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第五章
最後の復讐者(一)
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レオンはディンゴの腕を引くが、ディンゴは歩こうとしない。
ディンゴは横たわるノヴァとマヨルカをじっと見つめている。
レオンは舌を打ち、カイに訊く。
「そいつら――――殺したのか?」
カイはぐっとなにかを噛み殺すように身構え、首を振る。
「生きてる」
カイの反応にレオンは怪訝な表情を浮かべる。
「もうもたないのか」
「いいや、死にはしない」
カイの代わりに、シェルティが半身を起こして答える。
「いまは眠ってるだけだ」
レオンは血まみれで脂汗を浮かべるシェルティを見て、お前の方が死にそうだな、と声を低くする。
「ぼくのことはいい、まず自分をどうにかしろ」
シェルティに負けず劣らず、レオンも満身創痍だった。
霊力も体力も底をつき、全身傷だらけだった。
特に王笏を受け止めた右手は、無残にひしゃげ、持ち上げることもできないような状態だ。
「かすり傷だ」
「虚勢を張るな。――――それをどうにかしたら、まずカイの手当てをしろ――――それからアフィーを――――」
シェルティは限界を迎え、ぐったりと身体を横たえる。
「――――ぼくは――――ぼくも少し、眠る。起きたら、カイ、味見を――――」
「シェル!」
カイは慌ててシェルティの横に膝をつく。
シェルティは薄く微笑み、目を閉じた。
呼吸は浅い。
状態がよくないのは明らかだった。
カイはレオンに助けを乞う。
「どうしよう、シェル、矢を受けたんだ。抜いたけど、そのあとも無茶して動いたから……!」
レオンはディンゴの腕を離し、二人のもとへ駆け寄る。
「背中か」
レオンはシェルティが胴に巻くオーガンジーをきつく縛りなおす。
「アフィーは?」
「ここで落ち合う約束をしてる。まだ上にいるかもしれないけど」
「無事なんだな」
「……たぶん」
「カイ、お前はアフィーを連れてこい。おれはこいつの処置をする。それが終わったらここを離れるぞ」
「どこへ?」
「別の拠点だ。一番近いとこで、北の山奥になるが、薬もある。こいつらもそこまですぐには追ってこれねえだろ」
「でも、ケタリングですぐに追いつかれるんじゃ……?」
カイはディンゴに視線を送る。
ディンゴはただ立ち尽くしている。
これから自分がどうするべきなのか、彼は決めかねていた。
「あいつは、こねえよ」
レオンは断言する。
「あいつも、こいつらも、もう来ねえ。――――そうだろ?ディンゴ」
声をかけられたディンゴは、ゆっくりとノヴァとマヨルカへ歩み寄っていく。
マヨルカは眠り込んでいる。
呼吸は浅いが、落ち着いている。
ノヴァは起きているが、横たわったまま、両手で瞳と額を押さえ込んでいる。
ディンゴは静かに息を吐く。
深く、長く。
二人が生きていたことに安堵すると同時に、ディンゴは二人が敗北したこと、その復讐を果たせなかったことに、落胆していた。
「賭けに、おれは勝ったぞ」
「……アンタが勝手にやったことだ。オレは乗るなんて、一言もいってねえ」
「ケタリング呼ばなかった時点で乗ったも同然だろ」
「アンタと心中も悪くねえと思っただけさ」
ディンゴはノヴァとマヨルカの間に足を投げ出して座り込む。
「まあもういいか。疲れたしな。アンタと言い合う気力もねえよ。……オレの負けでいいよ。こいつらも、あんだけ大口叩いて、結局負けてるしな」
ディンゴはマヨルカの額を指で軽く弾き、カイを睨み付ける。
「なんで殺さなかった?」
カイはたじろぐ。
ディンゴは鼻を鳴らして、レオンに視線を送る。
「お優しいこったな、異界人様は」
「殺すまでもなかったってことだろ」
レオンはディンゴの皮肉を、一蹴する。
カイは震えた声で呟く。
「ごめん……」
レオンはカイの額を小突く。
「何に対する謝罪だよ」
「殺すべきだって、わかってた。でも、おれにはできなかった。だから――――」
