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第三章
吊るされた友
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〇
むごたらしく死んだ二人に、ラウラは見覚えがあった。
確証はない。焼かれた顔では正確な判別をつけることはできない。
(まさか)
(でも、この二人は……)
ラウラは二人の名を呼ぼうとしたが、口から出たのは乾いた空気だけで、どのような音も発することができなかった。
ラウラの身体は、拒絶していた。
目の前の遺体が、ラウラの知る二人であることを。
ラウラは四人に顔を向けた。
知らない人であってほしいと、願いをこめて。
けれど、アフィーは蒼白になっていた。カイはカタカタと歯を鳴らしていた。
ラウラはまた遺体と向き合った。
やはりこれは、彼らなのだ。
「助け、ないと」
二人の遺体から滴る血を見て、ラウラは言った。
「……」
アフィーは手にした小刀を強く握りしめ、一歩前に踏み出した。
「やめろ」
レオンが、その手をつかむ。
「でも……」
「もう助からない」
「でも、まだ、血が――――」
「死んでるよ」
シェルティはラウラの腕を引く。
「行こう。ここは離れたほうがよさそうだ」
「せめて、おろしてあるだけでも……」
「いいから行くぞ」
レオンとシェルティは勘づいていた。
これをやった者たちはまだ近くにいるということを。
そして彼らは、自分たちに敵意があるだろう、ということにも。
五人は都市の中心地に移動した。
都市の象徴であった、高くそびえる鐘塔はその土台を残すのみとなっていた。
鐘塔の周辺に並び立ち、都市の空を狭めていた石造りの尖塔の峰々も消えた。
都市の空は広くなった。
伐採された森林のような都市では、満点の夜空を見渡すことができた。
けれどどれだけ空が広がろうとも、星が瞬こうとも、それを望む人間はいなかった。
皆、俯いていた。
上を見ることなどできなかった。
星の光は、人びとには眩しすぎる。
足元に注意を払わなければ、瓦礫や転がる死体に足をとられてしまう。
人びとは明るい夜空を避けるように、瓦礫の中の暗い影に身を置いて、夜を過ごしていた。
「……マヨルカ?」
ラウラは影のひとつに声をかける。
少年は座り込んだまま、目線だけをあげた。
「ラウラ姉ちゃん……」
衰弱した少年には、立ち上がるどころか、顔をあげる力も残されていなかった。
少年はただ、呟いた。
「助けて……」
「……!」
ラウラはこみあげてきた涙をぐっと堪え、力強く頷いた。
「うん……!助けにきたよ。もう大丈夫だからね。もうなにも心配いらないからね」
「よかった……」
マヨルカは嬉しそうに目を細めた。
マヨルカだけではない。南都で守護霊術の起動を担っていた子どもたちはみな、鐘塔のあった場所にいた。
屋根はなく、壁だけが残る土台部分に、全員が一列に並んで、もたれかかっていた。
「助かるんだね、よかった」
マヨルカは再び呟いた。
傍に寄ったラウラは、爛れた指先に走る激痛も気にせず、マヨルカの頭を撫でた。
「よくがんばったね。みんなも――――」
ラウラはマヨルカの隣に並ぶ子どもたちを見た。
みな、目を閉じていた。
「――――え」
きれいな顔だった。
眠っているようだった。
服は汚れていたが、その顔は清められ、髪も、姿勢も、きちんと整えられていた。
「死んじゃったよ、みんな」
マヨルカだけは、血と泥で全身を汚したままだった。
そして、彼だけが、生きていた。
「みんな、死んだんだ。おれは、テネリファが庇ってくれて、それでまだ生きてるんだ」
マヨルカはラウラをじっと見つめた。
一点の曇りもない瞳は、満点の夜空を映し、輝いていた。
「助けてくれるんだよね」
「あ……」
「助けて、ラウラ姉ちゃん」
「ああ……」
「みんなを、生き返らせて」
ラウラはその場にうずくまる。
激しい眩暈に襲われ、過呼吸に陥る。
「ごめんなさい」
ラウラは瓦礫に額をこすりつけ、声を、絞り出す。
「ごめんなさい――――私は――――私は……!」
「ラウラ姉ちゃん?」
マヨルカの顔が、次第に強張っていく。
「助けてくれるんでしょ?」
「……ごめんなさい」
「嘘だよ。だって、ラウラ姉ちゃん、なんでもできるじゃん。大人より霊操うまくて、霊術のこともいっぱい知ってるじゃん」
「……ごめんなさい」
「ラウラ姉ちゃんにできないことなんて、ないでしょ?」
「――――できなかった!」
ガンッ!
