138 / 230
第三章
冬営地にて(三)
しおりを挟む
〇
ラウラとブリアードはラプソの冬営地に一泊し、明朝再び南都へ向けて発つこととなった。
南都で雑務をこなし、旅支度を整えた後、二人は朝廷に戻る予定だ。
ラウラはアリエージュたちラプソの女が用意し夕餉を、レオン、ブリアード、ヤクートの三人と共に囲んだ。
「ほんとあんたなにしにきたんだよ」
ヤクートは父親、ブリアードに対して、にべもなく言った。
「ラウラ先生に全部仕事押し付けて、恥ずかしくないのか?」
「何度も言ったでしょう、あんなに道が険しいと思わなかったんだ。それに南都はえらい騒ぎで、出発が遅れて、急いでいたので、仕方なかったんだよ」
「ラウラ先生はけろっとしてるけどな」
「そりゃ若い人はそうでしょうよ、けど私はもう六十近いんだぞ」
「まだ五十八だろ。ふだんから動いてないからそうなるんだ」
ラウラはまあまあ、と言って間に入った。
「ブリアードさんが荷を全て持ってくださったので、私は楽に登ってこられたんですよ」
「当然ですよ、だって親父はラウラ先生の副官なんだから」
「副官だなんて滅相もない!経験のない私の手助け役として指名されただけで、立場は同じですよ」
「手助けされる側になってましたけどね」
ふん、とヤクートは大きく鼻を鳴らした。
「霊術に頼ってばかりいるからそうなるんだ。ふだんから身体をよく使っていれば、霊を切らしたって歩けなくなるようなことはない」
「そういうお前は、少しはまともに操身術を使えるようになったのか?」
「身体を鍛えればあんなもの必要ない」
ヤクートは胸をはって言うと、骨付きの羊肉にかぶりついた。
「必要ないって、ヤクートお前それでもーーーー」
ラウラはまた二人の間に割って入り、ブリアードに汁物を押し付けた。
「美味しいですよ、冷めないうちに食べた方がいいですよ」
「あ、これはどうも……」
ブリアードは汁物を飲んで、一息つくと、まあたしかに、と頷いた。
「少しみないうちに身体が大きくなったとは、思う。日に焼けたせいか前より健康的にも見えるしなあ」
「だろ?」
ヤクートは得意になって、腕をまくった。
「整地やら倒木の始末やらで、すっかり鍛えられたからな。それに肉ばっか食ってたから。ここ、穀物も野菜も全然ないけど、肉は腐るほどあるから。ああ、その家畜の解体も、おれいままでろくすっぽやったことなかったんだけど、あれでも鍛えられたよ。親父もろくにやったことないだろ?けっこう疲れるんだ。時間かかるし、きれいにやんの難しいし。まあ最近はコツつかんできて、それなりになったけど」
ヤクートは得意そうに骨付き肉をブリアードに差し出した。
汁物と骨付き肉を両手に持って、ブリアードは困ったように言った。
「調理されたあとじゃ善し悪しなんてわからないよ」
「そんなことない。よく見ろって」
ブリアードはしぶしぶ肉を齧り、咀嚼しながら首をひねった。
「おいしいことはおいしいですが……」
「断面きれいだろ」
「言われてみてばキレイかもしれない」
二人のやりとりを見ていたレオンは、同じ骨付きの羊肉にかぶりつきながら、呆れて言った。
「この状態じゃ捌いたやつの腕なんかわかんねえだろ。よっぽど下手じゃねえかぎり」
レオンはだが、と続けた。
「お前、筋はいいけどな」
「……!」
ヤクートは花火が開いたようにぱっと顔を輝かせた。
「自分でもけっこう自信あったんですけど、レオンさんのお墨付きなら間違いないですね!」
「筋がいいってだけだ。たかが二頭捌いてへばるようじゃあ、まだまだだ」
「精進します!」
意気込むヤクートに、ブリアードは呆れて言った。
「お前肉屋にでもなるつもりか?」
「肉屋にはならないね」
「それを聞いて安心したよ。自分がダルマチア家の後継ぎであることを忘れているんじゃないかと思った」
「後継ぎにもならないけどな」
「……はい?」
凍り付いたブリアードをよそに、ヤクートは揚々と続けた。