「てめえで決めたんだろ。なら後悔するな、責めるつのりもない」
「レオン……」
「それにおれも、こいつを殺さなかったからな」
ディンゴは弱弱しく笑う。
「あーあ、聞いたか?オレら三人とも負けた上に、お情けで生かされてちまったぜ」
「悔しかったら、生きろよ」
「なんだそれ。言っとくけどオレ、もう死ぬ気はねえからな」
「……そうか」
「そうだよ。それにコイツらだって、ボコボコにされちまったけど、復讐果たせなかったけど、だからって死にはしねえだろうしな。むしろカイ・ミワタリに対する憎しみは深くなるんじゃねえか?」
ディンゴはカイに勝ち誇ったような笑みを向ける。
「後悔すんなよ。コイツら呆れるほど執念深いんだからな」
「それは――――」
カイは口を開いたが、レオンによって遮られる。
「それを止めるんだよ。ディンゴ、お前が」
ディンゴは肩をすくめ、マヨルカの頬をつまむ。
マヨルカは眠り込んだまま、不快そうに身じろぎする。
「まあ、コイツらの復讐に付き合うなんて、オレはごめんだからな。オレは遊んで暮らしたいからな。コイツらがまたアンタたちのとこに行こうとするなら、止めてやるよ。――――できれば、だけど」
「できればじゃねえ、死ぬ気で止めろ。足折ってでも」
「それやったらオレまで憎まれるだろ。勘弁してくれ。復讐止めるだけでも相当揉めるってわかってんのにさあ」
心から辟易した様子を見せるディンゴに、レオンは鼻を鳴らして笑う。
「……なんだよ」
「ふっ、いや、なんでもねえよ」
「むかつくなあ。――――はあ、ま、だけど本当に、コイツらが止まるかはわかんねえぞ。オレがなに言ったって、カイ・ミワタリ、お前が生きてる限り、きっとコイツらは、お前を恨み続けるぜ。復讐をやめても、憎しみは消えない。どんなに時間経っても、薄れても、消えることは絶対にないからな」
カイは俯き、首を振った。
「二人は――――二人は、もう――――」
「あ?なんだよ、まさかもうてめえを恨んでねえとでも言うのか?負かしたからってそうはならねえだろ。見くびんなよ、コイツらのこと」
「違うんだ――――二人は――――もう、おれのことを――――」
「この程度でコイツらがてめえを諦めるわけねえだろ。てめえが生きてて、その身体でいる限り、コイツらは絶対にてめえを許さねえからな」
「ディンゴ、噛みつくな」
レオンは苛立つディンゴを嗜め、カイの肩を叩く。
「カイ。もういい。とにかくアフィーを探してこい」
「……うん」
レオンはカイの肩をもう一度、今度は力強く叩く。
「しっかりしろ。急がねえとシェルティが危ねえ。おれもケタリング呼び戻して、上からアフィーを探す。だが黒曜石を切らしちまったから、まずそれを引っ張りださなくちゃなんねえ。その間にお前がアフィーと合流できれば、すぐここを発てる」
「わかった」
カイは顔をあげ、力強く、レオンの背を叩き返した。
アフィーと無事合流すること。シェルティの治療を一刻も早く始めること。
それだけを考えろ、それだけのために、いまは動け。
カイはそう自分に強く言い聞かせる。
「アフィーはいまオーガンジーを持っていなくて、だからおれが崩した岩壁を伝って下に降りてくる手筈になってる。おれ、とりあえずそこを見てくるよ」
カイはそう言って、崩れた岩壁に向かって駆け出そうとする。
「――――その必要はありませんよ」
カイは一歩踏み出した姿勢のまま、ぴたりと、動きをとめる。
「はあ――――まったく、ひどい有様ですねえ」
男が現れたのは、太陽が落ちた時と、同時だった。
空はまだ赤いが、谷底に届く日の名残りは僅かだった。
薄闇の中、いつの間にか、カイたちの接近していたその男は、ひどく気の抜けた、まるで仕事の愚痴でもこぼすような口調で言った。
「一筋縄ではいかないと思っていましたが、ああ、三人ともやられてしまいましたか。他の人たちも全滅ですし……はあ、まったく、予想外の大損害ですね。やれやれ」
カイは目を見開き、硬直したまま、呟く。
「アフィー……?」
男はその背に、アフィー背負っていた。
血と泥に塗れた、見るも無惨な姿のアフィーだったが、カイの声を聞いて、うっすらと目を開く。
