169 / 173
第四章
「あなたはカイだよ」
しおりを挟む
〇
意識を取り戻すと同時に、カイは激しくせきこんだ。
水を吐き出し、震えながら、荒い呼吸を繰り返した。
どれだけ息を吸っても、苦しみは治まらない。
カイは渓流の岸辺に寝かされていたが、まるでまだ水の中で溺れているかのように、喘ぎ続けた。
「カイ、落ち着いて」
アフィーはカイの口もとを拭った。
「息、ゆっくり、吸って。吐いて」
アフィーはゆっくりカイの背をさする。
カイは呼吸をそれに合わせる。
呼吸は次第に落ち着いていき、カイの意識も明瞭になる。
カイの隣には、気を失ったままのシェルティとレオンが寝かされていた。
カイは二人と、自分の身体にかけられたオーガンジーを見て察する。
(シャボン玉は、オーガンジーだったのか……)
三人を助けたのはアフィーだった。
アフィーはオーガンジーを使って、三人を無事に着地させていた。
「なんでだよ……」
カイは力なく呟いた。
「お願いだから、もうなにもしないでくれ」
「だめ」
「死なせてくれよ……」
「だめ」
アフィーははっきりと言った。
「死なせない」
紺碧の瞳が、カイをまっすぐ見つめている。
曇り空を背景に見ると、アフィーの瞳の中でだけ青空が広がっているようだった。
カイはそれをとても眩しく感じた。
自分と同じ空の下にいるとは、とても思えなかった。
「誓った。今度こそ、カイを、守るって。……わたしは、もう誰にも、カイを、傷つけさせない。カイ、自身にも」
カイの額を、水滴が伝う。
濡れた前髪からこぼれたそれを拭おうとアフィーは手を伸ばしたが、カイは顔を背けた。
「――――勝手だな」
カイは濡れた地面に目を落としながら言った。
「わかってるか?おれのせいでたくさんの人が死んだんだぞ?丙級のみんなも、アリエージュも、みんなおれのせいで死んだんだ」
「カイが殺したわけじゃない」
「でもおれがちゃんと縮地を発動させてたら死ななかった」
「……」
「おれが殺したも同然だ。それに――――なあ、見ろよ。おれの顔。よく見てみろよ……!」
カイは引きつった笑みをアフィーに向ける。
「ラウラだぞ?ラウラになっちゃったんだぞ、おれ。アフィー、耐えられるのか?お前の一番大事な友だちの中身が違うものになっちゃったんだぞ?――――お前の好きだったひとは、女の子になっちゃったんだぞ」
アフィーはなにも言わなかった。
けれど決してカイから目を逸らさなかった。
「どれだけおれを守ったって、もうなにもないんだ。もうなにももとには戻らない。アフィー、ぜんぶ、ぜんぶ思い込みなんだ。自分に都合よく考えちゃだめだ。現実を見ろ。お前の一番の友だちは死んじゃったんだ。お前の好きな人はもういないんだ。いまアフィーの目の前にいるのは、ただの、くそみたいな、死にぞこないだ」
「あなたは、カイだよ」
アフィーははっきりと言った。
「わたしは、間違えてない。あなたは、カイ。わたしの、好きな人。身体が変わっても、それは、おなじ」
「だからそれは――――」
「カイが言った」
アフィーはおもむろにカイの頬をつねった。
「カイが、言った。わたしに。信じていいって。みんな、自分の、見たいものを見てる。だから、わたしも、見ていいって。決めるのは、誰かじゃなくて、自分。好きなことも、嫌なことも。――――大事なことは、口にしないと、だめ。嫌なら、ちゃんと嫌っていわなきゃ、だめ。怒らなくちゃだめ」
アフィーはカイの頬から手を離し、目を細めた。
「ぜんぶ、カイが、わたしに、教えてくれたこと」
「おれが……?」
「だからわたし、怒る。カイに、死んでほしくないから。カイが死ぬの、嫌だから、怒ってる」
「……だから、覚えてないんだって」
「じゃあ、教える」
「……!」
アフィーはカイの頭を自身の膝に乗せた。
「カイが覚えてなくても、わたしは、覚えてるから。教えてあげる。カイが、わたしにしてくれたこと。わたしの、好きな人のこと。わたしのこと。ぜんぶ。知ってほしいから」
カイの顔をのぞきこみながら、まるで小さな子供に寝物語を聞かせるような調子で、アフィーは語り始めた。
「カイに会うまで、わたし、人じゃなかった」
それは孤独な少女と、少女に希望を与えた救世主の物語だった。
「カイが、わたしを、人にしてくれたんだよ」
意識を取り戻すと同時に、カイは激しくせきこんだ。
水を吐き出し、震えながら、荒い呼吸を繰り返した。
どれだけ息を吸っても、苦しみは治まらない。
カイは渓流の岸辺に寝かされていたが、まるでまだ水の中で溺れているかのように、喘ぎ続けた。
「カイ、落ち着いて」
アフィーはカイの口もとを拭った。
「息、ゆっくり、吸って。吐いて」
アフィーはゆっくりカイの背をさする。
カイは呼吸をそれに合わせる。
呼吸は次第に落ち着いていき、カイの意識も明瞭になる。
カイの隣には、気を失ったままのシェルティとレオンが寝かされていた。
カイは二人と、自分の身体にかけられたオーガンジーを見て察する。
(シャボン玉は、オーガンジーだったのか……)
三人を助けたのはアフィーだった。
