災嵐回記 ―世界を救わなかった救世主は、すべてを忘れて繰りかえす―

牛飼山羊

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第三章

救世主なんていらなかった

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―――――――





どのくらいの時間がかかるかわかりません。
最低限のことを、まず、書きます。

私はいま、降魂術を発動させています。

カイさんに、私の身体をあげるためです。
うまくいくかどうかはわかりません。
でも、可能性はあります。

降魂術の開発初期、エレヴァン内の人間同士による魂の入れ替えが行われたことがあるそうです。
記録で読んだだけですが、実験は成功し、異界人を呼び降ろすよりも確実に、術者は魂を招き入れることができたそうです。
私はこれに、最後の希望を託します。

もしこの試みがうまくいっていたら、すぐに西方霊堂に向かってください。
降魂術に関する資料があるので、それを読んで、処置をしてください。
西方霊堂が、なくなってしまっていたら、なるべく霊力の満ちたところで、休ませてあげてください。
降魂術が失敗する最大の要因は、肉体と魂の乖離です。
魂がその肉体になじむまで、覚醒させてはいけません。
睡花か、睡薬を用いて、なるべく長く眠らせてください。
目の色が、少しずつ、変わっていきます。
それが完全にカイさんのものに落ち着いたら、成功です。
私の身体は、カイさんの身体になります。

うまくいくことを願います。

私は死にますが、最後にカイさんを救うことができて、本当によかったです。
私の身体、汚くて、ぼろぼろですが、
すみません、これしかなかったんです。
許してください。
きっとどんな身体でも、みんな変わらず、カイさんが大好きですから。

……

心残りがあります。
お礼をいえなかったことです。
カイさんに、
どうか、カイさんに伝えてください。
ありがとうございます。
助けてくれて、本当にありがとうございました。

カイさんは、約束を破ったって、言っていましたが、でも私、うれしかったです。
あのときは、頭がまっしろで、そんなこと思えませんでしたが、でも、
カイさん、選んでくれたんですよね。
世界と、私たちと、秤にかけて、
それで、私たちを選んでくれたんですよね。
私だったら、きっと、選べませんでした。
私がカイさんと同じ立場だったら、
すごく迷って、
でもきっとさいごには、世界を選んでいました。
そこに誰がいても。
父と母が、お兄ちゃんが、ノヴァがいても、
きっと選びませんでした。
選べませんでした。

私は、臆病者です。
カイさんは、本当に勇気のある人です。

ケタリングに、カイさんがおそわれたとき、私は、
縮地の心配を、いちばんにしました
目の前で死にそうなカイさんより
災嵐にあう、たくさんの人のことを、
世界を救うって、お兄ちゃんとの、約束を、
考えていました

私は、最低です

カイさんに助けてもらう資格なんて、ないんです

わたしも、カイさんみたいになりたかったな
今からでも、間に合うかな

……

カイさん、どうか、幸せになってください。
今日まで、世界のために、世界で一番苦しい思いをしたんですから、
明日からは、世界で一番の幸せものにならなきゃ、辻褄が合いませんよ。
みんなと毎日楽しく笑ってすごしてください。
今度こそ約束を果たしてください。
家を建てましょう。
どこかの山の上に。
わたしたちだけが知る秘密の場所に。

わたしも必ずそばにいますから。
みんなで暮らしましょう。
毎日、楽しく、笑って過ごしましょう。

……

思ったより、時間がかかっています。
でもうまくいってるみたいです。
身体の感覚がなくなってきました。
これもいつまで書いていられるか。
目もかすんでいます。
読める字が、書けていれば、いいのですが。

……

お願いがあります。
これは読んだら、すぐに壊してください。
全部、内緒にしてください。
きっと、誰も、カイさんを許してはくれません。
カイさんは、なにも悪くないけど、でもわかってくれそうには、ありませんでしたから。
だから、内緒にしてください。
カイさんは死んだことにしてください。
そうすればもう誰も、カイさんを傷つけることはありません。
もう誰も、カイさんを憎んだりしません。

本当は、だれにもそんな資格、ないんです。

みんな、カイさんに救ってもらえなかったことを怒っていたけど、
わたしたちだって、カイさんを救わなかったんですから。
わたしたちはカイさんの人生を奪って、救世主にしたてあげたのですから。
本当は、誰も、カイさんを責めたりしちゃいけないんです。

……

カイさん、怒るかな
悲しむ、だろうな
やさしい人だから、すごく、苦しむだろうな
でもね、そんな、
そんなカイさんだから、わたしは、まだ、生きていてほしいんです

こんなふうに、なったけど、わたしはまだ、世界が好きです

エレヴァンに、生まれて、よかったと、思います
自然も、街も、動物も、人も、みんな、大好きです。
カイさんに、きらいになってほしくないです。
この世界を好きだって、いってくれた
あのときと同じ気持ちで、いつまでも、いてほしいんです。

こんな、お別れは、してほしく、ないんです。

……

……
……
なかなかおわりません
時間、こんなに、かかるなんて、知らなかったです
こんなにまで、意識が残るなんて……
……

こわい

……

こわい
力が入らない
身体が とおくなってく

こわい

……

お兄ちゃんも おなじだったのかな
お父さんも お母さんも お兄ちゃんも 
こわかったのかな

みんなの そばには だれか いたかな
おにいちゃん も ひとり だったのかな

むりやりでも わたし いっしょにいてあげれば よかった

……

こわい
しにたく ない

だめ
カイさんにあげるって きめたから

でも こわい
死にたく ない

かいてると すこし きが まぎれる
死にたく ない
死にたく ない
いやだ いやだ いやだ いやだ
死ぬの やだ こわい こわい 

こわい

……

……

こわい
死は こわい
でも
それより カイさんが死ぬほうが こわい
こわい
それだけは やだ

もうだいじな人 なくしたくない

だれかが死ぬの みたくない

また おにいちゃんをなくすなんて やだ

それがいちばん こわい

……

だいじょうぶ
もう だいじょうぶ
こわいけど がまんできる
だいじょうぶ

あと もうすこし



ごめんなさい

まもれなかった

ごめんなさい

やくそく やぶった

ごめんなさい

せかい すくえなかった


……


でも

わたし なにも できなかったけど
カイさんだけは たすけられた

たったひとりだけど
わたし できた
たすけること

よかった

わたし ちゃんと できた

ちゃんと ……

……









―――――――        
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