「いまはそれぞれの持ち場に散ったけど、しばらく丙級のやつらとここにいただろ?それでいろいろ話したんだ。おれら今でこそ技官でいられてるけど、災嵐が過ぎれば技官なんてそんな数必要なくなる。特におれらみたいに縮地のために新しく動員されたやつらなんて早々にお役御免だろ。だからそうなったら、みんなで商売でもはじめよう、って」
「商売……!?」
ブリアードは戦慄き、手にした汁物をこぼす。
「ダルマチアの家はどうするつもりだ!?」
「サミーに継がせればいい」
「そんなあっさりと……サミーの性格を知ってるでしょう!?臆病で引っ込み思案で……とても当主を担える子じゃないだろう!」
「おれだって柄じゃない。それにサミーは優秀だ。末の妹だが兄弟の中で誰よりも霊能力が高い」
「霊能力の高さだけで務まるものではない!」
「親父だっていつも言ってるじゃないか。他の兄妹よりちょっとだけ霊能力が高かったから、当主に据えられたんだって。耳にタコができるほど聞かされた愚痴だ」
ヤクートは戦慄くブリアードの手から、中身をこぼし続ける椀を攫った。
「大丈夫だよ、あいつ親父に一番似てるから。臆病で愚痴っぽいけど、図太いから」
ヤクートは中身を一息で飲み干すと、空になった椀をブリアードの手に押し付け、そういうことだから、と笑った。
「心配しなくていい。迷惑はかけないよ。腐ってもおれたち技師だし、いざとなれば大道芸でもやって日銭を稼ぐから」
ブリアードは空の椀に顔をうずめ、こぼした。
「図太いのはお前だろう……腐っても技師だというなら、大人しく家を継いでくれ……」
ラウラはブリアードの前にそっと茶を差し出した。
同情はしていたが、かといってどう慰めるべきかもわからず、それにしても、と話題を転じることにした。
「アフィ―、夕食いらないんでしょうか」
ラウラはそう言って、心配そうな表情を、アフィーがひきこもる幕屋に向けた。
ヤクートは項垂れる父親に新しく汁物をよそってやりながら、いわれてみれば、と眉をひそめた。
「今までは、どんなにこてんぱんにされたときでも、食事はとりにきてたんですけどね」
ヤクートはうかがうようにレオンに視線をやった。
レオンはヤクートを睨みつけて、舌を打つ。
「おれじゃねえよ。原因はこいつだ」
視線を受け、ラウラはえっと声を上げる。
「こいつがおれとアフィ―を、ふたりまとめてあっさり止めたんだ」
「おお、さすがラウラ先生」
ヤクートは嘆息し、手を叩いた。
「レオンさんを相手取れるなんて、やっぱり違いますね。おれまるで歯が立たなくて、すぐにのされちゃいましたよ。それでいえばアフィーも同じですけど、諦めずに今日まで粘ってるんだから、根性ありますよね」
「しつこくてかなわねえよ」
「あの……そもそもどうしてレオンさんと……?」
ラウラの疑問に、ヤクートは前のめりになって答えた。
「こんなに強い人、ほかにはいないからに決まってるじゃないですか!」
弔宴を終え、カイたちが冬営地から去ったあと、この地に残ったのは合わせて七人の技官と武官だった。
はじめの一週間は拍子抜けするほど平和だった。
危惧された黒幕からの接触はなく、野盗も現れなかった。
そのため、縮地が近づくと、一人また一人と他所へ人手が割かれていき、整地がひと段落した頃には、冬営地には残るのはヤクートとアフィーの二人だけになっていた。
途端に、野盗が現れた。
ラプソの女たちはとっくに目をつけられていた。
これまで襲われなかったのは、野盗が隙を伺っていたからにすぎなかった。
そして冬営地が手薄になったと見るや否や、襲いに出たのだ。
月のない真夜中だった。見張り番はおらず、ラプソのもとにたった一匹だけ残った狼狗が吠えたてるまで、全員が眠りについていた。
ヤクートが飛び起きたときにはすでに野党に周囲を囲まれてしまっていた。
身重の狼狗が威嚇に走り回っていたが、野盗に足を射られ、すぐに動けなくなってしまう。
