てもらったわけじゃないため、秘められているのがどんな能力かは、魔石から力を得る瞬間までわからない。
だが、なんだろうといい。この場を乗り切る力が欲しかった。今の弱さを塗りつぶす力を願った。
光が彼を包み込む。
温かな感覚は、亜空間収納の魔石を使ったときよりもずっと深い。
そうして彼は魔石に秘められていた力を我が物にする。
――「亜空間収納Lv1」「浄化v1」「スラッシュLv3」 残りスロット96
スキルスロットに新たな力が加わっている。スラッシュは切断力を上げるスキルだ。
このネストは推奨レベルが3だから、この魔石もその程度のレベルだったのだろう。おそらく、部屋の主が持っていたものではない。
初めて訪れるネストには、こうした魔石が転がっていることがある。自然に生じるのには時間がかかるらしく、人の手が入ると、ほとんど持っていかれてしまうのだ。
ときおり、魔物を倒して魔石の欠片が手に入ることもあるが、それは何度も使わねば習得できず、非常に時間がかかる。
「……アルトゥス、どうなったんだ?」
「『スラッシュLv3』だ。新米が手にするには十分すぎるスキルだな。もっとも、祝福された勇者には無用の代物だが」
「さっきのこと、気にしているのなら謝罪する」
「いや、その必要はない。間違ったことじゃないだろうし、俺は俺でやるだけだ」
新たな力の感覚を試していると、彼の中の競争心がふつふつと湧き上がってくる。
(まだまだ力をつけていける。スロットだって、まだ96も残って――)
そこで彼は再確認する。
最初にあったスロットは100だ。
そして1と1と3を使っているから、残りは95になるはずなのだが。
(どういうことだ? このネストの魔石が特別だった? スキルレベルよりもスロット消費が少ない?)
理屈はわからない。もう一度別の魔石を使ったときに、元に戻ってしまうかもしれない。
だが、このままだったなら、スロットが101あるのと同じことだ。
通常は100までと言われているが、上限を超えている。
(女神様からの挑戦か。スキルで埋め尽くすことなんて、できやしないって)
そこまで集める前に、諦めてしまうとでも言いたいのか。
けれど、なんだろうといい。得られるものは、少しでも多いほうがいい。
「……アルトゥス、大丈夫なのか?」
「ああ、すまん。少し考え事をしていた。行こう」
彼はすたすたと歩き始める。
その姿は先ほどとまるで違って見えた。
それから二人は無言のまま、遺跡内を歩いていく。
お宝があるわけでもなく、使われなくなった建物が遺棄され、ネストに取り込まれたときに埋まっていただけのようだ。
魔物も出ず、平和なものである。
そんな状況が続くが、二人はピリピリしていた。その関係が、むしろ緊張感を高めるのに一役買っている。
だから、すぐに気がついた。魔物の存在があることに。
白骨死体が錆びた剣を手にしながら立っており、カタカタと動いて鎧を揺らしている。その向こうには階段。
魔物、骸骨兵はそこを離れる気はないようだ。
アルトゥスはハレックに視線を向け、短剣を見せると、彼も闘志を燃やしていた。ならば、迷うこともない。敵を倒さねば、道は切り開けないのだから!
二人は静かに、けれど素早く駆け出した。
一気に距離を詰めると、骸骨兵が剣を振り上げる。直後、ハレックは加速して懐に入り込み、剣を持つ骨を切り裂いた。
「食らえっ!」
続いて飛び込んだアルトゥスは、剣に魔力を込める。そして「スラッシュ」を発動させた。
剣は鋭い軌跡を描き、骸骨兵の頭から股下まで真っ二つにする。鎧ごと断ち切り、床の手前でピタリと止まる。
遅れて、白骨が左右に分かれて地面に落ちた。
アルトゥスはゴクリと生唾を呑み込んだ。
(これが俺の力か)
慢心するな、と自分に言い聞かせるが、興奮は抑えきれなかった。
「おい、この先が地上みたいだぞ」
ハレックに呼ばれて、アルトゥスもそちらに向かっていく。
長い階段を上がっていき、一番上に辿り着くと、そこは泥で塞がれていた。
けれど、高さ的には地上だ。しかも、外で鳴く死者食いレイヴンの声も聞こえる。
つまり、ここを掘っていけばいいのだ。
「問題は、どうやって抜けるか、だが……」
「スコップがある」
「……お前の亜空間収納、どうなってるんだ?」
「整理が得意なんだよ。ハレックが散らかしすぎなんだ」
アルトゥスはスコップを取り出すと、せっせと土を退けていく。疲れたらハレックと交代。
十回ほど入れ変わったところで、アルトゥスは風を感じた。外から流れ込んできているのだ。
「おい、ハレック。外だ!」
「慎重にいけ。上から土が落ちてきたら、もう出られなくなるぞ」
「わかってる。やるぞ……!」
彼はスコップで土を退かすと、光が差し込むようになる。すでに夜は明けているのだろう。
すると――
ズシン。地面が揺れる。