ラウラは額を瓦礫に打ち付ける。
皮膚が擦りむけて、血が滲む。
「私は、なんにも、できなかったの……!」
「嘘だよね……?」
「ごめんなさい……」
「じゃあ誰がみんなを助けてくれるの……?」
「わたしには……できなかった……」
「ラウラ姉ちゃんがだめなら、誰にも助けられないじゃん。そんなの――――それじゃあ、みんなこのまま死ぬの?」
「……」
「助けてよ、姉ちゃん」
マヨルカは起き上がり、ラウラに縋りつく。
「だって、テネリファはおれを――――おれを庇って、死んだんだよ?助けてよ。おれ、やだよ。こんなの――――おれだけ残って――――どうすればいいんだよ。きっと姉ちゃんが助けにきてくれると思って待ってたんだよ。それなのに――――」
マヨルカの表情が歪む。
その乾いた身体からは、一滴の涙も滲まない。
「助けて、くれないの?」
「ごめんなさい……」
希望を失ったマヨルカを前に、ラウラはそう繰り返すことしかできなかった。
〇
レオンとシェルティはすぐに南都を離れるべきだ、と考えていた。
彼らはまだ、縮地の間になにがあったのか、どれだけの時間が経ったのかさえ、把握していなかった。
けれどまともに話のできそうな人は誰もいなかった。
その上、不穏な空気が蔓延している。
肌に、視線が刺さる。
敵意を持った誰かが、自分たちを見ている。
「暗いうちにここを出るぞ」
レオンはそう言ったが、ラウラは子どもたちの傍を離れようとしなかった。
「置いていけません」
「ならガキも一緒に連れてこい」
「おれはみんなとここにいる」
マヨルカはテネリファの隣で膝を抱えた。
「……私も残ります」
ラウラはテネリファの唇にとまった蠅をはらいながら、言った。
「きちんと埋葬してあげないと……」
「もう十分整えられてる」
「整えるだけじゃ――――ほら、また蠅が――――」
「周りを見ろ。こいつらほど丁重に扱われるやつはいねえ。いまはこれだけで十分だと思え」
レオンはラウラを抱きあげたが、ラウラは悲痛な声で懇願する。
「お願いします、この子たちの、そばに、いさせてください……」
「……レオン」
見かねたアフィーも、レオンの袖を引く。
「おろしてあげて」
レオンは軽く舌を打ち、ラウラを下ろした。
「もう少しだけだ。夜明けまでには、必ず発つ」
「ありがとう」
ラウラに代わってアフィーが礼を言った。
レオンはため息をつきながらアフィ―の肩を叩いた。
「ぼくたちもすこし休もう」
シェルティは、立ち尽くしていたカイを座らせた。
「……ここを出て、それで、どこに?」
「とりあえず、たて穴に行くのがいいと思う」
「たて穴……」
「うん。レオンに攫われて以来、戻ってないだろう?小屋の中には薬や着替えがそのまま残っているはずだ。水も食べる物もある。他に人がいることはないだろうから、あそこなら少し落ち着ける、と思ってね」
「でも、たて穴も、ここと同じようになってるかもしれない」
「なっていないかもしれない。賭けだよ、これは」
「……いいのかな」
「え?」
「だって、こんな――――こんな、めちゃくちゃなことになってるのに、休んでちゃ、だめだろ?」
「カイ……」
「こ、こ、ここだけじゃないかもしれないんだろ。世界中が、同じようにめちゃくちゃになってるかもしれないんだろ。おれが――――おれが、縮地をしなかったから――――」
「――――カイ」
カイの横に、レオンが腰をおろす。
「お前のせいじゃねえ」
「レオン……」
「それに他がどうなってるか、行ってみなきゃわかんねえだろ」
「そうだよ、カイ。レオンのいうとおりだ。まずぼくらは、一体なにが起こったのか、知るところからはじめないと」
「……うん」
