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第1話 記憶を無くす前
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私は、変わり果ててしまったその人を抱きかかえながら、両目から大粒の涙を流す。
彼を抱きしめると、ふわりと甘酸っぱい、懐かしい匂いが鼻孔に広がった。もう、その人は、目を開けてくれない。私は、自分が本当に取り返しのつかないことをしてしまったのだと、その瞬間、初めて心から理解した。体が張り裂けそうなくらい、痛い。
――あの時の代償が、今ようやく来たようだ。
「――」
すでに喉はつぶれてしまっていて、彼の名前を叫んでも、空気だけが深夜の夜空にむなしく響き渡るだけだった。目も、ほとんど光を失いかけている。あの人も彼も失って、私にいったい何が残ったというのか。
どこから間違ってしまったのか。
彼に出会ってしまった、あの時から、私は破滅へと向かっていたのだろうか?
私は、深い悲しみに打ちひしがれながら、刻々と眠り続けたように微動だにしない彼を離して、足元に寝かせる。ひどく疲れ切っていた。
このまま、全身を食い荒らされるような痛みに苦しみながら絶命するのは、もう耐えられない。
私は、うつろな目で立ち上がると、崖からそっと真下を見下ろす。遥か下は真っ暗な海で、以前の私ならきっと、躊躇していたはずだろう。
「ごめんなさい…」
そのぱっくり空いた闇に、目からあふれ出た水滴がきらりと零れ落ちる。それを、遥か真下の波がからめとりながら、渦を巻く。その波が荒々しいさまは、まるで、罪悪感と後悔でいっぱいな私の心を表しているかのようだった。
私は、迷うことなく、一歩を踏み出す。
――その瞬間、ぐらりと体が傾いて、重力に促されるまま、落ちていく。
海に落ちる間、他人事のように、もう一度自分に問いかけた。
どうすればよかったのか、と――
彼を抱きしめると、ふわりと甘酸っぱい、懐かしい匂いが鼻孔に広がった。もう、その人は、目を開けてくれない。私は、自分が本当に取り返しのつかないことをしてしまったのだと、その瞬間、初めて心から理解した。体が張り裂けそうなくらい、痛い。
――あの時の代償が、今ようやく来たようだ。
「――」
すでに喉はつぶれてしまっていて、彼の名前を叫んでも、空気だけが深夜の夜空にむなしく響き渡るだけだった。目も、ほとんど光を失いかけている。あの人も彼も失って、私にいったい何が残ったというのか。
どこから間違ってしまったのか。
彼に出会ってしまった、あの時から、私は破滅へと向かっていたのだろうか?
私は、深い悲しみに打ちひしがれながら、刻々と眠り続けたように微動だにしない彼を離して、足元に寝かせる。ひどく疲れ切っていた。
このまま、全身を食い荒らされるような痛みに苦しみながら絶命するのは、もう耐えられない。
私は、うつろな目で立ち上がると、崖からそっと真下を見下ろす。遥か下は真っ暗な海で、以前の私ならきっと、躊躇していたはずだろう。
「ごめんなさい…」
そのぱっくり空いた闇に、目からあふれ出た水滴がきらりと零れ落ちる。それを、遥か真下の波がからめとりながら、渦を巻く。その波が荒々しいさまは、まるで、罪悪感と後悔でいっぱいな私の心を表しているかのようだった。
私は、迷うことなく、一歩を踏み出す。
――その瞬間、ぐらりと体が傾いて、重力に促されるまま、落ちていく。
海に落ちる間、他人事のように、もう一度自分に問いかけた。
どうすればよかったのか、と――
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