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第9話 月を目指して
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あれから、二人で星を見るようになって、毎夜のように星空を見上げた。
いくつもの天体を望遠鏡のレンズ越しに見つめたり、私が星について語りだして、朝まで語り明かしたり。あの子が、珈琲を水筒に入れて差し入れてくれたり、一緒にカップラーメン食べたりもしたなぁ。
それはもう、楽しい日々でさ。
そんな日が、いつまでも続くような気がしてた。
けど、そんなことはなくてさ、夏休みが半分を過ぎたころかな。それに気がついて、急に寂しくなったんだ。だからかな、話すつもりのなかった、私の〝夢〟をあの子に語ってた。
「ねぇ、ヨミ」
声を掛けると、あの子は持参した水筒から珈琲を注ぐ手を止めて、ゆるりと首をかしげた。
「なんですか?」
「私ね、月が好きなんだ」
そう言うとさ、呆れた目をされたなぁ。
「でしょうね。必ず月が見えるときは見ていますし」
「たはは、それもそうだね」
私も、思わず苦笑した。
そこまで露骨に月が好きだと表には出しているつもりはなかったけど、そう言われるとわかりやすいにもほどがあるよね。私のする天体の話も、半分以上は月の話だったから。
「私にとっての月はさ、憧れみたいなものなんだ。この真っ暗な夜空の中でも、ひときわ明るく輝いている月が好きなの。他の恒星のほうが輝いているとか、そういうことじゃなくてさ、なんていうのかな、月を見ていると一人じゃないよ、って言われてる気がするの」
じっと欠けた月を見つめながら、頬を弛めた。
その月に、頑張れと言われたような気がしたの。
「私ね、夢があるの」
「夢、ですか?」
そう聞いてくるヨミに笑みを返して、私は手のひらを月へと伸ばした。
「うん。月を目指すの。月が欲しいと泣くんじゃなくて、この手を伸ばすの。そのために、ロケットを飛ばしてみたいんだ」
たはは、と照れくさそうに頬を掻きながら、バカだよねぇ、と苦笑したっけ。
恥ずかしかったのと、ずっと、バカにされてきたから、弱気になってたんだよ。あの子は、悪くは言わないと思ってたけど、それでも、ね。
でもさ、あの子はやっぱり、笑わなかった。
それどころかさ、なんてことないように言うんだよ。
「――それなら、飛ばしましょうか」
ってさ。
そうそう。沙夜ちゃんも、え、ってなるよね。いきなり何言ってんだこいつ、って。でも、あの子は大真面目に言ってくれたんだよ。
笑わずにさ、真剣な目で。
「飛ばす、って、何を?」
「何って、ロケットですよ。飛ばしたいのなら、飛ばせばいいじゃないですか。……まぁ、本当に月に届くようなものは無理でしょうけど、目指すというのなら、やってみればいいのです。その先に、何か見えるかもしれませんよ?」
こともなげに。
そんなことができるはずないと、子どもの絵空事だと、笑わずにいてくれた。
冷えた心に、温かな何かが灯るのを感じた。
「……笑わない、の?」
「ハルカ。あなたは何を言っているのですか。笑うわけがないでしょうに」
ヨミは、困ったように眉を下げた。
「叶えたい願いがあると、そう語るモノを笑う道理がどこにありますか。もし、そのような低俗なガラクタにも劣る屑がいるのでしたら、ばらして、海にでも撒いたほうがいいですよ」
冷笑を浮かべながら、ヨミは断じた。
その言葉が、受け入れてもらえたことが、うれしくて、視界が滲んだ。
それを隠すように、笑みを浮かべると、自然と、笑うことができた。
「はは、ヨミってば、怖いよ」
「いいんですよ。願いを笑うモノは、私の敵ですから。叩き潰してやります」
「乱暴だなぁ、もう」
そんなヨミに苦笑しながら、私はひそかに涙を拭った。