「お、俺じゃない!」
「わかってる! 急いで出るぞ!」
二人は慌てて外に飛び出すと、リトルドラゴンと戦っている勇者たちが見えた。王都に連絡して、ベテランを呼んでこなかった理由は明らかだ。
それでは間に合わなくなってしまうから、そうなる前にやつを倒して、助けに来ようとしたに違いない。
「いいやつらだ」
アルトゥスはそう思った。
彼らと別れるのは名残惜しい。けれど、これで最後にしよう。力のない名無しの勇者が一緒にいても仕方がない。力のある名無しの勇者となって、立ち並びたいのだ。
そして最後だからこそ、しかと敵を倒して、依頼を終わらせよう。
「ハレック、行こう」
「ああ」
二人は泥まみれのまま駆け出す。
そうしてリトルドラゴンの近くへ。
「アルくん!? ハレック!?」
「無事に帰ってきたぞ! 汚れてるが、マッドスライムじゃない。攻撃しないでくれよ!」
「よかった! 本当に会いたかった!」
リエッタはすっかり泣き出しながらも、リトルドラゴンとの戦いで傷ついた者を癒やしていく。
ハレックはアルトゥスに、
「無理せず休んでいていい」
と言うのだが、彼ももちろん、大人しくしてなどいられない。
「そっちこそ。怪我人なんだろ」
光の矢がリトルドラゴンを射貫くと、体勢が崩れて倒れ込んだ。
ハレックはそこに飛び込むと、足をさらに切りつけて、立てないようにしてしまう。
アルトゥスも続き、リトルドラゴンの首へと切りかかった。
ありったけの魔力を込めて、剣を振る。
ザンッ!
刃は竜の鱗も切り裂き、どっと血を流させる。
「ギャオオオオオオオ!」
竜は悲鳴を上げ、体を精一杯動かして、彼らを振り払おうとする。だが、立ち上がることはなかった。
仕留めきることはできなかったが、それで十分。なにしろ、頼もしいやつらがいるのだから。
勇者たちが次々と剣を振るうと、もう竜は足掻くことすらできなかった。
「……依頼達成だ!」
「おお!」
彼らは初仕事の達成に、喜び沸き立った。
だけど、リエッタだけはそんなことよりも、アルトゥスのところに駆け寄ってくる。
「傷、大丈夫!?」
「それより、ハレックのほうを――」
「いや、アルトゥスだろう」
「二人とも、意地張らないの」
リエッタは笑いながら、二人に「光の加護:生命の与奪」を用いて、傷を治していくのだった。
◇
依頼を終えて帰ってきて数日。アルトゥスは宿舎で旅立ちの準備をしていた。
荷造りといっても、元々たいした物はなく、あっという間だ。というのも、ほかの少年らと共用のものが非常に多かったから。
「ここともお別れか」
アルトゥスは名残惜しく感じるも、ふと笑った。
別れではなくただの出発なのだ、と。
彼はゆっくりと廊下を歩きながら、友人たちと言葉を交わす。
「アルトゥス、頑張れよ」
「ああ」
「なにかお土産持ってきてね」
「いつになるかわからないぞ」
「これから俺の名が世界中に轟くから、楽しみにしてろ」
「田舎に行くから、たぶん届かないな」
別れはあっさりしていた。
ギクシャクしていた関係も、あのネストの一件で落ち着いた。結果としては、よかったと思う。
山分けとはいえリトルドラゴン討伐の報酬も得られたし、旅の資金もできた。こっそり持ってきた遺産は、王都にいる間に売ってしまったのだが、小銭にしかならなかった。状態が悪すぎたのだとか。
それゆえに、あの遺跡をまた調べるのはやめた。まだ誰も入っていなかったようだから、ほかにも魔石が転がっているかもしれないが、入り口が塞がって出られなくなったら困る。
いい思い出があるわけでもないし、無理をすることもなかろう。なにより、一人では探索するのも難しい。それも「今の彼では」という条件がつくが。
いずれは、あんなところの魔物など蹴散らせるくらいになるのだから。
そうして宿舎を出ようとすると、リエッタが待っていた。今にも泣きそうな顔で。
「アルくん……」
「見送りに来てくれたのか」
「本当に行っちゃうの? 依頼はうまくいったんだし、このままでも……」
「俺が納得できないんだよ。……今生の別れでもないし、そんな顔するなって。俺はもっと立派になるから。黙っていても、噂を耳にするようになるぞ」
「うん。絶対に、絶対に戻ってきてね。じゃないと、地の果てまで追いかけるから」
「そりゃ約束を守らないとな」
アルトゥスはリエッタに微笑み、歩き始める。
振り返ると、宿舎の中にハレックを見つけた。彼もわざわざ、来てくれたのだろう。
アルトゥスは誰に告げるでもなく、
「行ってくる」
と口にした。
名無しの勇者の冒険はここから始まる。
まだ見ぬ高みを目指すために。
空は青々として、彼の旅立ちを祝福していた。
第一章 完
次は旅立ち編です。
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