女たちは子どもと老人を幕屋に隠し、手あたり次第ものを投げ、野盗を追い払おうとした。しかしその抵抗はむしろ相手を怯ませるどころか刺激するだけだった。夜の闇を味方にして、野盗はみるみるうちに近寄ってきた。
ヤクートとアフィーは、それぞれ霊具を構えたが、どうすればいいかわからず動くことができなかった。
そんな二人に向けて、影に紛れた野盗は弓をつがえていた。
あわや、というところだった。
冬営地の上空に光球が打ちあがり、一帯を、まるで昼間のように照らした。
それはレオンの光球だった。
突然の明かりに、レオンを除く誰もが目を眩ませた。
レオンは音もなく駆け、まず弓を持った者をうち倒し、奪った弓で二人を射抜く。
それを見た一人の男が、近くにいたラプソの女を慌てて盾にとる。
レオンは手を軽く振り降ろす。
それに合わせて、上空にあった光球が墜落する。
光球は男の頭に打ち下ろされる。男はうめき声ひとつあげず昏倒する。
盾にされた女は倒れた男を踏みつけながら逃げ出す。
ほぼ同時に、レオンの背後から鉈が振り下ろされる。
レオンはそれを軽くかわし、その腕ごと鉈を蹴り飛す。
鉈は飛び、男の腕は折れる。
続けざまに背後から鉈が振り下ろされる。
今度もレオンは軽くかわしたが、その隙をついて、接近していたもう一人に羽交い絞めにされてしまう。
身動きを封じられたレオンに、再び鉈が振り下ろされる。
しかし、レオンに焦りはない。
眉ひとつ動かさず、勢いよく上体を倒す。
羽交い絞めにしていた男は体勢を崩し、レオンにおぶわれているような格好になる。
振り下ろされた鉈は、仲間の男の肩をえぐる。
男は悲鳴をあげる。
レオンはおぶっていた男を、鉈を持つ男に投げつける。
二人は頭から勢いよく衝突し、そのまま動かなくなる。
息つく間もない、瞬きの攻防だった。
ヤクートもアフィーも、手出しの一つできなかった。
レオンはたった一人で野盗六人を返り討ちにしてしまったのだった。
「あんまりにも鮮やかだったんで、芝居でも見てる気分でしたよ。その後もう一回別の野盗が出たときも、おんなじように一人でやっつけちゃって。本当にすごかったです」
ヤクートの心からの賞賛に、レオンは舌打ちで応じる。
「あんな雑魚ども、一人で十分にきまってるだろ」
「本気ですごいと思ってんなら、それはおまえがあいつらよりさらに雑魚だからだろ」
レオンの暴言を受けて、ヤクートは顔に悔しさをにじませる。
「その通りです」
ヤクートは苦々しそうに、噛み締めるように、それを認めた。
「おれは全然動けませんでした。それが情けなかったから、稽古つけてもらおうとしたのに……それさえすぐ挫折して……。アフィ―も同じ理由でレオンさんに稽古つけてもらうようになったのに、あいつがへこたれながらも毎日食い下がってるの見ると、そこまでできない自分は、やっぱ雑魚なんだなって、思い知りましたよ」
「ヤクート……」
落ち込む息子を見て、それまで項垂れていたブリアードは顔をあげ、父親の面構えを見せた。。
「これから鍛え直せばいいじゃないか。私がいちから鍛え直してやるから――――」
「いや、それはいいよ、もう」
「――――うん?」
父親の鼻を折るように、ヤクートは言った。
「おれの霊能力は頭打ちだし、レオンさんみたいに強くなるのも無理だし、そこはもう踏ん切り浸けて諦めるよ」
諦めて、商人になる。
ヤクートは再び宣言した。
「技師としては雑魚でも、商売人としてなら大物になれるかもしれないだろ?おれ、仲間たちと、これからめちゃくちゃがんばって働いて、そんでいつかでっかい店をかまえるよ。それこそ、レオンさんを用心棒として雇えるくらいの店を」
レオンは鼻を鳴らした。
「おれは高いぞ」
「だからこそですよ。いつか雇ってみせます」
やる気に満ち溢れた息子を前に、ブリアードは深いため息をつく。
「応援してやりたいけど、だからそれで、ダルマチア家はどうするつもりなんだ……?」