きっと、あの子はそれに気づいていたけど、何も言わないでくれた。
「いいの? お金もないし、知識もないよ?」
「あなたの夢でしょう? 手伝いますよ」
と、ヨミは澄ました顔で手を差し伸べてくれた。
素直じゃないのは、昔から。泣いてたことを見逃してもらったから、少しばかり頬が赤いのは見なかったことにした。
「ヨミ……。すきっ」
「うぐ、抱き着かないで下さい」
思わず抱き着いた私を、あの子は苦笑をこぼしながら受け入れた。
そうして、私たち『星見の会』のロケット作成が始まったんだ。
まぁ、あのころの私にはロケット名前だとか、どの星を目指していただとか、そういう知識はあっても、構造に関しては完全に素人だったからね。図書館だとか、インターネットだとか、色々使ってロケットについての資料を漁ったなぁ。
私がいくら探しても出てこなかった資料も、ヨミが必ず見つけてくれた。
思えば、あれはあの子が独自に持っていた資料だったりすると思うんだよね。図書館で見つけたとか言っていたけど、あとで調べてみたら、そんな資料は存在しないだもの。
ともあれ、あの子のおかげで、ロケット作りに夢中になった。
「ねぇ、ヨミ。原子力ロケットとか格好良くない?」
「……ハルカ、そんなものが個人で作れると思いますか?」
「え? 作れないの?」
「…………。私たちで作れる限界としては、モデルロケットくらいですよ。ほら、これなんてどうです?」
「おぉ、格好いい」
何にもわかってなかった私のやりたいことを、あの子が修正して、実現可能なレベルに落とし込んでくれたおかげで、設計から製作まで順調だった。私だけだったら、どうやっても、完成どころか、設計すらできなかったもん。
困ったのはロケットの材料とか部品だったけど、それは山に不法投棄されてる廃材とかガラクタの山から集めたり、知り合いに頼んで格安で譲ってもらったりしてさ、なんとか、工面してたの。
「ヨミ、こんなところにお宝が!」
「そんなものはいいので、材料を探してください」
「えぇー、今度は本物なのに……」
「そう言って、わけのわからないモノを拾って来るのはやめてください。何ですか、壊れたラジオの摘まみだとか、へし折れた鍵の持ち手とか、何に使えと?」
「えー、恰好よくない?」
「よくないです」
と、……二人で集めながら、計画は進む。
それでも、どうしても手に入りそうにない燃料の火薬だとか、発射装置だとかは、あの子がどこで得たのかもわからないような知識で代替できるものを提案したり、知り合いに譲ってもらったとか言って、見つけてきたりして。
組み立ては精密な部分となる内部はあの子に任せて、本体の筒とか尾翼などの製作は私の分担だった。……まぁ、ここでも、あの子に頼りっぱなしだったけどね。
「ヨミ、本体は半径六メートルくらいでいいの?」
「あなたは一体、何を作る気なのですか?」
「ロケットさ!」
「……私の説明、訊いていましたか? 六メートルではなく、六センチメートルです」
「え? あ、はは。そ、そうだよね。私もおかしいと思ったんだよ」
「筒の長さは一・五メートルですよ?」
「あれ? 十五メートルじゃなかった?」
「……ハルカ?」
「よ、ヨミ? 笑顔が怖いよ?」
と、色々とありながら、ロケットを組み上げた。
天体観測も楽しかったけど、ロケットを作るのはもっと楽しかったなぁ。
ずっと、ひとりで星を見てた。それが、あの子のおかげで、一緒に星について語りながら、星を見ることができるようになった。それだけでも、私はよかったんだよ。
でも、あの子は私の〝夢〟を応援してくれた。
それどころか、手伝いまでしてくれたんだよ。
私の〝願い〟のために、一緒にロケットを作ってくれたんだ。ダメダメだった私を引っ張って、なんだかんだと言いながらも、理解できるまで付き合ってくれた。できたら一緒に喜んでくれた。
