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第三章
最南端に立って
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〇
「お前ら、なんでここに」
山を登り始めていくらもしないうちに、ラウラとシェルティはレオンと行き会った。
話を聞くと、レオンもまた昨日のはやい段階で天回の消失と寒波に気付いていたらしい。
レオンはすぐ、何が起こっているのか調べさせるためにヤクートを南都へやった。
戻ってきたヤクートの報告を受けて、レオンは下山を得策ではないと考えた。
混乱する南都へ行ったところで、むしろ危険は増すだけだと判断したのだ。
しかし一日たって、レオンは考えを改めた。
今朝、夜が明けてみると、冬営地は吹雪に見舞われていたのだ。
それは欄干の山頂、永久凍土に閉ざされた極地を知るレオンですら危険と感じる吹雪だった。
レオンはそれがますます強くなるであることを察知し、下山を決意した。
冬営地以外にも、ラプソはいくつかの簡易拠点を構えている。
そのうちのひとつが麓近くの洞穴だった。
そこであれば、少なくとも吹雪は凌ぐことができる。
「女たちはアフィーとヤクートと一緒にいま下りてきてる。おれはその先遣だ。――――それで、そっちはどうなってる?」
「それが――――」
ラウラはレオンに、現状を手短に説明した。
レオンは苦々しい顔で舌を打ち、くそったれ、と吐き捨てた。
「確かにおれらのとこの飛車にも、おかしなもんつけにきたやつがいたが――――くそ、気づけなかった。堂々と細工しやがって、どこのどいつだ?いい度胸してやがる」
レオンはそう吐き捨てると、自らがまとっていた外套をシェルティに投げ渡し、ラウラを胸に抱きかかえた。
二人が遠慮する暇もなく、レオンは来た道を戻り始める。
「レオンさん……」
「しゃべるな。舌を噛むぞ」
レオンはラウラの白く硬直した指を一瞥し、舌を打つ。
「ひでえ凍傷だ。はやく処置しねえと、指がいかれちまう」
大したことはない、とでもいうように、ラウラは両手を袖のなかに引っ込める。
「アフィーは、アリエージュさんたちは大丈夫なんでしょうか。こんな気候で下山なんて……」
「山の人間は寒さに強い。この程度どうってことねえよ。それよりもお前は自分の心配をしろ。碍子ってやつを外すだけなんだろ?ならおれひとりで――――」
「いえ、私も行きます」
ラウラは決然とした態度で言った。
レオンを信頼していないわけではない。
彼女にはこれを、自分の手でやり遂げなければならないという強い思いがあった。
レオンはわずかに躊躇ったが、ラウラの覚悟にそれ以上の水は差さなかった。
「シェルティ、お前は戻れ」
レオンはラウラを胸から背に移し、おぶさりながら言った。
「戻れるうちに南都に戻った方がいい」
「いや、ぼくも行く」
シェルティもまた決然とした態度でレオンの指示を退ける。
「お前が行ってもしょうがねえだろ」
シェルティはレオンの言葉を無視し、山道を駆けだした。
「どいつもこいつも……」
レオンは舌を打ち、シェルティのあとを追いかけて行った。
小一時間山を登ったところで、三人は下山する女たちと行き会った。
「貴方たち、どうして……」
先頭を歩くアリエージュは予期せぬ再会に驚きの声をあげた。
彼女の傍らを歩いていた狼狗は、尾を振ってレオンとラウラにすり寄っていく。
「ガキどもはどうした?」
「ここよ」
アリエージュは背中の籠をさす。
中には、毛布にくるまれた仔狗たちが入っていた。
「洞穴に、なにかあったの?」
「いや、あそこに着く前にこいつらと会ってな。おれたちは戻る。あとはお前らだけでもいいだろ?」
急いでいることを察したのだろう。
それ以上深堀することはなく、アリエージュは頷いた。
「任せてちょうだい」
「手を貸すはずが、中途半端になっちまったな」
「十分すぎるくらいよ。ありがとう。お礼は、いずれ必ず」
アリエージュに続いて、女たちも目礼を返した。
「まあもとよりお前たちがこの程度でどうにかなるとは思ってないがな」
女たちはみな、毛皮の外套と厚手の手袋、冬靴で全身を固めていた。