「親父もしつこいな。サミーでいいじゃないか。それか、弟子の中から選んでもいいだろ。親父もかわいがってるし、アフィーはどうだ?まだ若いけど、能力はずば抜けてるし」
「ついには弟子に押し付けますか……というかサミーが無理ならアフィーはもっと無理ですよ。当主になればただ弟子をとるだけじゃなくて社交も必要なんですよ。……アフィ―はそういうの、苦手じゃないですか、サミー以上に。……そもそもアフィー、今はそちらの方を師匠にしているようですし、もうダルマチアの弟子のつもりはないのかもしれませんよ……」
「誰が師匠だ」
レオンは低い声で唸るように言った。
「弟子なんかとったつもりねえよ。こっちはあいつに辟易してるんだ。毎日相手させられて、たまったもんじゃねえ。最初は縮地の間だけっつうから、暇つぶしに付き合ってやってたが、なんだかんだと今日までやるはめにーーーー」
「外にいたんですか?」
ラウラは驚いて、レオンの話を遮ってしまう。
「レオンさん、縮地の間、外に?」
「ああ、カイの大仕事だからな。当日は無理だが、予行くらい見届けてやろうと思ってな」
ラウラはわずかに躊躇したが、意を決して、ケタリングの噂について尋ねた。
「数ある噂のひとつに過ぎません。けれどどうしても胸に引っかかってーーーー」
「ああ……」
レオンは焚火の薪をならし、火を弱めさせる。
四人がそれぞれ落とす影は薄まったが、レオンの瞳だけは、その内側に火を宿しているかのように爛々と光った。
「ケタリングは、たしかにきた」
ラウラとブリアードはラプソの冬営地に一泊し、明朝再び南都へ向けて発つこととなった。
南都で雑務をこなし、旅支度を整えた後、二人は朝廷に戻る予定だ。
ラウラはアリエージュたちラプソの女が用意し夕餉を、レオン、ブリアード、ヤクートの三人と共に囲んだ。
「ほんとあんたなにしにきたんだよ」
ヤクートは父親、ブリアードに対して、にべもなく言った。
「ラウラ先生に全部仕事押し付けて、恥ずかしくないのか?」
「何度も言ったでしょう、あんなに道が険しいと思わなかったんだ。それに南都はえらい騒ぎで、出発が遅れて、急いでいたので、仕方なかったんだよ」
「ラウラ先生はけろっとしてるけどな」
「そりゃ若い人はそうでしょうよ、けど私はもう六十近いんだぞ」
「まだ五十八だろ。ふだんから動いてないからそうなるんだ」
ラウラはまあまあ、と言って間に入った。
「ブリアードさんが荷を全て持ってくださったので、私は楽に登ってこられたんですよ」
「当然ですよ、だって親父はラウラ先生の副官なんだから」
「副官だなんて滅相もない!経験のない私の手助け役として指名されただけで、立場は同じですよ」
「手助けされる側になってましたけどね」
ふん、とヤクートは大きく鼻を鳴らした。
「霊術に頼ってばかりいるからそうなるんだ。ふだんから身体をよく使っていれば、霊を切らしたって歩けなくなるようなことはない」
「そういうお前は、少しはまともに操身術を使えるようになったのか?」
「身体を鍛えればあんなもの必要ない」
ヤクートは胸をはって言うと、骨付きの羊肉にかぶりついた。
「必要ないって、ヤクートお前それでもーーーー」
ラウラはまた二人の間に割って入り、ブリアードに汁物を押し付けた。
「美味しいですよ、冷めないうちに食べた方がいいですよ」
「あ、これはどうも……」
ブリアードは汁物を飲んで、一息つくと、まあたしかに、と頷いた。
「少しみないうちに身体が大きくなったとは、思う。日に焼けたせいか前より健康的にも見えるしなあ」
「だろ?」
ヤクートは得意になって、腕をまくった。
「整地やら倒木の始末やらで、すっかり鍛えられたからな。それに肉ばっか食ってたから。ここ、穀物も野菜も全然ないけど、肉は腐るほどあるから。ああ、その家畜の解体も、おれいままでろくすっぽやったことなかったんだけど、あれでも鍛えられたよ。親父もろくにやったことないだろ?けっこう疲れるんだ。時間かかるし、きれいにやんの難しいし。まあ最近はコツつかんできて、それなりになったけど」
