未来を繋ぐキンモクセイ

桜ふぶき

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第八話 マクの視点。

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「ごめんね、マク」

あたしは、ポツリと言った。

「いつも、怒りっぽくて。意地っ張りで」


「ううん。そんなことない…よ

ーー悪いのは……おれーーーー」


「おおい、マクは起きれたかー?」

幸也が、歩いてくる音がする。
あたしたちは、慌てて離れて、互いに顔を背ける。

「なんだ、元気そうじゃねえか」

幸也が保健室に入ってきて、マクを見た。

「そろそろ、帰れよ?明日も学校なんだからな」

「わ、分かったわよ」

「あ…ありがと」

あたしたちは、幸也にぎこちない返事をした後、立ち上がる。幸也がニヤニヤしてる。

もしかして、聞いてた?

そう思うと、あたしは恥ずかしすぎて、急いでバックを持って、身支度を済ませる。

すると、幸也がマクに言った。

「マク、今水無瀬がお前のカバンを取りに行ってるから、もう少し待ってろ」

「……うん、ありがと。幸也」

マクが、幸也に優しく笑う。
窓の外の夕日が少し差し込んで、マクの顔を照らした。
本当に、綺麗。マクの儚げな表情も、あたしは好き。

あたしはすっかり、このまま先も、ずっと一緒にいられるって思ってた、大学生になっても、社会人になっても、しわしわのおばあちゃんになっても。
ずっと腕の中の温もりは、消えないって思ってた。

でも、あまりにも儚げなマクを見て、この時から心のどこかで、薄々感じてたりもした。

いつか、消えてしまうんじゃないかって。

ーー春がきた雪のように


「かおりちゃん…っ」

マクがあたしを、呼びかける。
あたしは満面の笑みで、振り返る。

「なに?」

でもあたしの顔を見て、マクはハッとしたように、何か言葉を飲み込んだ。

「な…何でもない。
ーーまた、学校でね」

「うん」

あたしは、幸せすぎて、何も考えなかった。

あたしは、マクに微笑みかけると、そのまま保健室を後にした。

ーーこの時のマクの浮かない顔なんて、全く気にしなかった。




「仲直りしたようだな」

かおりの姿が見えなくなると、俺はマクにニヤニヤしながら、言った。

「あんなに、上機嫌なのは久しぶりにみたぜ。
ーー上手くやったようだな」

俺は、俯いているマクの肩をバシバシ叩く。
心の中で、思う。

まぁ、全部聞いてたんだがな。
今週の日曜か。水無瀬と見物に行って冷やかしてやるか

俺がそんなことを思っていると、すぐに水無瀬がきた。

「よぉ、厨二野郎。
さっき、かおりんがスキップしながら、帰ってるの見たぜ?」

水無瀬が、マクのカバンを投げ渡しながら言った。

「どこまで行った?ええ?」

下を向いてるマクの顔を、上げる。

「ど、どこも行ってないよ」

マクが曖昧に答える。

「ちぇっ、つまんねえの。
で?日曜だっけ?
まじで、勝負どきだぞ。俺が色々伝授してやろうか?かおりんならーーーー」

「おい、やめとけ。お前の話は刺激が強すぎるんだよ。マクにはまだ早えだろーが」

水無瀬がど下ネタをぶっこもうとしてるのを、俺は慌てて止めた。マクを見ると、ただ黙って微笑みながら、何とも言えない表情で、俺たちを見つめていた。

でも、この時俺は、照れているんだろうと思ってた。
曖昧な答えも、恥ずかしさを紛らわすためだろうと、そう勝手に解釈してた。


「ゆ、ゆきや、みなせ」

ふいに、マクがぎこちない声で、俺たちに言った。

「これーーーあげる」


「ん?」

マクの手には、二つの瓶が握られていた。
2つとも瓶の形が違くて、夕日も相まってか、本当に綺麗だった。中身は、砂のような液体のような、何かがキラキラと、ゆらゆらと揺らめいているものが、見える。

「なんだ?これ」

水無瀬が、瓶をとって掲げる。

「中は何が入ってるんだ?開かねえし」

水無瀬が、乱暴に瓶の取っ手を引っ張りながらいった。俺も引っ張るが、ビクともしない。
すると、マクが静かに笑った。

「内緒。
今は開かないよ。
ーー来週の……
月曜日の午後5時になったらーー開けて」

「月曜?なんでだ?何かあったか?」

俺が考える仕草をすると、マクがなんとも言えない顔で、言った。

「ううん。ちょうどおれがここにきて、一ヶ月なんだ」




時は少し遡って、おれーー野亜池 真久は、かおりちゃんに、日曜に遊びに行こうと誘った。OKしてくれるか、分からなかったから、ちょっとドキドキしてた。

「行く」

と言うと、かおりちゃんは嬉しそうに、おれにハグしてくれた。おれも本当に嬉しくて、抱き返そうとした時だった。

「好き」

おれは、一瞬時が止まった。

同時に、胸がチクリと痛んだ。

昔から、少女漫画のような恋愛に憧れてた。でも、昔は体が弱くて、叶わなかったけど。
そのまますぐに、政府の実験によって、能力を手に入れた。苦しい実験に耐え抜いた後、政府から時の番人という称号を貰えた。

時の番人は、俺を含めて7人。
でも、みんながみんな、独自の道を突き進んで行って、全く結束力が生まれなかった。それを見るに見かねたユリウスが、おれたちが少しでも変わることを願って、過去へ一ヶ月、正しい歴史かどうか、調査という名目で、1人ずつ送ることにした。

一ヶ月の期間は、過去で何をしてもいいけど、殺人とか、事件を起こしたり、能力を発現したのを人に見られたり、未来政府の情報を外部に漏らしたりしたら、失敗。すぐに、政府の人がやってきて、おれたちを拘束して未来に送った後、過去の人のおれたちに関する記憶を全て抜く。でも、割とゆるい。

正常に進んでいけば、一ヶ月の数日前になると、一番親しかった人たちに、瓶をあげることになってる。
ーー記憶を消す瓶だ。

おれは、来る前は、そこまで仲良くはならないだろうって思ってた。だって、たったの一ヶ月だもん。

でも違った。
かけがえのない人たちが、できた。
離れたくないほどの

おれは、あと3日で過去での全ての任務が終わる。
そしたらみんなから、おれに関するすべての記憶が消える。
ゆりあちゃんも、みきちゃん、みなせも、ゆきやも、

ーーーかおりちゃんからも……

「ごめんね」

かおりちゃんが、言った。

謝るのは、おれの方だよ。
未来から来たなんて言ったけど、一番肝心なことは何一つ言えてない。

言わなきゃ
瓶をーーー渡さなきゃ

ーー言えるわけない


「おおい、マクは起きたかー?」

ゆきやが来た。

ハッとして、おれたちは、慌てて離れて、そっぽを向く。

「なんだ、元気そうじゃねえか」

そう言うと、ゆきやはおれの顔色を見た。

「そろそろ帰れよ?明日も学校なんだから」

「わ、分かったわよ」

かおりちゃんが、真っ赤な顔で言うから、おれもドギマギしてしまう。

「あ…ありがと」

かおりちゃんが、身支度を始めた。

ーーあと何日、一緒に居られるんだろう

そう思うと、胸が締め付けられるような思いになる。
ゆきやがおれをみて言ってくれる。

「マク、今水無瀬がお前のカバンを取りに行ってるから、もう少し待ってろ」

「……うん、ありがと。幸也」

柔らかな夕日が差し込んできた。

「かおりちゃん……っ!」

おれは、耐えられず叫んだ。

あ……

振り向いたかおりちゃんの顔は、本当に嬉しそうだった。

壊せないーー

おれは、その瞬間に思った。

せめて、最後の一瞬まで、優しいウソをつかなきゃ

おれは、瞬時にそう悟る。

ーーもう、悲しませたくはないから

まだ……時間はある

かおりちゃんが帰ると、ゆきやがニヤニヤしながら話しかけてきた。

でも、おれはそんな気分じゃなくて、黙って俯いてた。


少しして、みなせがおれのカバンを持ってきてくれた。

2人にだけは、言わないと

おれは震える手で、身につけていた小さな2つの瓶に触れる。

これが開く頃にはーーーおれはーー

呼吸が浅くなる。

「で?どこまで行った?」

みなせの声と共に、おれの顔が持ち上げられる。
おれは、慌てて声を捻り出した。

「……ど、どこまでも行ってないよ」

言わなきゃ

おれは、何も考えず、勢いのまま言った。

「ゆ、ゆきや、みなせ」

2人が振り返る。

「これ、あげる…っ」

おれは、震える手で瓶を差し出した。
幸い2人は、震えに気付いてないみたいでおれの手から瓶を手に取る。

「中は何が入ってるんだ?開かねえし」

みなせが瓶を開けようとしてた。
ゆきやも同じことをする。

「内緒。今は開かないよ。
ーー来週のーー
月曜日の午後5時になったら……開けて」

よかった……つっかえずに言えた
おれは、この時代の人間じゃない
過去を守るのが役目の、時の番人ーー

これで、良かったんだ

正しい歴史を紡ぐのが、おれの役目…

ゆきやたちが、おれの言葉に不思議そうな顔をして瓶を見る。

「水曜?なんでだ?何かあったか?」

ゆきやがおれに尋ねる。
おれは、深呼吸をすると、2人の顔を見据えて言った。


「ううん。ちょうどおれがここにきて、一ヶ月なんだ」


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