そんな、幸せなことって、他にない。
断言できるよ。
あのとき、私は本当に幸せだったんだ。
いくつもの天体を望遠鏡のレンズ越しに見つめたり、私が星について語りだして、朝まで語り明かしたり。あの子が、珈琲を水筒に入れて差し入れてくれたり、一緒にカップラーメン食べたりもしたなぁ。
それはもう、楽しい日々でさ。
そんな日が、いつまでも続くような気がしてた。
けど、そんなことはなくてさ、夏休みが半分を過ぎたころかな。それに気がついて、急に寂しくなったんだ。だからかな、話すつもりのなかった、私の〝夢〟をあの子に語ってた。
「ねぇ、ヨミ」
声を掛けると、あの子は持参した水筒から珈琲を注ぐ手を止めて、ゆるりと首をかしげた。
「なんですか?」
「私ね、月が好きなんだ」
そう言うとさ、呆れた目をされたなぁ。
「でしょうね。必ず月が見えるときは見ていますし」
「たはは、それもそうだね」
私も、思わず苦笑した。
そこまで露骨に月が好きだと表には出しているつもりはなかったけど、そう言われるとわかりやすいにもほどがあるよね。私のする天体の話も、半分以上は月の話だったから。
「私にとっての月はさ、憧れみたいなものなんだ。この真っ暗な夜空の中でも、ひときわ明るく輝いている月が好きなの。他の恒星のほうが輝いているとか、そういうことじゃなくてさ、なんていうのかな、月を見ていると一人じゃないよ、って言われてる気がするの」
じっと欠けた月を見つめながら、頬を弛めた。
その月に、頑張れと言われたような気がしたの。
「私ね、夢があるの」
「夢、ですか?」
そう聞いてくるヨミに笑みを返して、私は手のひらを月へと伸ばした。
「うん。月を目指すの。月が欲しいと泣くんじゃなくて、この手を伸ばすの。そのために、ロケットを飛ばしてみたいんだ」
たはは、と照れくさそうに頬を掻きながら、バカだよねぇ、と苦笑したっけ。
恥ずかしかったのと、ずっと、バカにされてきたから、弱気になってたんだよ。あの子は、悪くは言わないと思ってたけど、それでも、ね。
でもさ、あの子はやっぱり、笑わなかった。
それどころかさ、なんてことないように言うんだよ。
「――それなら、飛ばしましょうか」
ってさ。
そうそう。沙夜ちゃんも、え、ってなるよね。いきなり何言ってんだこいつ、って。でも、あの子は大真面目に言ってくれたんだよ。
笑わずにさ、真剣な目で。
「飛ばす、って、何を?」
「何って、ロケットですよ。飛ばしたいのなら、飛ばせばいいじゃないですか。……まぁ、本当に月に届くようなものは無理でしょうけど、目指すというのなら、やってみればいいのです。その先に、何か見えるかもしれませんよ?」
こともなげに。
そんなことができるはずないと、子どもの絵空事だと、笑わずにいてくれた。
冷えた心に、温かな何かが灯るのを感じた。
「……笑わない、の?」
「ハルカ。あなたは何を言っているのですか。笑うわけがないでしょうに」
ヨミは、困ったように眉を下げた。
「叶えたい願いがあると、そう語るモノを笑う道理がどこにありますか。もし、そのような低俗なガラクタにも劣る屑がいるのでしたら、ばらして、海にでも撒いたほうがいいですよ」
冷笑を浮かべながら、ヨミは断じた。
その言葉が、受け入れてもらえたことが、うれしくて、視界が滲んだ。
それを隠すように、笑みを浮かべると、自然と、笑うことができた。
「はは、ヨミってば、怖いよ」
「いいんですよ。願いを笑うモノは、私の敵ですから。叩き潰してやります」
「乱暴だなぁ、もう」
そんなヨミに苦笑しながら、私はひそかに涙を拭った。
きっと、あの子はそれに気づいていたけど、何も言わないでくれた。
「いいの? お金もないし、知識もないよ?」
「あなたの夢でしょう? 手伝いますよ」
と、ヨミは澄ました顔で手を差し伸べてくれた。