ヤクートは得意そうに骨付き肉をブリアードに差し出した。
汁物と骨付き肉を両手に持って、ブリアードは困ったように言った。
「調理されたあとじゃ善し悪しなんてわからないよ」
「そんなことない。よく見ろって」
ブリアードはしぶしぶ肉を齧り、咀嚼しながら首をひねった。
「おいしいことはおいしいですが……」
「断面きれいだろ」
「言われてみてばキレイかもしれない」
二人のやりとりを見ていたレオンは、同じ骨付きの羊肉にかぶりつきながら、呆れて言った。
「この状態じゃ捌いたやつの腕なんかわかんねえだろ。よっぽど下手じゃねえかぎり」
レオンはだが、と続けた。
「お前、筋はいいけどな」
「……!」
ヤクートは花火が開いたようにぱっと顔を輝かせた。
「自分でもけっこう自信あったんですけど、レオンさんのお墨付きなら間違いないですね!」
「筋がいいってだけだ。たかが二頭捌いてへばるようじゃあ、まだまだだ」
「精進します!」
意気込むヤクートに、ブリアードは呆れて言った。
「お前肉屋にでもなるつもりか?」
「肉屋にはならないね」
「それを聞いて安心したよ。自分がダルマチア家の後継ぎであることを忘れているんじゃないかと思った」
「後継ぎにもならないけどな」
「……はい?」
凍り付いたブリアードをよそに、ヤクートは揚々と続けた。
「いまはそれぞれの持ち場に散ったけど、しばらく丙級のやつらとここにいただろ?それでいろいろ話したんだ。おれら今でこそ技官でいられてるけど、災嵐が過ぎれば技官なんてそんな数必要なくなる。特におれらみたいに縮地のために新しく動員されたやつらなんて早々にお役御免だろ。だからそうなったら、みんなで商売でもはじめよう、って」
「商売……!?」
ブリアードは戦慄き、手にした汁物をこぼす。
「ダルマチアの家はどうするつもりだ!?」
「サミーに継がせればいい」
「そんなあっさりと……サミーの性格を知ってるでしょう!?臆病で引っ込み思案で……とても当主を担える子じゃないだろう!」
「おれだって柄じゃない。それにサミーは優秀だ。末の妹だが兄弟の中で誰よりも霊能力が高い」
「霊能力の高さだけで務まるものではない!」
「親父だっていつも言ってるじゃないか。他の兄妹よりちょっとだけ霊能力が高かったから、当主に据えられたんだって。耳にタコができるほど聞かされた愚痴だ」
ヤクートは戦慄くブリアードの手から、中身をこぼし続ける椀を攫った。
「大丈夫だよ、あいつ親父に一番似てるから。臆病で愚痴っぽいけど、図太いから」
ヤクートは中身を一息で飲み干すと、空になった椀をブリアードの手に押し付け、そういうことだから、と笑った。
「心配しなくていい。迷惑はかけないよ。腐ってもおれたち技師だし、いざとなれば大道芸でもやって日銭を稼ぐから」
ブリアードは空の椀に顔をうずめ、こぼした。
「図太いのはお前だろう……腐っても技師だというなら、大人しく家を継いでくれ……」
ラウラはブリアードの前にそっと茶を差し出した。
同情はしていたが、かといってどう慰めるべきかもわからず、それにしても、と話題を転じることにした。
「アフィ―、夕食いらないんでしょうか」
ラウラはそう言って、心配そうな表情を、アフィーがひきこもる幕屋に向けた。
ヤクートは項垂れる父親に新しく汁物をよそってやりながら、いわれてみれば、と眉をひそめた。
「今までは、どんなにこてんぱんにされたときでも、食事はとりにきてたんですけどね」
ヤクートはうかがうようにレオンに視線をやった。
レオンはヤクートを睨みつけて、舌を打つ。
「おれじゃねえよ。原因はこいつだ」
視線を受け、ラウラはえっと声を上げる。
「こいつがおれとアフィ―を、ふたりまとめてあっさり止めたんだ」
「おお、さすがラウラ先生」
ヤクートは嘆息し、手を叩いた。