アフィーはオーガンジーを使って、三人を無事に着地させていた。
「なんでだよ……」
カイは力なく呟いた。
「お願いだから、もうなにもしないでくれ」
「だめ」
「死なせてくれよ……」
「だめ」
アフィーははっきりと言った。
「死なせない」
紺碧の瞳が、カイをまっすぐ見つめている。
曇り空を背景に見ると、アフィーの瞳の中でだけ青空が広がっているようだった。
カイはそれをとても眩しく感じた。
自分と同じ空の下にいるとは、とても思えなかった。
「誓った。今度こそ、カイを、守るって。……わたしは、もう誰にも、カイを、傷つけさせない。カイ、自身にも」
カイの額を、水滴が伝う。
濡れた前髪からこぼれたそれを拭おうとアフィーは手を伸ばしたが、カイは顔を背けた。
「――――勝手だな」
カイは濡れた地面に目を落としながら言った。
「わかってるか?おれのせいでたくさんの人が死んだんだぞ?丙級のみんなも、アリエージュも、みんなおれのせいで死んだんだ」
「カイが殺したわけじゃない」
「でもおれがちゃんと縮地を発動させてたら死ななかった」
「……」
「おれが殺したも同然だ。それに――――なあ、見ろよ。おれの顔。よく見てみろよ……!」
カイは引きつった笑みをアフィーに向ける。
「ラウラだぞ?ラウラになっちゃったんだぞ、おれ。アフィー、耐えられるのか?お前の一番大事な友だちの中身が違うものになっちゃったんだぞ?――――お前の好きだったひとは、女の子になっちゃったんだぞ」
アフィーはなにも言わなかった。
けれど決してカイから目を逸らさなかった。
「どれだけおれを守ったって、もうなにもないんだ。もうなにももとには戻らない。アフィー、ぜんぶ、ぜんぶ思い込みなんだ。自分に都合よく考えちゃだめだ。現実を見ろ。お前の一番の友だちは死んじゃったんだ。お前の好きな人はもういないんだ。いまアフィーの目の前にいるのは、ただの、くそみたいな、死にぞこないだ」
「あなたは、カイだよ」
アフィーははっきりと言った。
「わたしは、間違えてない。あなたは、カイ。わたしの、好きな人。身体が変わっても、それは、おなじ」
「だからそれは――――」
「カイが言った」
アフィーはおもむろにカイの頬をつねった。
「カイが、言った。わたしに。信じていいって。みんな、自分の、見たいものを見てる。だから、わたしも、見ていいって。決めるのは、誰かじゃなくて、自分。好きなことも、嫌なことも。――――大事なことは、口にしないと、だめ。嫌なら、ちゃんと嫌っていわなきゃ、だめ。怒らなくちゃだめ」
アフィーはカイの頬から手を離し、目を細めた。
「ぜんぶ、カイが、わたしに、教えてくれたこと」
「おれが……?」
「だからわたし、怒る。カイに、死んでほしくないから。カイが死ぬの、嫌だから、怒ってる」
「……だから、覚えてないんだって」
「じゃあ、教える」
「……!」
アフィーはカイの頭を自身の膝に乗せた。
「カイが覚えてなくても、わたしは、覚えてるから。教えてあげる。カイが、わたしにしてくれたこと。わたしの、好きな人のこと。わたしのこと。ぜんぶ。知ってほしいから」
カイの顔をのぞきこみながら、まるで小さな子供に寝物語を聞かせるような調子で、アフィーは語り始めた。
「カイに会うまで、わたし、人じゃなかった」
それは孤独な少女と、少女に希望を与えた救世主の物語だった。
「カイが、わたしを、人にしてくれたんだよ」
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります
古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。
一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。
一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。
どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。
※他サイト様でも掲載しております。
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。
猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。
そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。
あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは?
そこで彼は思った――もっと欲しい!
欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。
神様とゲームをすることになった悠斗はその結果――
※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる