アイドルの元彼

冬田シロクマ 

文字の大きさ
上 下
29 / 31

モデル

しおりを挟む
結論からいうと、記載されていた数字は、ぼくの予想をはるかに上回るものだった。
生涯賃金を大きく超えてるな…とぼっーと思う。
そしてまた、今までぼっ~と生きていた自分とは違い、短期間でこのお金を稼ぐのは、並大抵ではないこともわかっていた。

画面の向こうではずっと笑顔だった裕介。
裏では辞めたいと思っているとは、夢にも思わなかった。

このお金を今から食い潰す気か。
今まで我慢した分と努力の見返りのお金を…………

0がたくさん並んである通帳。
こんなに簡単に通帳を見せていいものなのかと心配になる。

「ソラにしか見せてない」

ぼくの気持ちがわかったのか、すぐそう続ける。
そして……

「それにモデルの仕事は続けるよ。
あれはほとんど笑わなくていいからいい」

通帳をぼくに渡したまま、ソファに座る。
こっちになよというように、「ん」と言い裕介はあごで隣を指した。

「引退は…」
「あれはアイドルだけってこと。大袈裟なんだよ。色々」

舌打ちが聞こえてくるようだった。
会社か、記者に言ってるのだろう。

「そうか…」

ホッとした、だいぶ。

ぼくは…裕介の気が済んだら働きに出れるか。
とりあえず、バイト……

「だからソラは働かなくていいよ。ずっと」

顔を傾け笑顔で言うゆうに、ぼくは内心絶句する。

頭の中まで読まれているのか……

「でもいずれ…ずっとそういうわけにはいかないでしょ?」

離れたくなるかもしれないし。

その言葉を隠し言う。
慌てて、めちゃくちゃな公文になってしまった。

「逆に俺が養なってあげるって言ってんのに、働く必要ってあんの?」
「いや、でも…」

大きな圧を感じた。
これ以上言わない方がいいと分かりながらも、開けた口を閉じれなかった。
もうこのころには、裕介の方向を見ていなかった。
……

いつ別れを切り出されるかわからない。
歳をとって、就職も難しい年齢でそうなったら……

男同士で結婚は、この国ではできない。
ゆうに捨てられたら…と考えると、絶望しか見えない。

「もう観念して、俺とずっと居続ける方に頭を方向転換させたら?」
「それは…無理でしょ」

自分にとって深刻な話のため、嘲るように言ってしまった。
ぼくとしては、ありえないと思っている未来だった。
ゆうすけは、ぼくの未来にはいない。

過去に捨てるべきものだった。

ゆうの綺麗な瞳がぼくを見る。
失礼な思考を一旦止め、虚ろな瞳でぼくはゆうを見た。
裕介の静かな怒りを感じた。
なのにこのときぼくはどこか他人事で、ゆうすけに今のことを必死に取り繕う気がなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

熱中症

こじらせた処女
BL
会社で熱中症になってしまった木野瀬 遼(きのせ りょう)(26)は、同居人で恋人でもある八瀬希一(やせ きいち)(29)に迎えに来てもらおうと電話するが…?

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

諦めようとした話。

みつば
BL
もう限界だった。僕がどうしても君に与えられない幸せに目を背けているのは。 どうか幸せになって 溺愛攻め(微執着)×ネガティブ受け(めんどくさい)

泣くなといい聞かせて

mahiro
BL
付き合っている人と今日別れようと思っている。 それがきっとお前のためだと信じて。 ※完結いたしました。 閲覧、ブックマークを本当にありがとうございました。

短編集

田原摩耶
BL
地雷ない人向け

処理中です...