「レオンさんを相手取れるなんて、やっぱり違いますね。おれまるで歯が立たなくて、すぐにのされちゃいましたよ。それでいえばアフィーも同じですけど、諦めずに今日まで粘ってるんだから、根性ありますよね」
「しつこくてかなわねえよ」
「あの……そもそもどうしてレオンさんと……?」
ラウラの疑問に、ヤクートは前のめりになって答えた。
「こんなに強い人、ほかにはいないからに決まってるじゃないですか!」
弔宴を終え、カイたちが冬営地から去ったあと、この地に残ったのは合わせて七人の技官と武官だった。
はじめの一週間は拍子抜けするほど平和だった。
危惧された黒幕からの接触はなく、野盗も現れなかった。
そのため、縮地が近づくと、一人また一人と他所へ人手が割かれていき、整地がひと段落した頃には、冬営地には残るのはヤクートとアフィーの二人だけになっていた。
途端に、野盗が現れた。
ラプソの女たちはとっくに目をつけられていた。
これまで襲われなかったのは、野盗が隙を伺っていたからにすぎなかった。
そして冬営地が手薄になったと見るや否や、襲いに出たのだ。
月のない真夜中だった。見張り番はおらず、ラプソのもとにたった一匹だけ残った狼狗が吠えたてるまで、全員が眠りについていた。
ヤクートが飛び起きたときにはすでに野党に周囲を囲まれてしまっていた。
身重の狼狗が威嚇に走り回っていたが、野盗に足を射られ、すぐに動けなくなってしまう。
女たちは子どもと老人を幕屋に隠し、手あたり次第ものを投げ、野盗を追い払おうとした。しかしその抵抗はむしろ相手を怯ませるどころか刺激するだけだった。夜の闇を味方にして、野盗はみるみるうちに近寄ってきた。
ヤクートとアフィーは、それぞれ霊具を構えたが、どうすればいいかわからず動くことができなかった。
そんな二人に向けて、影に紛れた野盗は弓をつがえていた。
あわや、というところだった。
冬営地の上空に光球が打ちあがり、一帯を、まるで昼間のように照らした。
それはレオンの光球だった。
突然の明かりに、レオンを除く誰もが目を眩ませた。
レオンは音もなく駆け、まず弓を持った者をうち倒し、奪った弓で二人を射抜く。
それを見た一人の男が、近くにいたラプソの女を慌てて盾にとる。
レオンは手を軽く振り降ろす。
それに合わせて、上空にあった光球が墜落する。
光球は男の頭に打ち下ろされる。男はうめき声ひとつあげず昏倒する。
盾にされた女は倒れた男を踏みつけながら逃げ出す。
ほぼ同時に、レオンの背後から鉈が振り下ろされる。
レオンはそれを軽くかわし、その腕ごと鉈を蹴り飛す。
鉈は飛び、男の腕は折れる。
続けざまに背後から鉈が振り下ろされる。
今度もレオンは軽くかわしたが、その隙をついて、接近していたもう一人に羽交い絞めにされてしまう。
身動きを封じられたレオンに、再び鉈が振り下ろされる。
しかし、レオンに焦りはない。
眉ひとつ動かさず、勢いよく上体を倒す。
羽交い絞めにしていた男は体勢を崩し、レオンにおぶわれているような格好になる。
振り下ろされた鉈は、仲間の男の肩をえぐる。
男は悲鳴をあげる。
レオンはおぶっていた男を、鉈を持つ男に投げつける。
二人は頭から勢いよく衝突し、そのまま動かなくなる。
息つく間もない、瞬きの攻防だった。
ヤクートもアフィーも、手出しの一つできなかった。
レオンはたった一人で野盗六人を返り討ちにしてしまったのだった。
「あんまりにも鮮やかだったんで、芝居でも見てる気分でしたよ。その後もう一回別の野盗が出たときも、おんなじように一人でやっつけちゃって。本当にすごかったです」
ヤクートの心からの賞賛に、レオンは舌打ちで応じる。
「あんな雑魚ども、一人で十分にきまってるだろ」
「本気ですごいと思ってんなら、それはおまえがあいつらよりさらに雑魚だからだろ」
レオンの暴言を受けて、ヤクートは顔に悔しさをにじませる。
「その通りです」
ヤクートは苦々しそうに、噛み締めるように、それを認めた。