「そのためにも、まずは休むんだ。ぼくたちみんなぼろぼろだからね。いま動いても、すぐに倒れちゃうだろ。一度体制をたてなおしてから、状況を見極めて、その上でなにをするべきか検討しよう」
「……わかった」
カイの返事を聞いたシェルティは肩の力を抜き、深く息を吐いて目を閉じた。
「ぼくも限界だ。――――少しだけ眠らせて」
シェルティはカイの肩にもたれかかった。
カイもシェルティに寄りかかり、目を閉じた。
「……なあ、シェル」
「なんだい?」
「さっきあった像にさ、おれの名前書いてなかった?」
「……」
「あれって、もしかして――――」
「気のせいだよ。きみの名があったなら、まずぼくが気づくはずだから」
「……そうかな」
「うん。あの像も、あそこにいた二人も、きみとはなんの関係もないものさ」
眠ろう、とシェルティに促され、カイは口を閉じた。
二人の会話を傍で聞いていたラウラも、アフィーと寄り添いあって、眠りに落ちた。
浅い眠りだった。
眠っているのか、ただ目を閉じているだけなのか、わからなかった。
いま自分の意識は夢の中にあるのか、現実にあるのか、ラウラには判断がつかなかった。
だからこそ、ラウラは、指輪に触れた。
なけなしの霊力を注ぎ込み、その反応を確かめた。
左手の親指が、熱を持つ。
ラウラの霊力は、まっすぐ北へ伸びていく。
そしてある一点に結びつけられる。
(繋がった)
ラウラは目を閉じたまま、指輪を握りしめる。
すると結びついたもうひとつの指輪から、霊力が、応答が返ってくる。
(……ノヴァ?)
ラウラの頬を、涙が伝う。
雪を解かす、春の到来を告げる雨のような暖かい涙が、伏せた瞳からあふれ出る。
(ノヴァは、生きてる)
引き裂かれ、今にも止まってしまうそうだったラウラの心臓が、再び動き出す。
痛みは消えないが、鼓動が止むこともない。
どんなに苦しくても、暗闇に溺れ、沈むことはない。
ノヴァが生きている。
それは、ラウラにとってなによりもの希望になった。
ラウラは指輪から手を離した。
彼女はまだ夢と現の狭間にいた。
ノヴァの霊力を感じたのは、夢の中の出来事だったかもしれない。
ラウラは真実を知ることを恐れた。
都合のいい夢が見せた幻だったとしても、一縷の希望を失いたくはなかった。
指輪の熱が完全に冷めるのを待ってから、ラウラは瞼を開いた。
瓦礫の荒野で野営する人びとの灯りが、漁火のように瞬いていた。
「――――おい」
レオンが、舌打ちをした。
「起きろ。すぐに出発するぞ」
一人だけ眠らずに警戒を続けていたレオンは、声を潜めて言った。
「急げ」
ラウラは起き上がり、影の中から、都市を見渡す。
眠りつく前にも、野営の灯りはあった。
それはまばらで、都市全体を見渡しても両手で数えることができるほどの数だった。
それが今では、無数の漁火として、都市全体を明るく照らし出すほどに増えている。
ラウラが見ている目の前で、それは増え続けている。
燃え移っていくように、ひとつ、またひとつと。
焚火であったはずのものが、松明として、人びとの手に握られていく。
ひとつひとつは小さな灯火だ。けれど集まると、炎の広野となる。
レオンは異常をすぐに察知した。
けれど炎が広がる速度は尋常でなく、五人はあっという間に、四方を炎で囲まれてしまった。
「これは……?」
まだ炎は遠く、松明を掲げる人びとはラウラたちの居所をつかんでいなかった。しかし時間の問題だ。炎は次第に近づいてくる。人びとが作る輪は縮まっていく。
まるで巻き狩りだった。
ラウラたちは獲物として追い立てられていた。
「いつの間に……なんで……」
「考えるのはあとだ」
レオンはカイの王笏から残る二つの飾り玉を引きちぎる。
「いいか、お前ら。おれは連中を散らしてくる。それまでここを、絶対に動くんじゃねえぞ」
「えっ」
カイは王笏を握るレオンの手をつかんだ。
