異世界に行ったら魔物使いになりました!

佐竹アキノリ

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4巻

4-3

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 しかし、やはり体がうまく動かないのでゴブをあしらうこともできない。
 それだけじゃない。ライムもクーナも、ちょっと呆れたような表情をしている。
 なんか、俺がすごくダメな主人みたいな立場になっているのはなぜだろう。時の流れは残酷だというのか。
 結局、鬼太郎は呼び出さないときは大体眠っているらしく、意識はないそうで、とりあえずプライバシーの問題は解決したといえよう。ただ、俺に危機が迫ったときなどは覚醒かくせいするらしい。
 そんなことを考えていると料理が運ばれてきて、ケダマが嬉しげに鳴き声を上げた。
 こやつは変わっていないなあ。なぜだか安堵してしまう。
 早速、ケダマはむしゃむしゃと美味しそうに食べ始める。そこで俺は気付いてしまった。ケダマすらこの一年間に進化しているということに。
 そう、変わらないはずがない。ケダマだって成長しているのだ。見た目の大きさだけでなく、中身も。
 ケダマははしを使えるようになっていた!
 ……どうでもいいな。
 下手くそに箸を使っていたケダマだが、漬物つけものの切れ端をじっと眺めると、世界の命運を握っているかのような表情を浮かべる。
 なにかあるんだろうかと思いきや、漬物の切れ端をつまんで、俺のところに持ってきた。
 なんということだ。人のものばかり食っていたケダマが、人に分け与えることを覚えたとは。きっと、快気祝かいきいわいということなのだろう。
 俺はちょっと感動してしまう。

「いや、そんな切れ端貰わなくていいから。ケダマが食いなよ」

 そう告げるとケダマは嬉しげに漬物の切れ端を放り投げ、ぱくりと口でキャッチ。美味しそうに口を動かしながら、自分の膳のところに戻っていって食事を始めた。もう箸は使っていない。やっぱり前足で使うのはめんどくさいのかもしれない。
 俺は箸を何度も落としながらも食事を進めていく。

「鬼太郎、ちょっと醤油しょうゆ取って」

 早速呼び出された鬼太郎は、俺の腕からにゅっと頭と腕を伸ばして醤油の瓶を取ってくる。
 これ、便利だな。かゆいところに手が届くというか。
 一方で鬼太郎は困惑気味である。こんなことで呼ぶなとでも言いたげだ。便利なんだからいいじゃないか。
 と、そこでどうやらこれが身体変化のスキルの一部であることがわかる。このスキルを使えば、腕を何本も生やせるかもしれない。
 そうこうしているうちに食事も終わって、満腹になった俺は寝そべる。お行儀ぎょうぎがよくないが、なんだか疲れてしまったのだ。

「親友よお、お疲れのところ悪いんだが、話をしてもいいかね?」
「構わないよ。なんだ?」
「えっとだな。なんて言ったかな、そう、あれを集めなきゃならねえんだよ。黒い奴」
「……すまん、誰か代わりに話をしてくれないか」

 要領ようりょうを得ないナマクラ丸の代わりに、ライムが説明してくれることになった。

「あのね、シン。前に古代魔術師と戦ったとき、私が取り込んだ黒い塊があったよね。あれが、この世界の力の源なんだって。合成のスキルを使うと強くなるのは、これが濃縮されていくからみたい。それでね、その力を使えば旧世界と新世界を繋ぐこともできるの」

 引っ込み思案だったライムが、にこにこと笑顔で俺に語る。娘が独り立ちするのを見る父というのは、こんな気分なんだろうか。嬉しくもあり、さびしくもある。
 俺は千年前の記憶の中から、その黒い塊に関する情報を引っ張り出す。確か魔石と呼ばれていた気がする。
 魔石は魔物が死ねば土に還り、それを植物が吸い上げ、さらにそれを食らった魔物が取り込む循環の中にあった。そうして世界中に万遍まんべんなく広がっていたが、合成のスキルを使っていくことでガンガン取り込めるのだ。強い魔物ほど魔石を蓄えていることになるので、そいつを取り込めば、かなりの量になるだろう。
 そうしてこの世界の一部を担っている魔石だから、旧世界の消去も、二つの世界を繋げることもできる。