しんがりを務めていたアフィーとヤクートも、ラプソの冬装束を身にまとっている。
彼らは都市を出てからラウラが見た中で誰よりも暖かそうな恰好をしていた。
女たちは、少なくとも表面上は、落ち着き払っていた。
吹雪にめげることも、不安にかられることもなく、粛々とした様子だった。
それを見たラウラはほっと息をはいた。
対して女たちは、レオンに背負われたラウラを見て、息を飲んだ。
疲労にやつれた顔は病人のようで、その両手は色を失い震えている。尋常な様子ではない。
ざわつく女たちに、ラウラは笑顔を見せる。
「心配ありません。私のこれは、ここまできた疲れが出ただけです。決して下でなにか悪いことが起こっているわけではありません。縮地はもう間もなくです。私たちはその前にちょっとだけ、飛車の様子を見ておこうと思って来たんです」
動揺を与えまいと、ラウラはそれだけ伝えた。
わかったわ、とアリエージュはすぐに納得してみせたが、ヤクートとアフィーは表情を曇らせる。
「飛車の様子なら、おれ戻って見ておきますよ」
「いえ、ヤクートさんは下りてください」
「でも……吹雪がひどくて離れてきちゃいましたけど、本当はあれは、おれらが見張ってなきゃいけないものだったし……」
「ブリアードさんが、きています」
「えっ」
「私、南都まで、ブリアードさんに連れてきてもらったんです」
「連れてきてもらったって――――馬で?」
「はい」
ヤクートは顔色を変える。
ダルマチアの早馬は、馬と乗り手、双方に多大な負荷がかかる。
それも朝廷からの早駆けとなれば、ブリアードはこの吹雪のさなか、霊切れを起こしてしまっている可能性が高かった。
「親父はいまどこに?!」
「南都にいます。私、置き去りにしてしまって……」
ヤクートはかぶりをふった。
「火急だったんですよね。親父もどうせ、私に構わず行ってくださいとかなんとかいったんでしょ?」
「飛車は私たちに任せて下さい。ヤクートさんは、アフィーと一緒に、ブリアードさんを」
ヤクートは力強く頷いた。
一方アフィーは、ラウラの袖をつかみ、首をふった。
「わたしは、一緒に、行く」
「だめです」
「でも……」
「いいから、君は、下で待ってるんだ」
シェルティがアフィーを女たちの列に押し戻す。
アフィーはなおも追いすがろうとしたが、アリエージュがその腕をとる。
「ダメよ。私たちには、貴方の助けが必要なんだから」
アリエージュの言葉に、アフィーは動きを止める。
それは方便だった。
日ごろから山間での遊牧という過酷な生活を送る女たちには、まだ余力があった。
むしろ山に不慣れなヤクートとアフィーの方がよほど助けが必要な窮状にあり、女たちに比べて二人が抱える荷も少なかった。
しかしアフィーを留め置くために、アリエージュは方便を重ねた。
「まだ半分しかきてないのよ。途中で誰かが倒れたら、貴方はそれを背負わなくちゃいけないのよ。下で暴漢が襲ってきたら、貴方はそれを追い払わなくちゃいけないのよ」
アフィーは俯き、小さな声でわかった、と呟いた。
アリエージュはラウラに目配せし、頷いた。
吹雪は高所に行けば行くほど激しさを増す。
今から登れば、たどり着くことはできても、下ることはできないだろう。
ラウラはただ飛車の様子を見に行くだけと言ったが、アリエージュはそれを額面通りには受け取らなかった。
危険を買ってでも、上に行かなければならない理由があるのだと、アリエージュは察していた。
「ひとつだけ頼みがあるの。――――義母が上に残ったわ」
ラウラの脳裏に、自分に花嫁衣裳を着せ、呪いをかけた老人の顔が浮かぶ。
「どんなに説得してもだめだった。死んでもこの土地を離れないと……。顔を合わせる必要はないわ。けれどなにかあったら――――」
「必ず助けます」
ラウラは即答した。
アリエージュはありがとうと言って深く頭を下げた。
「道中、くれぐれも気をつけて」
ラウラは明るい声で、笑顔で、はい、と答えた。
「アリエージュさんたちも。――――大丈夫です。縮地まであとすこしですから。あとすこしだけ耐えれば、また明るい空が見られます。温かい風が、全部暖めてくれます」