「ま、待ってよ。なに?なんで?そんな、敵に囲われてるわけじゃないんだから――――」
「敵だよ」
シェルティはカイをレオンから引き離す。
「理由はわからない。けれど彼らの狙いはおそらくぼくらだ。敵意を持って、ぼくらを探している」
ラウラの脳裏に、塑像に縛りつけられていた遺体の姿がよぎる。
レオンは影を縫うようにして走り出す。
「レオン!」
カイは慌てて追いすがろうとするが、シェルティに止められる。
「離せよ!」
「ぼくらが行っても足をひっぱるだけだ」
「レオンになにかあったらどうするんだよ!」
「彼ならだいじょうぶだ。それはきみが一番よく知っているだろう?」
「それは――――」
「彼は強い。誰よりも。だからきみが心配してるようなことは、絶対に起こらない」
離れたところで、閃光があがる。
それはレオンが囮に放った光球だった。
カイたちを取り囲んでいた炎は形を崩し、吸い寄せられるように光球の下へ集っていく。
「レオン……」
カイは光球を見つめながら、呟く。
「おれは、レオンがそこで死ぬことを許さないからな。――――誓い、忘れるなよ」
ゴンッ。
鈍い音が、響いた。
カイの足元に、投げられた石が転がる。
シェルティが地に伏せ、額を押さる。
「シェル!」
「くっ――――伏せろ!」
ゴンッ。
再び、鈍い音が響く。
二度目の投石は、カイの肩にあたった。
カイは痛みにうめき、膝をつきながら、再びシェルティの名を叫ぶ。
「大丈夫、大丈夫だから」
そう答えるシェルティの額からは、血が滴っている。
「見つけたぞ」
瓦礫の影から、投石を行った人物が姿を現す。
「カイ・ミワタリ……!」
現れた男には、顔がなかった。
塑像に縛られていた遺体と同じように、男の顔は、炙り落とされてしまっていた。
とても生者とは思えないその男は、カイの級友、ヤクート・ダルマチアだった。
むごたらしく死んだ二人に、ラウラは見覚えがあった。
確証はない。焼かれた顔では正確な判別をつけることはできない。
(まさか)
(でも、この二人は……)
ラウラは二人の名を呼ぼうとしたが、口から出たのは乾いた空気だけで、どのような音も発することができなかった。
ラウラの身体は、拒絶していた。
目の前の遺体が、ラウラの知る二人であることを。
ラウラは四人に顔を向けた。
知らない人であってほしいと、願いをこめて。
けれど、アフィーは蒼白になっていた。カイはカタカタと歯を鳴らしていた。
ラウラはまた遺体と向き合った。
やはりこれは、彼らなのだ。
「助け、ないと」
二人の遺体から滴る血を見て、ラウラは言った。
「……」
アフィーは手にした小刀を強く握りしめ、一歩前に踏み出した。
「やめろ」
レオンが、その手をつかむ。
「でも……」
「もう助からない」
「でも、まだ、血が――――」
「死んでるよ」
シェルティはラウラの腕を引く。
「行こう。ここは離れたほうがよさそうだ」
「せめて、おろしてあるだけでも……」
「いいから行くぞ」
レオンとシェルティは勘づいていた。
これをやった者たちはまだ近くにいるということを。
そして彼らは、自分たちに敵意があるだろう、ということにも。
五人は都市の中心地に移動した。
都市の象徴であった、高くそびえる鐘塔はその土台を残すのみとなっていた。
鐘塔の周辺に並び立ち、都市の空を狭めていた石造りの尖塔の峰々も消えた。
都市の空は広くなった。
伐採された森林のような都市では、満点の夜空を見渡すことができた。
けれどどれだけ空が広がろうとも、星が瞬こうとも、それを望む人間はいなかった。
皆、俯いていた。
上を見ることなどできなかった。
星の光は、人びとには眩しすぎる。
足元に注意を払わなければ、瓦礫や転がる死体に足をとられてしまう。
