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三人が住む1階建ての平屋の玄関のすぐ前に4人乗りのワゴンタイプの車が駐車されている。スイが中古で買ったものだ。
厚手のダウンジャケットを着たスイが玄関の引き戸を開き外に出ると、冷たい風が拭き、黄色に色づいた葉っぱが何処からかやってくる。
山々に囲まれた山村の少し外れに立つこの家は、これもスイが中古でそれはそれはとても安く、というか、ほぼ譲り受けに近い取引で購入したものなのだが、修繕費や何やらで思っていたよりは金のかかる家となってしまったようだった。
そのためか、スイは引き戸を閉じるときはいつも精密機器を扱うように丁寧に締める。
季節はもうすぐ冬。
歯をむき出し、すーっと歯の間から息を吸い上げるとスイはワゴンの運転席の戸を開きエンジンをかけ、暖房をつける。

「ちょっと―、過保護すぎない?」

「なにが、」

運転席から顔を上げ、車越しに声のした方にスイが顔を向けると、玄関の戸にお隣さんが片腕をついて立っていた。

「連れてってあげなよ買い物くらいさー」

お隣さんに言われたスイは眉間にしわを寄せる。

「だめだ、また外で泣かれたら困る」

スイは断固として断る。

「外で経験させるのがハルちゃんのためじゃない?」

とお隣さん。

「外でハルが泣くと、みんな嫌な顔するんだ」

スイは運転席のドアを閉じ、お隣さんが立つ玄関の方に歩く。

「みんな忘れているよ」

お隣さんは全く意に介さないといった様子で肩をちょいと上げて下げる。

「悲しいな」

「ハルちゃんは気にしてない。君だけだよ」

「俺はハルにもう傷ついてほしくない」

見透かされるのが嫌になったのか、スイはお隣さんと目が合うのを避けるようにして目線を下に向けた。
それを見たお隣さんは一瞬目を見開かせる、が、すぐに眉をハの字に下げて、息を漏らすまいと口の端が横に伸び、

「うっそだーあ!!お前ハルちゃんから聞いたぞ、俺がいないとき夜めっちゃチューしてるって…」

「あ゛あ゛ああああああーーーーーーーっ!!!」

と、笑いながら茶化すように言うお隣さんの頭を赤面したスイが口を塞ごうと横から殴りつけた。
その衝撃でお隣さんの首から上が打たれたボールのように地面を跳ね上がり、玄関前に立っていたハルの腕の中に納まる。

「うわっ、いってぇ、ちょっと、首取れた」

ハルの腕の中に納まったお隣さんの頭部は平然と話し出す。

「お隣さん、またスイに首取られたの?」

ハルもお隣さんの首が取れたことに対してなにも驚く様子もなく言葉を返す。

「あっ、ハルちゃん。買い物、連れてってくれるって」

「ほんと?」

ハルは確認のためにとスイの顔を見る。

「いや…」

目を泳がせ、困惑するスイ。
もう一度ハルの顔を見ると、期待で一杯のキラキラした眼差しと目があった。
スイは顔を赤らめ、目を下に向ける。
頬を掻き、車の方に振り返る。

「あったかい恰好してこいよ、外寒いからな」

スイは背中越しに照れくさそうに言った。

「うん!」

元気いっぱいにうなずいたハルはお隣さんの頭部を地面に放って、家の奥へ着替えに走って行った。
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