素直じゃないのは、昔から。泣いてたことを見逃してもらったから、少しばかり頬が赤いのは見なかったことにした。
「ヨミ……。すきっ」
「うぐ、抱き着かないで下さい」
思わず抱き着いた私を、あの子は苦笑をこぼしながら受け入れた。
そうして、私たち『星見の会』のロケット作成が始まったんだ。
まぁ、あのころの私にはロケット名前だとか、どの星を目指していただとか、そういう知識はあっても、構造に関しては完全に素人だったからね。図書館だとか、インターネットだとか、色々使ってロケットについての資料を漁ったなぁ。
私がいくら探しても出てこなかった資料も、ヨミが必ず見つけてくれた。
思えば、あれはあの子が独自に持っていた資料だったりすると思うんだよね。図書館で見つけたとか言っていたけど、あとで調べてみたら、そんな資料は存在しないだもの。
ともあれ、あの子のおかげで、ロケット作りに夢中になった。
「ねぇ、ヨミ。原子力ロケットとか格好良くない?」
「……ハルカ、そんなものが個人で作れると思いますか?」
「え? 作れないの?」
「…………。私たちで作れる限界としては、モデルロケットくらいですよ。ほら、これなんてどうです?」
「おぉ、格好いい」
何にもわかってなかった私のやりたいことを、あの子が修正して、実現可能なレベルに落とし込んでくれたおかげで、設計から製作まで順調だった。私だけだったら、どうやっても、完成どころか、設計すらできなかったもん。
困ったのはロケットの材料とか部品だったけど、それは山に不法投棄されてる廃材とかガラクタの山から集めたり、知り合いに頼んで格安で譲ってもらったりしてさ、なんとか、工面してたの。
「ヨミ、こんなところにお宝が!」
「そんなものはいいので、材料を探してください」
「えぇー、今度は本物なのに……」
「そう言って、わけのわからないモノを拾って来るのはやめてください。何ですか、壊れたラジオの摘まみだとか、へし折れた鍵の持ち手とか、何に使えと?」
「えー、恰好よくない?」
「よくないです」
と、……二人で集めながら、計画は進む。
それでも、どうしても手に入りそうにない燃料の火薬だとか、発射装置だとかは、あの子がどこで得たのかもわからないような知識で代替できるものを提案したり、知り合いに譲ってもらったとか言って、見つけてきたりして。
組み立ては精密な部分となる内部はあの子に任せて、本体の筒とか尾翼などの製作は私の分担だった。……まぁ、ここでも、あの子に頼りっぱなしだったけどね。
「ヨミ、本体は半径六メートルくらいでいいの?」
「あなたは一体、何を作る気なのですか?」
「ロケットさ!」
「……私の説明、訊いていましたか? 六メートルではなく、六センチメートルです」
「え? あ、はは。そ、そうだよね。私もおかしいと思ったんだよ」
「筒の長さは一・五メートルですよ?」
「あれ? 十五メートルじゃなかった?」
「……ハルカ?」
「よ、ヨミ? 笑顔が怖いよ?」
と、色々とありながら、ロケットを組み上げた。
天体観測も楽しかったけど、ロケットを作るのはもっと楽しかったなぁ。
ずっと、ひとりで星を見てた。それが、あの子のおかげで、一緒に星について語りながら、星を見ることができるようになった。それだけでも、私はよかったんだよ。
でも、あの子は私の〝夢〟を応援してくれた。
それどころか、手伝いまでしてくれたんだよ。
私の〝願い〟のために、一緒にロケットを作ってくれたんだ。ダメダメだった私を引っ張って、なんだかんだと言いながらも、理解できるまで付き合ってくれた。できたら一緒に喜んでくれた。
そんな、幸せなことって、他にない。
断言できるよ。
あのとき、私は本当に幸せだったんだ。
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