人びとは明るい夜空を避けるように、瓦礫の中の暗い影に身を置いて、夜を過ごしていた。
「……マヨルカ?」
ラウラは影のひとつに声をかける。
少年は座り込んだまま、目線だけをあげた。
「ラウラ姉ちゃん……」
衰弱した少年には、立ち上がるどころか、顔をあげる力も残されていなかった。
少年はただ、呟いた。
「助けて……」
「……!」
ラウラはこみあげてきた涙をぐっと堪え、力強く頷いた。
「うん……!助けにきたよ。もう大丈夫だからね。もうなにも心配いらないからね」
「よかった……」
マヨルカは嬉しそうに目を細めた。
マヨルカだけではない。南都で守護霊術の起動を担っていた子どもたちはみな、鐘塔のあった場所にいた。
屋根はなく、壁だけが残る土台部分に、全員が一列に並んで、もたれかかっていた。
「助かるんだね、よかった」
マヨルカは再び呟いた。
傍に寄ったラウラは、爛れた指先に走る激痛も気にせず、マヨルカの頭を撫でた。
「よくがんばったね。みんなも――――」
ラウラはマヨルカの隣に並ぶ子どもたちを見た。
みな、目を閉じていた。
「――――え」
きれいな顔だった。
眠っているようだった。
服は汚れていたが、その顔は清められ、髪も、姿勢も、きちんと整えられていた。
「死んじゃったよ、みんな」
マヨルカだけは、血と泥で全身を汚したままだった。
そして、彼だけが、生きていた。
「みんな、死んだんだ。おれは、テネリファが庇ってくれて、それでまだ生きてるんだ」
マヨルカはラウラをじっと見つめた。
一点の曇りもない瞳は、満点の夜空を映し、輝いていた。
「助けてくれるんだよね」
「あ……」
「助けて、ラウラ姉ちゃん」
「ああ……」
「みんなを、生き返らせて」
ラウラはその場にうずくまる。
激しい眩暈に襲われ、過呼吸に陥る。
「ごめんなさい」
ラウラは瓦礫に額をこすりつけ、声を、絞り出す。
「ごめんなさい――――私は――――私は……!」
「ラウラ姉ちゃん?」
マヨルカの顔が、次第に強張っていく。
「助けてくれるんでしょ?」
「……ごめんなさい」
「嘘だよ。だって、ラウラ姉ちゃん、なんでもできるじゃん。大人より霊操うまくて、霊術のこともいっぱい知ってるじゃん」
「……ごめんなさい」
「ラウラ姉ちゃんにできないことなんて、ないでしょ?」
「――――できなかった!」
ガンッ!
ラウラは額を瓦礫に打ち付ける。
皮膚が擦りむけて、血が滲む。
「私は、なんにも、できなかったの……!」
「嘘だよね……?」
「ごめんなさい……」
「じゃあ誰がみんなを助けてくれるの……?」
「わたしには……できなかった……」
「ラウラ姉ちゃんがだめなら、誰にも助けられないじゃん。そんなの――――それじゃあ、みんなこのまま死ぬの?」
「……」
「助けてよ、姉ちゃん」
マヨルカは起き上がり、ラウラに縋りつく。
「だって、テネリファはおれを――――おれを庇って、死んだんだよ?助けてよ。おれ、やだよ。こんなの――――おれだけ残って――――どうすればいいんだよ。きっと姉ちゃんが助けにきてくれると思って待ってたんだよ。それなのに――――」
マヨルカの表情が歪む。
その乾いた身体からは、一滴の涙も滲まない。
「助けて、くれないの?」
「ごめんなさい……」
希望を失ったマヨルカを前に、ラウラはそう繰り返すことしかできなかった。
〇
レオンとシェルティはすぐに南都を離れるべきだ、と考えていた。
彼らはまだ、縮地の間になにがあったのか、どれだけの時間が経ったのかさえ、把握していなかった。
けれどまともに話のできそうな人は誰もいなかった。
その上、不穏な空気が蔓延している。
肌に、視線が刺さる。
敵意を持った誰かが、自分たちを見ている。
「暗いうちにここを出るぞ」
レオンはそう言ったが、ラウラは子どもたちの傍を離れようとしなかった。