「カイ……」
声を聞いて、カイは止めていた息を一気に吐き出す。
アフィーは一目でシェルティと同等かそれ以上の重症だと見て取れる状態だった。
カイは最悪の想像をし、血も凍る思いだったが、しかしアフィーは生きていた。
「よかった……」
カイは安堵に目をくらませる。
「危なかったですよ。私が見つけたとき、虫の息でしたから。処置が遅れたら死んでいましたよ」
男はアフィーをそっと地面に横たえた。
「まあこのあと生きていられるかどうかは、あなた次第ですが」
そう言うと、男はアフィーの首を踏みつけた。
「ぐっ……!」
アフィーはうめく。
「な、なにしてんだ!?」
「よせ!」
カイとレオンは血相を変え、男に飛びかかろうとする。
「動くな!」
が、男の一喝を受け、二人は踏み止まる。
男はアフィー首に足を置いたまま、軽く咳払いする。
「――――ああ、やはり、連れてきて正解でした」
男は懐から、手のひらほどの長さがある、太い針取り出す。
「苦労の甲斐がありました。ここまで降ろしてくるの大変だったんですよ。あなたたちがすでに殺されるか、逃げるかした後では、なんの役にも立ちなせんから――――無駄にならずに済んで本当によかった」
「なんで――――」
「喋るな!」
男はカイの言葉を鋭く遮った。
「口の動かしてはいけませんよ。この子を死なせたくないのなら」
男は取り出した針の先をアフィーに向ける。
「毒です。かするだけで死にます」
それはラリュエ使っていた毒針だった。
男は濡れて光るその先端を、アフィーの額にまっすぐ向けたまま、人の良さそうな笑顔を浮かべた。
「これで形勢逆転です。犠牲は大きかったですが、ともかくきみが死ねば、我々の勝ちだ」
男は腰に下げた拳大の皮袋を、手に取る。
水風船のようなそれは、ケタリングの体液を薄皮で包んだ爆発物、爆袋だった。
「この子を死なせたくありませんよね」
そして男は、選択を迫る。
かつての愛弟子を人質に、かつての教え子に死を迫る。
「それではカイ君。――――死んでください」
すべての復讐者たちのために。
新しい世界のために。
そう言って、ブリアード・ダルマチアは、カイに爆袋を投げつけた。
ディンゴは横たわるノヴァとマヨルカをじっと見つめている。
レオンは舌を打ち、カイに訊く。
「そいつら――――殺したのか?」
カイはぐっとなにかを噛み殺すように身構え、首を振る。
「生きてる」
カイの反応にレオンは怪訝な表情を浮かべる。
「もうもたないのか」
「いいや、死にはしない」
カイの代わりに、シェルティが半身を起こして答える。
「いまは眠ってるだけだ」
レオンは血まみれで脂汗を浮かべるシェルティを見て、お前の方が死にそうだな、と声を低くする。
「ぼくのことはいい、まず自分をどうにかしろ」
シェルティに負けず劣らず、レオンも満身創痍だった。
霊力も体力も底をつき、全身傷だらけだった。
特に王笏を受け止めた右手は、無残にひしゃげ、持ち上げることもできないような状態だ。
「かすり傷だ」
「虚勢を張るな。――――それをどうにかしたら、まずカイの手当てをしろ――――それからアフィーを――――」
シェルティは限界を迎え、ぐったりと身体を横たえる。
「――――ぼくは――――ぼくも少し、眠る。起きたら、カイ、味見を――――」
「シェル!」
カイは慌ててシェルティの横に膝をつく。
シェルティは薄く微笑み、目を閉じた。
呼吸は浅い。
状態がよくないのは明らかだった。
カイはレオンに助けを乞う。
「どうしよう、シェル、矢を受けたんだ。抜いたけど、そのあとも無茶して動いたから……!」
レオンはディンゴの腕を離し、二人のもとへ駆け寄る。
「背中か」
レオンはシェルティが胴に巻くオーガンジーをきつく縛りなおす。
「アフィーは?」
「ここで落ち合う約束をしてる。まだ上にいるかもしれないけど」
「無事なんだな」
「……たぶん」
「カイ、お前はアフィーを連れてこい。おれはこいつの処置をする。それが終わったらここを離れるぞ」
「どこへ?」
「別の拠点だ。一番近いとこで、北の山奥になるが、薬もある。こいつらもそこまですぐには追ってこれねえだろ」
「でも、ケタリングですぐに追いつかれるんじゃ……?」
カイはディンゴに視線を送る。
ディンゴはただ立ち尽くしている。
これから自分がどうするべきなのか、彼は決めかねていた。
「あいつは、こねえよ」
レオンは断言する。
「あいつも、こいつらも、もう来ねえ。――――そうだろ?ディンゴ」
声をかけられたディンゴは、ゆっくりとノヴァとマヨルカへ歩み寄っていく。
マヨルカは眠り込んでいる。
呼吸は浅いが、落ち着いている。
ノヴァは起きているが、横たわったまま、両手で瞳と額を押さえ込んでいる。
ディンゴは静かに息を吐く。
深く、長く。
二人が生きていたことに安堵すると同時に、ディンゴは二人が敗北したこと、その復讐を果たせなかったことに、落胆していた。
「賭けに、おれは勝ったぞ」
「……アンタが勝手にやったことだ。オレは乗るなんて、一言もいってねえ」
「ケタリング呼ばなかった時点で乗ったも同然だろ」
「アンタと心中も悪くねえと思っただけさ」
ディンゴはノヴァとマヨルカの間に足を投げ出して座り込む。
「まあもういいか。疲れたしな。アンタと言い合う気力もねえよ。……オレの負けでいいよ。こいつらも、あんだけ大口叩いて、結局負けてるしな」
ディンゴはマヨルカの額を指で軽く弾き、カイを睨み付ける。
「なんで殺さなかった?」
カイはたじろぐ。
ディンゴは鼻を鳴らして、レオンに視線を送る。
「お優しいこったな、異界人様は」
「殺すまでもなかったってことだろ」
レオンはディンゴの皮肉を、一蹴する。
カイは震えた声で呟く。
「ごめん……」
レオンはカイの額を小突く。
「何に対する謝罪だよ」
「殺すべきだって、わかってた。でも、おれにはできなかった。だから――――」
「てめえで決めたんだろ。なら後悔するな、責めるつのりもない」
「レオン……」
「それにおれも、こいつを殺さなかったからな」
ディンゴは弱弱しく笑う。
「あーあ、聞いたか?オレら三人とも負けた上に、お情けで生かされてちまったぜ」
「悔しかったら、生きろよ」
「なんだそれ。言っとくけどオレ、もう死ぬ気はねえからな」
「……そうか」
「そうだよ。それにコイツらだって、ボコボコにされちまったけど、復讐果たせなかったけど、だからって死にはしねえだろうしな。むしろカイ・ミワタリに対する憎しみは深くなるんじゃねえか?」
ディンゴはカイに勝ち誇ったような笑みを向ける。
「後悔すんなよ。コイツら呆れるほど執念深いんだからな」
「それは――――」
カイは口を開いたが、レオンによって遮られる。
「それを止めるんだよ。ディンゴ、お前が」
ディンゴは肩をすくめ、マヨルカの頬をつまむ。
マヨルカは眠り込んだまま、不快そうに身じろぎする。
「まあ、コイツらの復讐に付き合うなんて、オレはごめんだからな。オレは遊んで暮らしたいからな。コイツらがまたアンタたちのとこに行こうとするなら、止めてやるよ。――――できれば、だけど」
「できればじゃねえ、死ぬ気で止めろ。足折ってでも」
「それやったらオレまで憎まれるだろ。勘弁してくれ。復讐止めるだけでも相当揉めるってわかってんのにさあ」
心から辟易した様子を見せるディンゴに、レオンは鼻を鳴らして笑う。
「……なんだよ」
「ふっ、いや、なんでもねえよ」
「むかつくなあ。――――はあ、ま、だけど本当に、コイツらが止まるかはわかんねえぞ。オレがなに言ったって、カイ・ミワタリ、お前が生きてる限り、きっとコイツらは、お前を恨み続けるぜ。復讐をやめても、憎しみは消えない。どんなに時間経っても、薄れても、消えることは絶対にないからな」
カイは俯き、首を振った。
「二人は――――二人は、もう――――」
「あ?なんだよ、まさかもうてめえを恨んでねえとでも言うのか?負かしたからってそうはならねえだろ。見くびんなよ、コイツらのこと」
「違うんだ――――二人は――――もう、おれのことを――――」
「この程度でコイツらがてめえを諦めるわけねえだろ。てめえが生きてて、その身体でいる限り、コイツらは絶対にてめえを許さねえからな」
「ディンゴ、噛みつくな」
レオンは苛立つディンゴを嗜め、カイの肩を叩く。
「カイ。もういい。とにかくアフィーを探してこい」
「……うん」
レオンはカイの肩をもう一度、今度は力強く叩く。
「しっかりしろ。急がねえとシェルティが危ねえ。おれもケタリング呼び戻して、上からアフィーを探す。だが黒曜石を切らしちまったから、まずそれを引っ張りださなくちゃなんねえ。その間にお前がアフィーと合流できれば、すぐここを発てる」
「わかった」
カイは顔をあげ、力強く、レオンの背を叩き返した。
アフィーと無事合流すること。シェルティの治療を一刻も早く始めること。
それだけを考えろ、それだけのために、いまは動け。
カイはそう自分に強く言い聞かせる。
「アフィーはいまオーガンジーを持っていなくて、だからおれが崩した岩壁を伝って下に降りてくる手筈になってる。おれ、とりあえずそこを見てくるよ」
カイはそう言って、崩れた岩壁に向かって駆け出そうとする。
「――――その必要はありませんよ」
カイは一歩踏み出した姿勢のまま、ぴたりと、動きをとめる。
「はあ――――まったく、ひどい有様ですねえ」
男が現れたのは、太陽が落ちた時と、同時だった。
空はまだ赤いが、谷底に届く日の名残りは僅かだった。
薄闇の中、いつの間にか、カイたちの接近していたその男は、ひどく気の抜けた、まるで仕事の愚痴でもこぼすような口調で言った。
「一筋縄ではいかないと思っていましたが、ああ、三人ともやられてしまいましたか。他の人たちも全滅ですし……はあ、まったく、予想外の大損害ですね。やれやれ」
カイは目を見開き、硬直したまま、呟く。
「アフィー……?」
男はその背に、アフィー背負っていた。
血と泥に塗れた、見るも無惨な姿のアフィーだったが、カイの声を聞いて、うっすらと目を開く。
「カイ……」
声を聞いて、カイは止めていた息を一気に吐き出す。
アフィーは一目でシェルティと同等かそれ以上の重症だと見て取れる状態だった。
カイは最悪の想像をし、血も凍る思いだったが、しかしアフィーは生きていた。
「よかった……」
カイは安堵に目をくらませる。
「危なかったですよ。私が見つけたとき、虫の息でしたから。処置が遅れたら死んでいましたよ」
男はアフィーをそっと地面に横たえた。
「まあこのあと生きていられるかどうかは、あなた次第ですが」
そう言うと、男はアフィーの首を踏みつけた。
「ぐっ……!」
アフィーはうめく。
「な、なにしてんだ!?」
「よせ!」
カイとレオンは血相を変え、男に飛びかかろうとする。
「動くな!」
が、男の一喝を受け、二人は踏み止まる。
男はアフィー首に足を置いたまま、軽く咳払いする。
「――――ああ、やはり、連れてきて正解でした」
男は懐から、手のひらほどの長さがある、太い針取り出す。
「苦労の甲斐がありました。ここまで降ろしてくるの大変だったんですよ。あなたたちがすでに殺されるか、逃げるかした後では、なんの役にも立ちなせんから――――無駄にならずに済んで本当によかった」
「なんで――――」
「喋るな!」
男はカイの言葉を鋭く遮った。
「口の動かしてはいけませんよ。この子を死なせたくないのなら」
男は取り出した針の先をアフィーに向ける。
「毒です。かするだけで死にます」
それはラリュエ使っていた毒針だった。
男は濡れて光るその先端を、アフィーの額にまっすぐ向けたまま、人の良さそうな笑顔を浮かべた。
「これで形勢逆転です。犠牲は大きかったですが、ともかくきみが死ねば、我々の勝ちだ」
男は腰に下げた拳大の皮袋を、手に取る。
水風船のようなそれは、ケタリングの体液を薄皮で包んだ爆発物、爆袋だった。
「この子を死なせたくありませんよね」
そして男は、選択を迫る。
かつての愛弟子を人質に、かつての教え子に死を迫る。
「それではカイ君。――――死んでください」
すべての復讐者たちのために。
新しい世界のために。
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