「シンさん。実はこの一年の間に、すでに一度だけ旧世界との繋がりはできてしまっています。向こうの世界から魔物が流れ込んできて、滅びた国家もあるようです」

 クーナが深刻な事態を告げる。
 俺はなんとなく推測ができた。たぶん、旧世界の俺が仕掛けてきたことなんだろう。破滅を待つのではなく、この世界を乗っ取ることで生きながらえようとしているのだ。
 いつまでも侵攻が持続しないのは、旧世界と新世界との距離が近づく時期――恒星と新世界、そして旧世界が同じ水平面に並ぶ夏の時期だけしか移動ができないからだそうだ。
 なんとも大事おおごとになっているが、実感なんか湧きやしない。
 どうしたものかと思っていると、銅鑼どらが鳴った。ガンガンと響く音に混じって、外から小鬼たちの慌てたような声が聞こえる。
 なんだろうか、と呑気な俺を尻目に、クーナやライムが立ち上がる。そしてキリッとした表情のゴブが一目散いちもくさんに走り出した。

「シンさんはここにいてください」

 そう言い残して行ってしまった彼らの後姿を見ていた俺だが、ケダマもポンコツ丸もウルフも行ってしまったので、俺のところにはナマクラ丸しかいない。
 ……こいつを使えばなんとかならないだろうか。
 そう思ってナマクラ丸を握るも、いかに技能が高くなろうとも筋力が低すぎてろくなことにはならなかった。次に鬼太郎から還元された「身体強化」のスキルを使用する。
 以前と同じまでにはならないが、強くない魔物くらいなら倒せそうな程度にはなる。
 言われた通りにここにいようとは思うが、状況くらいは把握はあくしておきたい。こっそり襖を開けて外を眺める。
 もう小鬼たちの姿はなく、代わりに大きな鬼が棍棒や剣を持って空を眺めていた。そこには、飛び交う大量の魔物の姿があった。
 とりわけ問題となっているのは、巨大なワシ頭の鳥と、緑色のトカゲの二体。それらが動き回り、物を落とすたびに、地上の魔物は翻弄ほんろうされていた。
 俺は鑑定スキルを発動させる。


《グリフォン Lv‌55》

  ATK172 DEF125 MAT114 MDF182 AGI291

【スキル】
 「風魔法Lv‌5」

 《ワイバーン Lv‌46》
  ATK298 DEF158 MAT139 MDF182 AGI211

【スキル】
 「風魔法Lv‌5」「炎魔法Lv‌5」

 うわあ、これは倒せそうもないなあ。
 周りにいる雑魚ざこの魔物はともかく、あの二頭はちょっとまずい。
 以前の俺ならば、なんとか倒す方法を考えたのかもしれないが、今はどうにもならない。言われた通り引っ込んでいるしかないのである。
 さて、どこに逃げようか。逃げ場なんかない気もする。
 そんなことを考え始めたとき、ワイバーンが俺のほうを見て突っ込んでくる。
 ど、どどどどうしよう!
 やがて火をかんと口を開けたワイバーン。俺がナマクラ丸を抜いてひとまず応戦の構えを取った直後、巨大な丸い塊が飛んでいった。
 ワイバーンをあっさりと弾き飛ばしたそれは、ケダマである。どうやら、俺がいなくても小型化を解除できるようになったらしい。
 そのまま宙を自在に舞うケダマ。風魔法で飛んでいるのだ。
 地上に落ちたワイバーンには鬼たちが群がって切り倒していく。
 空飛ぶケダマは次々と空中の魔物に体当たいあたりをかましている……あんなの俺が知ってるケダマじゃない。
 俺が知っているケダマは、空を飛んだかと思えば、そのまま地上に落下してバウンドしていたはずだ。もはやすっかり過去の思い出となってしまったのか。
 それだけじゃない。
 ポンコツ丸が空を飛びまわり、その上に乗ったライムが魔法弾で次々と敵を仕留め、ゴブを背に乗せたウルフも氷魔法で敵を落としていく。そしてグリフォンに接近すると、ゴブがそちらに飛び移って、棍棒を振り下ろした。
 その衝撃でグリフォンは気を失って落下し、ゴブも反動で飛ばされて地上に落ちてくる。
 俺は記憶の中にあった、かっこいいゴブリンを思い浮かべていた。すたっと着地するゴブリンを。
 だが、ゴブはうまくバランスを取れずに頭から地面にぶつかった。俺はちょっとだけ、ほっとしてしまう。
 そんなゴブであるが、鬼たちが群がってグリフォンを叩き始めると、なにやらポーズを決める。鬼たちはグリフォンを倒すのに必死で、一体もゴブを見ていない。
 その姿を見て、ああやっぱりゴブなんだなあ、と俺はすっかり安心した。
 間もなく魔物たちは片づき、ポンコツ丸と一緒に皆が降りてくる。あれが旧世界から来た侵略者だったのだろう。
 俺の出る幕ないなあ……
 寂しく思っていると、ゴブが俺のところにやってきて背中を叩き、虫の息になったワイバーンを示す。
 魔物合成は俺だけの特権らしく、早速やってくれということだ。
 俺が主従契約のスキルを発動させると魔法陣が浮かび上がり、ワイバーンに絡みつく。主従契約が成立すると、早速ゴブはその中に入って、合成が開始された。
 まばゆい光が消え去ると、そこにいたのはゴブリンである。ただし、背中には小さな羽。
 ぱたぱたと動かすと、地面からちょっとだけ浮いた……それだけである。虫みたいだ。


《羽ゴブリン Lv‌22》

  ATK713 DEF605 MAT275 MDF221 AGI648

【スキル】
 「風魔法Lv‌5」

 「経験値継承」のスキルのおかげでレベルが高くなっているとはいえ、ゴブまでこんな強くなってるのか……
 そりゃそうだよな。俺自身のステータスを見たときに気付くべきだった。なんせ、俺の力はほとんど、魔物たちから還元されたものなのだから。
 そんなゴブはようやく出てきた小鬼たちに自身の英雄譚えいゆうたんを聞かせ始めた。小さい鬼にもかかわらず活躍できるということで、あこがれっぽいものを抱かれているようだ。ゴブの癖に。
 それからも俺は一人だけ蚊帳かやの外で、小鬼たちが後処理で慌ただしく動くのと一緒に俺の魔物たちが働いているのを眺めるばかり。

「親友、そのうちいいこともあるさ」

 ナマクラ丸のはげましを聞きながら、俺は再び部屋に戻って寝転がった。



 3


 まだ誰も起きていない早朝、俺はせっせと廊下を歩いていた。そう、頑張って歩いているのだ。
 走る体力なんかすでになくなっているし、これでさえ数分とたたずに疲れきってしまう。
 なんとも情けないことだが、だからといってなまけていては一生動くのもままならないし、少しずつでも元の力を取り戻していくしかない。
 身長が俺の半分もない小鬼に横を抜かれていくのだって、恥ずかしくはない。ああ、恥ずかしくないとも。
 しばらくそうしていたが、やがて限界が来ると廊下にそのまま寝転んだ。ひんやりした冬の廊下は心地よい。

「親友よお、もう一週間もこうしているが、変わんねえなあ」
「当たり前だろう、一年も寝ていたんだぞ。いくら鬼太郎がくっついて体が不調にならないようにしてくれていたって言っても、筋力低下はまぬがれられなかったんだよ。まったく動けないお前には言われたくないね」

 俺は刀を軽く持ってみる。
 感覚的にはすぐに馴染なじんでくるが、いざ動かしてみるとイメージに体がついてこない。
 こんなんで大丈夫だろうか、と少しばかり不安になってくる。
 旧世界と新世界が再び繋がるのは次の夏だ。半年くらい先ではあるが、それまでに万全の状態まで戻さなければならない。
 そしていつまでもリハビリばかりをしているわけにもいかない。この世界には旧世界からやってきた魔物が蔓延はびこっており、それらを捕まえて片っ端から合成していかねばならないのだから。
 この鬼太郎のいる土地に近ければ近いほど、土着の魔物は強いため、外来の魔物にも対抗できている。それゆえに敵が都市を占領せんりょうすることもなければ、勢力を拡大することもない。
 一方、こことは正反対の場所――俺がこの世界に降り立った地なんかは強い魔物がいないため、すでにあちこちの都市が落とされているとのことだった。なにもしなければ、これからの半年の間にこの世界の半分以上が占領されてしまうだろう。
 気分のいい話ではないが、それはともかくとして、最終決戦に勝つためには魔石をどんどん集めていかねばならない。こんなところで寝転がっている時間は惜しいのだ。
 クーナたちがなんとかしてくれるのは確かだが、魔物合成ができるのは俺だけだから、やはり俺が立たなければならないのである。それこそが、彼女たちが一年の間、俺を待ち続けた理由なのだろう。
 俺はごろりと寝返りを打って鬼太郎を呼び出す。

「なんだ我が主よ」
「すまないんだけど、背中かいてくれ。汗で張り付いてかゆくてさ」

 鬼太郎は顔をしかめつつも、代わりに背中をかいてくれる。
 俺は「もう少し上」だとか「そこそこ」だとか指示を出しながら、欠伸あくびを一つ。十分寝たはずなのに、体力がないせいで眠くて仕方がないのである。

「……そういえばさ、お前と一緒にいた魔物たちってどうなったんだ? まさかナマクラ以外全員死んだってこともないだろう?」

 魔物は長寿のものが多いし、争いで死ぬ確率が低くないとはいえ、あれほど強い魔物ならばそうそうやられないだろう。
 鬼太郎は少し答えにきゅうしていたが、やがて「二体は残っている可能性がある」と告げた。
 一体は巨人、もう一体は巨大な竜だ。しかし、彼らが今どこでなにをしているのかどころか、生きているのか死んだのかも知らないらしい。千年も過ごしていれば当然かもしれない。
 それ以外は戦いの最中、あるいはその後にすぐ亡くなったり、老衰ろうすいを迎えたりと様々な結末があったようだ。
 そうなると、俺も最期のことをなんとなく考えてしまう。どんな運命が待っているのかはわからないが、彼女たちと笑い合って――

「シン、大丈夫?」

 その声とともに、ひんやりと冷たいライムの手が俺の首に触れる。
 運動で火照ほてった体から熱が奪われていくのが心地よい。だから俺はしばらくそのままでいた。
 覗き込んでくるライムの顔が見えて、なんとなく安心する。一年たっても、俺と彼女たちの関係はあまり変わっていない。もちろん変わったこともあるが、大切な部分はなにも変わっていなかった。そのことがなによりも嬉しくて、彼女たちと一緒にやっていくために頑張ろうと思う。
 ゆっくりと体を起こすと、ライムが肩を貸してくれるので一緒に部屋に戻る。
 それから俺は、布団からはみ出して眠っているゴブの鼻提灯はなちょうちんを砕き、腰の辺りをくすぐる。

「ゴッゴブブ、ゴ、ゴビュ!」

 なんか変な声が聞こえたが、気にしない。
 さらにウルフに起こされたはずなのに、仰向あおむけで居眠りしているケダマの腹をもぞもぞといじると、ぱちくりと目を覚ました。そしてまた眠たげにまぶたを閉じかけたので――

「起きないと朝食なくなるぞ」
「がおー!」

 元気に起きたケダマを放り投げて、俺たちは朝食を食いに行く。
 ポンコツ丸は一晩の間に冷えきって、きびきびとは動かないし、なんだかとても世界の命運を握るパーティとは思えない。
 けれど、やっぱりこのほうが居心地はよい。
 それから簡素な朝食を取り終えると、小鬼たちが小包を持ってきた。中にはお弁当が入っているそうだ。
 彼らはお礼を言い、鬼太郎のことを頼むと告げてくる。ちょっと抜けたところがある鬼も、信頼されているようだ。
 今日、俺はこの屋敷を出ることにしていた。普段はろくに歩けないとはいえ、身体強化のスキルを使えば、ギリギリ戦えないこともないレベルにまで体力は戻ったから、少しずつ目的を果たすべく、旧世界の魔物の拠点を潰していくことにしたのだ。
 小鬼たちに見守られると、ゴブはかみげる仕草を見せる。髪なんか生えてないけど。
 そして渋い(ゴブの主観)ところを見せながら、屋敷を後にする。
 俺が次に戻ってくるときは、いくつもの魔物を倒したときだ。それまでは、帰ってくることはないだろう。ああ、タダで食う飯は旨かったなあ。
 固く決意して去った俺だったが、何度も石段を下りていくうちに気分が悪くなってきたので、狐姿のクーナの背に乗っかった。
 彼女の毛並みは出会ったときからいいが、最近はますます綺麗きれいになった気がする。柔らかな毛を堪能たんのうしているうちに、俺はうとうとして、そのまま眠りこけてしまった。


     ◇


 気が付いたときにはすっかり町の外れまで来ていた。
 これから先は敵の魔物もいる場所だと思うと、こんなことではやっていられない。
 俺は気合を入れるが、クーナは足を止めていた。
 ここらでなにかあるのかと見回しても、ゴブは先ほどの自分の姿を思い出しているのかいまだにじーんときているようだし、ケダマは空を飛んで木の実を食ってばかりだ。それにしても、ケダマが飛んでいる姿がいまいち慣れない。なんだろう、この珍妙ちんみょうな生き物は。
 そうしていると、ライムがポンコツ丸をぽんぽんと叩く。
 ガシャンと音を立てて飛行形態になったポンコツ丸は、見る見るうちに大きさを増していく。小型化すら自在に使えるとなると、俺の意義ってなんだろう。やっぱり応援することかな。
 魔物たちが皆で乗り込むと、俺はクーナから下ろされるなり、ポンコツ丸が出したアームで固定される。なんだか運搬うんぱんされる荷物の気分だ。
 はてさて、これからどこに連れていかれるのだろう。寝ていたから、さっぱり状況がわからない。
 ポンコツ丸が飛び立つ衝撃に、俺は吐きそうになりながらもなんとかこらえる。そして飛び上がるなり、俺の魔物たちは一斉に辺りを眺め始めた。
 と、そこで俺は懐かしい感覚を覚えた。人化したクーナが神通力で辺りを探っているのが伝わってくる。すっかりなまってしまった俺だが、共感覚はしっかりと使えるようだ。
 が、クーナがあまりにも目まぐるしく視界を変えるせいで、俺は込み上げてきた胃の中身をこらえるので精一杯だった。
 クーナがポンコツ丸に行先を指示し始めるも、口頭で伝えるのには時間がかかる。そこで俺は共感覚を通じてポンコツ丸にクーナのイメージを伝達。

「ウ……ハキソウダ」

 俺のイメージは伝わらなくてよかったんだけど。というか、機械の癖にそんな気分になるのか。
 そうして目的地が決まると、ぐに突っ込んでいく。クーナが先ほど見ていたのは、小規模なとりでのようなものだったが、なにをしに行くんだろう。別れの挨拶あいさつだろうか。

「シンさん、掴まっていてくださいね」

 クーナが言うや否や、ポンコツ丸が急加速。
 勢いよく向かっていった砦からは、わらわらと魔物が出てき始めた。どこにも妖怪っぽさはない。
 つまり、あれが外来の魔物ってことか?

「ちょっと待って、まだ心の準備が――」

 俺が言い終わるよりも早く、ポンコツ丸が変形して砦へと突っ込んだ。なんとか衝撃を押し殺すようにはしていたが、俺の体は引きちぎられそうになる。
 素早く身体強化のスキルを使っていなかったら、今頃気絶していたかもしれない。
 すさまじい衝撃とともに土煙が上がる中、俺はアームから解放されると状況を確認する。
 粉砕ふんさいされた砦の中から、奇声を上げながら向かってくる大量の魔物が見えた。どうやら、やるしかないらしい。
 俺は覚悟を決めてナマクラ丸を抜き、クーナたちが突っ込んでいくのを応援することにした。
 ……どうせ今行ったところで足手まといにしかならないし。
 勇ましいクーナが槍をぶん回すたびに、俺のすぐ近くに魔物が積み上がっていく。それに対して俺は主従契約と魔物合成のスキルを使用。
 浮かび上がった魔法陣の中に、入れ代わり立ち代わり、俺の魔物たちが入っていく。
 しかし合成のスキルを使っているにもかかわらず、魔物の容姿は変わらない。そこで俺は思い出した。合成する際に、魔物の特徴が合わさるものと、単にレベルが上がるものがあったことを。
 つまり後者は魔石を取り込むだけのものなのだろう。だから成長しやすい。
 ウルフたちは何度も魔法陣の中に飛び込むが、特に欲しい特徴はないらしく、一向に新たな魔物になる気配はない。
 それらを魔法陣の近くで眺めていると、俺目がけて飛んでくる魔物があったので、慌てて体をひねって回避。危うくぼんやりした顔を強打されるところであった。
 見れば、俺へと果敢かかんに切り掛かってきたのではなく、ゴブが打ちのめしたときにミスをして、俺のところへと飛ばしてしまったようだ。
 まったく、あの間抜けゴブリンめ、気を付けろよ。今の俺はちょっとした魔物を相手にするのも大変なんだから。
 そんなことを考えていると突如とつじょ、大地が揺れ始めた。いや、大地ではない。この砦が揺れ始めたのだ。
 俺はしっかりと柱にしがみついて放り出されないようにしていたが、次の瞬間、柱が中へと引っ込んでいってしまう。
 そして慌てていたゴブの足元が急速にせり上がり、緑の小鬼は空へと発射されて飛んでいった。

「シンさん! 乗ってください!」

 声のしたほうを見れば、ポンコツ丸に乗った我が魔物たち。
 しかし、減速することはなく、猛烈な勢いで向かってくる。勢いは近づくにつれて増して、先ほど砦に突っ込んだときの衝撃さえ連想させる。
 ころされる!
 そんな不安を抱いた俺は、つい及び腰になってしまう。
 が、クーナが俺へと手を差し伸べてくれていた。可愛い可愛いクーナが尻尾を振りながら俺との邂逅かいこうを待っているのだ。なんとも感動的ではないか。
 俺はクーナと抱き合うシーンを思い浮かべながら飛び込んだ。
 彼女との距離がぐんぐん近づいていく。そして今、彼女の腕の中に――
 突如、視界が真っ黒に染まった。俺を包んでいる周りは柔らかく、液体でべとべとする。
 共感覚を通じて状況を確認すると、大きくなったウルフの口から人の下半身が飛び出していた。
 どうやら俺が入ったのは可愛いクーナの腕の中ではなく、可愛いわんこの口の中だったようだ。確かに、このほうがしっかり受け止められるかもしれないけどさ……
 俺はゆっくりとウルフの口から脱出するなり、ポンコツ丸のアームで縛りつけられる。かなり強引なやり方だが、急加速して強い衝撃が加わると、それもやむなしと思われた。俺の力では、しがみ付いているのも難しそうだから。
 ライムがじっと見つめる視界には、うごめく無数の柱。そして飛行する俺たち目がけて、一斉に放たれる石の塊。
 ポンコツ丸は華麗なる飛行で回避していくが、そのたびに俺は引きちぎられそうになる。荷物っぽい扱いなのはいいけどさ、もっとこう……繊細せんさいな扱いをしてほしい。服にでも割れ物注意って書いておこうか。
 そんなことを思っていると、ぱたぱたと羽を動かしながらゴブが落ちてきた。
 そういえば、一応羽が生えたんだっけ。役に立ったんだろうか。いや、ちっとも減速していないし関係ないな。
 砦はどんどん変形して、人型になっていく。もうあれはただの砦ではなかろう。俺は鑑定スキルを発動させる。


可変要塞かへんようさい Lv‌44》

  ATK192 DEF999 MAT48 MDF576 AGI96

【スキル】
 「自己再生」「土魔法Lv‌6」「ミラーシールド」

 砦そのものが魔物だったようだ。
 これまでクーナたちは付近の魔物を倒してきたと言っていたから、こんな巨大なものが作られるのを放置するはずもない。ということは、こうやって人型になってここまで移動してきたのだろう。
 そういえば、鑑定スキルを持っている魔物はいないから、俺がいない間はずっとステータスを見ずに戦い続けてきたのか。小さいことだけど、俺には俺の役割があったということだ。
 かなり丈夫そうだけど、大丈夫なんだろうか。魔法の防御に関しては低いから、そちらで攻めるべきか。

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