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大きなあくびをし、目をこすりながら、ハルはリビングに入ってきた。

「おやすみー」

17歳の少年であるハルは舌足らずな話し方をする。

「もう朝だぞ」

そう言いながら台所をせわしなく動いていた三村彗星みむらすいせいは両手に料理がもられた平皿を台所の前の食卓テーブルに置く。ハルよりは年上の29歳の彼。パソコンを使った仕事をしているため、目がすっかり悪くなり、レンズの分厚い四角の黒縁メガネを普段からかけている。

「スイ」

彼を普段から省略して呼んでいるハルはスイの元に近づき、寝ぼけまなこで顔を見上げる。

「手伝う」

「じゃあ、ごはんよそって」

とスイは言う。
「うん」とつぶやいたハルは台所下の棚から食器を取り出す。
その間、スイは家の裏口戸の横に置かれている上開きの業務用冷凍庫の蓋を開けた。
そこには、メガネはかけていないが、スイと同じ顔をした白髪の青年が冷凍食品の中に埋もれて死んだように眠っていた。

「起きろ変態」

スイが眠る彼の額をペチンと叩くと、彼は目を見開きすぐにまぶたが重たそうに目を細め、「うあああ~…」と大きくあくびをする。
リビングに戻ったスイの後に付いて、冷凍庫から起きたスイと同じ姿をした半袖短パン姿の彼は食卓テーブルの上にご飯のもられた茶碗を3つ並べていたハルの後ろに立つ。

「おっはよーう、ハルちゃん」

後ろからハルの肩に腕を回した彼。
スイと同じ声だが、彼と比べて語尾をだらりと伸ばすようなおっとりした口調である。

「いあー、お隣さん、冷たい!」

彼より頭一つ半分背の低いハルは肩をすくめ、イヤイヤと首を振りながらも終始嬉しそうに彼とじゃれ合う。

「んじゃハルちゃんあっためてー」

ハルにすりすり頬ずりをするおとなりさんと呼ばれた彼。

「早く座れ」

2人をにらみつけていたスイが煙たそうに言う。

「はいはーい」

お隣さんは返事をするとハルの背中に手を当て、食卓テーブルに座る。
三人、それぞれ向かい合うようにして食卓テーブルに座ると、「いただきます」と、手を合わせる。
テーブルの上には白いご飯、平皿に卵焼きとウィンナーとレタス、味噌汁とスタンダードな朝ごはんが用意された。
食事を終える頃に、スイが話を始める。

「ハル、今日、麓まで買い物に行くから」

「え」目を見開くハル。

「留守番よろしくな」

「嫌だ、僕もいく」

口に運ぼうとしていたご飯茶碗を置き、子犬のように目をうるませながら言うハル。

「いいじゃん、連れて行こうよ」

置いていくのは可愛そうと、お隣さんがスイに言う。

「でもな、」

眉を潜め困った顔をしたスイがハルを見る。変わらず、悲しそうな顔で自分を見つめるハルの目にスイは気まずそうに口ごもる。

「…だめだ。この前、わがまま言ったから」

スイは食事を終えた食器を重ね、立ち上がり台所にむかってしまう。
不服そうに、またしょんぼりと目線をしたに落としてしまったハル。
それを見たお隣さんは困ったと眉を下げため息をつき、食器をすすぐスイの背中を見た。
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