「おれは全然動けませんでした。それが情けなかったから、稽古つけてもらおうとしたのに……それさえすぐ挫折して……。アフィ―も同じ理由でレオンさんに稽古つけてもらうようになったのに、あいつがへこたれながらも毎日食い下がってるの見ると、そこまでできない自分は、やっぱ雑魚なんだなって、思い知りましたよ」
「ヤクート……」
落ち込む息子を見て、それまで項垂れていたブリアードは顔をあげ、父親の面構えを見せた。。
「これから鍛え直せばいいじゃないか。私がいちから鍛え直してやるから――――」
「いや、それはいいよ、もう」
「――――うん?」
父親の鼻を折るように、ヤクートは言った。
「おれの霊能力は頭打ちだし、レオンさんみたいに強くなるのも無理だし、そこはもう踏ん切り浸けて諦めるよ」
諦めて、商人になる。
ヤクートは再び宣言した。
「技師としては雑魚でも、商売人としてなら大物になれるかもしれないだろ?おれ、仲間たちと、これからめちゃくちゃがんばって働いて、そんでいつかでっかい店をかまえるよ。それこそ、レオンさんを用心棒として雇えるくらいの店を」
レオンは鼻を鳴らした。
「おれは高いぞ」
「だからこそですよ。いつか雇ってみせます」
やる気に満ち溢れた息子を前に、ブリアードは深いため息をつく。
「応援してやりたいけど、だからそれで、ダルマチア家はどうするつもりなんだ……?」
「親父もしつこいな。サミーでいいじゃないか。それか、弟子の中から選んでもいいだろ。親父もかわいがってるし、アフィーはどうだ?まだ若いけど、能力はずば抜けてるし」
「ついには弟子に押し付けますか……というかサミーが無理ならアフィーはもっと無理ですよ。当主になればただ弟子をとるだけじゃなくて社交も必要なんですよ。……アフィ―はそういうの、苦手じゃないですか、サミー以上に。……そもそもアフィー、今はそちらの方を師匠にしているようですし、もうダルマチアの弟子のつもりはないのかもしれませんよ……」
「誰が師匠だ」
レオンは低い声で唸るように言った。
「弟子なんかとったつもりねえよ。こっちはあいつに辟易してるんだ。毎日相手させられて、たまったもんじゃねえ。最初は縮地の間だけっつうから、暇つぶしに付き合ってやってたが、なんだかんだと今日までやるはめにーーーー」
「外にいたんですか?」
ラウラは驚いて、レオンの話を遮ってしまう。
「レオンさん、縮地の間、外に?」
「ああ、カイの大仕事だからな。当日は無理だが、予行くらい見届けてやろうと思ってな」
ラウラはわずかに躊躇したが、意を決して、ケタリングの噂について尋ねた。
「数ある噂のひとつに過ぎません。けれどどうしても胸に引っかかってーーーー」
「ああ……」
レオンは焚火の薪をならし、火を弱めさせる。
四人がそれぞれ落とす影は薄まったが、レオンの瞳だけは、その内側に火を宿しているかのように爛々と光った。
「ケタリングは、たしかにきた」
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない…
そんな中、夢の中の本を読むと、、、
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
だって私、悪役令嬢なんですもの(笑)
みなせ
ファンタジー
転生先は、ゲーム由来の異世界。
ヒロインの意地悪な姉役だったわ。
でも、私、お約束のチートを手に入れましたの。
ヒロインの邪魔をせず、
とっとと舞台から退場……の筈だったのに……
なかなか家から離れられないし、
せっかくのチートを使いたいのに、
使う暇も無い。
これどうしたらいいのかしら?
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
とある元令嬢の選択
こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる