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第三章
ラウラ
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ラウラはついに字を書くこともできなくなってしまう。
字を書きつけていた筵にはまだ隙間がある。
けれど隙間を埋めようとしても、文字を刻むことができない。
ラウラは自身の手を見る。
握っていた木炭がない。
それまで通り手を動かしているつもりだったが、指の腹で木片をなぞっているだけで、もはやどのような言葉を残すこともできていなかった。
やがて、ラウラの身体は、完全に動かなくなった。
先に動かなくなったカイの横で、ラウラはもう目を開けることもできなくなった。
――――ラウラ。
誰か呼びかけられ、ラウラは再び目を開けた。
『あっ』
ラウラは自分の身体を見下ろしていた。
ラウラは自分の身体を動かすことはできなかった。
なぜならばラウラの魂はすでに、その身を離れてしまったからだ。
けれどラウラの身体は呼吸を続けている。
うっすらと開いた瞼からは、さざめきながら、紫紺と琥珀に色を移ろわせる瞳が覗く。
朝と夜を絶え間なく行き来するようなその瞳を見て、ラウラは安堵する。
『ああ、よかった。成功したんだ……』
ラウラの手を、カーリーが握る。
『お兄ちゃん、わたし、やったよ』
ラウラの隣に立つカーリーは、頷いて、微笑む。
『カイさんのこと、助けられたよ』
カーリーはラウラの頭を撫でる。
その顔は、笑っているが、どこか怒っているようでもあった。
『ごめんね、約束したのに、世界、守れなくて』
カーリーは、そうじゃない、と首をふり、ラウラを抱きしめた。
『お兄ちゃん、ずっとそばにいてくれたんだね』
これは自分が自分に見せる、都合のいい夢かもしれない。
ラウラはそう思いながら、カーリーに身を委ねた。
『また会えて、うれしい』
ラウラはふわりと浮かび上がる。
日の差し込む穴の外へ、カーリーはラウラを導こうとする。
『だめだよ、お兄ちゃん。わたしはここにいなきゃ。カイさんの傍にいてあげなくちゃ……』
カーリーは微笑み、ラウラの目の前に左手をかざして見せた。
カーリーの左手の薬指には、白い指輪がはまっていた。
歪な形の古びた指輪だった。
『でも……』
ラウラはなおも迷ったが、そのとき、彼女の横をケタリングがすり抜けた。
『あっ、みんな!』
レオンが、シェルティとアフィ―を連れて、ようやく戻ってきたのだ。
『そっか。わたしがいなくても、カイさんには、みんながついてるから、大丈夫だね。なんにも寂しいことはないね』
ラウラは指輪のはまったカーリーの左手を握りしめた。
『嘘ついちゃったな』
(……待って)
『カイさん、ごめんなさい、わたしやっぱり、そばにはいれないです』
(だめだ)
『でも、近くにいます』
(いっちゃだめだ)
『だから――――またね』
ラウラとカーリーは固く手をとりあい、光の中に、消えていく。
(ラウラ!)
カイの叫びは、ラウラには、届かない。
記憶の中の彼女を、カイが引き留めることはできない。
(ラウラ!)
カイはただ、去っていく彼女を、見ていることしかできない。
そうして、長い追憶は、終わった。
ラウラはついに字を書くこともできなくなってしまう。
字を書きつけていた筵にはまだ隙間がある。
けれど隙間を埋めようとしても、文字を刻むことができない。
ラウラは自身の手を見る。
握っていた木炭がない。
それまで通り手を動かしているつもりだったが、指の腹で木片をなぞっているだけで、もはやどのような言葉を残すこともできていなかった。
やがて、ラウラの身体は、完全に動かなくなった。
先に動かなくなったカイの横で、ラウラはもう目を開けることもできなくなった。
――――ラウラ。
誰か呼びかけられ、ラウラは再び目を開けた。
『あっ』
ラウラは自分の身体を見下ろしていた。
ラウラは自分の身体を動かすことはできなかった。
なぜならばラウラの魂はすでに、その身を離れてしまったからだ。
けれどラウラの身体は呼吸を続けている。
うっすらと開いた瞼からは、さざめきながら、紫紺と琥珀に色を移ろわせる瞳が覗く。
朝と夜を絶え間なく行き来するようなその瞳を見て、ラウラは安堵する。
『ああ、よかった。成功したんだ……』
ラウラの手を、カーリーが握る。
『お兄ちゃん、わたし、やったよ』
ラウラの隣に立つカーリーは、頷いて、微笑む。
『カイさんのこと、助けられたよ』
カーリーはラウラの頭を撫でる。
その顔は、笑っているが、どこか怒っているようでもあった。
『ごめんね、約束したのに、世界、守れなくて』
カーリーは、そうじゃない、と首をふり、ラウラを抱きしめた。
『お兄ちゃん、ずっとそばにいてくれたんだね』
これは自分が自分に見せる、都合のいい夢かもしれない。
ラウラはそう思いながら、カーリーに身を委ねた。
『また会えて、うれしい』
ラウラはふわりと浮かび上がる。
日の差し込む穴の外へ、カーリーはラウラを導こうとする。
『だめだよ、お兄ちゃん。わたしはここにいなきゃ。カイさんの傍にいてあげなくちゃ……』
カーリーは微笑み、ラウラの目の前に左手をかざして見せた。
カーリーの左手の薬指には、白い指輪がはまっていた。
歪な形の古びた指輪だった。
『でも……』
ラウラはなおも迷ったが、そのとき、彼女の横をケタリングがすり抜けた。
『あっ、みんな!』
レオンが、シェルティとアフィ―を連れて、ようやく戻ってきたのだ。
『そっか。わたしがいなくても、カイさんには、みんながついてるから、大丈夫だね。なんにも寂しいことはないね』
ラウラは指輪のはまったカーリーの左手を握りしめた。
『嘘ついちゃったな』
(……待って)
『カイさん、ごめんなさい、わたしやっぱり、そばにはいれないです』
(だめだ)
『でも、近くにいます』
(いっちゃだめだ)
『だから――――またね』
ラウラとカーリーは固く手をとりあい、光の中に、消えていく。
(ラウラ!)
カイの叫びは、ラウラには、届かない。
記憶の中の彼女を、カイが引き留めることはできない。
(ラウラ!)
カイはただ、去っていく彼女を、見ていることしかできない。
そうして、長い追憶は、終わった。
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