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ノートパソコンのキーボードを打つ手元だけが見える範囲だけの照明をつけ、食卓テーブルに座りキーボードを打ち続けるスイ。
スウェットの部屋着の上に紺色の半纏を羽織っている。
エンターキーを高らかに押し鳴らすと、大きく肩を上げ、息を吐いた。
とにかく人と関わらない仕事を求め、たどり着いたのが小説を書くという仕事だった。気軽に誰でも作家になれる時代の中で、スイは運良く本を出すまでに至ることができた。
だけど、実際書いた2冊は話題になるほど売れてはいない。間の時間を使ってはパソコンでできる内職をしたり、山村の郵便局で仕分けのアルバイトをして暮らしていた。
今朝早くから今まで行っていたのは雑誌に掲載する短編小説の執筆作業だった。
息を吐いたスイは指先で目の周りの皮膚を引っ張るようにして押し回す。連日徹夜で作業していたスイの目の下には色の濃いくまが出来上がっていた。
パソコンの時計は6時を表示している。
仕事が終わったのか、パソコンを電源を落とし、照明を消すと家の中は真っ暗になった。
廊下を歩き、寝室としている和室の引き戸を開くスイ。二人分の敷布団が敷かれており、手前にはすでにハルが眠っていた。スイは音を立てないようにと慎重に引き戸を締め、一歩ずつ踏みしめるようにして歩いてもう一方の布団に座り込み、目に入ったハルの布団を彼の肩の上まで上げてやる。
スイも横になって枕もとにメガネを置き、布団を被り、口元まで引き上げる。

「おわったの?」

隣から眠たそうな声が聞こえたと、スイがハルの眠る布団の方に顔を向ける。真っ暗ではっきりとは見えていないが、確かに自分の方をハルが向いてくれているとわかったスイは小さく微笑む。

「ごめんな、起こしたか」

「そっちいく」

スイが布団を開くと、ハルはスイの布団の中に潜り込む。

「冷たいだろ」

スイは部屋の空気が入らないようにとハルの口元まで布団を被せる。

「つめたい」

ハルは布団の中でスイの来ていた半纏の下に手を入れ抱きつき、スイの胸に鼻先を埋める。
スイの全身に力が入り、暗い和室の中でスイは一人顔を赤らめた。

「あったかい」

スイの胸の中で幸せそうなハルのこもった声が聞こえた。
服越しにハルの口の動きが感じられ、スイは狼狽する。それを悟られぬよう顔を真正面に向け、何か言葉を返さなければと口を動かす。

「おそそそそうっそうか…」

予想以上に口が回らなかったスイ。
わっ、うわ、わっ、うわっ…と恥ずかしさの渦に飲まれる。
ハルに感づかれたのではと恐る恐るハルの方へ見下ろすと、ハルは規則正しい寝息を立てていた。
緊張で蒸気のように熱くなった自分の息をゆっくり鼻から吐き出す。
自分の体の下を通って回されたハルの腕を潰してはいけないと、スイは肩ひじに力を込めた。
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