アリエージュは力強く手を振って返した。
「信じてるわ」
〇
アリエージュたちと別れ、さらに一時間山を駆け、ようやく三人は冬営地にたどり着いた。
あたりはすでに真っ暗だった。
吹き付ける吹雪も相まって、視界はほとんどない。
しかしレオンはちいさな明り一つ手に、まっすぐ飛車のもとへ向かった。
飛車は冬営地の背、南の岩壁の下に設置されている。
他で見た飛車と同じように、その飛車にも、やはり碍子がとりつけられていた。
レオンは飛車の前でラウラを降ろした。
ラウラは震える手で碍子を取り外し、飛車に霊力をこめた。
飛車は吹き付けてくる強風をものともせず、軽やかに回転し、瞬く間に独楽となった。
「――――あ」
ラウラは小さく声をもらした。
独楽に、自分のものではない誰かの霊力が触れたのだ。
春一番のような、暖かく力強いその霊力が誰の者か、ラウラは瞬時に悟った。
カイが、たった今、この霊車に霊力を送り込んだのだ。
カイの霊力はわずかに触れただけで、すぐに遠ざかって行った。
おそらく、霊力の届く範囲を確かめていたのだろう。
(もう大丈夫だ)
ラウラの身体から力が抜け、その場にどっと倒れこんだ。
「ラウラ!」
シェルティ、レオン、アフィ―の三人が同時に叫ぶ。
「アフィー、どうして、ここに……?」
アフィーはラウラを助け起こしながら、そっぽを向いた。
「この馬鹿、追いかけてきやがったんだ」
レオンはアフィーの頭を小突く。
「バカ二人、だから言ったろ、お前らがいなくてもこいつがどうにかするって」
「お前こそ。本当はぼくがラウラをおぶっていくつもりだったんだから」
「ぬかせ。その出がらしみてえな身体のどこにそんな力があるんだ」
「ラウラをおぶるくらい造作ない。たしかにお前がおぶって走るより時間はかかるかもしれないが、お前ほど荒っぽい動きを、ぼくはしないからね。ラウラの負担がもっと少なくてすんだはずだ」
睨み合う二人を見て、ラウラは思わず吹き出してしまう。
「もう、こんなときにまでケンカですか?」
ラウラは、笑顔で両手を差し出す。
「先にすることがありますよね」
戸惑う三人に、ラウラは明るい声で言った。
「ハイタッチ、ですよ!」
「お前ら、なんでここに」
山を登り始めていくらもしないうちに、ラウラとシェルティはレオンと行き会った。
話を聞くと、レオンもまた昨日のはやい段階で天回の消失と寒波に気付いていたらしい。
レオンはすぐ、何が起こっているのか調べさせるためにヤクートを南都へやった。
戻ってきたヤクートの報告を受けて、レオンは下山を得策ではないと考えた。
混乱する南都へ行ったところで、むしろ危険は増すだけだと判断したのだ。
しかし一日たって、レオンは考えを改めた。
今朝、夜が明けてみると、冬営地は吹雪に見舞われていたのだ。
それは欄干の山頂、永久凍土に閉ざされた極地を知るレオンですら危険と感じる吹雪だった。
レオンはそれがますます強くなるであることを察知し、下山を決意した。
冬営地以外にも、ラプソはいくつかの簡易拠点を構えている。
そのうちのひとつが麓近くの洞穴だった。
そこであれば、少なくとも吹雪は凌ぐことができる。
「女たちはアフィーとヤクートと一緒にいま下りてきてる。おれはその先遣だ。――――それで、そっちはどうなってる?」
「それが――――」
ラウラはレオンに、現状を手短に説明した。
レオンは苦々しい顔で舌を打ち、くそったれ、と吐き捨てた。
「確かにおれらのとこの飛車にも、おかしなもんつけにきたやつがいたが――――くそ、気づけなかった。堂々と細工しやがって、どこのどいつだ?いい度胸してやがる」
レオンはそう吐き捨てると、自らがまとっていた外套をシェルティに投げ渡し、ラウラを胸に抱きかかえた。
二人が遠慮する暇もなく、レオンは来た道を戻り始める。
「レオンさん……」
「しゃべるな。舌を噛むぞ」
レオンはラウラの白く硬直した指を一瞥し、舌を打つ。
「ひでえ凍傷だ。はやく処置しねえと、指がいかれちまう」
大したことはない、とでもいうように、ラウラは両手を袖のなかに引っ込める。
「アフィーは、アリエージュさんたちは大丈夫なんでしょうか。こんな気候で下山なんて……」