「置いていけません」
「ならガキも一緒に連れてこい」
「おれはみんなとここにいる」
マヨルカはテネリファの隣で膝を抱えた。
「……私も残ります」
ラウラはテネリファの唇にとまった蠅をはらいながら、言った。
「きちんと埋葬してあげないと……」
「もう十分整えられてる」
「整えるだけじゃ――――ほら、また蠅が――――」
「周りを見ろ。こいつらほど丁重に扱われるやつはいねえ。いまはこれだけで十分だと思え」
レオンはラウラを抱きあげたが、ラウラは悲痛な声で懇願する。
「お願いします、この子たちの、そばに、いさせてください……」
「……レオン」
見かねたアフィーも、レオンの袖を引く。
「おろしてあげて」
レオンは軽く舌を打ち、ラウラを下ろした。
「もう少しだけだ。夜明けまでには、必ず発つ」
「ありがとう」
ラウラに代わってアフィーが礼を言った。
レオンはため息をつきながらアフィ―の肩を叩いた。
「ぼくたちもすこし休もう」
シェルティは、立ち尽くしていたカイを座らせた。
「……ここを出て、それで、どこに?」
「とりあえず、たて穴に行くのがいいと思う」
「たて穴……」
「うん。レオンに攫われて以来、戻ってないだろう?小屋の中には薬や着替えがそのまま残っているはずだ。水も食べる物もある。他に人がいることはないだろうから、あそこなら少し落ち着ける、と思ってね」
「でも、たて穴も、ここと同じようになってるかもしれない」
「なっていないかもしれない。賭けだよ、これは」
「……いいのかな」
「え?」
「だって、こんな――――こんな、めちゃくちゃなことになってるのに、休んでちゃ、だめだろ?」
「カイ……」
「こ、こ、ここだけじゃないかもしれないんだろ。世界中が、同じようにめちゃくちゃになってるかもしれないんだろ。おれが――――おれが、縮地をしなかったから――――」
「――――カイ」
カイの横に、レオンが腰をおろす。
「お前のせいじゃねえ」
「レオン……」
「それに他がどうなってるか、行ってみなきゃわかんねえだろ」
「そうだよ、カイ。レオンのいうとおりだ。まずぼくらは、一体なにが起こったのか、知るところからはじめないと」
「……うん」
「そのためにも、まずは休むんだ。ぼくたちみんなぼろぼろだからね。いま動いても、すぐに倒れちゃうだろ。一度体制をたてなおしてから、状況を見極めて、その上でなにをするべきか検討しよう」
「……わかった」
カイの返事を聞いたシェルティは肩の力を抜き、深く息を吐いて目を閉じた。
「ぼくも限界だ。――――少しだけ眠らせて」
シェルティはカイの肩にもたれかかった。
カイもシェルティに寄りかかり、目を閉じた。
「……なあ、シェル」
「なんだい?」
「さっきあった像にさ、おれの名前書いてなかった?」
「……」
「あれって、もしかして――――」
「気のせいだよ。きみの名があったなら、まずぼくが気づくはずだから」
「……そうかな」
「うん。あの像も、あそこにいた二人も、きみとはなんの関係もないものさ」
眠ろう、とシェルティに促され、カイは口を閉じた。
二人の会話を傍で聞いていたラウラも、アフィーと寄り添いあって、眠りに落ちた。
浅い眠りだった。
眠っているのか、ただ目を閉じているだけなのか、わからなかった。
いま自分の意識は夢の中にあるのか、現実にあるのか、ラウラには判断がつかなかった。
だからこそ、ラウラは、指輪に触れた。
なけなしの霊力を注ぎ込み、その反応を確かめた。
左手の親指が、熱を持つ。
ラウラの霊力は、まっすぐ北へ伸びていく。
そしてある一点に結びつけられる。
(繋がった)
ラウラは目を閉じたまま、指輪を握りしめる。
すると結びついたもうひとつの指輪から、霊力が、応答が返ってくる。
(……ノヴァ?)
ラウラの頬を、涙が伝う。
雪を解かす、春の到来を告げる雨のような暖かい涙が、伏せた瞳からあふれ出る。
(ノヴァは、生きてる)
引き裂かれ、今にも止まってしまうそうだったラウラの心臓が、再び動き出す。
痛みは消えないが、鼓動が止むこともない。
どんなに苦しくても、暗闇に溺れ、沈むことはない。
ノヴァが生きている。
それは、ラウラにとってなによりもの希望になった。
ラウラは指輪から手を離した。
彼女はまだ夢と現の狭間にいた。
ノヴァの霊力を感じたのは、夢の中の出来事だったかもしれない。
ラウラは真実を知ることを恐れた。
都合のいい夢が見せた幻だったとしても、一縷の希望を失いたくはなかった。
指輪の熱が完全に冷めるのを待ってから、ラウラは瞼を開いた。
瓦礫の荒野で野営する人びとの灯りが、漁火のように瞬いていた。
「――――おい」
レオンが、舌打ちをした。
「起きろ。すぐに出発するぞ」
一人だけ眠らずに警戒を続けていたレオンは、声を潜めて言った。
「急げ」
ラウラは起き上がり、影の中から、都市を見渡す。
眠りつく前にも、野営の灯りはあった。
それはまばらで、都市全体を見渡しても両手で数えることができるほどの数だった。
それが今では、無数の漁火として、都市全体を明るく照らし出すほどに増えている。
ラウラが見ている目の前で、それは増え続けている。
燃え移っていくように、ひとつ、またひとつと。
焚火であったはずのものが、松明として、人びとの手に握られていく。
ひとつひとつは小さな灯火だ。けれど集まると、炎の広野となる。
レオンは異常をすぐに察知した。
けれど炎が広がる速度は尋常でなく、五人はあっという間に、四方を炎で囲まれてしまった。
「これは……?」
まだ炎は遠く、松明を掲げる人びとはラウラたちの居所をつかんでいなかった。しかし時間の問題だ。炎は次第に近づいてくる。人びとが作る輪は縮まっていく。
まるで巻き狩りだった。
ラウラたちは獲物として追い立てられていた。
「いつの間に……なんで……」
「考えるのはあとだ」
レオンはカイの王笏から残る二つの飾り玉を引きちぎる。
「いいか、お前ら。おれは連中を散らしてくる。それまでここを、絶対に動くんじゃねえぞ」
「えっ」
カイは王笏を握るレオンの手をつかんだ。
「ま、待ってよ。なに?なんで?そんな、敵に囲われてるわけじゃないんだから――――」
「敵だよ」
シェルティはカイをレオンから引き離す。
「理由はわからない。けれど彼らの狙いはおそらくぼくらだ。敵意を持って、ぼくらを探している」
ラウラの脳裏に、塑像に縛りつけられていた遺体の姿がよぎる。
レオンは影を縫うようにして走り出す。
「レオン!」
カイは慌てて追いすがろうとするが、シェルティに止められる。
「離せよ!」
「ぼくらが行っても足をひっぱるだけだ」
「レオンになにかあったらどうするんだよ!」
「彼ならだいじょうぶだ。それはきみが一番よく知っているだろう?」
「それは――――」
「彼は強い。誰よりも。だからきみが心配してるようなことは、絶対に起こらない」
離れたところで、閃光があがる。
それはレオンが囮に放った光球だった。
カイたちを取り囲んでいた炎は形を崩し、吸い寄せられるように光球の下へ集っていく。
「レオン……」
カイは光球を見つめながら、呟く。
「おれは、レオンがそこで死ぬことを許さないからな。――――誓い、忘れるなよ」
ゴンッ。
鈍い音が、響いた。
カイの足元に、投げられた石が転がる。
シェルティが地に伏せ、額を押さる。
「シェル!」
「くっ――――伏せろ!」
ゴンッ。
再び、鈍い音が響く。
二度目の投石は、カイの肩にあたった。
カイは痛みにうめき、膝をつきながら、再びシェルティの名を叫ぶ。
「大丈夫、大丈夫だから」
そう答えるシェルティの額からは、血が滴っている。
「見つけたぞ」
瓦礫の影から、投石を行った人物が姿を現す。
「カイ・ミワタリ……!」
現れた男には、顔がなかった。
塑像に縛られていた遺体と同じように、男の顔は、炙り落とされてしまっていた。
とても生者とは思えないその男は、カイの級友、ヤクート・ダルマチアだった。
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最初は才能無しということで見下されていたシェイドは、そういう奴らを実力で黙らせていく。魔法が大好きなシェイドは魔法を極めんとするも、様々な困難が彼に立ちはだかる。時には挫け、時には悲しみに暮れながらも周囲の助けもあり、魔法を極める道を進んで行く。これはそんなシェイド・シュヴァイスの物語である。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
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加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
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いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
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少年テッドには、両親がいない。
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このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
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両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
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今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
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ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
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自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
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※本作品は他サイト様でも掲載中です。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
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クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
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〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。
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「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。
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30年待たされた異世界転移
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気づけば異世界にいた10歳のぼく。
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