「山の人間は寒さに強い。この程度どうってことねえよ。それよりもお前は自分の心配をしろ。碍子ってやつを外すだけなんだろ?ならおれひとりで――――」
「いえ、私も行きます」
ラウラは決然とした態度で言った。
レオンを信頼していないわけではない。
彼女にはこれを、自分の手でやり遂げなければならないという強い思いがあった。
レオンはわずかに躊躇ったが、ラウラの覚悟にそれ以上の水は差さなかった。
「シェルティ、お前は戻れ」
レオンはラウラを胸から背に移し、おぶさりながら言った。
「戻れるうちに南都に戻った方がいい」
「いや、ぼくも行く」
シェルティもまた決然とした態度でレオンの指示を退ける。
「お前が行ってもしょうがねえだろ」
シェルティはレオンの言葉を無視し、山道を駆けだした。
「どいつもこいつも……」
レオンは舌を打ち、シェルティのあとを追いかけて行った。
小一時間山を登ったところで、三人は下山する女たちと行き会った。
「貴方たち、どうして……」
先頭を歩くアリエージュは予期せぬ再会に驚きの声をあげた。
彼女の傍らを歩いていた狼狗は、尾を振ってレオンとラウラにすり寄っていく。
「ガキどもはどうした?」
「ここよ」
アリエージュは背中の籠をさす。
中には、毛布にくるまれた仔狗たちが入っていた。
「洞穴に、なにかあったの?」
「いや、あそこに着く前にこいつらと会ってな。おれたちは戻る。あとはお前らだけでもいいだろ?」
急いでいることを察したのだろう。
それ以上深堀することはなく、アリエージュは頷いた。
「任せてちょうだい」
「手を貸すはずが、中途半端になっちまったな」
「十分すぎるくらいよ。ありがとう。お礼は、いずれ必ず」
アリエージュに続いて、女たちも目礼を返した。
「まあもとよりお前たちがこの程度でどうにかなるとは思ってないがな」
女たちはみな、毛皮の外套と厚手の手袋、冬靴で全身を固めていた。
しんがりを務めていたアフィーとヤクートも、ラプソの冬装束を身にまとっている。
彼らは都市を出てからラウラが見た中で誰よりも暖かそうな恰好をしていた。
女たちは、少なくとも表面上は、落ち着き払っていた。
吹雪にめげることも、不安にかられることもなく、粛々とした様子だった。
それを見たラウラはほっと息をはいた。
対して女たちは、レオンに背負われたラウラを見て、息を飲んだ。
疲労にやつれた顔は病人のようで、その両手は色を失い震えている。尋常な様子ではない。
ざわつく女たちに、ラウラは笑顔を見せる。
「心配ありません。私のこれは、ここまできた疲れが出ただけです。決して下でなにか悪いことが起こっているわけではありません。縮地はもう間もなくです。私たちはその前にちょっとだけ、飛車の様子を見ておこうと思って来たんです」
動揺を与えまいと、ラウラはそれだけ伝えた。
わかったわ、とアリエージュはすぐに納得してみせたが、ヤクートとアフィーは表情を曇らせる。
「飛車の様子なら、おれ戻って見ておきますよ」
「いえ、ヤクートさんは下りてください」
「でも……吹雪がひどくて離れてきちゃいましたけど、本当はあれは、おれらが見張ってなきゃいけないものだったし……」
「ブリアードさんが、きています」
「えっ」
「私、南都まで、ブリアードさんに連れてきてもらったんです」
「連れてきてもらったって――――馬で?」
「はい」
ヤクートは顔色を変える。
ダルマチアの早馬は、馬と乗り手、双方に多大な負荷がかかる。
それも朝廷からの早駆けとなれば、ブリアードはこの吹雪のさなか、霊切れを起こしてしまっている可能性が高かった。
「親父はいまどこに?!」
「南都にいます。私、置き去りにしてしまって……」
ヤクートはかぶりをふった。
「火急だったんですよね。親父もどうせ、私に構わず行ってくださいとかなんとかいったんでしょ?」
「飛車は私たちに任せて下さい。ヤクートさんは、アフィーと一緒に、ブリアードさんを」
ヤクートは力強く頷いた。
一方アフィーは、ラウラの袖をつかみ、首をふった。
「わたしは、一緒に、行く」
「だめです」
「でも……」
「いいから、君は、下で待ってるんだ」
シェルティがアフィーを女たちの列に押し戻す。
アフィーはなおも追いすがろうとしたが、アリエージュがその腕をとる。
「ダメよ。私たちには、貴方の助けが必要なんだから」
アリエージュの言葉に、アフィーは動きを止める。
それは方便だった。
日ごろから山間での遊牧という過酷な生活を送る女たちには、まだ余力があった。
むしろ山に不慣れなヤクートとアフィーの方がよほど助けが必要な窮状にあり、女たちに比べて二人が抱える荷も少なかった。
しかしアフィーを留め置くために、アリエージュは方便を重ねた。
「まだ半分しかきてないのよ。途中で誰かが倒れたら、貴方はそれを背負わなくちゃいけないのよ。下で暴漢が襲ってきたら、貴方はそれを追い払わなくちゃいけないのよ」
アフィーは俯き、小さな声でわかった、と呟いた。
アリエージュはラウラに目配せし、頷いた。
吹雪は高所に行けば行くほど激しさを増す。
今から登れば、たどり着くことはできても、下ることはできないだろう。
ラウラはただ飛車の様子を見に行くだけと言ったが、アリエージュはそれを額面通りには受け取らなかった。
危険を買ってでも、上に行かなければならない理由があるのだと、アリエージュは察していた。
「ひとつだけ頼みがあるの。――――義母が上に残ったわ」
ラウラの脳裏に、自分に花嫁衣裳を着せ、呪いをかけた老人の顔が浮かぶ。
「どんなに説得してもだめだった。死んでもこの土地を離れないと……。顔を合わせる必要はないわ。けれどなにかあったら――――」
「必ず助けます」
ラウラは即答した。
アリエージュはありがとうと言って深く頭を下げた。
「道中、くれぐれも気をつけて」
ラウラは明るい声で、笑顔で、はい、と答えた。
「アリエージュさんたちも。――――大丈夫です。縮地まであとすこしですから。あとすこしだけ耐えれば、また明るい空が見られます。温かい風が、全部暖めてくれます」
アリエージュは力強く手を振って返した。
「信じてるわ」
〇
アリエージュたちと別れ、さらに一時間山を駆け、ようやく三人は冬営地にたどり着いた。
あたりはすでに真っ暗だった。
吹き付ける吹雪も相まって、視界はほとんどない。
しかしレオンはちいさな明り一つ手に、まっすぐ飛車のもとへ向かった。
飛車は冬営地の背、南の岩壁の下に設置されている。
他で見た飛車と同じように、その飛車にも、やはり碍子がとりつけられていた。
レオンは飛車の前でラウラを降ろした。
ラウラは震える手で碍子を取り外し、飛車に霊力をこめた。
飛車は吹き付けてくる強風をものともせず、軽やかに回転し、瞬く間に独楽となった。
「――――あ」
ラウラは小さく声をもらした。
独楽に、自分のものではない誰かの霊力が触れたのだ。
春一番のような、暖かく力強いその霊力が誰の者か、ラウラは瞬時に悟った。
カイが、たった今、この霊車に霊力を送り込んだのだ。
カイの霊力はわずかに触れただけで、すぐに遠ざかって行った。
おそらく、霊力の届く範囲を確かめていたのだろう。
(もう大丈夫だ)
ラウラの身体から力が抜け、その場にどっと倒れこんだ。
「ラウラ!」
シェルティ、レオン、アフィ―の三人が同時に叫ぶ。
「アフィー、どうして、ここに……?」
アフィーはラウラを助け起こしながら、そっぽを向いた。
「この馬鹿、追いかけてきやがったんだ」
レオンはアフィーの頭を小突く。
「バカ二人、だから言ったろ、お前らがいなくてもこいつがどうにかするって」
「お前こそ。本当はぼくがラウラをおぶっていくつもりだったんだから」
「ぬかせ。その出がらしみてえな身体のどこにそんな力があるんだ」
「ラウラをおぶるくらい造作ない。たしかにお前がおぶって走るより時間はかかるかもしれないが、お前ほど荒っぽい動きを、ぼくはしないからね。ラウラの負担がもっと少なくてすんだはずだ」
睨み合う二人を見て、ラウラは思わず吹き出してしまう。
「もう、こんなときにまでケンカですか?」
ラウラは、笑顔で両手を差し出す。
「先にすることがありますよね」
戸惑う三人に、ラウラは明るい声で言った。
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